泥を啜る主と、銀髪の救世主
「……クソっ、またか」
アジトの隅で、アルベルトは指の隙間からこぼれる砂を眺めるように、空っぽの財布を見つめていた。
かつて『ナイトメア・ギルド』は、王国の誇る影の精鋭だった。
アルベルトの家系は子爵位を賜り、その諜報能力で王家を支えてきた。だが、時代が変われば「影」は疎まれる。先代……僕の祖父の代に、王家は掌を返した。
「平和な世に、血生臭い組織は不要だ」と。
予算を削られ、任務を奪われ、凋落は一気に加速した。父の代にはついに爵位を返還。かつて「仲間」と呼び合っていた者たちは、沈みゆく船から逃げ出すネズミのように、金とコネを持って次々と去っていった。
そんな泥舟に、あいつら三人は最後まで残った。
「リーダー、実験用の薬品が切れました。水で薄めて使ってますけど、もう限界です」
「アルベルト……腹減った。今日、パンの耳、三つしか食べてない」
「アル…。杖の魔晶石が欠けました。これじゃあ生活魔法すら暴発します」
どこへでも行ける腕があるくせに、彼らは僕を見捨てなかった。不器用で、お人好しで、何をやっても裏目に出る僕という男が好きだと言って、彼らは残ってくれた。
だからこそ、「三人だけは守らなきゃいけない」――その焦りが、いつも僕を空回りさせた。
少しでも金を稼ごうと、作った『万能シミ抜き剤』。
「これなら売れる!」と意気込んだものの、結局は威力が強すぎて廊下の床ごと溶かしてしまい、大家に罵倒され、借金を増やし、泥水を啜るような毎日。
「……もう、限界なのかな」
そう諦めかけた、あの瞬間だった。
ボロい扉を蹴破って、彼女が現れたのは。
セレスティーヌ・ド・ロシュフォール。
王太子に婚約破棄されたばかりの、可哀想な公爵令嬢……なんて噂、誰が流した?
僕たちの正体を見抜き、顎をクイと持ち上げた彼女の瞳は、絶望なんて1ミリも映していなかった。そこにあったのは、すべてを支配下に置くという、傲慢なまでの絶対的な意志。
『お金が足りなくなったらすぐに連絡しなさい』
投げ捨てられた金貨の袋は、重かった。
物理的な重さだけじゃない。僕が必死に守ろうとして、守りきれずにいた「仲間たちの居場所」を、彼女は圧倒的な財力で、一瞬にして買い取ってしまったんだ。
「……ははは。救世主っていうより、とんでもない魔王様を引いちゃったな」
新調されたばかりの、肌に吸い付くような漆黒のローブ。
その袖に腕を通すと、不思議と指の震えが止まっていた。
鏡に映る自分は、まだ情けない顔をしているけれど、纏っているのはかつての栄光すら凌駕する、不吉なほど美しい「悪」の装い。
隣では、カインが「新品の蒸留器……!」と震え、リノが「ボスのためなら、城の警備なんて紙細工ね」と不敵に笑い、ゼノが最高級の杖を愛おしげに撫でている。
「……ボス。あんたが望むなら、俺たちは『最凶の武器』にでも何にでもなってやるよ」
アルベルトは、まだ少し照れ臭そうに、けれど今までで一番鋭い手つきで、特注の短剣を腰に差し直した。
次回、1/19午前6時頃投稿になります
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