セレスティーヌ、泥舟を買い叩く
怒涛の卒業パーティーの翌日、王都の北端、いまにも崩れそうな時計塔。その一室に、怒号が響いていた。
「いいか、アルベルト! 今日こそは叩き出すからな! 便利屋だか何だか知らんが、家賃も払えん店に貸す部屋はねえ!」
「待って、大家さん! あと一時間で画期的な『万能シミ抜き剤』が完成するんです! これさえ売れれば……!」
「先週はそれで廊下の床まで溶かして穴を開けただろうが!」
アルベルトの情けない叫びを、メンバーたちは死んだ魚の目で聞いていた。
化学者のカインは怪しげな薬瓶を抱えて震え、暗殺者のリノは空腹で壁を齧り、魔法使いのゼノは杖を質入れするシミュレーションを終えたところだ。
アルベルトが再び土下座をしようとした時、ボロい扉が音もなく——しかし、不可解なまでの威圧感を伴って開いた。
「あら、ずいぶんと賑やかね。ネズミの相談役でも募集しているのかしら?」
場違いなほど高貴な声。
現れたのは、夜を纏ったような黒と紅のドレス。セレスティーヌが、扇子で埃を払いながら優雅に足を踏み入れる。
「なんだあんたは! 取り込み中だ!」
「これ」
セレスティーヌが指を鳴らすと、背後の侍従が大きな袋を大家の前に投げ捨てた。
「……ッ!? こ、これは、金貨……っ? しかもこんなに……!」
「この建物ごと買い取らせてもらうわ。今日から私がオーナーよ。……さっさと失せなさい。その醜い面を見ていると、建物の資産価値が下がるわ」
大家は泡を食って、転がるように逃げ出した。
静まり返った室内。
アルベルトは床に這いつくばったまま、呆然とセレスティーヌを見上げた。
「……あの、神様ですか? それとも、新しい借金取りの親分さん……?」
「そのどちらでもないわ」
セレスティーヌの侍従が、家の中で唯一座れそうな大きめの椅子を持ってきて埃を払ってからセレスティーヌに差し出す。セレスティーヌは椅子に座り、足を組み、傲慢なまでに美しい微笑を浮かべる。
「今日からここは、私の私物よ。あなたたちの技術も、魔力も、命も。……文句があるなら、路頭に迷いなさい」
四人は、抗うことすら忘れてそのオーラに平伏した。
セレスティーヌの鋭い視線が、棚に並んだ濁ったフラスコと、壁に掛かった「茶色い布切れ」に止まる。
「……まず、その泥水で煮しめたような布を捨てなさい。カイン、だったかしら」
「は、はい……」
「研究予算が足りなくて、希釈した安い溶剤ばかり使っているようね。安心なさい、この王国の多くの人の財布より、私のポケットの方が重いわ。……ただし、次からは床を溶かすような失敗作を作ったら、あなたにそれを飲ませるから。いいわね?」
「……ひっ。御意に、ボス」
カインが恐怖と歓喜で震えながら膝をつく。
そこでアルベルトが、おそるおそる口を開いた。
「あの、お嬢様……。助けていただいたのはありがたいんですが、俺たちはただの貧乏な便利屋でして。そんな大金を投資していただいても、お返しできるようなものは……」
「とぼけなくていいわよ、アルベルト」
セレスティーヌは扇子を畳み、その先端でアルベルトの顎をクイと持ち上げた。
「かつて王国の影を担い、今は見る影もなく落ちぶれた、愛すべきポンコツ悪の組織——『ナイトメア・ギルド』。……違うかしら?」
四人の顔から、一瞬にして色が消えた。
隠し通していたはずの、そして自分たちですら忘れかけていた、かつての組織名。
「……なぜ、それを」
「この世界で、私に知れないことなんてないわ。あなたたちの『真の価値』も含めてね」
セレスティーヌは、暗い部屋の窓を乱暴に開け放った。差し込む日光が、彼女の銀髪を輝かせる。
「いい、私は退屈しているの。だから、あなたたちを最高の『悪』にプロデュースしてあげる。……世界を跪かせるための、漆黒の夜を仕立ててあげるわ。返事を聞かせなさい」
アルベルトは、彼女の瞳の中に宿る圧倒的なまでの「支配者の色」に、震える手で敬礼を返した。
「……喜んで。俺たちの命、あなたに捧げますよ。ボス」
次回、1/16投稿の予定です!
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