会議は進まず
王宮の謁見の間。重苦しい空気の中、王太子エドワードは不快そうに足を組みロシュフォール公爵を見下ろしていた。
「——公爵。工場の件についてはもうよい。排出源である建物そのものが消えれば、川が一時的に綺麗になるのは当然の道理だ。そんなことよりも、もっと優先すべき重大な問題がある」
エドワードは机を叩き、苛立ちを露わにする。
「学園での聖女への仕打ちだ。彼女はお前の娘であるセレスティーヌから陰湿ないじめを受けたと涙ながらに訴えている。聖女を傷つけることは、国そのものを侮辱することと同義だぞ」
王妃が横から、冷徹な視線を公爵へ投げかける。
「そうですわ。聖女はあの痛ましい事件の後、どれほど心を痛めておられるか。それなのに、セレスティーヌからは未だに謝罪の一言も反省の色すらも見えない。……公爵、お前は娘に、聖女への不敬を詫びさせるつもりはないのかしら?」
王太子エドワードは、眉間に皺を寄せたまま公爵を指差した。
「……聞こえなかったのか、公爵。聖女は学園でお前の娘に虐げられたと今も心を痛めているのだ。早急にセレスティーヌをここへ呼び、聖女の足元に跪かせろ。それが公爵家が示すべき最低限の誠意というものだろう」
王妃もまた、不快感を隠そうともせずに扇を畳んだ。
「その通りですわ。補助金の行方などという瑣末な疑念で王家を煩わせる前に、身内の不始末を正しなさい。お前は親として娘に謝罪をさせるつもりはないのですか?」
二人の傲慢な言葉が広間に響く。しかし、ロシュフォール公爵の表情は、風に揺らぐことすらない。彼はただ、退屈そうにすら見える冷めた視線で王太子を見返した。
「殿下、並びに王妃様。あいにくですが、私は娘の行動を制限するつもりはございません。彼女が謝罪をしないのは謝るべき理由がないと判断したからでしょう。私は、娘の判断を尊重しております」
「何だと……? 私の命令を聞かぬと言うのか!」
激昂しかけるエドワードを余所に、公爵は優雅にしかし完璧な拒絶の礼を執った。
「失礼いたします。今日は娘の淹れた紅茶を飲む約束をしておりますので。……補助金の調査結果については、後ほど書面にて」
「待て! 公爵、まだ話は終わって——!」
王太子の制止を背中で聞き流し、公爵は一度も振り返ることなく謁見の間を後にした。
公爵が屋敷に戻ると、テラスではセレスティーヌがララとテオに本を読み聞かせていた。父の姿を見つけると、セレスティーヌは本を閉じ、穏やかな微笑みを向ける。
「お帰りなさい、お父様。王宮の空気は、少しはマシになりましたか?」
「いや、相変わらず淀んでいたよ。……セレス、殿下は相変わらず意味のわからないことを言っていたが気にすることはない。お前の好きなようにしなさい」
「ふふ、ありがとうございます」
王家が「いじめ」という言葉を盾に逃げ回るなら、こちらはさらに深く、逃げ場のない罠を掘るだけだ。
「さあ、お父様。温かいお茶が入っておりますわ」
公爵は、愛する娘と双子が待つ円卓へと、満足げに歩み寄った。




