隷属魔術
「さてさて……調教は最初が肝心でしてねぇ」
奴隷商がにこにこ顔でそんな事を言う。
「最初に、徹底的に上下関係を叩き込むのが上手くやるコツなんですよ」
その言葉と同時に、派手女とスーツ男がどこからともなく現れた男たちによって、両脇を掴まれて奥の部屋へと引きづられていく。
二人は助けを求めるようにこちらを振り向くけど……
ごめんなさい、無理です。
私も隣に立っている青年も、私の後ろで縮こまっている女子高生も、みんな足が竦んで動けない。
「止めたければ、どうぞ?」
奴隷商は相変わらずイヤらしいにこにこ顔でそんな事を言う。
そんなことできないの、わかって言ってるでしょ……!
奴隷商はそんな私たちの反応を楽しむように手を叩く。
私たちは連れて行かれる二人を無言で見送るしかできなかった。
「つまらないですねぇ。……では」
奴隷商は軽く手を叩き、こちらへ向き直る。
「お客様があなたたちを買われるまでは、私が主人ですからね。覚えてくださいね」
飄々とした声。
奴隷商は聞いてもないのに得意気に説明し始める。
この国でも一、二を争う大手奴隷商。
王族から平民まで幅広く顧客を持ち、異世界人は特にに高値で取引されるらしい。
「取り扱うのは2回目ですが……ニホン人、でしたか? 黒髪や珍しい顔立ちは変わった趣味の貴族に人気でしてねぇ。いやぁ、みなさん本当に運がよかったですね」
……どこに運がいい要素があるの?
知りたくなかった種類の情報まで勝手に付け足してくるし、知りたくないんだけどそんなこと。
「質問、いいですか」
気づいたら声が出ていた。
奴隷商の眉がピクリと跳ねる。
「どうぞ?」
「私たちは……これから、どうなるんですか」
奴隷商はなぜか《《胸元》》を見てから、にやぁと笑った。
……キモい。
ただただ、キモいんだけど。
見ないでよ、気持ち悪いな。
胸元を隠すようにして後退る。
「……ごほん。まぁ、いいでしょう」
じっと見ていた視線をそらして、わざとらしい咳払い。
「まずは《《神の名のもとに》》奴隷契約をします。奴隷商は、神の赦しのもとに働く立派な職業ですからねぇ。契約の証として奴隷紋を身体に刻みます。こうなると、主には逆らえないわけです」
ただし、命を損ねるような命令なんかはしてはいけないという決まりだそうだ。
青年がほっとしたように息をついたけど――
「という、建前ですね。抜け道はいくらでもありますからねぇ」
この人、言い方が軽すぎない?
「あの、神様の名のもとでやるんじゃないんですか?」
思わずそう言ったら、奴隷商は肩をすくめた。
「何もお咎めがないということは、その神が許しているのですよ」
悪びれもせずに笑うこの男に、さすがにイラッとした。
「契約後は『商品』として調教します。買うのは大抵貴族階級ですからね。礼儀作法から夜伽まで、お客様がお望みになるなら何でもです」
あぁ、やっぱりそうだよね。
あるよね、夜伽。
奴隷って言ったらそれが醍醐味みたいなもんだよね。
少なくとも、私が知ってるラノベだと大体そうだ。
「女は大変だなぁ……」
青年が気の抜けた声を漏らす。
奴隷商はすぐさま返す。
「男も同じですよ?」
「えっ」
「あなたは若くて元気が有り余ってそうですねぇ。そちらの趣味がある方に人気が出そうです」
「ちょ、ちょっと待て……マジか」
青年が固まる横で、奴隷商だけがにやぁ、と笑っていた。
私だって嫌な汗が出る。
だって、もしかしたらこの世界の夜伽の相手が人間とは限らないわけだし。
相手は異世界の変態なんだから、ゴブリンと……なんて意味分からない命令をしてくる可能性もあるわけだし。
ゴブリンがいるか知らないけど、ファンタジーだしたぶんいるよね。
「じゃあ、しばらくは売られずに勉強ってことですか?」
私の問いに奴隷商ははい、と頷いた。
「少なくとも当面は命の保証があります。もっとも――」
あの嫌な笑い方。
「『調教は自分でやりたい』というお客様もいますので。そういう方は命令の《《穴》》も熟知しておりまして……いやぁ、熱心で助かります」
聞いてないし、聞きたくないんだけど。
そして私たち三人は、奴隷契約のためにそのまま奥の部屋へと連れて行かれた。
☆
奴隷商を先頭に、護衛に挟まれた私たちは館の奥――ひんやりした石造りの廊下を歩かされていた。
カツン、カツン。
足音がやけに響く。
まるで自分の逃げ場のなさを突きつけられてるみたいで、胃がきゅっと痛む。
「さぁ、着きましたよ。こちらです」
奴隷商が開けた扉の先は、妙に整理された小さな部屋だった。
中央には魔法陣みたいな刻印が描かれた台と、古びた椅子。
……うん、もう見ただけで嫌な予感しかしない。
「では順に契約していきますよ。まずはあなた」
奴隷商の指先が青年を指す。
「俺!? え、ちょっ……」
護衛に肩を掴まれ、抵抗する間もなく台へ押しつけられる。
「はい、脱いでください。裸に」
「え……セクハラ……?」
「……言ったでしょう? 奴隷紋を身体に刻むと。それがちょうど心臓のあたりなのですよ」
護衛たちにシャツを無造作に引っ張られ、青年の胸元が露わになる。
「いやん。は、初めてだから……優しく、してね……?」
「「「「……」」」」
……この子、大物すぎない?
最初から発言がなんかおかしかったけど……。
最近の子はこんな感じなの?
これが噂のゼット世代ってやつ?
「……この状況でそんなこと言ったのはあなたが初めてです。さすがは、勇者召喚者、ということですか。これはますます人気が出そうだ」
「え……!」
いや勘違いしないで違うから。
たぶんこの子がおかしいだけです。
あなたも、人気が出そうって言われて何嬉しそうにしてんのよ。
人気が出てもゴブリンの相手させられるのよ?
奴隷商は指先で青年の胸の中心を撫でるように触れてから、一言呟く。
「《隷属刻印》」
魔法陣が光り輝く。
淡い光が魔法陣から青年の胸へと流れ込み、黒い紋様がじわぁっと浮かび上がる。
「……っ、おお……なんか……ぞわッと……! って、痛ってぇ……!」
ほどなく奴隷紋は刻まれて、奴隷商がニチャアと笑う。
「はい、これで終わりです。これであなたは私のものです」
「うげ……言われるなら美人に言われたいセリフ」
「では次。あなた」
指されたのは――女子高生の子。
「ひ……っ」
涙で目がにじんでる。
足が震えて歩けなくて、護衛に抱えられるみたいにして台へ乗せられた。
奴隷商の手が彼女の胸元に伸びる。
「や、やだ……やめ……」
「胸を開けてください。抵抗するなら――」
にこぉ、と奴隷商が笑う。
その笑顔が、本当に、嫌な意味でプロだった。
「かまいませんよ? その場合は別室で、徹底的に《《教育》》されたあとで契約しますから。どちらでもお好きに?」
その言い方に、女子高生の顔から血の気が引いていく。
「や、やりま、す……今で……いい、です……」
声を振り絞ったその弱々しい言葉が胸に刺さる。
「ちょっと待ってよ! こんな子供に……! あんた、何考えて――!」
気づいたら、私は一歩踏み出していた。
女子高生って言ってもまだまだ子供だ。
こんな年端もいかない子供に脂ぎった中年が何を……!
でも。
奴隷商の目がにっこりと細まった。
「では、あなたが彼女の代わりに“されたい”ということで?」
「っ……!」
喉が、つまった。
言い返せない。
彼女も、小さく震えながら首を振る。
「……だ、大丈夫……でき、ます……わたし……が……」
あぁ、ダメだ。
こんな子供に庇われて……。
女子高生は震える手で制服の胸元を開いた。
「ほぉ……これはこれは、綺麗で、大変よく実った身体ですねぇ。こちらも人気が出そうで何よりです」
「ひっ……」
笑顔を浮かべて彼女を観察する奴隷商に、吐き気すら覚える。
奴隷商は満足げに頷き、指を伸ばした。
私はそれを見守ることしかできない。
胸がまた、じわりと熱くなる。
「《隷属刻印》」
光が流れ込み、紋が刻まれる。
少女は痛みと羞恥に涙をこぼしながらも、声を噛み殺して耐えた。
「はい、次は――あなた、ですねぇ」
視線が私を射抜く。




