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次の日の朝、私はいつもより少し早く目が覚めた。洗面台の鏡を見ると、頭には白や黄色の菊が数輪。ピンクも赤も咲いていない。
昨日あんなに甘いキスを交わしたのに、今日は普通の花だけ。少し拍子抜けしたけど、逆にホッとした気持ちもあった。
だって…もう番になったんだもん。これからは、ピンクの花を咲かせる度に剛くんに食べてもらう必要はない。剛くんは私の番で、私は剛くんの番。もう誰にも取られない。
「(……えへへ)」
鏡の中の自分が、自然と笑っている。
「おはよう、流李。今日はいい天気ね」
「おはよう、お母さん」
お母さんがニコニコしながら朝ごはんの味噌汁をよそってくれる。なんだか私の顔を見て、知ってるみたいな目をしてるけど…きっと気のせいだよね。
朝ご飯を食べ終わって歯を磨き終わった頃に、玄関のチャイムが鳴った。
「流李、来たぞ」
「はーい!今行く!」
ドアを開けると、いつもの大きな剛くんが、少しだけ照れくさそうな顔で立っていた。
「おはよう、剛くん」
「おはよう、流李」
いつも通り手を差し出されて、私は素直にその大きな手に自分の手を重ねる。でも今日は、指と指が絡むように自然と握り返した。
「お父さん、お母さん、力哉、いってきまーす!」
「おじさんおばさん、力哉、いってくるな」
「「「いってらっしゃーい」」」
力哉が今日は珍しく顔を出して、「おー、姉ちゃん今日なんか超幸せそうじゃん!」って言ってきたけど、私は「べ、別に!」って顔を赤くしながら玄関を飛び出した。
通学路を歩きながら、剛くんが小声で聞いてくる。
「…首、大丈夫か? 重くないか?」
「ううん、全然! すごく嬉しいよ。剛くんの大事な角…私がつけてるって思うと、ずっとドキドキしてる」
剛くんが「そうか」と小さく笑って、私の手をぎゅっと握り直す。
「俺もだ。流李が俺の番だって思うと…なんか、今日リングに立ってる時より心臓鳴ってる」
「えへへ、私も」
二人の声が少し重なって、すぐに恥ずかしくなって俯いた。学校の正門が見えてきた時、剛くんが少しだけ足を止めて、私の顔を覗き込む。
「なぁ流李」
「ん?」
「今日の帰り、ちょっと寄りたいところがあるんだけど…いいか?」
「うん、どこでも剛くんと一緒ならどこでもいいよ」
剛くんが満足そうに笑って、また歩き出す。正門の前で別れる時、いつもの「いってらっしゃい」「いってきます」じゃなくて、剛くんが私の耳元でささやいた。
「学校終わったらすぐ迎えに来る。…番さん」
「!、…うん、待ってる。番さん」
顔が熱くなって、思わず走って校舎に駆け込んだ。教室に入ると、百合ちゃんと千里ちゃんがすぐに気づいた。
「おはよう百合ちゃん、千里ちゃん」
「おはよう流李ちゃん」
「ねえ流李ちゃん、今日なんか雰囲気違う! 超幸せオーラ出てるんだけど!」
「え、そう?別に普通だよ?」
「嘘ー!絶対何かあったでしょ!国分寺さんと昨日遊園地デートだったんでしょ?どうだったのどうだったの!?」
私は机に突っ伏して、首に隠したチェーンをそっと指でなぞった。
「…内緒」
「えー! ずるいー!」
友達のからかいを浴びながら、私は心の中で繰り返す。
「(剛くんと番になったんだ。私、剛くんの番なんだ)」
これからも毎朝、剛くんに花を食べてもらう必要はないけれど。これからは、毎朝この手を繋いで、毎朝「おはよう」って言って、毎朝「いってきます」って言って。ずっと、ずっと、剛くんと一緒にいられる。
そんな幸せを噛みしめながら、今日も学校が始まるチャイムが鳴った。




