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ペトリコールと怪女達  作者: カシノ
メアリさんの留守番電話
8/62

008

 午前六時。

 控えめなアラームで目を覚まし、くたびれた肩を上に伸ばす。関節の解れる音と一緒に大きな欠伸がやってきて、卵を飲み込めそうなほど口が開いた。


「ふぅ」


 生理反射で流れた涙が寝起きで乾燥した頬に吸い込まれる。やけに暗い室内とカーテン越しの水音が陰鬱な雨を告げていた。

 もっとも、わたしの生活に天気はあまり関係ない。在宅業務が中心なので外出の必要はほとんどなく、日用品の購入もネット通販で事足りる。

 強いて言えば、いつもより一、二分、彼の寝覚めが遅れてしまうことだろうか。

 音を立てないよう壁に体を貼り付ける。

 心音さえも殺して耳を澄ませると、ベッドの軋みが微かに聞こえた。彼の日常に触れているという実感に思わず口元が緩む。


「おはよう、包介くん」


 すっかり慣れた挨拶を囁く。

 わたしの声が厚い鉄筋コンクリートを通り抜けて包介くんの耳に届くことはない。それでも、この一言がないと一日が始まらない。

 ここに越して二ヶ月と少し。

 彼の部屋を特定してから、欠かさずの日課だった。


「……よし」


 数分、伝わってくるような気がする温かみを堪能して、そっと体を離す。

 朝は忙しい。できることなら起きる時間も揃えたいけど、早起きして用意を済ませなければ、みっともない格好を包介くんに晒すことになってしまう。

 湿気と寝汗を閉じ込めた布団を捲り上げ、冷ややかな室内に両の手足を放り出す。

 温度差に背中がぶるりと震えるが、眠気覚ましにちょうどいい。薄く垂れた鼻水を拭い、フローリングに足を下ろす。


「ひゃっ」


 ひゃっこい。

 五月も半ばを過ぎたが、じめついた湿気に冷やされた床は間抜けな声が漏れる程度には冷たかった。

 爪先立ちのまま廊下を進み、居間に入る。

 まずは朝食。一人用の冷蔵庫からヨーグルトと、買い貯めた紙パックの野菜ジュースを取り出して、食器棚の上に置いたバナナの房から一本もぐ。

 それらをカウンターの上に並べたところで、口内のベタつきが気になった。うがいをしに洗面所に向かう。


「……はあ」


 そこで今日初めて、自分の顔を見た。

 わたしは容姿に恵まれている。母は性格こそ醜いが見た目だけは美人の類だ。父親の顔は覚えていないが、恐らく上手く二人の特徴を受け継いだわたしは、可愛さと綺麗さを両立させた美人だと自負している。

 それでも、寝起きの姿は見苦しいという他ない。

 くすんだ色の金髪はあちこちがはね上がり、寝不足気味の目の下は暗い隈で囲われている。姿勢の悪さも陰気な雰囲気を後押ししていて、とても人前に出られる姿ではない。


「……はあ」


 これが加齢の影響か。それとも、若さにかまけて自分磨きを怠った罰なのか。

 どちらにせよ、かつての自分を取り戻すことはできず、上回ることもない。漏れ出た二度目の溜め息は深く、胃がもたれそうなほど重かった。

 でも、過去を羨んでいる暇はない。予定の時間は刻一刻と迫り、万全の体制を整えるには反省すら惜しい。

 冷水で顔を丸洗いして、落ち込んだ自分に喝を入れる。


「よし」


 切り替えの速さは経験から得るしかない。

 歳をとることは衰えるだけではないと納得して、手柄杓で溜めた水でうがいする。少しだけさっぱりした。

 バスタオルで顔を拭って居間に戻り再びキッチンに立つ。食卓用のテーブルはあるが、座るのも面倒だ。立ち食いしてしまおう。

 食事に必要なのは栄養と速さ。碌に咀嚼もせずにバナナを口に押し込み、飲み込むのと同時にヨーグルトをかき入れる。ストローを乱雑に差し入れた野菜ジュースを一気に飲み干してしまえば、それでわたしの朝食は終わった。

 さて、本番はここからだ。

 包介くんの出発予定まで後二時間弱。

 それだけの時間を、すべて身嗜みを整えるのに使う。これも習慣になったことだ。

 化粧に髪型、服装や匂い。どれだけ時間を掛けても掛け過ぎるということはない。やればやるだけ足りない部分が浮き出てくる。

 言葉では長く感じる二時間も実際に過ごせばあっという間だ。いつもどこかに不安を覚えながら、それでも時間は迫っているので、仕方なしに出掛けている。


「……はあ」


 準備万端の完璧なわたしなら、きっとすぐに思い出してくれるのに。

 つい二ヶ月前、包介くんの告げた一言は、思い出すたびにわたしの心を締め付ける。

 会いたい気持ちに蓋をせず、もっと早く訪ねていれば、結果は違ったかもしれない。恥を捨てて学生服を着ていったなら、多少は可能性があったように思う。今更後悔して変わる話ではないが、考えずにはいられない。

 また暗い気持ちになってしまった。

 まるで進展のない現状がそうさせているのか。思い出の場所を写した写真を渡したり、それとなく昔の話題を振ってみたりはしているのだが、効果は芳しくない。

 状況を変える一手がそこらに転がっていたらいいのに。

 無責任な幸運を期待する浅はかな自分を嗤う。

 立て掛けた鏡に映る卑屈な笑みを見て、成果のない一日を予感した。




 ◇◆◇




 無難な青か、攻めぎみのピンクか。

 化粧は何度か経験するうちに自分なりのルールを見つけられたが、コーディネートにはいつも頭を悩ませられる。

 ひと月ほど前、包介くんが可愛いと褒めてくれたロリータドレスと、フリル多目のワンピースを見比べる。

 服の印象は重要だ。

 陰気な表情をしていてもパッと見は明るく見える。コンクリートの灰色が蔓延する現代風景の中で極彩色を身につければ、それだけで目を惹く存在になれる。

 もちろん、悪い意味で目立つ可能性はあるし、そもそもわたしは風景に溶け込むよう努力してきた人種だから、メリットはほとんどない。わたしが慣れない服装を選ぶのは、二度と包介くんに忘れられたくないという意思の表れだ。

 服を合わせた姿を鏡で確認して、結局は青のロリータドレスに落ち着いた。

 やっぱりピンクはハードルが高い。まあ、黒やグレーのパーカーばかりを着ていた頃よりは成長した、と思いたい。

 寝巻き代わりのTシャツをいそいそと脱ぐ。ムッとした熱気を感じたのは、寝汗をかきやすい体質のせいだろう。

 これから夏が近づくにつれ、暑さは更に増していく。今後は汗臭くならないよう一層の注意を払うことを決めながら洋服に袖を通していると、壁の向こうからトタトタと忙しない足音が聞こえてきた。


「やばい」


 包介くんの足音。この速さはもうじき家を出る音だ。

 でも、時刻はまだ七時半にもなっていない。包介くんの普段の登校時間は八時前後のはず。

 明らかに早い。何か異常事態が起きたのか。

 けど、今は考えを巡らせている場合じゃない。理由はともあれ、包介くんはもうすぐ登校しようとしているのだ。

 大急ぎで洋服に着替えて、玄関に向けて一直線に走る。

 身なりを再確認する余裕はない。パンプスを履きながら靴箱の上に置いた封筒を手に取り、口実のために用意した空き缶入りのゴミ袋を拾い上げる。

 玄関前に出かける準備を固めて置いたのは正解だった。ほとんどロスなく外廊下に飛び出す。


「あれっ」


 いない。

 灰色の雲が広がるばかりで、奥のエレベーター乗り場にも包介くんの姿はない。

 でも、諦めるには早い。

 目を凝らして、エレベーターの階数表示を睨む。

 ランプは動いていない。かかった時間を考えても、包介くんがまだ出掛けていない可能性は高い。

 荒くなった鼻息を抑えながら前髪を整えていると、秒と待たずして隣の玄関扉が開かれた。

 やっぱり。

 予想通りの展開に口元が緩む。次いで、ひょっこりと姿を現した彼の美貌に、わたしは深く息を呑んだ。

 小ぶりだが筋の通った鼻。柔らかそうな桜色の唇。吸い付きたくなるほっぺた。

 所々赤の差す白い肌はシンプルな黒い学生服と絶妙なコントラストをなしており、包介くんの儚さを見事に演出している。

 もふもふした髪の毛は湿度のせいか、いつもより癖が強い。高価な羽毛にも勝る彼の髪に包まれたのなら、どれだけ幸せな時間を過ごせるだろうか。抱き枕にできれば一夜で十年は若返る。

 ああ、今日も可愛い。

 尊い横顔に見惚れていると、玄関扉が閉まるのに合わせて包介くんと目があった。

 深い黒。月明かりを映す夜の海のような神秘的な色。

 彼の瞳から放たれる視線はわたしの時を止めるには充分過ぎて、だからこそ初動が遅れてしまった。


「おわぁっ!!」


 包介くんが突然足元を崩し、後方に大きく仰け反る。

 咄嗟に体が前傾するが、しばし呼吸を忘れたためか動きに若干の違和がある。

 間に合わない。

 あのすべすべな手に傷でも残ってしまったら、まさしく全人類の損失である。

 訪れる悲劇から目を背けるように目蓋を閉じたが、予期していた衝突音も包介くんの悲鳴も聞こえてこない。

 恐る恐る確認すると、彼は傘を後方に突っ張ることで何とかバランスを取っていた。

 よかった。押し寄せる安堵感に暫し放心し、いつのまにか体勢を立て直した包介くんを見てやるべきことを思い出す。

 今日の分の写真を渡すのを忘れていた。

 封筒に皺がないか一瞥してから包介くんに手渡す。


「……これ」

「いつもすみません」

「……別に、平気だから」


 真っ白なハカギサイズの封筒。中に込めたのは、かつての風景を細部までこだわって再現した写真だ。

 平日の朝、出会うたびに手渡すという行為をここに越して二週間が過ぎた頃から続けているが、未だにわたしからの封筒だとは言い出せていない。

 事実を突きつけられることに怯えてしまい、誤って届けられていたと嘘を吐いてしまったのだ。それから訂正の機会を見極められず、進展もないのにずるずると続けてしまっている。

 包介くんにとっても、いい迷惑だろう。封筒を手にした彼の表情は渋い。


「……開けないの、それ」

「え? ああ、そうですね。でも多分、いつもと同じだと思いますよ」


 どこか投げやりに封筒を開いた包介くんが写真に目を通す。

 一昨日わたしが撮ってきた図書館の写真だ。まだギリギリのところで存続していたあの場所は、相変わらずの無人ぶりだったが、却って都合が良かった。角度や光の加減など、人目を気にせずに微調整を繰り返した一枚は当時の光景にかなり近い。

 だが、包介くんの顔は依然として険しい。右のこめかみを叩く人差し指には苛立ちが表れている。普段は優しげな光を堪えた瞳には暗い陰が落ち、感情が見えない。


「あの、大丈夫?」

「……あっ、すみません」


 堪らず声をかけると、包介くんはパッと顔を上げた。

 申し訳なさそうに下がった眉を見て安堵する。こめかみを叩くのは集中した時の昔からの癖だ。

 珍しい一面を知れて嬉しい反面、あまり見たくはないと思う。やっぱり包介くんには、いつも笑顔でいてもらいたい。


「それじゃあ、僕はこれで。本当に、何度もすみません」

「えっ」


 まずい。包介くんが行ってしまう。

 朝の目的は写真を渡すだけではない。むしろ、ここからが本番なのだ。


「あっ、あのっ、わたしも一緒に行く……」


 言って、言い訳のために持ち出したゴミ袋を後ろ手で揺らす。

 小まめにゴミ出しするほど几帳面な性格ではないが、用もなく同行を申し出られる大胆さは持ち合わせていない。わたしなりの理由付けだった。

 笑顔で了承してくれた包介くんは、廊下奥のエレベーターに向かって歩き出す。

 小さな背中。でも、わたしの知っている背中より厚みを増している。同年代と比べると華奢だろうけど、たしかに感じる彼の成長に目頭が熱くなる。

 これが母性か。

 かつて包介くんが与えてくれた暖かさが、今度はわたしに宿っている。言葉で自覚した途端に抱き締めたい衝動に駆られて、理性にヒビが入る音が聞こえた。

 エレベーターを待つ無防備な背中にそっと近づく。

 腕を伸ばせば全身を収められる距離。筋骨の硬質さと女性的な流線美を兼ね備えた彼の体を包み込めたのなら、この世に蔓延るすべての不安が取り払われる気がする。

 わたしの爪先が包介くんの踵に触れそうな距離にまで近づいたところで、軽快なベル音と共にエレベーターが到着した。

 我に返り、間違いを犯さずに済んだことにほっとする。ちょっぴり惜しい気がするのは、気にしない方がいいかもしれない。

 包介くんはそそくさと乗り込むと、片手で扉を抑えてくれた。手慣れた動作には、人を選ばず親切を振りまいてきた彼の紳士性が見て取れる。


「あ、ありがとぅ……」


 お礼を述べながら包介くんの真後ろを陣取る。腕が触れ合いそうな横並びも捨てがたいが、真後ろなら思う存分彼を観察できる。

 まったく、エレベーターは最高だ。

 他人と閉ざされた空間を共有するなんて息は詰まるし緊張するしで一秒と留まりたくないが、包介くんが一緒なら何時間でも過ごせる。半日くらいなら閉じ込められてもいい。

 包介くんで満たされた空間に多幸感を覚えながら、彼の愛らしいつむじを眺める。毛量が多いので正確な形は判別できないが、毛の流れはわたしと同じ右回りだ。共通点を一つ見つけるたび、彼の心を知れたような気がして嬉しくなる。

 鼻で深呼吸して甘いシャンプーの香りを少しでも多く吸収しようと躍起になっていると、エレベーターがグンと遅くなる。次いで、無慈悲なベル音が一階の到着を知らせた。

 終わってしまった。

 幸せの時間はあっという間に過ぎてしまう。

 包介くんと会えるのはまた明日。わたしを現実に引き戻すエレベーターの扉が恨めしい。

 せめてもの慰めにと包介くんに半歩近づき、赤外線で伝わる体温を肌に感じていると、開き切った扉から見たくもない女の姿が目に入った。

 セーラー服を着た汚らしい赤茶頭。まな板のような胸をしたその女は、太々しく腕を組み、舐め腐った佇まいをしている。

 赤錆(あかさび)

 下の名前は興味がないので知らない。ただ、この女が包介くんにどう接しているかはよく知っている。

 あの冬、包介くんと再会したあの日。

 この女さえいなければ、何もかもが上手くいっていたのに。

 陽気に当てられた頭は急速に冷やされ、苛立ちや怨みが混ざったドロドロした感情が沸々と湧いてきた。

 こちらを睨む生意気な目が本当に癪に触る。貧相な体しやがって。ぶちのめしてやろうか。

 赤錆はチンピラじみた喧しい足取りで自動ドアの前に立つと、ガラスの表面を拳で叩いた。

 脅しのつもりか。ガラスを認識できない低脳な猿にしか見えない。

 無言の睨み合いを続ける。

 だが、赤錆にオートロックの壁を越えることはできない。圧倒的なアドバンテージがわたしにはある。


「す、すみません。お先に失礼します」

「あっ」


 愉悦に浸っていると、包介くんが先にエレベーターを降りてしまった。駆け足で赤錆の元に向かい、絶対の門が開いてしまう。

 クソ。

 握りしめた拳の中で骨が軋む音がする。


「い゛だぁーーー!!」


 突如として響いた、耳をつんざく悲鳴。

 包介くんの股座から薄汚れたスニーカーの裏地が覗く。

 彼の大事なところが蹴り上げられている。


「ほ、包介くん! だ、大丈夫!?」


 あれはまずい。

 蹴られた瞬間、包介くんの体が数センチ浮いたように見えた。

 それほどの衝撃を急所に叩き込まれ、無事に済むはずがない。大急ぎで駆け寄って覗き込んだ彼の顔は冷えた泥の色をしていて、深刻な痛みが手に取るように感じられた。

 救急車。

 ポケットの携帯に手が伸びるが、包介くんの微笑みに静止させられる。

 わたしには想像のつかない激痛に苛まれ、立つことすらままならない状態で、それでも心配させまいと浮かべた笑み。

 どうして包介くんはこんなにも優しいのだろう。自分が一番辛いのに、誰かのために身を削る。

 誰よりも温かい彼がこれほど酷い目に遭っていいのか。いいはずがない。

 包介くんは救われるべきだ。

 そのためにわたしは、この虫ケラを駆除しなければならない。

 滾る使命感と共に一歩踏み出して茶髪のクソガキを見下ろす。


「誰ですか」


 耳障りな鳴き声。

 先手を取ったつもりか。腹立たしい。こんな幼稚な声をした奴に負けるわけにはいかない。


「く、桑染メアリですけど」

「メアリ? ……ああ、外人ですか。日本では普通のことなんで気にしないでください」

「が、外国人じゃないし、普通じゃないことぐらい知ってる!」

「ふーん、そうなんですか。まあ、若者の常識なんで、おばさんが知らないのも無理ないですね」

「おっ、おばさんじゃない! まだ二十二だもん!」

「やっぱりおばさんじゃん」


 クソ、クソ、クソ。

 世間知らずのクソガキが。クソ生意気な口ききやがって。


「ハッ、もう終わり? 話になんないわ」


 小馬鹿にした流し目と、短く乾いた笑い。

 勝ち誇った態度を境に、最後の糸がプチンと切れた。


「……ちん」

「は?」

「おおおおちんちんは大切! 蹴ったりはダメ!!」


 包介くんのおちんちんを粗末に扱ったこと。それだけは絶対に許せない。

 わたしは性欲を律することを心掛けている。もしも手を出せば関係に修復の効かない亀裂が入るからだ。

 しかし、わたしも人間である以上、包介くんの裸体に思いを馳せたことはある。

 きめ細かな白い肌はすべすべした最高の触り心地で、乳首は淡いピンク色。少女のようでいて意外に骨張っている体つき。

 そして、彼の男の子を最も強く主張する神秘のシンボル。

 それこそがおちんちん。

 この世に唯一つのそれを穢され辱められた事実に、わたしは激怒したのだ。

 腹の底から叫んだ充実感で鼻から熱い息を吐き出される。

 わたしの勝利である。やはり、包介くんのおちんちんは貴い。

 言葉に出すだけで、赤錆のような醜い心を持った化け物をも浄化してしまう。


 おちんちん、と言葉に出すだけで。


 思考が現実に追いつき、ようやく惨状を理解する。

 わたしは何を言っているんだ。

 卑猥な言葉を力の限り叫び、それを名誉と錯覚していた。

 誰がどう見てもいかれた女である。

 時間が止まる。赤錆も阿呆面で固まっている。

 動くものは小刻みに震える包介くんの腰だけだ。


「ご、ごごごごめんなさいっ!」


 わたしは脇目も振らずに逃げ出した。

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