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ペトリコールと怪女達  作者: カシノ
黄衣小女孩

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074

 秋の空には鳥の囀りがよく響く。

 水色に澄んだ空の下、いつもの通学路を歩いていると、すぐ傍を二人の子供が走り抜けていった。


「おそい!」

「まってぇ」


 赤と黒のランドセル。男勝りな女の子の後ろをヘニャヘニャした男の子が追いかける光景は、赤錆とホースケを連想させる。


 赤錆(あかさび)(てい)

 アイツはホースケのことを、どう思っているんだろう。


 多分、好きではあると思う。

 やたらと執着してるし、ちょっかいもかける。アレで好意がない方が不自然だ。

 でも、アタシの知る限り、告白はしていない。恋愛に疎いアタシでも分かるくらい露骨にアピールしているのに、言葉で好きと伝えることはしていない。

 ホースケは悪いようには思ってないし、告白すれば十中八九受け入れるだろうが、赤錆はアレで繊細なところがある。もしもを考えて尻込みしているのかもしれない。

 他の連中も同じだ。青褐センセイ、桑染サン、榛摺サンは歳の差があるので想像しにくいが、濃墨センパイと転校した梔子なんかは明らかにホースケを好いている。ホースケ自身が気づいていないだけで、恋人ができるチャンスは幾らでもあった。

 そんな、大した関わりのない椋実でさえ理解していることを、アタシは今更になって知った。そのうえ、ホースケに見限られることを恐れ、興味のない告白を保留するなんて筋の通らない真似をしている。


 情けねえ。


 昨夜に抱いたモヤモヤに鬱屈した思いが混ざり、分厚い暗雲に姿を変える。吐き出す方法が分からず、内臓に重石をつけられたみたいに体が芯から重くなる。

 舌打ちを吐きかけたところで視界の端の制服の数が増えていることに気づき、怠い頭を持ち上げると、いつの間にか学校に着いていた。

 学校を面倒と思うことはしょっちゅうだが、今日ほど面倒な日はない。椋実と弁柄の顔が思い浮かぶだけで具合が悪くなってきた。一度落ち込んだ気持ちに答えを返す覚悟なんてものは決められるはずがなく、仮病を使って休んでしまおうか、と足先が自然に振り返る。


「薫子じゃん。おはよう」


 振り返った先には坊主頭の弁柄が、ニタニタ笑いながら立っていた。

 朝から最悪だ。言葉を交わすのも嫌になり、弁柄を躱して帰ろうとする。しかし、ヤツの背後から小さい影が飛び出して、アタシの行手を遮った。


「お、おはよう、烏羽さん」


 椋実。なんでテメェが。

 いや、たしかコイツは、弁柄の幼馴染なんだったか。通学路が被るのは当たり前だ。しかし、よりにもよってこのタイミングで出会すなんて。

 アタシより幾分下からの見上げる眼差しは変にキラキラしていて、足が縫い止められたように動かない。校門の前で固まる珍しい組み合わせに、登校中の生徒達から訝しむような、詮索するような視線が集まる。


「あれ、弁柄じゃん。朝から何やってんの」


 躊躇っているうちに、弁柄の仲間たちまで合流した。昨日の告白の場にいた連中だ。俯き気味に固まるアタシを見て事態を察したらしく、皮肉げな笑みを浮かべる。


「フラれたのにまだ絡んでんのかよ」

「はあ? フラれてねえし。保留してるだけだから。だよな、若菜」

「う、うん。真剣に考えるって言ってた」


 話しを振られた椋実が、アタシとのやりとりを揚々と説明し始めた。恋愛関連のトラブルと分かると足を止める生徒も増え、注目されて気を良くした弁柄の声が大きくなる。


「どしたんこれ」

「なんか、あっちの大っきい女の子が告白保留してるらしい」

「相手は? あの坊主? あんまりかっこよくないね」

「勢いでイケると思ってんじゃね。知らんけど」


 野次馬の一団は校門の半分を塞ぐほどに膨れ上がった。ヒソヒソ声の噂話も集まれば騒音だ。好き勝手な呟きが弁柄の喚きに追従するようにアタシの耳に飛び込んできて、不快な反響で頭がいっぱいになる。


「おうい。何集まってんだ。早く教室入れー」


 大人の声。おそらくは生活指導の教師。

 アタシは声の出所を確認する間もなく、集団がピタリと静かになった隙に、逃げるように校舎に駆け込んだ。




 ◇◆◇




 咄嗟に教室に逃げ込んだのは失敗だった。あのまま家に帰っていれば、少なくとも今日はやり過ごせたのに。

 校門での騒ぎはすでに伝わっていたらしく、クラス中のヤツらが遠巻きにアタシ()を眺めている。


「なあ。もう返事くれてもいいんじゃねえの」


 弁柄がアタシの机に手をついて、前のめりで話しかけてくる。

 コイツの教室は下の階だ。なのにコイツは、撒いたと思った次の瞬間にはアタシ達の教室に乗り込んできて、舞台役者にでもなったみたいに我が物顔で振る舞っていやがる。


「他に好きな奴もいないんだろ? 試しに付き合ってみるのも悪くないって」


 弁柄の顔が近づく。

 反射的に拳を握るが、振り抜くことができない。弁柄がアタシに付き纏うのは、アタシの整理がついていないために答えを保留にしているせいだ。弁柄は気色悪いがアタシにも落ち度はあり、暴力を振るって追い返すことに正当性はない。

 それに、弁柄には仲間が大勢いる。コイツ一人なら敵じゃないが、野球部の中には手強いヤツもいるはずだ。理不尽な行動で反感を買い集団に襲われれば、物量で押し切られる。


「わ、わたしもいいと思う。烏羽さん、彼氏いたことないんでしょ? 今のうちに経験してた方がいいよ」


 後ろ斜めから椋実のか細い声が聞こえる。

 ぎこちなく振り向いたアタシはどんな顔をしていたのか。椋実はアタシの表情を窺うと、ヘラリと笑った。


「これ以上引き延ばしてたら、包介くんも心配しちゃうよ」


 ポツリと、アタシにだけ聞こえるように呟く。

 ホースケがこのことを知ったら、なんて思うだろう。

 よかったね、と素直に祝福するのか。それとも、無理に迫るなと抗議してくれるのか。

 ありえない。ホースケにとってのアタシは所詮、ただの友人だ。赤錆みたいに深い繋がりを持たないアタシは社交辞令で祝われて、それで終わりの関係だ。


「もう包介くんに迷惑かけたくないでしょ? 烏羽さんに包介くんは無理だって。弁柄くんで妥協した方がいいと思うよ」


 水銀が垂れるようにドロリと耳に入り込む椋実の囁きは、ジクジクと脳味噌を焼き溶かす。椋実の話す言葉が一番正しいと思えてくる。

 これ以上、ホースケに迷惑をかけたくない。だったら弁柄の告白を受け入れて、自分から遠ざかるしか──


「あの、座れないんだけど」


 騒めきの中に紛れる聞き慣れた声。

 雷みたいに強烈な光が頭の暗雲を吹き散らし、俯いた顔が声のした先へ弾け向く。


「おはよう烏羽さん。凄い人だかりだね。何かあったの?」


 ホースケがいる。

 弁柄の傍をすり抜けて自席に座り、鞄の中身を取り出しながら、何でもない風に話している。


「母さんと桑染さんは休めって言うんだけど、青褐先生からの連絡が凄くて。熱も咳も治ったし来ることにしたんだ。それで、みんなから注目されてるみたいだけど何かあったの?」

「あ、えっと」

「あれ、なんか顔色悪い? もしかして僕の風邪移っちゃったかな」


 突然の状況に頭が追いつかない。

 口篭るアタシを心配してホースケが腕を伸ばしかけた瞬間、弁柄が間を割って入ってきた。ホースケの机を叩きつけるように手をついて、高圧的に身を乗り出す。


「いま大事な話してんだよ。どっか行っててくんない?」

「え? でも、もうすぐショートホームルーム始まるし」

「あのさぁ、オレがいま、薫子に告白してんのわかんない? 邪魔だからあっち行けよ」


 告白、という単語を聞いて、ホースケは目を見開いた。

 けどそれは一瞬で、アタシを横目で確認した途端、冷たい雰囲気を纏わせて弁柄を見返す。


「こういう見せ物みたいなの、烏羽さんは好きじゃない。場所は選んだ方がいい」

「あ?」


 パチリ、と音が聞こえそうなほど、二人の間の空気がピリつく。喧嘩が始まる直前の雰囲気に、サッと周りの温度が下がる。

 どうしてこんなことに。ホースケに見限られないためには、迷惑をかけてはいけないのに。アタシの弱さが招いた状況に、ホースケを巻き込みたくないのに。


 なのにどうして。

 どうしてアタシは、こんなにも嬉しいんだ。


「ご、ごめんね。弁柄くん本気だからさ、ちょっとだけ待っててもらえないかな」


 ホースケと弁柄の間に椋実が入り込む。張り詰めた空気を宥めようと頸に汗をかきながら必死に説得するが、ホースケの冷たさは変わらない。

 ホースケは弁柄から気怠げに視線を外し、感情を殺した左目で椋実を見る。


「彼が本気がどうかは知らないけど、烏羽さんは迷惑そうにしてるよ」

「そ、そんなことないよね。ね? 烏羽さん」


 椋実はホースケの説得を諦めた。お前がなんとかしろ、と言っているのも同然の視線を向けてくる。

 実際、そのとおりだ。この場を収めるには、アタシが何とかするしかない。


「……アタシは、大丈夫だから」

「大丈夫じゃないだろ」


 アタシの虚勢はあっという間に見抜かれた。

 ホースケの左目が真っ直ぐにアタシを見据える。真剣な瞳を見つめられると、グッと胸が締め付けられて、悲しくもないのに涙が出そうになる。


「関係ないのにしゃしゃってくんなよ。ちょっと仲良いくらいで彼氏ヅラか? あ?」


 だが、状況はアタシを許さない。弁柄が再び机を強く叩き、強引に注目を集める。


「彼氏じゃないけど、烏羽さんは大切な人だ。明らかに嫌がってるのに見過ごすなんてできない」

「うっぜぇなぁ……! もういいわ、お前。表出ろ」

「話ならここで出来るだろ」

「なんだよ、ビビってんのか? オマエみたいなチビがオレに勝てるはずねぇもんなぁ!」

「勝ち負けなんて話は誰もしてない。僕は、烏羽さんに迷惑をかけるなと言っているんだ」

「薫子が取られるんで嫉妬してるだけだろうが! ダッセェなァ!」

「烏羽さんが好きになった人なら素直に祝福するよ。でも、彼女が嫌がってることすら分からない相手なら、友人として忠告くらいはさせてもらう」

「雑魚のくせにベラベラうっせえんだよ!」

「うるさいのは君だろ。朝から大きい声出すなよ」


 ホースケは引かない。座りながら見上げる姿は弁柄よりずっと小さいのに、まるで臆することなく対峙している。冷え冷えとした気配は鋭利さを増していき、周囲を圧倒しつつある。

 気が付いていないのは弁柄だけだ。感情を剥き出しにする相手との対話は不毛と悟ったのだろう、ホースケは辟易した様子でこめかみを掻きながら、左目を細める。


「……勝負すれば納得するのか?」

「あ゛あ゛!?」

「僕が君に勝てば烏羽さんに付き纏うのは止めるか、と聞いたんだ」


 一拍の静寂のあと、弁柄は怒号じみた笑い声を上げた。聞く者の神経を逆撫でする声だ。遠巻きに眺めていた野次馬の何人かが、弁柄に釣られてクスクスと嘲笑った。

 ホースケは小さい。弁柄はやけに細いので体重は身長差ほど違わないかもしれないが、リーチの差は明らかだ。そのうえ、片目しか使えないハンデまである。

 普通に考えて、勝ち目がない。しかし、ホースケは動じない。誰からも無謀と嘲笑される中、自分の発言に一切の後悔なく、黙って弁柄を見上げ続ける。


「オイぜってえ逃げんなよ! テメェが言い出したんだからなあ!」

「逃げないよ。放課後でいいだろ? 場所は歩いていける距離ならどこでもいいよ」

「お前ら聞いたかよ! コイツ本気でオレとやるつもりだってよ!」

「さっきからそう言ってるだろ……」

「テメェ逃げんなよ! 二度と学校に来られなくしてやっからな!」

「分かったって。早く自分の教室に戻りなよ。ショートホームルーム始まるぞ」


 弁柄は喚きながら、数人の仲間を連れて教室を去っていく。

 ホースケはその背中を一瞥すらせず、重く長い溜め息を吐くと、鞄の中身を出す作業を再開した。

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