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ペトリコールと怪女達  作者: カシノ
旅館バイト

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 お酒は苦手だ。

 苦いし臭いし、そのくせ高い。喉ごしが欲しければ炭酸を飲めばいいだけだし、わざわざ買う理由がない。

 そもそも、アルコールの良さが分からない。毎日どこかしらで問題を起こす人がいて、中毒とか依存症とか、危険な薬物みたいな言葉がぽこぽこ出てくる。

 コミュニケーションツールだから、なんて甘言で惑わしてくる奴もいるが、理性を弱らせて関係を進めようとするなんて、どう考えてもろくでなしだ。文書でやり取りする方がよっぽど有意義である。

 そういう考えからお酒を口にすることなく生きてきたわたしだけど、同調圧力には勝てなかった。


「うひゃへへえええ、メアリィィ、のんでりゅうう?」

「……うん」


 榛摺(はりずり)麗美(れいみ)

 隣に住んでるわたしの後輩。おっぱいは普通だけど、おしゃれで美人ないい女。

 そんな彼女は今、目の前で酒に溺れている。赤ら顔で目を充血させながら、口から涎を垂らしている。


「たのしいねえ。ひひひひひ」


 やっぱり、からかいすぎただろうか。

 いつも綺麗な麗美のサツマイモじみた姿はギャップが凄すぎて、わたし達は盛大に爆笑した。

 恰好は田舎の中学生そのものなのに顔だけは美人で、一目で麗美と分かってしまったのも大きい。部屋もごちゃっとしていて、赤錆と烏羽は腹を抱えて転げ回っていた。


「いえーい! 次のも開けちゃおお」


 かっこつけの麗美には耐えられなかったのだろう。しばらくしてからメッセージが届いたので、こっそり様子を見に来たらこの有り様だ。

 聞けば麗美は、酒を飲むのは今日が初めてらしい。一日のうちに二度も痴態を晒したとなれば、明日はもっと落ち込むに違いない。


「てーか、なんでメアリはいつもどーりなの! いっしょにのも!」

「はいはい……」


 ほっぺに缶をぐりぐり押し付けられる。せめてもの情けで酒呑みに付き合っているのだが、流石に疲れてきた。仕方なく受け取り、口をつける。

 不味い。麦をそのまま舐めたみたいな粘っこい苦味が口いっぱいに広がり、思わず舌が出てしまう。


「あらー! メアリちゃんはお子ちゃまねえ」

「……うん。そうだね」


 べろべろの麗美と違って、わたしは全然酔える気がしない。押し付けられるまま同じ量を飲んではいるが、頭は冷静、むしろ、いつもより冷めている感覚さえしてくる。

 これも西洋の血のせいか。どうでもいいところばかり遺伝して嫌になる。


「うえーい!」


 ちびちびと飲み進めていると、麗美が雄叫びを上げて胸元に飛び込んできた。小さな頭がわたしのおっぱいに埋まり、そのままぴたりと動きを止める。

 ついに死んだか?


「おっぱいふかふか! おっぱいふかふか!」


 もうやだ。

 これ以上好きにさせても麗美の後悔が深くなるだけだし、いい加減注意しようかと腰を浮かせかけた時。


「榛摺さん? 入っても大丈夫ですか?」


 扉の向こうから包介くんの声が聞こえてきた。

 優しい彼のことだ、笑ってしまったことを謝りに来たのだろう。だけど、今の麗美はとても人前に出られる状態じゃない。心苦しいが、包介くんには日を改めてもらおう。

 麗美を引き剥がして床に寝かせ、そっと戸に身を寄せる。


「包介くん?」

「あ、桑染さんですか? ごめんなさい。お昼のことがあったから心配で」

「うん。でも、今はちょっと不味いかも。明日、時間作るよう言っておくから、今日のところは」

「包介クン、来てるの?」


 最悪のタイミングで麗美の目が醒めた。

 醒めたというか、冷めている。へらへらした笑い顔からは打って変わって、人に迫る顔つきだ。美人の真剣な眼差しは相応の迫力があり、わたしの背筋も自然と正される。


「入りなさい」


 大人が子供を説教する声色。そろりと戸を開けた包介くんは、部屋に充満する酒の臭いを嗅いで表情を歪める。

 当然の反応だ。去年まで小学生だった子供に嗅がせていい臭いじゃない。鼻を覆わなかっただけ、よく我慢した方だと思う。だけど、説教モードの麗美は彼の反応を目敏く見咎め、威圧感たっぷりの溜め息を吐く。


「なに。ワタシの部屋がクサイっていうの」

「え? そ、そんなことないですよ」

「フーン。あれだけ嗤って、部屋がクサイとまで言い出すか。ハア、ずいぶん無礼なガキだなキミは」

「いや、臭いとかじゃなくてですね。ちょっと飲み過ぎなんじゃないでしょうか」

「ワタシが飲み過ぎたのはダレのせいなんでしょうねえ!!」

「ひっ」


 こわい。酔っ払いを超え、狂人の域に達している。

 ヤバい人特有の緩急に包介くんどころかわたしまで萎縮してしまう。


「まあいいでしょう。ここに座りなさい」


 麗美の長い人差し指は、自分の膝の上をさしている。


「ええっと、ここというのは」

「ワタシの膝の上」

「あ、あはは。やだなあもう。冗談でもびっくりしちゃいますよ」

「冗談? なにが?」


 麗美はマジだ。

 包介くんが横目で助けを求めてくるが、わたしではどうにもできない。逃げるように視線を逸らすと、彼の心が砕ける音が聞こえた気がした。


「……座れば許してもらえますか」

「どうかなぁ。座んなきゃ絶対許さないけどね」


 意地悪な言い方。選択肢のない包介くんは一つ息を呑んだあと、胡座をかく麗美の上に慎重に腰を下ろす。


「オッホ♡ ショタのナマケツたまんねえ~」


 最低な感想を述べながら、麗美は後ろから包介くんを抱きすくめる。体の小さな包介くんは両腕の中に綺麗に収まり、大きめのぬいぐるみみたいになっている。


 いいなぁ。わたしも抱っこしたい。


 二人をじっと見つめていると、視線に気がついた麗美は卑しく笑って、さわさわと包介くんを弄り始めた。浴衣の胸元から腕を突っ込み、長い指が舐めるようにねちっこく柔肌の上を這い回る。


「ん、んぅ」


 無言で耐えていた包介くんだが、生々しいセクハラにとうとう吐息が漏れた。表情は切なげに歪み、鎖骨の辺りまで赤く上気している。

 麗美と密着したせいで、酒の臭いに酔わされてしまったのかもしれない。麗美のセクハラに身を捩らせる様は抵抗とは呼べず、媚びるように潤んだ瞳が嗜虐心を増長させる。

 包介くんはえっちだ。でも、普段は純真さからくる、見る者のすけべ心を湧き立たせる健康的なえっちさだった。

 今の彼は違う。受け身ではなく、誘うような。蠱惑的なエロチック。


「ふう、ふう」


 声になるほど息が荒い。大好きな人が目の前で穢されているのに、胸の動悸が止まらない。自然と口が半開き、蜜に惹かれた虫のように体が包介くんに引き寄せられる。


「……メアリ。帯外して」


 肌の熱が伝わる距離まで近づいたとき、麗美から声が掛かった。茹った脳に差し込まれた外部の刺激に、反射で顔が持ち上がる。

 蕩けた包介くんを抱え、上から覗き見る麗美の表情。

 肉欲が剥き出しの、雌の顔。


「包介くんの帯外して!」


 怒鳴るような呼び声に、視線を下に移す。

 そこで、目を見張った。

 鉄の棒。

 包介くんの股間から、鉄の棒が伸びている。

 いや、実際は違うことくらい、経験のないわたしにも分かる。だが、そうとしか形容できないモノが、雄々しくそそり立っている。

 傍のロング缶と比べても遜色ない大きさだ。むしろ、勝っているのではないだろうか。辛うじて浴衣がかかっているが、無為に等しい。長い浴衣の裾を膝頭が見えるまで寄せ上げ、ぴちりと張り付いた生地がくびれのついたその形を殊更に強く浮き立たせる。

 こんなモノが体の内側に入るというのか。

 恐ろしい。布団の中の妄想とは全然違う。こんなモノで突かれたら絶対に壊れる。

 だけど同時に。

 興奮が止まらない。浴衣で薄く隠されたソレに触れたくて堪らない。

 溢れ出そうな涎を音を立てて呑み込み、ずいとにじり寄る。唇の先が掠れそうな距離。わたしの息が掛かるたび、小さく脈動している。布越しで匂いはしないが、空気感に神経が刺激され、下腹の辺りがきゅんとする。


「やめて……」


 口先だけの儚い拒絶。それはむしろ、わたしの中の欲望を煽り、右手がゆっくりと包介くんへ伸びて──


「ドラアァッ!!」


 ガツン。


 頭のてっぺんに衝撃が落ちた。


「ナニしてんだコラァ!」

「離れろ変態!!」


 烏羽と赤錆が飛び掛かってくる。後ろには冷たい目をした濃墨さんと女将さんが控えていて、弁明の隙はない。


「お酒禁止」


 女将さんが静かに言い放つ。烏羽にヘッドロックをかけられていなければ、激しく頷いていただろう。

 お酒はやめる。麗美と一緒の時は、絶対に。

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