039
ワタシ達三人組は出禁になった。
正確には、包介クンが代わりに謝って出禁は免れたのだが、恥ずかしすぎて行きたくても行けない。
これ以上の迷惑はかけられないと急いで退店したけど、偶然の出会いから成り行きでここまで来たワタシ達に計画性なんてものがあるはずもなく、ひとまず最寄りの公園に避難することになった。
「お店に迷惑かけちゃ駄目ですよ」
包介クンと薫子ちゃんを加えて。
騒ぎに巻き込まれて居辛くなったのだろう、二人はテーブルの上を急いで片付けて、すぐにワタシ達に合流した。
ぐうの音も出ないお叱りを受けて、メアリが首を縮こませる。
「……そんなのより、大事なことがあるでしょ」
しかし、丁ちゃんにとってはそれどころじゃない。暗い面持ちで俯き、包介クンから視線を逸らしたまま呟く。
「大事なこと?」
「……あんたの好きな人」
薫子ちゃんがビクッと反応する。
メアリと赤錆ちゃんのお通夜みたいなテンションもそうだが、この子はこの子で様子がおかしい。さっきまでのやんちゃな振る舞いは見る影もなく、ちょっと内気な中学生女子になっている。
いや、それだけじゃない。
包介クンを見る目。
あれは、恋する乙女が、気になる男の子をついつい追ってしまうときの目だ。
ちょっと前まで、薫子ちゃんは恋愛を知らない子だった。だけど、包介クンの一言で、自分は好意を寄せられる女の子なんだと気づいてしまった。薫子ちゃんみたいに、自分に恋は関係ないと思い込んでいた子ほど、意識した時の衝撃は大きい。
薫子ちゃんの変化には、丁ちゃんも、勘の悪いメアリでさえ気がついている。
なのに、肝心の包介クンは平然としていた。
ぽけー、と口を半開きにして何を考えているか分からない。地面に落ちた枝を暇そうに爪先で突いてるし、ほんとにもうなんなんだ。
包介クンの答え次第では、子供の声が遠くで響く和やかな公園の風景が、阿鼻叫喚の地獄と化す。
各々がそれぞれの思いを抱きながら彼の言葉を待つ緊張の時間。
「うーん。僕にはまだ早いかもしれない」
ようやく明かされた答えは、パッとしないものだった。
拍子抜けな結果に、全員の膝がガクッと折れ曲がる。中でもメアリの反応は大きくて、地面に膝を突き立てる様は、崩れ落ちる氷山のようだ。
「な、なんだよー! びっくりしたぞ! 急に真面目な顔してみつめるもんだから、勘違いしそうになったじゃねえか!」
薫子ちゃんが大声を出して包介クンの肩を叩く。
豪快な笑顔に含まれるのは安心が八割、落胆が二割といったところか。叩かれた包介クンは肩を摩りながら、きょとんとした顔で薫子ちゃんを見返す。
「いや、烏羽さんのことが好きなのは本当だけど」
「ひょっ」
この子はもう。いちいち言葉選びが。
だけど、今回は空気を察したみたいだ。慌てて手を振り否定する。
「ああ、いや、僕の中で、人としての好きと、恋愛的に好きの区別が上手くつけられなかったんです。人として好きになった先が恋愛に繋がるような気はするんですが、一目惚れなんて言葉もあるじゃないですか。だから、経験の足りないうちに決めてしまうのも早いのかな、という、まあ、そんな考えでした」
包介クンのスタンスをまとめると、周りの女の子は皆んな素敵でドキドキもするけど、それが恋と言えるかはハッキリしないから、もっと見聞を広げて結論をつけたい、といったところか。
真面目な包介クンらしい固くて面倒で、でも、誠実な考え方だ。
つい忘れそうになるけど、彼はまだ中学生。どんどん悩んで自分なりの答えを見つけて欲しい、と優しい気持ちになる。
しかし、丁ちゃんは違った。
眉間に深く皺を刻み、不満げな眼差しで包介クンを睨みつける。
「どういう顔が好みなの」
「え?」
「好きな見た目ぐらいなら今のあんたでも答えられるでしょ。この中なら誰が一番好みか教えろ」
脅すみたいな冷たい声。一度は勝利を確信し、それを不意にされたからなのか、振る舞い全部が刺々しい。
包介クンはすでに恋話には触れてはいけないと気づいている。ワタシ達の強張った表情を見回すと、少しでも雰囲気を和らげようと愛想笑いを作った。
「みんな可愛いし綺麗だから決められないなあ」
「……根性なし」
冗談めかして逃げようとしても丁ちゃんは許さない。配慮したのに貶されたものだから、流石の包介クンもムッとする。
「大体、僕に好きとか言われても相手が困るだろ。赤錆さんもいつも言ってるじゃないか。僕みたいなダサくてトロいチビに好かれて嬉しい人なんていないよ」
言い返された丁ちゃんは言葉に詰まる。
包介クンは顔がいい。女の子みたいな可愛い見た目して、仕草や考え方が男らしいのも、私的にはポイントが高い。緊張を紛らわすために変な冗談を言ったり、集中し過ぎて向こう見ずなところもあるけど、基本的にはモテる部類の男の子だと思う。
メアリや丁ちゃん以外にも、彼を好きな子が一人、二人はいるはずだ。
にも関わらず、包介クンの自己評価は低い。
顔の右側を覆う大きな傷痕と、丁ちゃんの長年に渡る中傷が、彼から自信を奪ってしまっている。
今までのは照れ隠しだったの、本当は貴方が気になるから好きな人を教えて欲しいな、と率直に聞ければ丸く治るのかもしれないけど、まだまだ子供の丁ちゃんは今更素直にはなれない。
実利とプライドのせめぎ合い。
「もういい。帰る」
葛藤の末、プライドが勝った。
丁ちゃんは素っ気なく言い捨てると、踵を返してさっさと歩き出す。
止めるべきか。でも、なんて声を掛ければいいのか分からない。
迷っているうちに丁ちゃんの背中はどんどん遠くなり、ついには見えなくなってしまった。
甘いものを食べながら、初々しい恋話が聞ければそれでよかったのに。
恋の芽生えにライバルの登場、嫉妬と意地が混ざり合うぐちゃぐちゃの青春を一度に味わわされたワタシのお腹は、ギドギドのラーメンを流し込まれたみたいにもたれて、その後一日、中身のない吐き気に苦しめられることとなった。




