038
元の席は入り口がよく見える。
逆に言えば、入り口からもよく見えるということだ。身を隠すには日当たりが良すぎる。
ということで、店員さんにお願いして、衝立のある一番奥の席に移動させてもらったワタシ達は、横一列に並んで入り口を見張っていた。すのこ状の隙間から覗く都合上、体を張り付ける不格好な態勢にならざるをえないが致し方ない。
「あの、追加のお紅茶、置かせていただきますね」
店員さんから呆れを通り越して哀れみの視線を向けられるが、その程度の恥は安いもんだ。
あれほど険悪だったメアリと丁ちゃんは、包介クンという共通の目的のもと一つになった。ようやく得られた平穏は、仮初だとしても大事にしていきたい。
「……包介くんの足音」
唐突にメアリが呟く。
いくら店内が静かでも、外の音を聞き取れるはずはないが、それを信じさせる凄みがある。包介クンの生活音に耳を澄ませる日常は伊達じゃない。丁ちゃんも同じ匂いを嗅ぎ取ったのか、スッと目を細めて入り口を睨む。
「きた」
殺し屋のような声色。気になる男の子を迎える女子中学生が発したとは思えない響き。
だが、一丸となったワタシ達に茶々を入れる隙はない。肩を寄せ合い、息を殺して来店者を見定める。
チリン。
軽いベルの音と共に一組の男女が入店する。
包介クンだ。いつもの学生服とは違い、薄手のトレーナーにベージュのパンツと、シンプルな格好をしている。傷痕を隠すためのモサモサ頭は相変わらずだが、全体の色合いが明るい分、爽やかな印象を受ける。
問題は隣の女の子だ。
青のスカジャンに黒のジャージ。ショートのウルフカットは髪質が硬いのか、毛先が攻撃的に尖っていて、意志の強そうな眉の下には険しい瞳がギラリと光る。
そして何より、その体格。メアリよりは小さいが、ワタシよりは確実に大きい。数字にしたら170センチを超えるくらいだろうけど、全身に角張った厚みがあるので身長よりデカく見える。
大きいというよりデカイ。
丁ちゃんの反応からして女の子と出掛けているのは予想できたが、ああいう不良っぽい子が相手だとは思わなかった。他のお客さんも異質な組み合わせの来店に、思わず二度見している。
しかし、包介クンは周りの目などまるで気にしていない様子で、驚きで立ち尽くす店員さんに、二名です、なんて指を立てて伝えていた。
「あっ、はい! 二名ですね!」
店員さんが素っ頓狂な高い声を上げ、慌てて店内を見回す。空き席はいくつかあるが、静かな雰囲気を楽しみに来たお客さんの近くに特殊なカップルを配置するのは不適切と感じたのだろう。
「ご案内しますね」
トラブルは一か所にまとめるに限る。
店員さんはワタシ達の目の前の席に向かって、一直線に歩き出した。
チャンスだ。
「ちょっ、ちょっと、榛摺さん。こっち来ちゃう!」
丁ちゃんが小声で訴えてくるが、ワタシに言わせれば、遠くから眺めるだけなんてのは考えが甘い。
話す内容、表情の動き。
二人の間の空気感を肌で感じてこそ意味がある。ストーカー熟練者のメアリはそこらへんをよく理解しているようで、大きい体を背景に隠して、ジッと包介クンを見続けている。
ターゲットの急接近に怯まず、むしろ集中力を研ぎ澄ませていくワタシとメアリに倣って、丁ちゃんも腹を括った。
「お席はこちらになります」
「はい。ありがとうございます」
簡単なやり取りのあと、包介クン達が席につく。
通路側に包介クン、窓側に相手の女の子が座る構図。
衝立は固定はされていないが、ワタシ達の体を隠すには充分な高さがある。意識されなければこちらを振り向くことはないだろう。
「ちなみに丁ちゃん。相手の女の子はなんていうの?」
「烏羽薫子。包介のクラスメイトです」
「からすば……」
メアリが物騒な表情で名前を復唱する。
ああいうやんちゃな恰好はメアリが一番苦手なタイプだろうけど、包介クンが絡むとこの子はどこまでも突っ走ってしまう。
体格のいい二人がぶつかれば誰にも止められない。暴走しないよう注意しておかないと。
そんなワタシの気苦労も知らず、包介クンと薫子ちゃんはメニューを広げて仲良く注文を選んでいた。
「烏羽さんは何にする?」
「うーん。こういうとこ来たことないから、何がいいかわかんねえな」
「紅茶とケーキが美味しいよ。僕はいつもガトーショコラとか頼むかな」
「へえ。でも、同じもの頼むのもおもしくないしな。……あっ、じゃあアタシ、ミニパフェ頼むからさ、二人で半分こしようぜ」
「僕はいいけど、烏羽さんはいいの? ほら、なんていうか、いろいろと」
「なんだよ。間接キスとか気にしてんのか? お子ちゃまだな」
「お子ちゃまじゃないよ。マナーとして確認した方がいいと思っただけなのに」
「嫌ならこっちから提案したりしないだろ。さっさと注文するぞ」
包介クンは控えめに手を挙げて店員さんを呼んだ。ずっと二人を気にしていたらしい店員さんは素早い動きで駆けつける。
「すみません、注文お願いします。ガトーショコラとおすすめの紅茶を。あとはミニパフェと……烏羽さん、飲み物はどうする?」
「……コーヒー」
「ごめんなさい。ええっと、ブレンドコーヒーでお願いします」
小慣れた注文だ。中学生ならもっとまごついてもよさそうなものだけど、そこはやはり包介クンの物怖じしない性格が上手く働いているのだろう。
店員さんが踵を返したのを見送ってから、ちょっとだけ居心地悪そうにしていた薫子ちゃんが顔を上げる。
「……ありがと」
「どういたしまして。烏羽さん、人見知りだもんね」
「一言余計だぞ」
「もう。照れ隠しに足突っつかないでよ」
うわ。青春してる。
見た目は正反対だが、二人の関係は対等だ。管理したがる丁ちゃんや、甘えたがりのメアリには出せない甘酸っぱい雰囲気が漂っている。包介クンを辱めてやろうだなんて発破をかけたワタシが思うべきではないが、遠巻きにずっと眺めていたくなる可愛らしいイチャつきだ。
微笑ましい気持ちで二人を覗いていると、横から丁ちゃんに肩を叩かれる。その手は微かに震えていて、じっとりした熱を帯びている。
「あの袋」
「袋?」
掠れた声の丁ちゃんが指差したのは、薫子ちゃんの傍に置かれた紙袋だ。
型紙の入ったちゃんとした袋で大きさは小物がいくつか入る程度、取り立てて不思議な点はない。しかし、丁ちゃんがわざわざ伝えてきたということは何かあるのだろう。
目を凝らしてよく観察し、横面に描かれた小さなロゴを見つける。
見覚えのあるロゴだ。たしか、服のブランドだった気がするけど、どうにも記憶がはっきりしない。喉まで出かかっている感じがなんとももどかしい。
「でも、今度からは一人で選んでね」
「あ゛? なんでだよ」
「いや、やっぱり一緒に下着選ぶのはまずいよ」
下着?
朧げなそれが一気に鮮明になると同時に、ワタシはあまりの衝撃に言葉を失った。
あれ、ランジェリーショップの袋じゃん。
中学生の分際でなんて爛れたことを。男女で下着を選ぶだなんて、性に乱れた大学生の中でも一部のバカップルしか行わない、淫らな所業である。
初々しさに毒気を抜かれかけていたが、和やかな気持ちはすっかり消えた。メアリと丁ちゃんにも熱が入り、衝立が倒れそうになるくらい体を密着させる。
「別にいいだろ。減るもんじゃないんだし」
「神経は大分擦り減ったかな。とにかく、次は赤錆さんとか濃墨先輩に頼んでね」
「二人ともペチャパイだから参考になんねえよ」
それはいけない。
丁ちゃんの表情が石のように固まる。そんな様子を見てメアリは鼻で嘲笑うが、余裕をかませる状況じゃないので自重して欲しい。
包介クンがはっきり否定してくれたら少しは救いになるけど、曖昧な笑いは暗に肯定しているのと同じだ。丁ちゃんの歯軋りに、ワタシの胃はキリキリと締め付けられる。
「ていうか、そんなに恥ずかしがることないだろ。アタシら以外にも男と女で来てる客いたし」
薫子ちゃんは見た目通り明け透けな性格をしているらしい。中学生とは思えない発育をしている割に異性との距離感に疎いのか、多感な時期には答えづらい話題をどんどん投げかける。
包介クンは気まずそうに目を逸らすが、無垢な眼差しを前にとうとう観念してポツポツと語り始めた。
「……あれは特別な関係の人達だから」
「特別って?」
「恋人同士ってこと」
「なんで一緒にパンツ買いに来たら恋人になるんだ?」
「女の人が男の人の好みを何回も確認してただろ? 下着を見せ合うなんて、普通の男女じゃありえない。だから、つまり、そういう関係なんだと思う」
恥ずかしさを誤魔化すためか、ずいぶん律儀な説明だ。しかし、当の薫子ちゃんの反応は鈍い。
「よく分かんない。そもそも、好きとか付き合うとかが分かんねえし」
「……それは僕も分からないよ」
薫子ちゃんのおざなりな態度に傷ついたのか、包介クンは拗ねたように言う。
普通なら空気を読んで話題を変えるところだけど、純粋を通り越して無神経な薫子ちゃんは、止まるところを知らない。
「赤錆のこと好きとか、付き合いたいとか思わねえの?」
爆弾が投下された。
一帯を消し飛ばす破壊力を持った問いかけに、頭から爪先まで一瞬で緊張が走る。店内にかかるクラシックを飲み込むほどに心臓が大きな音を立て、力んだ眼球は、視野を包介クンの一点に収縮させる。
それは当然、メアリと丁ちゃんも同じだ。二人は呼吸も忘れ、血走った目で包介クンを注視している。
沈黙。
時間にすれば数秒だが、高まった集中力が感覚を間延びさせる。
マスクが動くほどに喉を上下させて固い唾液を飲み込んだ直後、包介クンの唇が開いた。
「……好き、だと思う」
言った。
完全に言った。
「ふひっ」
思わず、といった様子で丁ちゃんの鼻から空気が漏れる。
吊り上がる口角の端では溢れた涎がきらりと光り、極度の興奮でうなじの毛が逆立った恋する乙女とは思えないギラついた表情だ。
無理もない。好きな男の子からの告白だ。飛び上がって歓喜の雄叫びを上げないだけ理性を保っている方だろう。
けど、勝者がいれば、敗者もまた存在する。
「……メアリ」
メアリは茫然としていた。
失恋の絶望を認める余裕もなく、魂の抜けた顔で包介クンを見つめている。
六年間の恋。メアリと話すようになってまだひと月弱の関係だけど、包介クンへの愛の深さは知っている。
かける言葉が見つからない。
興奮に打ち震える丁ちゃんと希望を失ったメアリ。
非情で残酷な対比から、ワタシは目を背けることしかできない。
包介クン、なんでこのタイミングで言っちゃうのよ。
筋違いと分かっているが責めずにはいられない。やるせない気持ちを吐き出す先もなく、ただ口を噤んで耐え忍ぶ。
狂気的な喜びと、底に沈みゆく鉛のような悲嘆に挟まれたワタシの耳に、包介クンの、でも、の一声が届く。
「濃墨先輩のことも好きだし、他にも、素敵だなって思う人は沢山いるよ」
「たとえば?」
「言っても分からないと思うけど……桑染さんとか。隣に住んでるお姉さんなんだけど、凄い美人で格好良くて、でも、仕草とかが可愛いんだ」
う、うおお。凄いぞ包介クン。
まさかの逆転勝利だ。丁ちゃんの表情は一瞬で白けてしまったが、今は友達の勝利を喜びたい。
メアリ、良かったね。
叫びたい気持ちを抑えて、メアリの方を振り向く。
「へっ……へ?」
メアリは感情の高低差についていけず、完全に混乱していた。
まん丸に見開いた目からはボロボロ涙が溢れているが、拭う素振りすらみせない。口はへの字に開いたまま、声とも息ともつかない音が短い間隔で漏れている。
「包介くんは、わ、わ、わたしのこと、好き……?」
油の切れたおもちゃみたいなぎこちなさでワタシに向き直るメアリの頬を両手で挟み込み、おでこがぶつかりそうな距離まで顔を近づける。
「そうだよメアリ。やったんだよ」
自分とメアリ、両方を落ち着かせるようにゆっくりと告げる。
ようやく頭が追いついたメアリは花が咲くような満面の笑顔になって、ワタシに抱きついてきた。
「わ、わあっ……!」
大きな体を震わせて喜びを噛み締めるメアリの背中を優しく摩る。
包介クンはメアリだけが好きなわけではないが、両想いに違いはない。水を差すのは野暮ってものだ。
「浮気者じゃん」
しかし、こちらの事情を知る由もない薫子ちゃんは、余韻もへったくれもない感想を述べた。丁ちゃんもそこは同じ意見なようで、眉間に皺を寄せてうんうん頷いている。
「別に付き合ってるわけじゃないんだし、浮気じゃないと思うけど……でも、不誠実ってことにはなるのかな」
ワタシの経験からいえば、好きな人が複数いるのは特別なことじゃない。誰か一人に決めたなら誠実さを貫くべきだが、その過程で迷うことは誰も責められないと思う。
けど、真面目な包介クンは、薫子ちゃんの意見を重く受け止めてしまったみたいだ。自分の感情に整理をつけようとしているのか、難しい顔で右のこめかみを触り出す。
「お待たせしました」
煮詰まった状況の中、店員さんが注文を運んできた。
包介クンはミニパフェ、薫子ちゃんはガトーショコラを頼みそうな見た目をしているが、店員さんの配る手つきには迷いがない。包介クンの顔をしっかり覚えていたらしい。
「ありがとうございます」
包介クンが愛想笑いを浮かべて小さく会釈する。
それで用事は済んだのに、店員さんはテーブルを離れない。お盆を片手にチラチラと包介クンの顔色を窺っている。
「何かありました?」
「あっ、いやっ、そのっ……ごめんなさい。二人のお話が、ちょっと聞こえちゃって」
めちゃめちゃ聞き耳を立てていたみたいだ。大人しそうな顔して良い根性してる。
店員さんはゴホゴホと大袈裟に咳をして喉の調子を整えると、意を決して胸を張った。
「わ、わたしは、好きな人がたくさんいても変じゃないと思うな。だけど、それを変に思うなら、一番を決めたらいいと思います」
急に恋愛のアドバイスをしてくる店員なんて、どう考えてもおかしい。
でも、人を疑うことを知らない包介クンは当たり前に受け入れていた。素直すぎて心配になってくる。
「そ、それじゃ、また何かあったら相談に乗るからね」
アナタは仕事中でしょ、とツッコミを入れたくなるほどお節介な店員さんは、言うだけ言ってスッキリしたのか、そそくさとカウンターの奥に戻っていった。
それにしても、一番を決める、か。
至極真っ当なアドバイスだけど、今は状況が悪い。メアリと丁ちゃん、せっかく横並びの位置につけたのに、またしても優劣がついてしまう。
話を変えてくれ、とミニパフェに目を輝かせる薫子ちゃんに期待をかけるが、地雷をことごとく踏み抜くあの子が気を利かせてくれるはずもない。
「店員さんの言うとおり、順位つけてみれば?」
薫子ちゃんはスプーンを咥えて腕まくりしながら、あっけからんと言い放った。
衝立越しのひと言に、再び緊張が走る。
もう勘弁して。体も心も限界だ。
開きっぱなしの丁ちゃんの目は赤く充血し、メアリにいたっては度重なる感情の揺れに耐えられず、フルマラソンを走り切ったランナーみたいに滝の汗をかいている。
「順位とか、優劣とか、あんまりしっくりこないけど……でも、機械的な判断はできるのかもしれない」
「ん? どういうことだ?」
難しい言い回しだ。
すかさず聞き直す薫子ちゃんに同調して、丁ちゃんが衝立に上半身全部をへばりつける。ほっぺの潰れたぶちゃいくな顔は絶対に包介クンに見せられないだろうけど、体裁はとっくに捨てている。
「例えば、自分の考えがしっかりしているとか、よく話しかけてくれるとか、僕が人を好きになる要素はそんなに複雑じゃないし、言語化できる。だから、好きになる要素をひと通り挙げてみて、一番多く当て嵌まった人が一番ってことになるんじゃないかな」
理屈っぽすぎる。好きってそんな風に決めるものじゃない。
でも、青くて初心な包介クンは、自分の感情に従った判断を信じていない。よく考えて結論を出す癖が災いして、説明のつかない衝動を理解できない。
ああ、焦ったい。恋ってそういうのじゃないよ、って今すぐ教えたい。
「それじゃ早速、オマエの好きな要素ってのをまとめてみようぜ」
「うん。さっきも言ったけど、自分の考えを持っている人は、話していて勉強になるなって思う。体が大きかったり、力が強い人にも憧れるな。あとはそうだな、自分のことをよく話してくれる人の方が、信頼してもらえている気がして嬉しいかもしれない」
「ふーん。結構絞れそうだな」
「そうだね。これらを僕の好きな人達に当て嵌めていけば──」
そこまで言って、包介クンは顎に手をあて、研究者みたいな表情で黙り込んだ。
穏やかなクラシックとアンティーク調の内装が合わさって、本の表紙でも違和感がないくらいお洒落な構図だ。薫子ちゃんがミニパフェをバクバク食べ進める音がなければ、思わずシャッターを切ってしまっていただろう。
「そんなに悩むなよ。パフェ食うか?」
薫子ちゃんがアイスの部分を掬ってスプーンを差し出す。
あーんして食べさせる、見てるこっちが恥ずかしくなるシチュエーションだけど、薫子ちゃんがあまりに普通の顔をしているから、全然いやらしくない。
薫子ちゃんは頬杖をついて、包介クンの目の前でスプーンを揺らす。しかし、包介クンは黙考したままミニパフェには目もくれない。
「おら」
「んごっ」
待ちきれなくなった薫子ちゃんがスプーンを無理やり包介クンの口に突っ込んだ。
目を丸くした包介クンを見て、満足そうに頷く。
「考えすぎなんだって。そりゃあ、話振ったのはアタシだけどさ。もっと気楽にいこうぜ」
薫子ちゃんは快活に笑って、包介クンの髪を撫で回した。気さくな気遣いは仲のいい姉弟みたいで、張り詰めた気も少しだけ解される。
一緒に下着を選んだと言い出した時はとんでもないスケベだと警戒したものだが、取り越し苦労に思えてきた。
距離の近さに妬けちゃう気持ちも分かるけど、ワタシの見立てでは薫子ちゃんに恋愛どうこうはまだ早い。
男女の境が曖昧で、恋より友情を優先するタイプだ。尾行してまで用心するほどの相手ではないと思う。
一件落着。
邪魔をするのも悪いし、頃合いを見て退散しよう。
そうするべきなのに、様子がおかしい。
「ん? どうした? 好きな人決まったのか?」
包介クンは答えない。
口の中のアイスが溶けるのも構わず、見開いた左目は真っ直ぐに薫子ちゃんを見つめている。
二人の視線が正面から交錯する。
時間にして二秒弱、たっぷりな間を置いて
「えっ!?」
ボンッ、と爆発しそうな勢いで薫子ちゃんが真っ赤に染まった。
それと同時に、衝立が傾く。
造りが丈夫とはいえ、三人分の体重は支え切れない。慌てて端を掴んで倒すのは防いだが、致命的な角度がついてしまう。
「ぐ、偶然ですね。ははは……」
包介クンの前に現れたのは中腰になった脂汗まみれの女三人。
彼は気まずそうに髪を撫でながら、引き攣った笑みを浮かべた。




