018
あたしは不良が嫌いだ。
法治国家において腕力の強さにどれほどの価値があるのか。悪事を大っぴらにひけらかす輩に魅力などない。
体を鍛えることに意義はあると思うけど、外見ばかり整えたところで内面が伴わなければ、いつか人は離れていく。
どこそこで誰を殴ったとか、警察を撒いただとかいう黒歴史を武勇のように吹聴するのは以ての外だ。普通の感性の持ち主は全員ドン引きしている。
特に中学生の不良というのは本当にしょうもない。
悪い男は無条件で女にモテると勘違いしているらしく、女子の様子をチラチラ窺いながら、聞きたくもないタイマンや万引きの話をでかい声でくっちゃべっている。
不良がモテるのは犯罪行為に惹かれているわけではない。奴らは恋愛に積極的で、優しいフリに慣れているからだ。その辺りを理解していないクラスの男連中がモテることは永遠にないだろう。
本当にモテたいなら下心を感じさせない、自然な優しさを身につけるべきだ。あくまで紳士然と、それでいて確かな愛情を感じさせる優しさが重要である。
そこで初めて土俵に立つ。そこから個々人の好みに合ったプラスアルファが加わって、交際に発展していく。
あたしの場合、逞しい筋肉やリーダーシップは求めていない。運動神経は良い方が嬉しいけど、将来的なことを考えると学力の方が大切だ。
顔はカッコいい系より可愛い系。ただ、アイドルみたいなあざとい感じじゃなく、純朴で垢抜けない、性格から滲み出るような可愛さが好み。主導権握りやすいし。
奥手で、ちょっと近づくとすぐ照れて、でも、いざという時は頼りになって、迷わず助けてくれるような。
そんな男の子が好き。
「口閉じな」
「んあっ」
栗皮に声を掛けられ、知らずに口が開いてたことに気づく。もうちょっと遅かったらよだれが垂れるところだった。
「また包介くんのこと考えてたの?」
「別に違うけど」
「すぐバレるウソつくのやめた方がいいよ」
「ウソじゃないし」
あたしは自分好みの男性像を再確認していただけだ。
眉間を揉んで、頭に浮かんだあいつの困り笑顔を振り払う。
「丁も早く付き合えばいいのに。カレシいるの楽しいよ」
「醤、だっけ。あの色黒のサッカー部」
「言い方悪くない?」
栗皮は可愛いし、バスケ部とかいうチャラついた部に入っているので色々と進んでいる。付き合い始めたのも中学に上がってすぐだったか。余所の恋愛事情に目くじらをたてるほど困ってはいないが、素直に羨むのは何となく癪である。
「まあいいや。それより今度、ダブルデートしよ。智と包介くん、仲良いみたいだし」
ちょっと面白そうな提案だ。
男友達を餌にすれば出不精なあいつ相手でも違和感なく誘える。栗皮たちがイチャつく手助けをしようと説明すれば簡単に納得させられるし、二人きりの状況も作りやすい。
「わかった、いいよ。ダブルデートって言葉は気に入らないけど」
「はいはい、それじゃ決まりね。日にちはてきとうに調整しとく」
「できれば土曜日でよろしく」
久し振りに私服のあいつを見たい。あんまりにもダサければ、しょうがないからあたしが服を選んでやって、お礼にお洒落なカフェで奢らせてやる。
濃墨が戻ってきてから失敗続きだったけど、ようやくツキが回ってきた。
隙を見て思う存分包介の尻を揉みしだこう。あいつのお尻はとにかく触り心地がよく、すべすべで吸い付くような瑞々しさは何物にも変えがたい。
「丁」
「なに?」
「お客さん」
虚空に包介のお尻を思い浮かべて撫でさすっていると、栗皮に肩を叩かれた。
促された方を見やる。
前髪が長くオドオドした感じの女子が首をすくめてプルプル震えていた。視線は常に揺れ動き、目を合わせることを拒んでいる。
分かりやすく挙動不審。嫌いなタイプ。
こんな子は知らないし、あたしに用事があるとも思えない。
「だれ」
「あっ、あの……」
「なに? 聞こえない」
「ちょっと丁。あたりキツイよ」
「別にキツくないでしょ。早く用件言って」
「ほっ、包介君のことなんだけど……」
「は?」
「ふゆぅ!」
鳴き声までむかつく奴だ。
いや、それよりもこの女、包介の名前を出したか。
「包介がどうしたのよ」
「えっ、えっと……その……」
本気で腹が立ってきた。
わざわざ訪ねてきたくせにモゴモゴとめんどくさい。さっさと用件を言え。
机を指先で叩いていると、見兼ねた栗皮が間に割って入ってくる。
「はいはい、すぐイライラしない。それで、若菜はどういう用事で来たの? 包介くん関連のことなのかな?」
「うっ、うん。その、もしかしたら包介君、いじめられてるかもしれなくて。赤錆さんは知ってるかなって」
「はあっ?!」
包介がいじめられてる?
そんなわけない。
あいつはたしかにすっとろいし付き合いも悪いけど、嫌われるような性格はしてない。
可愛くて優しい。それが包介だ。
いじめられていいような奴では断じてない。
許せない。どこのどいつだ。
ぶっ殺してやる。
沸々と湧き上がる怒りが腹の中を熱くし、踏ん張った足指はすぐにでも弾き飛べるように筋肉を硬くする。
「で、相手は誰なのよ」
想像以上にぶっきらぼうな声が出たけど、気にしている時間すら惜しい。
目の前のオドオド女は萎縮しきった様子で、床を見ながらブツブツと呟く。
「……烏羽さんっていう、ちょっと怖い人です」
烏羽。
それが包介をいじめたやつの名か。
名前を一度口の中で転がして、ターゲットを脳に深く刻み込む。
もっとも、そうまでして覚える必要はない。今日以降、烏羽が学校に来ることはないのだから。
爪先はすでに、包介のいる三組に向いている。煮えくり返る腹の熱をそのままに、烏羽の横面を殴り飛ばしてしまえば、この怒りも少しは収まるはずだ。
「ちょっと丁! どこいくのさ!」
指を鳴らし歩き始めたあたしの前に、栗皮が立ち塞がる。
「どこって、決まってるでしょ」
「待ちなって。ほんとに烏羽さんが相手なら危ないよ」
「誰が相手でも関係ない」
なぜか溜め息を吐かれた。怒り立つ動物を落ち着かせるみたいに肩を叩かれる。
「まあまあまあまあ。あんた、烏羽さんについてなんも知らないでしょ?」
「だから、相手が誰でも関係ないから。行って、けじめとらせるだけ」
「暴力で? 絶対上手くいかないよ」
「なんで」
「烏羽さん、めちゃくちゃ強いって噂だよ。格闘技習ってるらしいし」
噂は噂だ。あたしは自分の目で確かめる前に逃げ出すような根性なしではない。今すぐに包介の元に行き、力づくで烏羽を黙らせるという意思は微塵も揺らがない。烏羽が噂通りの腕っ節を備えていたとしても、やりようは幾らでもある。
しかし、栗皮の言うことにも一理ある。
もしも烏羽が悪知恵の働くタイプなら厄介だ。対策を打たれるかもしれない。
奇襲ができる優位な位置を、怒り任せの突撃で不意にするのも馬鹿らしい。
「……わかった。少し頭冷やすわ」
「よし。それじゃ、計画立てないとね」
「計画?」
「そ。頭使わなきゃ勝てないでしょ?」
当然のように協力を申し出る栗皮に、あたしは素直に感謝した。
◇◆◇
クラスの聞き込みは栗皮が主導することになった。
最初はあたしも同行したが、些細なことですぐキレてまともに話もできないとかで、仕方なく自席で栗皮の帰りを待つことになった。
しかし、指をくわえて待つだけなんてのは、まるで性分に合わない。包介のピンチとあれば尚のことだ。
昼休みも残り十五分を切った。これ以上手をこまねいていては対処が遅れてしまう。
辛抱できずに椅子を引き、両手を机に叩きつけた反動で立ち上がる。
思っていたより大きな音が出て周りがギョッとした目であたしを見るが、どうでもいい。肩で風を切って教室を出ると、間の悪いことに偶々通りすがった誰かに思いっきりぶつかった。
「いてっ」
軽い。弱い。
正面衝突したというのに、あたしは微動だにしなかった。
情けない声を上げて尻餅をついた間抜けを見下ろす。
「ご、ごめん、赤錆さん」
包介だった。
鈍い動きで立ち上がり、呑気に尻を摩っている。ヘラヘラ笑う顔はいつも通りで、特別変わった様子はない。
なに笑ってんの。そんな場合じゃないんでしょ。早くあたしに相談しなよ。
言いたいことが波のように押し寄せて頭がパンクしそうになる。
けど、冷静にならないと。あたしが心配すればするほど、妙な嘘を吐いて誤魔化そうとするのが包介だ。
逸る気持ちをグッと飲みこんで平静を装う。
「相変わらずほっそいわね。ちゃんと食べないから当たり負けすんのよ」
「……うん。気をつけてみる」
やけに素直だ。普段なら子生意気な屁理屈を並べて話を逸らそうとするのに。
それに包介は、あたしの言葉に答える時、ふと思い詰めた目をした。
気のせいだと流すのは簡単だが、今は状況が違う。僅かな変化も見逃してはならない。
「やけに素直ね。なんかあった?」
「僕はいつも素直だよ」
案の定とぼけてきた。本気で誤魔化せてると思ってるのか。
だが、ここは敢えて追及せず、話に乗っかってやることにする。
「あっそ。で、どうしたの。あたしに用事?」
「あ、うん。しばらく一緒に帰れないから、それを伝えようと思って」
「はあっ?!」
何言ってんの。そんなの許されるわけないじゃない。
怒鳴りつけそうになるが寸でのところで思い留まる。
いけない。感情的にゴリ押して発言を撤回させるには周りの目が多すぎる。
冷静で論理的に、理由を一つ一つ問い質していこう。
肩を竦める包介を安心させるため、満面の笑みを作ってやる。
「何でそんなこと言うの?」
「ええっと、外せない用事があってさ」
「何の用事?」
「ちょっと説明しづらいかな。あはは」
「あたしに言えないような用事なの?」
「い、いやっ、やましいことじゃないよ。本当に」
「……答えるつもりがないなら質問変える。用事っていうのは、暑がりなあんたが上着を羽織ってるのと関係ある?」
包介の首筋がぎくりと強張る。
その隙に手首を掴んで、袖を捲る。
「なにこれ」
手形があった。
五本の指で強く握られた痕がくっきりと残っている。
普通の生活で手形が残るなんて、まずあり得ない。
背中を通る冷たい予感に突き動かされるまま、学ランを中のシャツごと捲り上げる。
生白くてすべすべした肌に、薄い腹筋。
その上に浮かぶ、幾つもの青痣。
「なによこれ」
一朝一夕でつく数じゃない。
何日もかけて、執拗に殴られた痕だ。
「説明しろ!!」
包介の胸倉に手が伸びる。
だが、指先が触れた瞬間に上体のバランスが崩れ、前のめりに倒れそうになった。
そこにあるはずの包介の体がフッと消え、いつの間にかあたしの脇に回り込んでいる。
何かされた。しかし、何をされたかは理解できない。
体だけがもう一度包介に向かう。
包介と目が合う。見慣れたはずの黒い瞳は冷たくあたしを観察している。
勢いを。体の向きを。
あたしの全身をぼんやりと捉えている。
無感情にあたしを映すその瞳は、いつもみたいに優しくなくて、まるであたしを拒絶しているようで──
「ストーップ!」
大声と共に栗皮が割り込んできた。
突然の勢いに負けて、もみくちゃになりながら廊下に転がる。即座に立ち上がろうとするが、栗皮の足が縺れて上手く力が入らない。
焦る気持ちを他所に、予鈴の音が耳に届く。
「丁は止めとくから、包介くんは教室戻りな!」
「う、うん。ありがとう」
「待ちなさいよ!!」
包介はもがくあたしを尻目に、小走りで階段に向かっていく。
あたしの言うことは聞かないくせに。
苛つきが止まらなくて無理やり体を動かすけど、栗皮のふざけた悲鳴が響くばかりで全然解けない。
「くそっ! なんなのよ!」
「いたっ。もうっ、落ち着きなって」
何事かと野次馬どもが集まってきて、あたしは無様な醜態を晒すことになった。




