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三題噺もどき3

自業自得

作者: 狐彪

三題噺もどき―ごひゃくなな。

 


 下の階からピアノの音が聞こえてきた。


 立派なピアノじゃなくて、電子ピアノの音。

 きっと母が何かの練習でもしているんだろう。誰もが一度は聞いたことのありそうな、童謡と呼ばれるモノばかりが聞こえてくる。

 仕事柄、ピアノができることは必須みたいなところがあるので、こうしてたまに練習している。

「……」

 そんな音を遠くに聞きながら、スマホを片手にベッドの上に沈んでいる。

 液晶に映されているのは、ある人とのトーク画面。

 誰もがきっと使っているであろう、緑のアイコンが特徴的なSNSを開いている。

「……」

 基本的には背景画面をそれぞれ変えて、アイコンをみなくても画面を見れば誰と会話しているかわかるようにしている。両親のはなんとなく自分のイメージで変えているし、妹のはそれぞれの好きなキャラクターの背景に変えている。

 ただ、この人の画面はその他の公式アカウントと同じ。デフォルトといえばわかるだろうか。水色の画面に緑と白の会話が並んでいるだけ。

「……」

 誰かといえばまぁ、元職場の上の人なんだが。

 明日に送迎会を控えているから、その最終確認の連絡かと思ったら。

 月末の、この日とこの日とこの日に人手が足りないから出勤してもらえないかという連絡。

 何を言っているのかと理解ができなかった。あまりにも理不尽すぎて、なんで辞めたのか自分の中で再確認することができたけど。

 送迎会についての日時の決定と場所の詳細を伝えてもらってから、まだ数日しかたっていないのに。そもそも、送迎会も終わってすらいないのに。その送迎会すら、あの人たちが外食したいからだけじゃないかなんて思ってしまっているのに。

「……」

 そもそも、三か月前の時点で、このタイミングで辞めることは伝えていたはずだ。

 人手が足りないと言われても、全員の出勤管理ができていなかっただけじゃないかと思うのだけど。それに巻き込まれても困るし、関係ないとこちらが断る可能性は考えてないんだろうか……。

 これじゃまるで、辞めたけど声を掛ければ来てくれるだろうから、この日はこの出勤で良いだろうなんて……その前提で考えているのかと思われても仕方ないだろう。

「……」

 まぁ、確かに。頼まれては、断れることのできる人間じゃない。

 困っているからと言われてしまえば、なおのこと。断ってしまえば、迷惑してしまうんじゃないかとか、別の人に迷惑がかかるとか、自分ひとりの我慢ですむならそれでいいかとか。

 何でも屋をしているつもりはないが、頼まれてしまえば、基本的には何でもしてしまう所はある。断るのがめんどくさいと言う気分もあるにはあるが。

 断った後の、後悔や不安よくわからない後ろめたさに苛まれるのが嫌だと言うことの方が大きい。

「……」

 ……うん。まぁ、次は決めていないし、バイトなんかも今のところする予定はない。

 何か月かは休みたいと思ってはいるから、なんとなく探してはいるがそこまで本気ではない。何かあればいいなぁ程度。タイミングもあるから。

 しかし、これでは、休むも何も、離れたくて離れた場所にまた行く必要になるじゃないか。何のために辞めたのか意味がなくなるじゃないか。この調子だと、これを受け入れたらまた来月再来月と来るに決まっている。

「……」

 辞める理由を、直接的ではなく、やりたいことができた。なんてきれいごとで済ませたのがよくなかったのか?本当に辞めたい理由を言わなかったから、何も伝わっていなかったのか?あなたの元でこれ以上は働いていられませんなんて言ったところで、また変に解釈して別の仕事をさせられるだけだと思ったからそう言ったのだけど?

 それがいけなかったのか……?以前面談みたいなことをした時に、変に解釈されたのが気にかかったから、そんなことをされるならきれいごとでも何でも言ってしまった方がいいと思ったからそうしたんだけど。

「……」

 分かる。いい人ではあるのだ。

 あの人は。上に立つものとして、それなりに話を聞いてはくれるし、頷いてもくれる。出来ない事は無理にはさせない。

 だけど、話を聞いたうえで、勝手に自分なりの脚色を加えてくるのは違うと思う。

 まぁ、自分自身が「会話をする」と言うことそのものが苦手な人間なので、うまく伝わっていなかったのかもしれない。自分の話をしようとすると、言葉がつかえて出てこないから伝わっていなかったのかもしれない。

「……」

 あぁ、そうか。

 自分が悪いのか。

 あの人は何も悪くないのか。

「……」

 会話が苦手な上に、自分のこともよく分かっていないから、話す事ができず。

 下手に綺麗な言葉で飾って、都合のいいように解釈されるような言い方をした。

 それが、よくなかったのか。

 だから、まだ働いてくれるなんて、希望を持たせてしまったのか。

「……」

 何もかも。

 悪いのは。

 こちらか。

「……」

 ならばもう、こんなグタグタと考え込んでないで。

 出勤できると、返事をしてしまえばいい。

 収入がなくなるこちらに案外気をつかっているかもしれないしな。

「……」

 どれも平日だし。

 特に予定はないんだから。

 さっさと返事をして。

 この会話を終わらせた方が身のためだ。








 お題:何でも屋・ピアノ・沈む

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