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前話の前書きの続き
男性の私がなぜこのような作品を書いているかと言いますと、なろうで「ユーザーの求めるもの」を書こうとすると男性向けなら所謂「おっぱいがでかくてどこか頭のネジが緩んでてそのうえ男にとって都合のいい考え方をする女」をたくさん登場させる必要があるわけですが、それがなんか嫌だったからです。
東側のメインストリート――つまりは先ほど説明した各学部棟の足もと――を通りすぎると、道を挟んで運動場が2つと突き当たりにクラブセンターが見えた。運動場は右側が天然芝、左側に岩瀬砂が敷かれている。どちらもサッカーグラウンドと比べて1周り以上広い(勿論、この世界にサッカーそのままのスポーツは存在しない)。左側の運動場の奥には大きな体育館が建っている。
私たちの列は、クラブセンターの前を左に曲がっていく。クラブセンターは煉瓦建築の3階建てで、窓から顔を出してこちらに手を振る上級生が数人見える。それに応えて手を振り返す新入生もちらほらといる。私とジュディは、目があった人に軽い会釈をするだけに留まった。
大ホールはすぐ右手側に見えてくる。ただまだそれなりの距離がある。学園内のどの建物より規模が大きく、道の両端の街路樹がなければ距離感を誤ってしまいそうだ。
大ホールの前に来ると、改めてその巨大さに圧倒された。形状は日本武道館を幾分スマートにした感じで、大きさはさいたまスーパーアリーナに比肩するといった具合だ。コンクリート建築で2・3・4階の部分はガラス張りになっている(全部で6階建てだ)。入り口の真上、ガラス張りの上のコンクリート部分に大きく、「モータウン学園記念会館」と――勿論この世界の文字で――建て書きされている。その壮観に、教室の前でジュディに注意した私自身も自然と顔が上がって口まで空いてしまいそうになる。これも既知の事柄のはずなのに。そういうジュディは同じように顔を上げて、おぉ~、と声まで出てしまっている。
私は素直に指摘する。「ジュディ、声に出てるわよ」
ジュディはう、うん、と言って、くっと顎を引いた。ついでに歩行もこわばってしまった。でも、いまはそれくらいでちょうどいいかもしれない。
私たちは立ち止まることなく、そのまま大ホールの中に入る。するといきなり地響きのような拍手が聞こえてきて、それに新入生の多くが驚く。遮音の魔法が大ホールの外壁部全体にかけられているためだ。ジュディは体をこわばらせていたおかげで、大きく驚くことはなかった。
「すごくたくさんの人が来てるんだね」ジュデイは言った。
「そうね」私は端的に応えた。
入ってすぐに降りの階段があって(階段には重い扉がついていて、普段は閉められている)、降りていくと拍手の音量がどんどんと増していく。降りきるとそこは大ホールの場内だ。入学式の会場。私たちはちょうどホールの中間辺りに出る。会場はその中間に広めの通り道をつくって、左側に新入生、右側にその両親・家族が折り畳みの椅子に座っている。両親・家族は他に常設の2・3・4階席にも座っていて、既に入場は完了しているようだ。地響き的拍手の正体は彼らだ。ステージは新入生のいる左側にあり、黒い緞帳が掛かっていてその上から白い横断幕で「第666回 モータウン学園 入学式」と掲示してある。ステージに演台や飾り花は設置されていない。
ジュデイは自分の両親を探したい素振りを見せたが、すぐに顎を引いて前をみた。両親・家族も一部の超大物を除いて子供の学部ごとに固まって座っている。だが残念ながら、どの学部の親はどこそこに座っているみたいな描写はゲーム上でされなかったため分からない。まぁ彼女に注意した手前、自分がキョロキョロと探すわけにもいかない。流し目で両親・家族側の1階席前方をさぁーと見ると、それだけで田舎者の私でも知っているような大物貴族が数人確認できる(私やジュディの両親はそこにはいなかった)。いま爆破テロでも起こせば国家がひっくり返るんだろうなと、私は思わず発想した。まぁ、十二分な警備体制を敷いてはいるのだろう。それこそが国力の誇示に繋がるわけだ。
私たちは指定された椅子に座り、そのまま待機する(新入生側全体の、やや右側後方)。しばらくして新入生全員の移動が完了した。全15学部、合計1255名。拍手が鳴り止んで、耳に聞こえるほどの静寂が訪れる。
さて、聡明な聞き手は新入生の総数が明示されたことで物語当初からあった疑問が明確になったことだと思う。貴族の子供が1世代にたくさん――それも1000人以上も――いるのはあまりにも多すぎるのではないか? と。尤もな意見だ。私も『オールウェイズ・ラブ・ユー』を実際にプレイしていた時に思った。そのことについて製作陣は、説明書きで世界観の解説を通して回答している。まずは舞台となるこの国、「コモドア魔導王国」が前世で言うところの中華人民共和国ほどの国土を有していること、そしてこの国では騎士をはじめとしたいわゆる準貴族階級もすべて貴族に纏められているのだ。日本の江戸時代で例えるなら、公家と士農工商の士が貴族と纏められいるものと捉えてもらえれば分かりやすい。もちろん細部は違うのだけれど(現在の学界及び学校教育で士農工商の概念それ自体が誤りであるとされているのはよく理解している。ただ分かりやすさを重視した表現だ)。中国並みの国土で公家と武士の子供が一世代に1000人以上、落としどころとしては悪くない線だ。こういった世界観の理由付けこそが、物語の面白さの重要な土台になるのだ。
突然、会場の昭明が全て消えた。真っ暗になり、新入生たちのどよめきが聞こえる。すると、それらを打ち払うように音が鳴りはじめた。私たちを歓迎するためのオーケストラ音楽だ。
雄大ながら穏やかなメロディが会場を包み込む。すると、会場が夜明けのように明るさを取り戻していく。続いてステージの緞帳が上がって演奏しているオーケストラの姿が見える。皆、この学園の先輩たちだ。幼少から楽器を極めてきたエリートの集団。仕切りが無くなり音がよりクリアになって、それが夜明けのような演出をさらに際立たせている。
会場がもとの明るさへ回帰すると、通路の床から緑がかった白い光が延びて樹木のようなかたちをとる。光の樹木はピンクの光の花弁をつけて、それが私たちのもとに舞い降りていく。その光は接触すると雪のように消えてしまう。続いて、上空で何かが弾けていく。金管楽器のハリのあるスタッカートに乗せて。そこから様々な動物のかたちをした様々な色の光が無数に生まれていく。ウサギ、リス、犬、猫、鳥、馬、魚に小さな妖精まで出現し、空中で本当に生きているような運動をはじめる。これら全てが魔法でできているのだ。小さな妖精の1匹が、私の目の前でホバリングしている。右手を差し出すと、妖精はそこに腰を下ろした。僅かな重量まで感じるようだ。
「わぁ、かわいい」
ジュディが妖精を見て言った。
「そうね、かわいいわね」
私も応える。本当に可愛らしいと思いながら。
新入生は思い思いの気持ちを言葉や行動にして見せている。おぉお、と声をあげたり、すごい! や素敵! と言ったり、両手を目一杯上げてみたり。自分達を歓迎する恒例のショーを心の底から楽しんでいる。その新入生たちの上を、黒い影が高速で通り抜けていく。それは4階席の辺りから飛び立った箒に乗った先輩たちだ。私たちと同じ制服に、今日だけ特別に着用を許可されたとんがり帽子を被っている。合わせて7人。3年生のなかで10本の指に入るほどの優秀な生徒たちだ。彼らは魔法の動物たちと踊るように曲芸飛行を行う。新入生たちの歓声はより大きなものとなる。私もつい、わぁ、と声を漏らしてしまった。
また突然、音楽が止んだ。魔法の動物たちと飛行する先輩たちの動きも止まる。私たちもその張りつめた雰囲気に息を飲む。音楽は数秒後に再開する。しかし、再開した音楽はどこか怖さや緊迫感のある暗い音楽だった。三度の突然、上空で何かが割れる音がした。一同、ホールの天井を見る。何もない空間に裂け目が生じている。裂け目が広がっていき、その内側から巨大なは虫類の腕が出てきた。腕はさらに裂け目を押し広げて、ついには巨大なドラゴンが顔を覗かせる。光ではない、実際的な鱗にその身を包んだ黒く邪悪な竜だ。
思わず悲鳴を上げてしまう新入生もいた。しかし、ほとんどの生徒がこれもショーの一環だと理解している。オーケストラ音楽は鳴りやまず、むしろそのドラゴンの登場に合わせた重厚なメロディを奏でているからだ。ドラゴンは学園の教師たちが作り出した精巧なまやかしなのだ。
ドラゴンは咆哮する。しかし、その音量はオーケストラ音楽が潰れてしまわないほどに抑制されていて、それがなおさらショーとしての説得力を持たせている。咆哮に驚いて、魔法の動物たちは逃走する。私の右手に止まっていた妖精も。みな壁に向かって走って――あるいは飛んで――いき、そのまま壁の中へと消えていった。会場の上空は箒に乗った先輩たちとドラゴンだけになった。
ドラゴンは咆哮と共に身を捩り、裂け目の中から完全に抜け出した。全長にして10mはありそうな、翼も携えた大きな竜だ。先輩たちは箒に乗ったまま服の中から杖を取り出して、そのまやかしのドラゴンに攻撃の魔法を放った。純粋な魔法力を光のようにしてぶつける魔法だ。しかし、1人ずつの単発的な魔法ではドラゴンに有効なダメージは与えられない。ドラゴンは健在を示すようにまた咆哮する。そして口内から火の粉が漏れ出す。喉もとが赤く発光して、残忍の火球を先輩たちにおみまいするつもりだ。
先輩たちは目配せをしてから集合する。7人が半円状に並んで箒の上にサーカス団員のようにして立ち、杖を伸ばしその先端を重ねていく。そして息を合わせて呪文を唱えた。
『グランシャリオ!!』
重ね合わせた杖の先端から、とてつもない光がドラゴンに目掛けて発射される。光は火球を吐こうと口を開けたドラゴンの喉奥に注がれて、ドラゴンは風船のように膨張し破裂する。ドラゴンの破片はたちまち無数の光の花火へと姿を変えて、会場を彩った。舞い散るピンクの花弁と花火、その中を7人の先輩たちは悠然と箒にのって飛び回る。暫くして先輩たちはステージに降りたち、互いが手を取り合って万歳をした。それと同時に、オーケストラの演奏も厳かに終わった。
今日最高の、割れんばかり拍手が起こる。私も、痛いくらいに手を打っている。目頭が熱くなり、視界もぼやぁと歪んでいく。
私はいま、確かに感動の渦の中にいるのだ。
次話は明日の19時台に投稿予定です。