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第1部アフターストーリー最終話です。


 ねぇ…ま



 うん、誰だ? 誰の声だ? 聞き覚えのない声が、私の上の方から降ってくる。音が途切れ途切れで内容が掴めない。


 ねぇさま  ねぇさま!


 ねぇさま……、姉さま? どういうことだ? 私を姉として慕ってくれるのはゲーリーだけだ。しかし、その声は大人の男の響きを持っている。平均とは比べてやや高めではあるけれど、そこには変声を無事に終えた落ち着きが聞き取れる。ただ、声音に覚えがないけれど、そのイントネーションには馴染みがあるような気がする。音がクリアになって、私はそれを認識した。すぐそばで私は、それを何度も何度も聞いてきた。それくらいに親しいものだった。


 音がクリアになるに伴って、私の現在の状況についてもはっきりとしてきた。どうやら、私はいま目を瞑って机に突っ伏しているようだ。恐らくは眠っていたのだ。そして、直近の記憶も付箋の頁から読書を再開するみたいに戻ってきた。私はケビンとの通話を終えて、腰かけていた庭の木の幹に体を預けて一眠りしていたのだ。


 おかしい、その記憶と現在の状況に、まるで連続性が感じられない。一体どういうことだ? まるで時間が消し飛んだみたいだ。


 姉さま! 姉さまってば!


 例の声も、痺れを切らしたみたいに語気が強まった。どうやら私の意識が回復する大分前からずっと呼びかけているみたいだ。


 そうだ、このまま考えていてもはじまらない。声の主も私に襲いかかってくる雰囲気もないので、目を開いて確認しよう。そうすれば失われた時間の正体も掴めるだろう。


 私は突っ伏したまま目を開く。自身の腕によって囲まれた淡い暗闇のなかで2度意識的に瞬きする。そして、すっと上体をまっすぐにして、辺りを観察する。そこは小さな部屋だった。真っ白の壁と天井に、私が突っ伏していた机が1卓と椅子が合計で4脚、木製の質素な棚とお堅い書籍が一杯に詰まった本棚があるだけ。私から見て右の窓から、間接的な陽光が行儀よく入り込んでいる。


 覚えのある空間だ。頻繁ではないけれど、何度か訪れたことがある場所。――そうだ。ここは私の町にある小さな教会の、待合室の1つだ。



「姉さま。やっと起きていただけましたか」


 例の声は私の背後からした。私は椅子に腰かけたまま、上体を捻り振り返った。


 そこにいたのは、二十歳前後くらいの青年だった。黒のスーツ・ベストとワイシャツに、黒の蝶ネクタイを身に付けている。私は眉を潜めた。その年頃で私と親しい男はいまのところケビンしかいない。しかしその顔には、その声のイントネーション以上の親しみを感じた。雰囲気・パーツ・立ち姿、その全てに既視感がある。ある面影を見いだした。私は速やかに結論を導きだす。まるで物語のアイデアが降ってくるみたいに。しかし、でもまさかそんな、と何度か自問自答する。



 私は恐る恐る口を開いた。「もしかして、ゲーリー?」


 青年は苦笑いを浮かべて答える。「そうですよ、何を寝惚けていらっしゃるのですか?」


 私は、ええ? うそだぁ、なんて言いたくなったが、自分でゲーリー? と聞いておいてそれはあまりに支離滅裂だ。いやこの状況と、ゲーリーと直感した自分自身の方がより支離滅裂なのだけれど。


 私は眉間に右手の指先を当てながら言った。「ごめんなさい、まだちゃんと頭が働いていない」


「しっかりしてくださいよ姉さま、今日というこのすばらしい日に」


 ()()()()()()()は、しょうがないなぁ、という具合にはにかんだ。


「あれ、今日は何の日だっけ?」


 私はいっそ聞いてみた。


「もしかして、姉さまは僕をからかっているのですか?」大きなゲーリーは言った。「今日は僕の結婚式ですよ」


「ええ!?」私は声をあげた。そして右手に当てていた指先を思わず椅子の背もたれに強打した。「つぅ!」


「姉さま!」大きなゲーリーは私に近寄って、私の右手をとった。そして、どこからともなく魔法の杖を取り出して、私の腫れた右手に治癒の魔法を掛けた。「もう、しょうがない人ですね」


 右手の痛みはまるで最初からなかったようにひいた。ゲーリーが私の右手を離すと、私はにぎにぎと握って感触を確かめる。


 ごめんなさい、と私は再度言った。「どうやらかなり呆けてるみたい」


「そのようですね」


 大きなゲーリーはまた困った風ににはにかんだ。


 私はまた眉間に指先を当てる。状況の整理が未だつかない。いろんな感情が頭の中でごちゃ混ぜになって、廃業し数年放置されたレストランの厨房のように収集がつかない。記憶の一時的な混濁で、この10数年の記憶が失われているのだろうか? 私はショックを受けた。自身の青春が指の隙間からこぼれ落ちる感覚、そして何より、ゲーリー自身の成長と魔法の開花・発達を知らない喪失感。



「どうしたの、ゲーリー?」


 大きなゲーリーの背後にある扉の先から女性の声がした。


「大丈夫です。大したことはないですよ」


 大きなゲーリーは答えた。すると扉が開かれて、そこからまばゆいほどの陽光が入ってきた。まるですぐそばに太陽があるみたいだ。


 私は思わず目を細める。その異常に強烈な光に、女性のシルエットが仄かに浮かぶ。ほっそりとした上半身に、傘状に膨らんだ下半身。ウエディングドレスか。どうやら、ゲーリーの花嫁のようだ。私は必死に目を凝らす。ゲーリーの相手が誰か見定める。ただ、その先ほど聞いた声にも、私はまた覚えがある気がしている。誰だ? 一体誰なんだ?










 お……さ




 おね……ま




 お姉さま!



 「は!」


 私は、勢いよく上体を起こした。周囲の目がチカチカとするほどの緑に一瞬怯んでしまう。そして意識的な深い瞬きを3度行って、環境に自身のピントを合わせる。


 真夏の強烈な陽光を反映する下草に、対して目の奥が痛むほどに透き通った青空、雲はほんの疎らに言い訳程度にしか浮いていない。私自身はそういった鮮やかな光景とは別に、ひんやりと落ち着いた陰の内に含まれている。その空間を生み出す大きな木がすぐ後ろにあって、私はそこに背中を預けていたようだ。


 そうだ、ここは私の家に庭だ。私は昼食までの時間潰しにここで寝入っていた。すなわち先ほどの大きなゲーリーも、後光に霞んだ花嫁も、全て夢だったのだ。私は1つ大きく息を吐き、安堵した。



「お姉さま!」


 呼ばれた私は左隣を見る。そこには、私のよく知る小さなゲーリーが、頬に汗を滴らせながら少し不機嫌に頬を膨らませながら立っていた。どうやら眠りの深い私に何度も声をかけていたようだ。申し訳ないことをした。


「ごめんなさい、ゲーリー。ずっと私を起こそうとしてくれていたみたいね」


 ゲーリーも、ふう、と大きく息を吐いた。


「やっと起きてもらえました」


 夢のそれとほとんど同じ台詞に、私は思わずドキッとした。


 私は1つ唾を飲んでから言った。「あなたが呼びに来てくれたってことは、昼食ができたのかしら」


「はい!」ゲーリーは疲労で重くなっていた口角をくいっとあげた。「ですのではやく戻りましょう!」


 そうね、と私は応えて、立ち上がる。ゲーリーはそれを見届けてから、振り返って屋敷の方へ歩き出す。


 私は彼の後ろを一定の距離でついていく。まるで適切な関係性を探るみたいに。


 私は彼の小さな背中を見て思う。あの夢は正夢に違いない。いや、それは当然だ。もちろん細部には多少の変更があるだろうけど、この世界で健常の貴族の長男が結婚しないという選択肢はあり得ないのだ。そのイベントが訪れるまで、彼の頭の位置が私の遥か上に位置するまで、彼との関係がどのような変遷を遂げるのか、そして私がどのような気持ちでそのイベントを迎えられるのか。夢の中の私は、どのような気持ちであの待合室にいたのかついぞ分からなかった。いや、その部分はこれからわたしが作っていかないといけないのだ。ゲーリーが可能な限り誰かを傷つけず、そして彼自身も傷つかずにそこにたどり着くこと。私は自身の人生を犠牲にしない範囲で、その手助けをしてあげたい。よいお姉さんであり続けるために。ひとの幸せを、心から祝福できる自分を取り戻すために。きっとケビンよりも遥か前から、その可能性を提示してくれていたゲーリーに恩返しをするために。


 私は口角を大きく結び直し、歩行速度を速めゲーリーの隣に追い付いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。そして1つご報告があります。私はこの度、2月締切の小説新人賞へ応募するための作品執筆に集中するために、この作品を2月28日まで休載させていただきます。3月1日から、第2部を連載させていただきますので、それまでしばしお待ちください。

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