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 翌朝、昨夜決めた時間通りに起床すると、昨日と同じように入浴し朝食をとった。何かとてもいい夢を見ていた感触があるけれど、内容はさっぱり思い出せない。寝覚めとしては最高だった。実に機嫌がよかった。入浴や食事の合間に、小粋な鼻歌を織り混ぜるほどだった。


 ちなみに、口ずさんでいたのは前世で愛聴していた「Beetles」の『Ob-La-Di, Ob-La-Da』だ。つまりは、今世には存在しないメロディだ。周りのみんなは、きっと彼女が即興で考えたオリジナルに違いない、と思っているだろう。そして朝食の最中にふと、私は思い出した。前世で「Beetles」のいない異世界に転移したミュージシャンが「Beetles」の楽曲を利用して音楽界でのしあがる映画、題名は確か『イエスタデイ』。重ねて私は思う。あるいは私も、同じように前世の名曲といわれた楽曲を今世において私のオリジナルとして発表すれば、世紀の大ミュージシャンとして不動の地位を得られるのではないか。むしろ独立して生きるの1番の近道だろうし、お役所勤めをする必要もない、自由度の高い生活もできるだろう。想像ができないほどのスーパースターの生活が、そこにはあるだろう。


 いや、やめておこう。たとえメロディがあったとしても、私にはそれを適切に他者に伝えられる歌唱・演奏技術を持ち合わせていない。それに、私の最大の懸念は、どれほど素晴らしい音楽やスピーチを残しても、ミュージシャンのプライベートは悉くクズだという点に尽きる。ジョンもポールも例外ではない。私は絶対に、ああはなりたくない。



 そんな私を見て、シンディは言った。「いよいよ自分の家に帰れるのが嬉しそうで、私は悲しいわぁ」


 明らかに冗談だと分かる、わざとらしい震えとおどけた調子の台詞だった。


「ええ、そうね」私はその冗談に乗っかることにした。「ゲーリーをからかう悪いお姉さんたちとははやく離れないと、ねぇ?」


 隣のゲーリーはビクッと反応してから口をモゴモゴとさせて、結局は何も答えなかった。私はその様子が少し気になったが、これもまた子供らしい反応だと解釈して速やかに食事に戻った。


 朝食を終えて自分達の客間に戻ると、一息をいれてから昨日は詰められなかった残りの荷物をトランクに詰めて速やかに退室した。ゲーリーと父、そしてディアナの父や祖父母とシンディの両親・祖父母と使用人の男性も合流し、全員で別邸を出た。2つの馬車に別れて乗車して、昨日とは別の、鉄道のある街を目指す(もちろんそれは、行きに私たちが下車した街のことである)。


 馬車への搭乗をどういう別け方にしたか、についてはいまさら説明する必要はないかもしれないけれど、1つは私含む女子組とゲーリー、もう一方はその他大人たちという構成になった。移動中、ゲーリーはやはり緊張していた。私たちとゲーリーという組み合わせはこれまで何度もあったけれど、恐らくはいま、最も閉鎖的で窮屈なスペースにいるのだ。ゲーリーの慢性的な緊張はもちろん3人にも伝わっていて、3人とも昨日までの出来事を取り上げて楽しかったね、といまの状況を失念させるための有効的な声掛けを自発的にはじめてくれた。その効果はてきめんで、下車するときにはゲーリーの緊張はすっかりと消えていた。やっぱり、私の自慢の友達だと、私は思った。



 鉄道のある街、とりわけその駅周辺は、シンディの祖父の領地で1番栄えている場所だった。もちろん、王都の街のそれと比べたら明らかに見劣りしてしまうけれど、住む街としては申し分ない。生活必需品やちょっとした贅沢は全てここで賄える。前世で言うところの、政令指定都市未満の地方都市という具合だ。具体例をあげるなら兵庫県姫路市くらいかもしれない。そして実際、この街には姫路城みたいに国の重要文化財に指定された建築物を含む大きな教会がある。私たちはシンディの祖父の案内でそこを見学・礼拝し、昼過ぎに併設のレストランで昼食をとった。またしばらく見学すると駅前のに移り、そこで移動中に食せるお菓子やら母やお手伝いさんたちへのお土産を購入した。そして、真夏の気温が少し落ち着きを見せる頃合いに、私とジュディとゲーリーと父、ディアナと彼女の父がそれぞれの電車に乗った。私たちはそれぞれに、また学園でね、と言葉を交わした。



 シンディとディアナ別れると、とりわけ父が席をはずしている間は必然的にジュディとゲーリーの1対1の会話が増えた。そこにはこれまでの長い関係性が下支えするからかいも含まれていて、もちろんそれは別邸にいた時も変わらないんだけれど、ジュディとだけ対面している時は、ゲーリーは深刻な羞恥や緊張を見せることはなかった。私は()()、不思議にその様子を眺める。しかしまぁ人数の問題だろうと解釈した私は、2人の横で少しビターなチョコレートを頬張った。




 行きと同じ2日間の日程を消費して、私たちは自分達の土地に帰ってきた。まずは自分の屋敷に戻る前に、ジュディの屋敷に彼女を送り届けた。ほんの隣町だから、別の領主の治める駅のある町から共に馬車に乗って、そのまま彼女の屋敷の前に乗り付けた感じだ。太陽は既に頂点を越えて大分傾いてきている。


 ジュディが自分の屋敷の扉をこんこんと叩くと、少しして彼女の両親が出てきて彼女を優しく抱き締めた。そして、あなたのいない1週間はとても寂しかった、十分に楽しんでこれた? 等の言葉を交わした。やはり大事な1人娘だから、この歳になっても両親共々かわいくてしょうがないのだ。とりわけ素直で両親の愛をありのまま受け止められるジュディだ。とても可愛がり甲斐があるだろう。


 もう、ホイットニーたちが見てるじゃないのよ、とさすがに恥ずかしさを表明するジュディ。すると彼女の両親もやっと、行儀よく直立してこちらに正対した。もちろん、彼女の両親は誰の訪問時でも構わずこのようにフランクな触れ合いを見せつけるわけじゃない。これも謂わば、私が生まれる前からブリンソン家とグラン家が紡いできた関係性の産物である。


 ジュディの両親は浅いお辞儀をして、代表して父の方から、ジュディと1週間付き添ってくれてありがとう、と言葉があった。こちらも私の父が、こちらこそ、私の町の様子を見てくれていてありがとう、と応えた。そして少しの引き継ぎ事項を交換して(それも大した内容ではなかった。領内で犯罪も、誰かが亡くなったという話も出てこなかった)、こちらも母の待つ屋敷に戻ることにした。


「またね、ホイットニー」ジュディが笑顔で言った。


 私も映し鏡とはいかないが、私なりの笑顔を浮かべる。「ええ、またね。ジュディ」


 ジュディとはこの夏休み、また何度か遊ぶことになるだろう。そのジュディは次いで、ゲーリーを見下ろした。そして私の時よりも幾分穏やかな笑顔を浮かべる。


「ゲーリーくんもまたね」


 はい、とまずゲーリー言った。「ま、またです。ジュディさん」


 ゲーリーはこれまでらしく照れているけれど、視線はまっすぐジュディの顔を捉えていた。



 待ってもらっていた馬車に再搭乗して、私たちの屋敷に帰った。家で待っていた母やお手伝いさんに丁寧な挨拶をしてお土産を渡した。その後私はいの一番に入浴させてもらって、自室に上がった。久々に1人の時間を噛み締めたかった。少し何も考えずボーッとしてから読書をした。しばらくして夕食をとり、また読書をして、早めに就寝した。今日までの楽しかった時間を、ケビンからもらった魔法のペンダントを使って、はやく彼と共有したかったからである(ペンダントは机の引き出しに置いていっていた)。


 翌朝、太陽が地平線から顔を出すのとほぼ同時に起床した。窓のカーテンを一部開けて、自分の顔に日の出の光が当たるように調整していた。当然夏の日の出ははやい。農家や仕込みに時間がかかる飲食店のスタッフじゃない限り、物好きしか起きていない時間だ。当然、両親もゲーリー起きていないだろう。私はベッドのスプリングの軋み1つ起こさない気持ちで仰向けに寝ていた状態から掛け布団を抜けて、ベッド脇にそっと腰を下ろした。そこで2,3体を伸ばしてから、また音を立てないように机の前に移動して座った。引き出しから紙と鉛筆を取り出して、メモをする。ごきげんな寝起き直後のスッキリとした頭で、今日ケビンに話せることと話せないことを整理する。別邸で過ごした最高の3日間、とりわけゲーリーの成長について話したい。同じ男だからこそ分かる部分や、もっとこうしてあげた方がいいよ、と言ったアドバイスももらえるかもしれない。そして3ヶ月前に、王都にはじめて行った日のこと。このことも話さないといけない。1日目にビーチで昼寝した時の夢で思い出した複数の感動。「アナンシエーション」との出会いに、ファッションあるいは自己表現が持つ自己肯定の力、そしてナターリアに自力でたどり着きその信頼を勝ち取れた自信。あの日にそれらを得られていなかったら、私はケビンのいる雑貨屋に向かうことはできなかっただろう。私はそのことを、彼ときちんと共有したいのだ。ただし、その3ヶ月前時点で杖無しで魔法を使用することができたことや、もちろんナターリアの名前やその居場所を口走ることはできない。彼女との約束だから。そのことの線引きをしっかりとした文字に起こす。感情にまかせて、ぼろぼろとこぼしてしまうことがないように。



 ケビンとの通話の要点をまとめられた頃には、外の朝焼けはすっかりと青空に変わっていた。私はシャワーを浴びに着替えを持って自室を出た。途中の廊下で父と会い、おはよう(ございます)と挨拶を交わして、互いに体調に問題がないことを確認した。それと別に父から、シャワーから上がったら食堂にきなさい、ちょうど朝食だろうから、との声かけがあった。私は、分かりました、と端的に応えた。


 シャワーを終えて着替えを身に付け、髪の毛も入念に乾かして浴室を出る。父に言われた通りまっすぐ食堂に出向く。食堂には母とゲーリーもいて、2人にもしっかりと挨拶をする。そして湯気の立つできたて朝食を(典型的なイングリッシュ・ブレイクファスト)囲んで、談笑をしながら舌鼓を打った。


 朝食を終えて歯も丁寧に磨くと、部屋に戻ってペンダントとさっきのメモを持って屋敷を出た。しかし屋敷の敷地内からは出ない。庭には大きなブナの木が何本も生えていて、そのうちの1本の幹に腰かける。少し体を馴染ませてから、満を持してペンダントを操作する。遠い王都にいるはずのケビンへ呼び掛ける。もしかしたら忙しくて出られないかもしれない、そんな心配も馬鹿らしくなるくらいに、彼は3秒と経たずにこちらの呼び掛けに応対した。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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