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 用意された夕食は海の近くらしく魚介をふんだんに使ったメニューだった。ロブスターのグラタン、タラと野菜の卵とじ、蟹の甲羅詰め、魚介の煮込みスープ、バゲッド、サラダ。きれいに食するのに器用さがいる料理がちらほらあるけれど、その分がうま味として還元されている。


 ゲーリーは最初、自分だけできれいに食そうと試みたけれど、やはりまだうまくできなくて隣に座る私が補助してあげた。いつもなら多少の抵抗や不快感や独立心を見せるのだけれど、今日は素直だった。先ほどのやりとりも影響しているんだろうし、賢い彼は他人の家の食事で意地を張るのはあまりにも迷惑になることを理解しているのかもしれない。どちらにせよ、私はまた彼の成長を垣間見ることができた。



 私たちは幸せな気分で食事を終えられると、女子組の客間に今度はゲーリーも呼んでトランプをして遊んだ。ババ抜き、大富豪、ポーカー、前世から馴染みのあるゲーム。それらを1時間と少し楽しんだ頃、またゲーリーがふらふらと体を揺らしはじめた。


「ごめん、ゲーリーをお父様のところへ送ってくるわ」


 ジュディ、シンディ、ディアナからそれぞれ了解をもらい、私はゲーリーを促して扉に向かう。すると、廊下に出る前にゲーリーが3人の方へ振り返り頭を下げた。


「今日はありがとうございました。おやすみなさい」


 それに対し、3人とも優しく、おやすみ(なさい)、と返事をしてくれた。



 夕食前にゲーリーが眠っていた客間に行くと、そこには父がいた。父はゲーリーを預かると、すぐにジュディたちのもとへ戻りなさいと促された。私は歯磨きまで付き添う気でいたけれど、せっかくだから父の厚意に甘えることにした。おやすみ、とゲーリーに言うと、彼は、うん、と頷いた。私はつい頭を撫でてやりたくなったけど、ぐっとこらえた。変に目を冴えさせてしまったら、父に迷惑をかけてしまう。



 女子組の客間に戻ると、ジュディたちはトランプをやめて雑談していた。私も途中から参加し、他愛のない会話をした。今日楽しかったことの総ざらい、ゲーリーの話題も少しあった。時間が落ちる砂よりもはやく経過していった。


 日付が変わる少し前に、私たちも眠ることにした。歯を磨いて水を飲んで、消灯し掛け布団にくるまった。夢はまるで無邪気な大型犬のように、私の体に重くのし掛かってきた。


 翌朝、起床後速やかに朝食をとって、入浴し、外出の準備をした。昨日の夕食中に、シンディの祖父が治める町の外れにある動物園に行く事になったからだ。シンディの祖父からの提案だった。男の子のゲーリーがいるから、自慢のそれを見てもらいたいとのことだった。私たちは快諾した。決まった予定もなかったし、その提案を聞いたゲーリーは年相応に目を輝かせていたからだ。


 着替えと化粧も終えて一段落すると、ゲーリーを迎えにいった。ゲーリーと父の客間の扉をノックして、ホイットニーです、失礼します、と言うと、父が、どうぞ、と答えた。扉を開けると、かっちりとした装いをした父と、黒のサスペンダーを着けた黒い半ズボンと白いシャツを身につけたゲーリーがいた。まるで私立の幼稚園の制服みたいだ。


 いの一番にゲーリーが私たちのもとに駆け寄ってきた。


「お姉様、さっそく動物園へいきましょう。いますぐ出ないと、ペンギンの餌やり体験に間に合わないかもしれません」


 ゲーリーは右手に動物園のパンフレットを握っている。朝食の後にシンディの祖父から頂いて、私たちの準備が終わるまでずっと眺めていたようだ。イメージを豊かに膨らませて、それが肯定的な表情となって表れている。引き締まった口角と、柔らかな目尻。耀く(まなこ)に、浮き立つ足もと。


「ええ、急ぎましょう」


 そう言って、私はゲーリーを彼の客間から連れ出した。



 別邸を出ると大きな馬車が止まっていて、私たちは速やかに乗り込んだ。私とジュディとシンディとディアナとゲーリーに、私の父と使用人の男性が同行している。シンディの祖父母は体力的に1日付き添うのは危うく、ディアナの父は動物の臭いがあまり得意ではなかった。


 馬車に揺られていたのは40分くらいだった。その間も、ゲーリーは私の隣でパンフレットをジーッと見つめていた。しかし、案の定というべきか、彼は車酔いしてしまい、私に寄りかかることになった。私は猫背気味になって背もたれと離れた背中をさすってあげた。それを眺めていたジュディたちや父、使用人の男性は和やかな表情を見せてくれた。



 ずっと、この感じが続いてくれたらいいのに。



 動物園に到着すると、私は入り口前のロータリーに設置されたベンチにゲーリーと一緒に座り、彼が落ち着くまで介抱した。ジュディとシンディとディアナは私とゲーリーを囲むようにして見守り、その間に父と使用人の男性がシンディ祖父から頂いた招待券を当日チケットに変換する手続きのためにチケットカウンターに向かった。私は馬車の中と同じように背中を擦り、ジュディたちは深呼吸を促す声かけをしてくれた。


 少しして、交換したチケットと冷たい水の入った瓶を持って父と使用人の男性が戻ってきた。ゲーリーはその水を飲むと、1つ大きな呼吸をしてから言った。


「もう大丈夫です。ありがとうございます」


「ほんと? 無理してない?」私は言った。ゲーリーの声にまだ体調不良からくる震えが含まれているように聞こえたからだ。「入園をもう少し待ってみてもいいんじゃない?」


「大丈夫です」ゲーリーは1つ唾を飲み込んでから答えた。「それに、ペンギンの餌やりに間に合わないと、その、悔しいです」


 私はゲーリーの言葉に、笑みがこぼれそうになった。嫌です、という言葉を使いたくないから、悔しいを無理矢理に持ってきたところがなんとも微笑ましく映った。そして思った。昨日のやりとりがなければ、恐らくはペンギンの餌やりを諦める選択を彼はしただろう。それが正しい大人な判断といわんばかりに。


 きっと、私とゲーリーの間に、新たな信頼関係が構築されはじめている。完璧でいることではなく、ありのままでいることでの結び付き。それは、この離れ離れになっていた数ヶ月の間にあったお互いの成長が、うまく噛み合った結果だろう。私の場合、ケビンという男性を知ることができたのが絶対にしてある。他者を肯定して受け入れることをきちんと表現すること、それを私に思い出させてくれた。私はそのことを感謝して、大切にしていかないといけない。


「そう、ならいいわ」私は言った。「でも、気分が悪くなったらすぐにいうのよ」


 はい、とゲーリーは気持ちよく答えた。


 動物園の門をくぐると、ゲーリーの体調はみるみるよくなっていった。ペンギンのコーナーに向かうまでには様々な動物がいた。ゾウ、ライオン、トラ、クマ、数種類の鳥と猿。ゲーリーはそれぞれの檻あるいはガラスの前で足を止めて観察した。その度にまるで動物たちから元気を分けてもらったように明るい顔になっていった。とりわけ、ゲーリーはトラを好んでいるらしく、隔てるガラスから少し離れた観覧可能の最前位置まで近づき食い入るように見ていた。その時、ゲーリーがこちらに振り向いて、とてもかっこいいですね、と笑った時、彼が見つめていたトラが跳躍してガラスに激突した。それはトラの本能が、ゲーリーを獲物として認識したがゆえの狩猟行動だった。私たちは、きゃああ、と驚きの声を上げた。しかし、当のゲーリーはそのトラの姿もかっこいいと思ってか、いっそうワクワクとした表情を見せた。私の父はそれら全てを俯瞰するように、はっはっは、と笑った。男共め、と私はつい声に出そうになった。


 1つ溜め息をついた後に、私はゲーリーの回復と似た経験を前世にしたことを思い出した。


 あれは確か、高校生のいまと同じくらいの時に、友達と京都に行った時だった。同じく歴史が好きな者――そして好きになった理由も同じもの――同士3人で計画した日帰り旅行。行きの道では、私はあまり体調がよくなかった。京都までは主に電車利用したが、私は常に優先席で座らせてもらっていた。2人の友達は吊り革に握りながら立って、迷惑にならない範囲で私に声かけをしてくれた。このまま京都を諦めてとんぼ返りすることも提案されたが、私はそれを拒否した。そして実際、到着し巨大な京都駅から出ると、美しい京都の町並みが私に力を与えてくれた。そしてとりわけ新撰組関連の史跡や現存する建造物に足を運んだ時には、行きの体たらくが嘘みたいに回復した。帰りは疲れた友達が席に座りながら私は立っていたくらいだ。


 私はそのことを具に思い出し、ゲーリーと私が確かな姉弟であることを再確認した。肉体的のみではなく、精神的にも。それは、春も終わりかけの頃に吹く柔らかな風のように心地いい感触だった。


 ペンギンの餌やり体験には時間ぎりぎりで間に合った。寄り道のしすぎで、最後の方はずいぶん駆け足になった。息を切らした状態で飼育員の女性に声をかけた。動物園の職員たちは、動物たちが前世のそれと姿かたち一緒であるのと同じように、同様の制服に身を包んでいる。ペンギンの飼育員で言うなら、ゴム製の長靴に防水性優れたぶかぶかのトップスとボトムス(ボトムスはサスペンダーで止めている)。


 ゲーリーは飼育員から使い捨てのゴム手袋と、餌の魚を掴むためのトングを渡された。同じもの渡されたゲーリーと歳の近い子供たちが11人いた。今回のプログラムは合計12人で執り行われた。


 餌やり体験を取り仕切る飼育員は3人で、全員が女性だった。12人の子供たちは1人飼育員に4人がつくかたちで3つのグループをつくり、飼育員の持つバケツの中から餌の魚をトングで掴み、飼育員の指導のもとペンギンに餌を与えた。ペンギンの種類はアビリカスペンギンと紹介されたが、見た目は前世で言うフンボルトペンギンだった。地名由来の動物名はアレンジされているようだ。


 最後にやって来たゲーリーはグループのなかで最後の番になってしまった。それでも彼は行儀よく番を待った。そして自分の番になると、飼育員の指導に素直に従って丁寧にペンギンに餌をやれた。終始ペンギンは暴れることなく、よく躾られていることが見てとれた。無事に餌やり体験を終えたゲーリー眩しい笑顔が、私は嬉しくて仕方なかった。


 その後、私たちは園内のビュッフェレストランで昼食をとった。ここも海鮮系がメインに調理されていて、とりわけカニ料理を推し出していた。海外の料理としてかにしゃぶもあって、私はある種の懐かしさを感じながらそれを鱈腹に食べた。ゲーリーも私を真似るようにかにしゃぶを口にして目を輝かせていた。


 食事後は午前中には回らなかったコーナーをまわった。午前中はポピュラーな陸棲哺乳類がメインであったのに対して、午後は爬虫類・鳥類・小型の夜行性哺乳類・水棲哺乳類をざーっと見てまわった。ゲーリーはワニの鋭い歯の並んだ大口に映し鏡のように口を開けて、ワシが大きな羽を広げる様に自身の目標とする力強さや責任感を見出だし、夜行性哺乳類特有の目の大きさにその理由を自分なりに考察し、イルカやシャチの頭のよさに人間だけが優れた動物じゃないことを学んだ。


 ゲーリーだけでなく私たちも興奮と学びを十分に得て、まさに食後たくさん重ねられた皿のような満足感のもと、シンディの祖父の別邸に戻った。戻ってさっそく、私たち女性陣から順番に入浴した。その際、ジュディがゲーリーに対して、昔みたいに一緒にお風呂に入らない? と笑顔で口にしたが、私から注意混じりに断った。男性の保護者が周りにまるでいない状況ならともかく、いるのなら混浴というものは基本的に避けるべきだ。たとえどのような年齢でも。そしてゲーリーは、私が断っている間に顔を真っ赤にして父の方へ逃げていった。父は、あっはっは、と笑いながらゲーリーの頭を撫でた。こういう時に直接的なからかいの言葉を掛けないのは、父と息子の関係性としては正しいなと個人的に思った。


 順番の入浴を済まして夕食も終えると、また女子組の客間にゲーリーを誘って遊んだ。今日は人生ゲーム的ボードゲームを2回やった。当初は1回の予定だったのが、私たちが結託し接待プレイでゲーリー勝たせたことが本人に看破されてしまい、再度忖度なしの真剣勝負をすることになった。ハンデもなにもない状態だと、またジュディが勝者になった。ゲーリーはなんだかんだ悔しそうな顔をしたけれど、自分が手加減なしを要求したこともあって、ぐっと我慢して見せた。するとすかさず、ジュディがゲーリー頭を少し撫でた。


「やっぱ、悔しい時の顔はずっと変わらないね」


 ジュディの行動と言葉に、ゲーリーはこれまで以上に顔を赤くした。そしてジュディが撫でていた頭頂部を両手で覆って動かなくなってしまった。


 もう、と私がジュディに向かって眉を寄せると、彼女はてへへと舌を出した。やれやれだ。私はゲーリーの背中を擦って、彼の気持ちを落ち着かせる。同時に深呼吸を促すも、もとの状態になるのに3分くらいかかった。


 ゲーリーは落ち着きを取り戻すと、疲れが一気にやってきたのか昨日と同じようにうつらうつらとしはじめた。私も昨日と同じように、ケビンを父のいる客間に送っていった。父も昨日と同じようにゲーリーを預かってくれた。しかし、去り際の声掛けだけは昨日と異なっていた。


「明日バタバタとしないように、帰宅の準備を寝る前にしておくんだぞ」


 そう、この素敵な時間も、明日でとうとう終わりになるのだ。


「もちろんよ、お父様」


 私は笑顔で言った。一抹の寂しさも匂わせながら。



 自分達の客間に戻ると、さっそく私とジュディとディアナは退散の下準備をはじめる。といっても、特別なお土産を現時点で私たちは購入していないので(ゲーリーは展示動物のキーホルダーを幾つか購入していた)、これまで着用した衣服や水着(別邸の設備で洗濯させてもらった)を畳んで持ってきたトランクに収めるくらいだった。ディアナはそれに加え、束の間の読書のために持ってきたハードカバー2冊をトランクに戻した。この数日間、彼女にあまり読書をさせてあげられる暇をつくれなかったけれど、彼女自身はまぁそういう期間も必要よね、という感じに割り切った行動をしてくれていた。それはもちろん、ゲーリーに合わせて動いてくれていたためである。私はそのことに対して、素直な感謝を密やかに述べた。


 ディアナは微笑みながら応える。「ゲーリーくんの動きや表情を見ているのは、まるで若いデビュー作家の小説を読んでいるようだったわよ。こちらこそ、ゲーリー君も連れてきてくれてありがとう」


「嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 私はまた素直な言葉を口にした。



 私たちは現時点でトランクに詰めれられる荷物を片し終えると、またトランプゲームに興じた。そしていい頃合いになると消灯して、おやすみを言い合って泥のように眠った。今日1日の健全な疲労は、まるでホットミルクのように私の体の隅々に心地よい感触を抱かせている。

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