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 ふぇえ、と私はすっとんきょうな声を発してしまう。おかしいな、いま先ほどまでとても真剣な話をしていたはずなのに。


 あれ、そもそも私はさっきまで誰と話してたんだっけ?


「もう、ホイットニーてばぁ」


 目の前にジュディがいて、どうやら私は仰向けになっているようだ。彼女は立ったまま背中を丸めて、私を不満げに覗き込んでいる。ジュディのさらに上にパラソルがあって、その向こうに澄んだ青空が見える。湿度と気温がやけに高い。先ほどまではもう少し過ごしやすかったような気がする。それに、私がいま寝転がっているであろうチェアの感触は直接的に私の肌を刺激している。私はどうやら、裸に近い格好でいるようだ。しかし腰周りと胸周り適度な締め付けを感じする。その意味するところはつまり……。



「せっかくみんなで遊びにきてるのに、いつまで寝てるのよぉ」



 そうだそうだ、思い出した。私はいま、砂浜に海水浴にきてるんだった。ジュディとシンディとディアナと、私の弟も連れて。シンディの祖父の土地のプライベートビーチに。モータウン学園最初の夏休みという機会を用いて。


 現実をしっかりと捉えると、先ほどまで見ていた夢についても、ある程度手繰り寄せることができた。



 私はゆっくりと上体をを起こし、目蓋の上から目を揉みほぐす。そうしていると、私のちょうど前方少し離れたところで、賑やかな声が聞こえてきた。2つ搾り込むような瞬きをしてから目を開く。少しぼやけてから景色とピントが合って、波打ち際でビーチクミルに興じるシンディとディアナとゲーリーの姿が映った。ゲーリーも今日初対面の2人に大分打ち解けられたようだ。シンディは言わずもがな、ディアナもそれなりに楽しそうな柔らかい表情をしている。


 ねぇ、と私はジュディの目を見て問い掛ける。「私はどのくらい眠っていたのかしら?」


 うーん、ジュディは喉を鳴らす。「3,40分くらいかな」


「あら、そんなものだったのね」


 現実と夢の時間感覚のズレは、やはり興味深い事象だ。


「そういえば起こす前、随分と口もとがにやに緩んでたけど、どんな夢見てたのよ?」


 ジュディは私のそれを再現するみたいに、にへら、と口もとを緩ませて見せる。


「ちょっと昔の夢を見てたのよ」私は答えた。「私たちがはじめて王都に遊びに行った日のこと」


「ああ、あの日ね」ジュディは複雑な顔をした。「途中でホイットニーが見当たらなくなってほんとビックリしたんだからね」


「あの日はほんとごめんね」


 私はジュディに謝った。


「もう」とジュディは言った。「えぇっと確か、通りの騒ぎでお母さんとはぐれて泣いてる女の子を追いかけたら、よく分からないところまで行っちゃってたんだっけ?」


「……あ、ああ、そんな感じだったかしらね」


 私は当時自分がついたでまかせ、方便を失念し掛けていて、言葉がつまりそうになった。


「もう、とぼけちゃってぇ」そう言って、ジュディはため息をついた。「本当に驚いたんだから。あのおじさんの落とし物を大方拾い終えて、一息つきながら周りを見たらホイットニーがいないんだもん。必死になって呼んだんだから」


「本当にごめんなさい」私は改めて謝った。「でも、ジュディたちが闇雲に私を探しに行かずに入口の広場に戻ってたことはとても嬉しかったわ」


「まぁ、私は探しに行こうとしてシンディ止められたんだけどね」ジュディは桜色の舌を出した。


「それでも彼女の呼び掛けで冷静になって、思い止まって約束した通りの行動をしてくれたんでしょ? それができなくて大変なことになる人はいっぱいいるんだからね」


「もう、誉めてごまかそうとしたってダメだよ」そう言いながらも、誉められてまんざらそうでもない顔を浮かべるジュディ。「まぁでも、ホイットニーも帰りの馬車が出るまでに広場に戻ってこられて、その迷子の女の子も無事お母さんと合流できたんだから、万々歳よね」


「そうそう」私はまた1つ素晴らしいことを思い出した。「最初の広場の時に言ってなかったのに、広場に戻る前に近くにいた警官に私の捜索依頼もちゃんとしてくれてたんでしょ。おかげでとても助かったわよ。女の子を見送ってから、舟をつかまえられる場所が見つからなくて途方に暮れてた時、ちょうど警官2人に声をかけてもらえて。そのおかげで馬車の時間に間に合ったのよ」


 実際、私はナターリアの店を出てしばらく、水路の舟着場をうまく探せずにいた。本当に馬車の時間に間に合わないかもしれなかった。そこに私を探す警官が現れて、ジュディたちから依頼されたことを告げられた。ナターリアのもとへ向かう前に見つからなくてよかった、と最初は思ったけれど、彼女たちの心遣いが心底嬉しくてしかたなかった。そして、その彼女たちを騙していることに、私はまた後ろ暗い気持ちになった。


「まぁでも、いまとなっては全部いい思い出だよ、うんうん」ジュディは腕組みしながら2度頷いた。「あの日の服探しは本当に楽しかったし、洋服関係で満面の笑みを浮かべるホイットニーをはじめて見られたもの」


「ええ、そんな満面だったかしら?」


 私はとぼけるように言ってみた。


「それはそれは満面だったよぉ、まさにいまこの青空みたいに」


 ジュディはそう言って、上を見上げた。私もパラソルを避けながら上を見た。雲1つない、見事な快晴である。ずっと見てると目の奥が痛くなってくるほどだ。


 それにしても、と私はジュディに視線を戻していった。「刹那的な生き方に定評のあるあなたが、いまの楽しいことを置いて思い出に浸ってみるなって、どんな風の吹きまわしかしら」


 ジュディはにっこりと口を結んでから言った。「そりゃあね、ずっと前ばかり見てても疲れちゃうからね。これまでみたいに疲れて眠くなるまで爆走何てみたいなことできないよ。モータウン学園生になったからにはね」


「あらぁ、刹那的の意味を知ってるなんて、驚きね」


 私はなんの気なしに言ってみた。


「そりゃあ私もちょっとずつは語彙力身に付けていってるよ」ジュディはわざとらしく呆れる顔をする。「まぁ、ホイットニーから借りてる小説のなかで最近出てきたから覚えてたんだけどね」


「それでも十分立派よ」私は素直に言った。



 ジュディと他愛のないやりとりをして、私は思った。全ての闘争が終わった暁に、私がこれまでしてきたこと全てを思い出話として、笑いながらみんなに開示できたらいいのにと。『王都にはじめて出掛けたあの日、私が途中でいなくなったのは迷子になってしまった女の子を追いかけたんじゃなくて、実は内緒で腕利きの探偵さんに密かに会いに行ってたの。ビックリしたでしょ? 実は最初の広場の時から伏線を張ってたわけなのよ。用意周到でしょう?』まぁこんな風に。そうやって全てを笑い話に変換すれば、まるで線香を点してのぼる煙のように、ふうーっと軽い翼が生えたみたいに解放されるだろうに。


 でも、何度も言っているように、それはけしてできない。それをするとなると、前世についても話さないといけなくなる。それは絶対に避けたいのだ。それにくわえて、この世界が『オールウェイズ・ラブ・ユー』というゲームの世界であること、みんなの命が本来架空の産物であることを、私はいまさら認めたくないのだ。


 私は具体的な闘争のための行動に出ていない時も、その秘密事項を心に常に留め置いていなければならない。これまで何度も言ってきたように。たとえ、いまみたいな100%素晴らしい空間に大切な友達や肉親といたとしても、それは刹那的な忘却だ。1歩でもその空間・時間から退場すれば全ては津波のように還ってくる。それは私がどれだけ目を背けても必ず戻ってくるのだ。まさに雄大な自然現象のように。決められた宇宙的法則なのだ。


 でも、


「お姉さまあ!」ゲーリーが私を呼ぶ声が聞こえた。ジュディ一緒にそちらに振り向くと、ゲーリーは大きく両手を振ってアピールしている。「起きたなら一緒に遊びましょう!」


「そうや、せっかくのビーチなんや、もっとくったくたになるまで遊ぼうや!」


 シンディは左脇にビーチボールを掲げながら、右手を口もとに当てて呼び掛ける。


 ディアナは彼女らしく控えめに手を振っている。


 そうね、と言って、私はジュディに対し微笑みかけた。ジュディは満面の笑みでそれに応えてくれた。



 どうせ、苦しみや孤独は後から勝手に還ってくるのだ。だったら、いまは楽しんでしまえ。ちょうど1つの闘争がつい最近終わったところなのだ。最初の王都の広場の時と違い、一時的な完全脱力も許されるだろう。後から来る波は、後の私に任せるさ。闘争を進めない限りは、波高が増えることもないだろう。今日は完全休養だ。これまで楽しみきれなかった分、今日はハジケてしまおう。


 

 私はチェアから立ち上がって、ジュディと一緒にゲーリーたちのもとへ小走りで駆けた。シンディが私に向かってビーチボールを放り投げて、私はそれを強く蹴り返した。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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