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ごめんくださーい、と言いながら、私は『スティング』に入店した。店内はいかにも占い屋といった様相だ。ほの暗い、ろうそく風の照明に照らされるだけの部屋。壁は全て黒あるいは紫の布で覆われている。自身の鼓動や呼吸の音が耳に届くくらいしんとして(先ほどまでの雑踏の喧騒と対比して如実に感じる)、空気の流れも滞りそのうえ冷えているように感じる。
返事がないので、とりあえず少し進みいる。5歩ほど先の布のパーテーションの前で止まる。この先に私の協力者にたりえる女性がいるはずなのだ。しかし、気配がない。お店自体が空いているなら、いないはずはないのに。私はとりあえずもう1度呼び掛けてみることにした。息を吸って先ほどより大きな声を出そうとする。
「どうぞ、そのままお入りください」
息を吸いきったタイミングで、パーテーションの奥から不意な声をかけられてしまった。ごっほごほ、と私は軽く咳き込んでしまう。
「うっふっふ、お体大丈夫ですか?」
あどけなさの残る、いたずらが何よりも好きでたまらなそうな女性の声だ。それはまさに、これから私の協力者となる者の声だった。彼女は『オールウェイズ・ラブ・ユー』の、ロバートとはまた別の攻略対象とのシナリオにおいて、主人公を手助けしてくれるサブキャラクターとして登場した。表には大きな街に必ず1人2人いるような占い師。しかし、もう1つの裏の顔を持つ。その裏こそが主人公たちにとって、そしていまの私にとって重要なものなのだ。
そうだそうだ、彼女はこういう簡単には食えないキャラクターだった。ただ、本来のゲームの中で見られたおどかしのアプローチと異なっていたので、まさに不意を突かれてしまった。
私は気を取り直して、大丈夫です、と返事をしてパーテーションを開く。「失礼します」
パーテーションの先も、よくある占い屋の雰囲気を踏襲している。赤い布を敷いたテーブルの上に、黄金色の台座に乗せた水晶がまず目につく。他にタロット、ダイス、ペンデュラム、ジオマンシー、筮具まである。古今東西の有名な手法に精通しているという分かりやすくアピールしているみたいだ。実際、彼女は占い師としても十二分に優秀である。テーブルの上にある道具以外を用いた占いを所望されても、彼女はその道具をきちんと所持していて、即座に対応してしまう。そういった部分で客に驚きを与えるのも、彼女の趣味とするところなのだ。
さて、いまさら思うのだけれど、魔法の世界でも占いが商売として成り立つのは面白いところである。これまで学園の中で述べてきたように、魔法もけして万能ではない。科学の代替こそなれ、超越する技術はそうそうにない。占いも同じだ。この世界に未来を明確なヴィジョンとして知れるような魔法は存在しない。だからこそ、占いという魔法や科学ともまた違ったアプローチがこの世界でも必要なのである。ある種のエンタテインメントとして。
その占いというエンタテインメントを操る当の彼女は、テーブルの向こうにある赤いハイバックチェアに座っている。真っ黒の衣装に同じく黒のスカーフを顔に巻いて目もとだけを見せている。まるでヒシャブのように。背丈はディアナと同じくらいに見える。スカーフから覗く子供みたいに大きなつり目、瞳はライラック色をしていて、怪しさが満点である。常に相手を観察し、隙を見せたらいくらでも手玉にとってやるという視線がそれに拍車をかけている。
ほほぉ、と彼女はわざとらしく言った。「モータウン学園生がここに来るのは久しぶりだねぇ」
くっくっく、と彼女はまたわざとらしい笑声をとばす。「どれどれ、ふんふん、なるほど。君はどうやら1年生のようだね。今日はじめて王都に遊びにきた。それで気持ちよく買い物もできて、おおむね満足のいく休日を過ごせたようじゃないか」
相変わらずよく見てるな、と私は思った。
彼女は私が答える前に続ける。「ああ、大丈夫。いまのはただの観察だ。占いじゃない。だからまだ料金は発生していない。けど、これ以上のことを知りたいなら、占う必要がある。自分の自分で知りえない心の内、運命、未来、あるいは失われた過去。知りたければ、この大占い師、マチルダ・リンベンに適切な代価を払う必要がある。まぁでも、初回の買い物終わりの学生さんだ、ちょっとは安くしてあげようじゃないか。――いかがかな?」
私はこれまでのお返しをするみたいに、不敵に笑って見せる。「――いえ、私は占いを求めにきたのではないのです」
私の言葉に反応して、彼女あるいはマチルダの目が険しくなった。どうやら自分がおちょくられることはあまり慣れていない様子である。睨み付けてはいるのだけれど、まるでチワワの威嚇みたいで驚異をまるで感じない。ただし、こういう見た目だからこそ、彼女の裏のシノギが捗る大きな要因となっている。
「じゃあ、いったい何を所望しているのかな?」
マチルダはあからさまに不機嫌な声で言った。当然だ、ただの学生が恐らくは冷やかし目的でこんな物言いをしていると思ったなら、大人は誰でも不機嫌になる。しかし、あえて言うけれど、私が冷やかし目的でないことは何度も述べてきた通りである。そのことを、マチルダにも正確に伝えないといけない。
「私はあなたに、探偵として、いくつかの調査を依頼したいのです」
私は、はっきりと言葉を区切って言った。するとマチルダはさっと立ち上がった。それは紛れもなく、警戒のポーズだった。
マチルダはまた少し私を睨み付けてから、とぼけた風に目を細める。「はて、なんのことやら? もしかして入る店を間違えたんじゃないかい?」
いえ、と私は明確に否定する。「私は『占いの館 スティング』の店主マチルダ・リンベンが、王都で指折りの私立探偵、ナターリア・ポアソンの仮の姿だということをしっかりと認識しています」
マチルダ、もといナターリアは驚きで目を丸くする。ただそれも一瞬のことで、彼女はすかさず私に向かって手のひらをかざした。彼女の魔力によって、体の隅々を触診されているような感触がある。探知の魔法だ。
5秒ほどして彼女は手を下ろした。「変装をしているわけでも、私に何かしらの催眠をかけているわけでもない。ありのままの素顔で、私の前に立っている」
やけに演技がかった台詞回しに乗っかるように、私は答える。「その通りでございます。私の純粋な意志によって切実に解決したい事柄があるのです。そのお手伝いをマチルダさん、いえ、ナターリアさんにしていただきたいのです」
ふん、とナターリアは鼻を鳴らした。それから少しして言った。「それで、あなたの名前は?」
「すみません、申し遅れました。私はホイットニー・ブリンソンと申します。もちろん、ほんとうの私の名前です。ナターリアさんの調査能力を駆使すれば、私がモータウン学園の火操学部に通って1か月少しの田舎男爵の娘であることはすぐに分かると思います」
ナターリアは視線を斜め右下に寸秒外してから、再度私を見た。「で、誰の紹介でここに来たのかな?」
私が言葉を返す前に、彼女は続けて言った。「困るんだよね。私に依頼をする時は、いつどの時間に会いたいかをまず紹介者を通して事前に決めるルールになっている。君の紹介者はそのことを説明しなかったのか?」
「そのルールはもちろん承知しています」私は答えた。「そしてナターリアさんが、信頼できる顧客からの紹介でのみ仕事を受けていることももちろん知っています。しかし、それらをある特定の個人から聞いたのではなく、自分自身で調べあげてたのです。ですから、私に紹介者はいません。故にこうやってアポイントなしに虚をついたかたちになってしまいました」
「嘘おっしゃいな」ナターリアは言った。「学生をしながら私の尻尾をつかむなんて物理的に不可能だよ。それに、本当に私のことを自分で調べあげたのなら、自分で私と縁がある人間を捕まえて紹介をもらえばいいんだ。わざわざ私の機嫌を損ねかねないことをするもんかね。……ははぁん、あなたはもしかして当局のスパイなんじゃないかしら。童顔なのをいいことに学園生の身分を偽造していろいろ悪どいことをしてるんでしょう? 今日来たのだって、私を逮捕しにきたんじゃないかしら? これまでお得意様の依頼で政府に不都合なことを調べたりしたことも少なくないしね」
「王都近辺に済むナターリアさんのお得意様たちが、たかが田舎男爵の娘に単独で、しかもその父親の一筆もなしにあなたを紹介してくれと言われて応じるわけがありません。たとえナターリア様のことと一緒にお得意様の弱みなりを握ってそれを背景に脅して意を通したとしても、その事は確実にナターリアさんにもバレてきっと適当な報復に合うでしょう。私が学生であることなんて関係なしに」
「ふーん、それもそうか」ナターリアはやけにあっさり言った。恐らくは当局の人間じゃないことは分かっている上での先の発言だったのだろう。「よし、いいだろう。自力で私にたどり着いたということ、信じてあげる。頭も悪くなさそうだし、口も固そうだ。あなたの依頼を受けてあげる」
「ありがとうございます」私は丁寧に頭を下げた。
でも、とナターリアは強調して言った。「もちろん、慈善事業じゃないからね。報酬は貰うよ。学生だどうとか関係なしに。家の助力もなさそうに見えるあなたに払えるのかな? そもそも、私がどれだけの対価を要求しているのかまで知ってるのかい?」
「はい、概ねは」私は答えた。「大掛かりなもので最大、恐らくは私の家の全財産を差し出しても1割にも満たないようなものまであったのも把握しています。ただし1番肝腎なのは、ナターリアさんは自身がどれだけ面白いと思える調査あるいは事件なのか、それによって金額を決めているという事実です」
ナターリアはまた私の発言に一瞬目を丸くしてから、ふふ、あっはっはっっはっっっは、と大きく体を震わせながら笑った。目もとを遠慮なししわくちゃにした、本物の愉快だった。
「こいつは驚いたね」ナターリアは本当に驚いたように言った。「私のその価値基準は紛うことなき真実であり、そしてどの顧客に対しても言語化してこなかったものだ。なんで、君がそのことを知っているんだい?」
「あなたを調べ尽くした上で抱いた印象、とでも言っておきましょうか」
私は弱冠のキメ顔をつくって言った。勿論、それらは全ては前世でのゲームの知識に他ならない。これらのことを、彼女は主人公にだけ語るシーンがある。それをある種の信頼関係の強調を象徴させる場面だった。
あはははっは、とナターリアはまた笑った。「なるほど、あなたはもしかしたら私に匹敵する探偵としての才があるのかもしれない」
「さぁ、どうでしょうね」
まぁ実際、私に探偵の才能はないと思う。もし何かしらあるとするなら、それはもとあるものをこねくりまわし、関連しているけどまた別のストーリーをつくりだす脚本だと思う。
「でも、1つ不思議なんだよね」ナターリアは言った。「それほどの調査能力を自前で持っているあなたが、なんでわざわざ私に頼みにくるんだろう。自力で全て完結すればいいじゃないか」
「はい、もちろんそれがベストだと私は思います」私は答えた。「しかしながら、学生の身分ではどうしても厳しい領域に私は足を突っ込んでしまったのです」
「それは、私の周りを詳細に調べあげる以上のことなのかい?」
はい、と私は言った。「難しい理由としては、もとは他人の問題に私が勝手なお節介で関わろうとしていることと、それがもしかすると、この国の屋台骨に一定のダメージを与えるかもしれないほどの事柄なのです。王室に関わることなのです」
ほー、とナターリアは言った。そして、今度はふふふ、と笑ってから言った。「つまりはロバート第2王子に関わることなんだね」
その通りです、私は答えた。ここまでヒントを与えたら、流石に分かる。そうでなければ私の要求には到底答えられないだろう。
「ふふ、オッケーだよ」ナターリアは言った。「その依頼を受けようじゃないか。で、報酬はその内容と君の懐事情で決めようじゃないか。まぁでも、安心してくれたまえ、この調査で得た情報の一部で君の心象的に問題がないものを高値で売って十分な金にするから、たとえ小指の先ほどの額でも手は抜かないよ」
「ありがとうございます」
私は心からの気持ちを述べて、しっかりと頭を下げた。黒々とした床を見ながら、頬がにやけてしまいそうになる。
「顔を上げてよ」
ナターリアに言われて、私は表情を整えてから顔を上げた。
「さて、これであなたは私の大事なお得意様の1人になったわけだけど、お得意様たちには全員、私は素顔を見せている。まぁ恐らくはあなたは私の素顔なんか既に承知してるんだろうけど、1つの信頼の儀式として付き合って欲しい」
ナターリアはテーブルの向こうからこちらにやってくる。私の3歩ほど前で立ち止まって、顔を覆うスカーフに手を掛ける。
ホイッ……
ホイットニ………
ホイットニーってばぁ!
次話は明日の20時台に投稿予定です。




