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「シンディ」そう言って、実際に私はシンディを見た。「今日ここに連れてきてくれて、本当にありがとう」


「いいえぇ、どういたしましてぇ」


 シンディの頬は、内からチークが浮き出たみたいに真っ赤になった。歯を見せて笑う姿がどこかぎこちない。私は彼女が照れている様子をはじめて目撃した。きっと私からこうも直接の感謝を表明されるとは思っていなかったのだろう。


 うっふ、とシンディは口を閉じたまま咳払いをした。恐らくは緩みがちな口周りを整えるためだ。「お返しはキャッシュでええで」


 シンディは臍の前で右手でOKサインを作って寝かせた。そして何かしらの反応を欲しがっているような目をした。


「――あぁあらぁ、ちょっと待ってね」私は手持ちのバッグの中をごそごそとまさぐって、小さな袋を取り出した。その袋の中からさらに薄い紙を抜き出した。「この時期もまだまだ花粉飛んでるらしいからね。ほら、これで鼻かみなさい」


「って、それキャッシュやない! ティッシュや!」


 シンディは気持ちのいいツッコミをいれた。


「あぁ、ごめんなさい。間違えちゃったみたいね」私はまたバッグをまさぐって、今度は小さな透明の包装を取り出した。中に乾燥した木の実が入っている。「食で予防が何よりも肝腎よね。はい、どうぞ」


「って、今度はナッツやないか!」シンディは今度は右手の甲まで飛ばしてきた。「えっ、なんでバッグにそんな都合よく入ってんの?」


 シンディはどちらかと言えば、驚愕よりは感心に寄った表情をしている。彼女の期待以上の反応を無事に返すことができたようだ。くわえて横目でちらと、ジュディとディアナがくすくす笑っているのも見えた。

 

「ふ、ふ、ははっは」私はそれまで我慢していた分笑った。「いやね、ティッシュは常にいれてるから置いとくとして、ナッツは少し前に街道沿いでジュディと歩いてた時に試供品として配られてたものなの。そのことをさっき思い出してね。それでパッとひらめていね」


「あー、そんなこともあったねぇ」ジュディがボソッと言った。


 私はジュディに目をやった。「あなたはその場ですぐ食べてたわよね」


「なるほど、隙の生じぬ二段構え、って訳やな」シンディが言った。


 用法が違う、と私は思ったけれど、そもそも『るろうに剣心』をシンディが知るはずがなかった。彼女は自分がいま考えたオリジナル言い回しのつもりでそれを言っているのだ。


「うん、お返しとしては十分や」


 シンディは爽やかに歯を見せた。いつもの見慣れた彼女のそれだった。


「あなたたち、仲いいわね」


 ジーナはひときわ優しい表情を浮かべる。


「ええ、まったく」私は端的に答えた。


 私はジーナから、いまこの店舗内にある『アナンシエーション』の商品の大方を細かに紹介してもらった。パンツはジーンズだけでなくスラックスやチノにカーゴまで揃っていた。丈もロングにショートだけでなく、クロップドにバミューダと幅広くあった。勿論、スカートもロングにショート、同じだけ種類があった。シャツも、他店がおとなしさや慎ましさから逸脱しないものばかりを取り揃えていたのに比べたら、結構攻めたものが多かった。もういっそ振り切るくらいに体のラインにピチッと張り付くくらいのタイト感のもの、臍をはっきりと見せるクロップドトップス、逆にダブダブとしたオーバーサイズ。アウターは初夏なだけあって陳列されているものは少なかったけれど、涼しさを重視した活動的なものが多かった。上も下もクロップド丈が目立っていて、そこにガブリエラの嗜好を読み取ることができた(どちらかといえばキレイやクールなものが主体で、いわゆる地雷系みたいなものは皆無だった)。服だけでなく、その服と合う帽子・靴・アクセサリーがあった。このお店だけで全身全てを揃えることができる。外ものだけでなく室内着、パジャマも用意があった。ワンピース型にズボン型、色も丈も充実している。


 目がチカチカするくらいにたくさんの商品を見た。男性から見た好ましい女性像の範囲で画一的に押し込められている他所と比べたら、色もシルエットも豊富でよい疲労感を軽い羽織りもののように肩に感じることができた。私はそれを素直に嬉しく思った。


 しかし、私が1番嬉しかったことは別にあった。色でもシルエットでも、疲労でもない。それは生地だった。


 『アナンシエーション』の衣服、特にインナーも女性の美しさとしてのセオリーに則って薄柔らかい生地を採用しているものが多かった。女性のラインに合わせるためにポケットも小さい。


 やはり、それらは仕方のないことかもしれない。それでも女性のみが考える美しさを選べることだけで大きな躍進だ。私はそうやって納得しようとした。


 しかし、私のような思い、あるいは願いも、どうやらガブリエラにはお見通しだったようだ。


 数は少ないけれど、それはあった。美しくあることから解放されるための、小休止のためのアイテム。透けない固い生地で、ポケットも大きな、ただ生活のしやすさだけを考えられたシャツにズボン。ルッキズムも休み休みにね、という女性が女性自身に向けるかたちのあるメッセージ。


 私は何よりもまず、そのコーナーを物色した。いくつかを取り上げて、ジーナのアドバイスを頂いた。その結論として私は、ミントグリーンのワンピースを選り抜いた。左腰部右腰部それぞれに大きなポケットが付いていて、ゆったりとしたデザインで身体のラインを完全に隠したうえで、透けない素材でシルエットが浮くこともない。ワンピースだけで使用することも当然、その下にズボンを履いてみるのにも違和感がない。私はしっかりと試着もして、購入を決断した。私が今世ではじめて、自ら主体的に選んだズボンじゃないボトムスだった。


 しかし、それは本来ついでの買い物だ。今日私たちが王都に来て買い物をしているのは、実際に王都を歩いた肌感をもとにその街並みとマッチした服を手に入れることだ。そのコンセプトに沿ったものも私は探さないといけない。


 ただそれも、比較的容易に探し出すことができた。セットアップとはまた違うのだけれど、1つの完成形が店内に提示されていた。


 それはポスターだった。『アナンシエーション』の創始者、シャノワール王国王子妃ガブリエラ自らがモデルになってブランドの服を着用しポーズを取っている。クロップ丈の白いシャツに黒の太めのスラックス、靴は蛇柄のフラットシューズを履き、ゆったりとした白のバケットハットを被っている。彼女はハットのつばを右手で摘まんで、真正面から爽やかながら奥行きのある微笑みをこちらに向けている。短く整えられた真っ黒な髪、知性を象徴する高い鼻とアーモンド型の目、黒い瞳と赤紅を引いた豊かな唇。



「きれいな人ね」


 私の隣にいたディアナが言った。


「ええ」と私は答えた。「あなたにも少し似てるわね」



 私はジーナに、このポスターでガブリエラが身に付けているものを一式欲しいと伝えた。まるで子供が親にねだるみたいに。ジーナは、すぐに用意するわね、と返事をしてくれた。その言葉を言いきる前に翻ってしまったから、彼女がどのような表情をしていたか見逃してしまったけれど、当の声音が軽やかに跳ねている調子で、口角も同様にちょんと上を向いているに違いない。足どりも軽く見える。ジーンズだと本当によく分かる。


 ジーナは店内の各地に散らばったそれらを速やかに集めて私の前に戻ってきた。迷いが一切なく、1度私に全体をおおよそ説明してくれていたとはいえ、商品の配置を完全に頭の中に入れていることが分かる。先のワンピースの試着で私のサイズ・スタイルをおおよそ把握してくれたらしく、また試着してみると1度で私の体にフィットした。私はまず鏡を用いて、自分の目で客観的に自分の雰囲気に合っているかを確認した。まぁ、及第点は越えているだろう。次にみんなやジーナにも確認してもらった。一様に笑顔でグーザインもらった。


 私は制服に着替え直して、試着させてもらった商品をきれいに畳んでジーナに1度返した。


 ジーナが受けとる前に言った。「あら、畳むの上手ね」


「はい、自分が着る服くらいで自分できれいに畳めるようになりたいってちょっと練習したんです」


「あらぁ、それだけ扱えるなら是非働きに来て欲しいくらいだけどね」


「……もし学園の街道沿いに近々出店することがあれば、働いてみたいですね」


「ふーん、あそこね」ジーナは自分の顎を摘まむように擦る。「――検討の余地はあるかもね。あなたももっと買い物しやすくなるだろうし」


「ちなみに、従業員割引みたいなものも?」


「うーん、10、いや15%くらいならぁ、なんとか」


 ジーナは顔を傾げながら苦笑いをした。



 勘定に関する冗談を言っていると、私は商品の実際の料金をまだ把握していないことに気付いた。私は先のワンピースを含めた合計がいくらになるかをジーナに質問した。しかし残念なことに、私の今日の予算から少し足が出てしまう金額だった。私はしかたなくワンピースを諦めようと考えたけれど、ジーナはワンピース含めて予算ちょうどにまけてくれた。


「まぁ、初回特典といったところかしら」ジーナは言った。「その代わりに、しょっちゅう来いとは言わないけれど、季節変りの時期になったら是非覗きに来てね」


 ジーナは大きな紙袋に商品を畳み直して入れて、私に手渡してくれた。私はそれを受け取ってから、手持ちのバッグから財布を取り出して速やかに勘定を済ませた。


「いい買い物ができました。本当にありがとうございます」


 私は改めて感謝を伝えた。


「こちらこそ、お買い上げありがとうございました」ジーナはまず店員としての誠実な挨拶を返した。「んっふっふ、やっぱりアパレルで働いてると、1番楽しくて嬉しいのはこうやって直接商品を渡す時なのよね。納得のいく服を購入できると、さっきも言ったように人は一様に失くしたものが返ってきたような反応や表情をしてくれる。私がこうやって働いている目的は、勿論お金のためでもあるけど、第一はお客さんのその反応・表情ももらうことなの。それを客観的に観察できること、それこそが真の豊かさだと思うの。自分の気持ちは勿論、他の人のそれも受け止めて、重ね合わせて、人ははじめて繋がりを感じることができる。結局のところ、働くってそういうことなのね。で、そのための事柄はなんだっていい。私の場合、それがたまたまファッションだったということなのね」


 ジーナはここまで口にすると、まるで飴でも味わうような表情をした。恐らくは、直近の記憶を辿っている顔だ。


「王都に『アナンシエーション』を構えて1ヶ月弱、それ以前からファッションに関わる仕事はしていたけれど、ここ数年で今日が1番嬉しかった気がするわ。社交辞令じゃないわよ、本当に。私はあなたに、あなたと同い年の頃の自分を重ねさせてもらった。あなたと同じ、異性の目という制約からくる女性らしさの押し付けに悩まされていた10代半ばの私。私がそこからの解放にもうしばらくかかっちゃったけれど、あなたのいまの笑顔で、その時の私がいま救われた気がするわ」


 私は自身の顔に触れた。頬が膨れて口角が引き締まり、確かに笑っていた。


「きっと、学園の近くにもお店を出せたら、もっとそういう気持ちを味わうことができるんでしょうね。だから、街道沿いでの出店、本当に前向きに考えようと思う。楽しみにしててね」


「――はい、待ってます」私は歯を見せて笑った。



 私とジーナが一頻り言葉を交わし終えると、横からシンディがお店の商品を持ってきた。クロップ丈のインナーシャツを白と黒の2着。


「私もこれ、買わせてもらいます」シンディも爽やかに歯を見せる。「あ、もちろん初回割引適用で」


 さすが抜かりないな、と私は素直に思った。


 シンディも無事に、初回割引額で商品を購入できた。ジュディとディアナもその割引を適用してしまえば、トップスかボトムスの1着くらいは買えたけれど、『アナンシエーション』のファッションは2人の琴線には触れなかったようだ。晒け出すかもしくは隠し通すかに振れている部分がお気に召さないみたいだ。でも、それは非難されることじゃない。その評価も未来永劫絶対的なものではないし、また別のタイミングで訪れた時には正反対の反応を示すこともある。そんな不確かなことに、いちいち腹を立てるのは馬鹿馬鹿しいことだ。そんなことは当然ジーナも承知しているだろう。2人の煮え切らない表情にも、余裕のある笑みは絶やさない。


 私たちは『アナンシエーション』から退店する。ジーナも見送りに出てきてくれる。私たちは翻って、買った買わなかった関係なく、4人全員で礼儀よく、ありがとうございました、と挨拶した。


「またのお越しをお待ちしております」ジーナはまた、まず店員としての定型的な挨拶した。「――じゃあね」



 私たちは『アナンシエーション』を後にして、大通りに戻った。脇道を歩いている間、2度『アナンシエーション』方へ振り向いた。ジーナは店舗の前に変わらず立っていた。私たちが見えなくなるまでずっと見送ろうという考えのようだ。私は2度共に、軽い会釈して見せた。


 大通りに戻ると、4人とも必要な買い物は済んでいるということで、繁華街の王城の麓に戻ることにした。大通りは変わらず混雑していて、人と音でぐつぐつ煮込んだ混沌スープような様相を呈している。静かだった脇道と『アナンシエーション』の後だと余計に感じられる。どうやら、私はもう既にあのお店に、ジーナに恋しくなっているようだ。


 王城の麓に4人無事に到着し、真っ先に時刻を確認した。16時15分。広間への移動を除いて、まだ2時間弱も余裕がある。さぁ残りの時間をどう過ごそうかと、ジュディの号令をもとにちょっとした会議がはじまる。3人が誠実な提案を重ねるなか、私はまったく別の事を考えている。


 いよいよ、私の本来の目的を達さないといけないボーダーラインまでやって来た。私は覚悟を決める。3人の会話を注意深く聴きながら、周りの状況を視界に捉えて、この場から出し抜く機会を図る。未来の協力者に会いに行くために。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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