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 私は衝撃もほどほどに、店舗入口付近にある店名看板を見た。そこには『アナンシエーション』とたしなめられている。これまで聞いたことのないブランドだった。


「どや、気に入ってくれたか?」


 そう言って、シンディはにししと笑った。


 私は自身の息が弾んでることを自覚する。その弾みを1つの観念として呑み込んでから答える。「ええ、入学式の次くらいに興奮しているかも」


「おっしゃっ」シンディは右手をぐっと握った。「ここなら絶対間違いないと思ってたんよな」


 私は上がり気味の口角を話のしやすい程度に抑える。「店内の感じから最近出店したってのは分かるんだけど、どこでその情報を仕入れてきたのよ。王都に訪れたことのないあなたが」


「ふっふー」とシンディはわざとらしく言った。「私にはファッション関係に身を置くお姉さんがおってな、国内は勿論のこと、海外のブランドのおもろい情報もすぐ教えてもらえるねん」


 なるほどね、と私は応えた。どうやら彼女のメイクやファッションは彼女の姉の英才教育の賜物のようだ。


「――海外の、てつけたってことは、外国から初出店したお店ってことなのね」


「その通りや!」とシンディは言った。「この『アナンシエーション』は、シャノワール王国のルシアン王子の妃であるガブリエラ王子妃が、「女性の女性による女性のためだけのファッション」のコンセプトのもと自ら手掛けるファッションブランドなんや」


 へぇ、と私は声を漏らした。心底感心した。それは『オールウェイズ・ラブ・ユー』の内において一切開示のされたことのない情報だった。ゲームの女性メインキャラクターは制服も含めてスカート以外の着用をしている描写はなかった。それはまさにこのささやかな店舗のように、メインストーリーから少し外れたところで営まれた、『オールウェイズ・ラブ・ユー』の規定する筋道への反抗の象徴といえる事柄だった。


「外から目につきやすいところに、女性のフォルムをしたマネキンに合わせたジーンズが展示していることに1番驚いたけど、その次にあなたが言った、女性の女性による女性のためだけの、って文言にも惹かれるものがあるわ。とりわけ、ためだけ、ってところが。そこまで言うからにはどう言った取り組みをしてるのかな?」


「有り体に言うとやな、これまで女性のファッションは女性が製作したとしても、男の人にどう見られるか思われるかどうしてもが含まれてしまうもんなんやけど、『アナンシエーション』、つまりはガブリエラ王子妃はそれをノイズと定義して彼女なりに除去した、女性が思う美しいだけで構成した服を市井に提供することを第一にしてるわけや」


 ははん、と私はらしくない相槌を入れた。「その象徴的位置付けにズボン・パンツルックを推してるわけね」


「それだけやないけどな」シンディは言った。「まぁ分かりやすいアイコンとして機能してるわな。男性の目を気にしないファッションだけで言うなら、女子スポーツのユニフォームから転用したミニスカートが大分前から出てきてたけど、『アナンシエーション』は乗馬のユニフォームは女性もズボン・パンツであることから着想を持ってきてるねん。それはこれまで、おしゃれとしてはなかったもんやな」


「ええ、その通りね」私は素直に感心した。


 私はこれまで、私生活でズボンを履くことはあっても、お出掛けやおしゃれの場でそれを身に付けることはなかった(地方の零細貴族の娘が着るような慎ましやかなロングスカート衣装を私も所有し、幾つかは寮部屋に持ち込んでいる)。部屋着のそれはローティーンの男子サイズをそのまま使用していた。それもこの世界で私だけというわけではなく、調べたら私と同じように男性用をプライベートで着用している女性もいるにはいた。大体は乗馬関係者だったけれど、そうじゃない人もいた。前世の価値観に影響されていなくとも、ずっとスカートは落ち着かないと考える女性もやはりいるのだ。あるいはトランスジェンダーやクィアも、この世界にちゃんと存在することの証左なのだろう(両親や周囲の人間が私の性的指向を疑うのも、きっとその部分が関係しているのだ)。


 そう、私もずっとスカートが嫌なだけなのだ。選択肢のないことが嫌なのだ。一部の職業的理由を除き、女性=スカートと規定されることが嫌なのだ。今世のそういった圧力はもっぱら前世以上だった。おしゃれを()()諦めかけていた私にとって(スキンケアが最低限だったのもそのせいだ)、『アナンシエーション』の響きは希望の鐘のように感じたのだ。


「まぁまぁ、講釈もほどほどに。店に入ろうや。ズボン・パンツルックだけやない。もっとおもろいもんもあるって話を聞いてるさかいな」


「ええ、そうね」


 私たち4人は、私を先頭にして『アナンシエーション』に入店した。


 『アナンシエーション』の内部の印象は、個人経営しているブティックそのものといった様相だった。整頓されてはいるけれど、洗練されている感触はなかった。巨大なブランドが持っているデフォルメ-ションされた分かりやすい色使いやフォルムは使用されていない。木材の持つ本来の色使いをそのまま使用した棚やラック、通路は狭く、とにかく詰めるだけ詰めこんだようにごちゃごちゃとしている。陳列される商品の位置や見せ方に巨大な集団としての意思よりも個人の要望が強く現れているように見える。扉が聞こえれば即座に聞こえてくるような若い店員の均質な「いらっしゃいませ-」も聞こえない。奥にカウンターが見えるけれど、人が立っていない。カウンターの後ろには扉があって、その奥で店主あるいは店員が何かしらの作業をしているのかもしれない。立地がよくないのもあってか、客は私たち以外にいない。


「ふーん、なんか不思議な感じがするわね」私は素直に言った。


「ほーん、どのあたりが?」


 シンディもまた素直に質問してくれる。


「1国の王子妃様がプロデュースしてる割には内装が俗的だし、言い方悪いけどこんな立地の悪いところに隠れて出店してるのが何か納得しにくいわ」


「ああ、それわやな」シンディが言った。「ここは所謂フランチャイズ経営やねん、直営店やないんや。まぁでも、直営じゃないにせよ1国の王子妃様がプロデュースするブランドを取り扱うお店なら表通りに大々的に出店することも国はサポートを申し出たらしいけど、ガブリエラ様はそれを断ってるねん。外国の出店1号店はずっとそうしてるらしい。出来立ての時はとりわけ私のつくるファッションが本当に必要な人だけに着てほしいんやってこだわりらしい」


「なんか聞いた感じ、ホイットニーと似てる感じがするね。ガブリエラ様って」ジュディが言った。


「そうかしらね」


 私はなんとなしに言った。



「いらっしゃいませ」


 少しして、カウンターの方から落ち着いた女性の声がした。


 カウンターの奥から現れたのは、恐らくは30代半ばの女性だった。色白の肌はしっかり手入れしているように見えるけれど、どうしても加齢の陰りのようなものが見えてしまう。しかし、その老いをむしろ楽しんでいそうな雰囲気まである。表情からそれが分かる。人間、皮下の水分や脂肪が加齢と共に失われていくことは絶対に避けられない。それを1番に痛感するのは笑顔を浮かべた時だ。口角を引き締めるだけで、頬の肉のひきつりや抵抗で自分の命が乾いていくことをいやでも実感してしまう。だからどんどんと笑顔を浮かべるのが不得手になっていく。しかし、カウンターの彼女はそんなことお構いなしだ。口もとだけでなく目尻や首もとまで思いきりのいいしわが入っている。実に清々しい。大人の女性、いや、性別関係なく大人がこうも気持ちよく笑うことは難しい。何が彼女をそうさせるのか? 


 きっと、それはファッションの力だ。何の妥協もなく、他者の批判を恐れずに、自分の決めた自分らしいファッションを貫いているが故に形成される純度の高い自信の表れなのだ。藍色を基調に白い水玉を無数に浮かべたシャツ、薄いピンクに複数の柄を入れたカーディガン、ダークグリーンにネイティブアメリカンが好むような白い模様をあしらえた大きなスカーフ腰に巻いている。黒のハイヒールブーツ、カラフルなビーズをあしらえたネックレス、そして、フリンジついたデニムジーンズ。前世で言うところヒッピースタイルをふんだんに取り入れたファッションだ。オレンジブロンドの長髪、切れ長の目とワインレッド瞳、犬のように高く通った鼻。完全に耳を隠しているせいで耳飾りをしているかは分からない。


「へぇー、モータウン学園の生徒がここに訪れてくれたのははじめてですよ」


 ヒッピーな彼女は私たちの服装をまじまじと見た。


「はじめまして」まずシンディが挨拶をした。「私の右にいる友達に是非ここのパンツを見てほしくて来たんです」


 訛りの強い敬語を話すシンディが私の背中をぽんぽんと叩いた。


 ヒッピーな彼女は言った。「あら、あなたパンツスタイルに興味があるわけ? 確かに、いまこの国で女性用のファッショナブルなズボンはこのお店でしか取り扱ってないわ。これは是非ご贔屓にして頂かないとだね。私の名前はジーナ・マンソン。どうぞよろしく」


 ヒッピーな彼女、もといジーナは私の前に右手を横にして差し出した。握手を求めているのだ。


 「ホイットニー・ブリンソンです。よろしくお願いします」


 シンプルに挨拶を返して、私はジーナの手を握った。しっかりと年齢を感じさせる手だけれど、そこにどうしても付いてきがちな悲壮感のようなものは皆無だった。ジーナはまさに全身が自信の塊なのだ。これほどまでに健全な自信と相対するのは久方ぶり、いや、今世でははじめてかもしれない。最近、エイダの剣呑とした()()に数度あてられていたから尚更強力に魅惑的に感じた。


「ふーん、なるほどね」ジーナは握手を解いて、私の全身を爪先から頭頂まで順に見てから言った。「別にスカートが嫌いなわけじゃないみたいね」


「分かりますか?」


 私は率直に聞いた。


 ええ、とジーナは答えた。「制服の着こなしがいい加減じゃない。スカートをちゃんと身に付けようという意思があるわ。ただスカートしか選択肢がないことにネガティブになっているのね」


「すごいです。まるで私の心を読んでいるみたいです」


「いやぁ、ただの観察よ。第一、私は魔法を使えないのよ」


 私は尚更に感心した。


「その通りです」私は正直に打ち明けることにした。「スカートが生理的に受け付けないとか、そういうわけじゃないんです。ただ女ならスカートみたいな刷り込みがわたしにはどうも解せないだけなんです」


「そうよね。分かるわ、その気持ち」ジーナは応えた。「私も同じように考えてこれまで生きてきたわ。男ものを自分で改造しようともしたけど、どうもうまくいかなくてね。私には創る才能がなかったのね。そんな時にこの『アナンシエーション』のことを知って、海外から数着取り寄せたの。実は父がそれなりな商会を営んでてね、『アナンシエーション』を教えてくれたのも父なの。パンツスタイルが選択肢に入って、心がとても軽くなったのを感じたの。まわりは最初白い目で私を見たけど、どうでもよかったわ。父は味方でいてくれたから尚更ね。それももう10年以上前の話。そうこうして1年前、『アナンシエーション』がこの国にもフランチャイズ出店したがっているって話をまた父からもらって、私が経営したいと父の取り次ぎでそれが実現したの。それで3週間前に、やっと実現できた。そして、今日10数年前の私と同じ思いを持っているあなたが来店してくれた。何か導きのようなものを感じるわね」


「私も、今日の運命的な出会いにとても感動しています」私は応えた。「スカートしか選択肢がないと思っていた私は、部屋着はサイズの合う男性用のズボンを用いることで心のバランスを取ってました。でも『アナンシエーション』を知って、もうそんなことをわざわざする必要はないんだと思えました。部屋着もその日の気分でスカートのものを履いていいんだ、って今日からは思えそうです。諦めていたものが自分の手元に帰ってくるのって、こんなにも気持ちがいいものなんですね」


「そう、それがおしゃれの持つ本来の力」ジーナは応えた。「その気になれば、もうとっくに過ぎ去ってしまったと思った時間でさえ手繰り寄せることができる。『アナンシエーション』は、それを異性の目という枷を取っ払って最大限に応援するわ」


 私は自身の心が、その中心から震えているのを感じた。これほどの感動は、入学式の学園長のスピーチを聞いて以来だ。共通するのは、ある種の夢を語っていること。結局のところ、人を動かすことはそれ以外に方法がないのだ。しかし、夢もまた容易に悪用できてしまうものなのだ。ロバートの行動がまさにそれだ。直接的な発言はいまのところしていないけれど、動きの後ろに匂いのように漂わせて、まさに都合のいい夢を相手に嗅がせる。しかし、実際のところそれは虚偽であり、言ってしまえば詐欺なのだ。前世の私は、それにさんざん傷つけられた。やはり、私はそれに明確にNOを突きつけないといけない。そこから降りるにしても時間と場所を弁えよう、なんてもう考えない。私は私の夢から降りない。そのために、今日は未来の協力者に会いに行く。そのための力や自信を、かたちある服としてこれから購入させてもらおう。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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