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12万字くらいで纏めるつもりだったのが、蓋を開ければ28万字ですよ。
3人がまず私に向かって駆け出して、他がそれに追随する。まるでファンの出待ちを食らった仕事終わりのアイドルみたいに。
私の目の前を陣取ったジュディが、開口一番に言った。「ホイットニー! いったいどういうことなのよ!?」
ジュディらしい要領の得ない問いだった。
「はて、なんのことかしら?」
私は一旦とぼけてみた。
もう! とジュディは唸った。「9月ホール前でホイットニーが、ケビン王子と協力してロバート王子の罪を告発したって聞いたんだけど!?」
ああ、そのことね、と私は答えた。鬼気迫るジュディの表情とは反対に、私はほのかに微笑んだ。ジュディに届くまでに既に、ケビンの付属品の女という改変が為されなかったことが素直に嬉しかったのだ。
私はジュディとシンディとディアナ、他クラスメイトや同年生に開示できる全てのことを話した。概ね9月ホール前で私が発言したことの要約である。できるだけ客観的な部分を抽出して、私の主観は排除した。とりわけジェンダー論の主張はこの場では割愛した(時と場合の合致しない主張はただただ説教臭いだけだ)。ロバートがエイダを利用してレベッカを国外追放にしようとしたこと、そのためにロバートはレベッカの父親の不正会計を政治利用してそれが同等以上の大罪であったこと、その証拠をケビンと共に見つけて今日それをロバートに突きつけたこと。切っ掛けは入学式の日に少し会話したエイダがその翌日に深く落ち込んでいた理由を探ろうとしたことから発展し、ケビンとコンタクトできたのもその調査の謂わば副産物であったこと。大体はそんな感じだ。もちろん詳細はぼかした。突っ込まれると脚色のボロが出そうだし、いつまでも解放されそうになかったから。
私は、もうくたくたで自分の部屋に戻りたいから通してちょうだい、と人だかりを掻き分けた。当然、ジュディたちだけはついてきてもらった。他クラスメイトや同年生も食い下がって追ってくるようなことはしなかった。結局のところ、彼女たちが求めているのは私ではなく、私を中心としたストーリーの方なのだ。必要なのは本人からの、謂わば言質だけだった。まぁこの場合、その方が好都合だった。
私たちは4階に上がって、いつもの階段付近ではなく、私とシンディの部屋、401号室に入った。そこで私は先ほどの補足として、1人で王都に行っていた日は実はケビンに会いに行っていたことを開示した。
「ずっと隠し事ばかりで本当にごめんなさい」私は言った。「でも、気がついたら高度に政治的な問題に足を突っ込んでしまっていて、どうしても言うことができなかったの」
その言葉に3人とも、それは流石にしょうがないか、という反応だった。そして3人とも、生徒会長で王子のロバートが大悪人だったことにそれなりのショックはあったけれど、第一に私が無事に戻って来たことを喜んでくれた。それぞれに労いの言葉をくれた。ジュディとシンディはくわえて、ケビンについて近くにいてどんな人だったか感想を求めてきた。私は当たり障りのないことを言った。爽やかだったとか、優しい人だったとか、そんな感じ。
夕方になって食堂や大浴場を利用するにあたり、3人は私の緩衝帯になってくれると約束してくれた。しかし実際に利用すると、私の前に人が群がってくることはなかった。きっと皆がみな、自然と私の心労を推し量ってくれているのだ。女性特有の連帯感が、今回はよい方に作用してくれたようだ。私たちはいつも通りの入浴と夕食を楽しんで、階段前で他愛のないおしゃべりをした。そして部屋に戻って、就寝までそれぞれの時間を過ごした。もちろん、私とディアナは読書をして過ごした。
翌日の朝には、ロバートの破滅は新聞で大きくスクープされた。新聞には既に無期懲役が確定していることが書かれていた。恐らくはあの日、私が断罪イベントジャックをする前に既に決定していたのだろう。ロバートに協力した貴族たちもこれから調査されて、重い罰が下ることが免れないとも書かれていた。
紙面には私のことも実名付きで書かれていた。身分差を恐れずに正義を貫いた才女である、といった説明が為されていた。恐らくはケビンがそう記すように手配したのだろう。私は嬉しさと恥ずかしさが混ざった複雑な気持ちになった(入学当初は可能な限り目立たないようになんて考えていたのだから、我ながら恐ろしい心情の変化である)。
ただ当然のことだけど、紙面には私がロバートから危害を加えられそうになったこともちゃんと記されていた。ジュディたちにはそのことを言っておらず、その点に置いてはお叱りを受けてしまった。
レベッカの処分については、朝登校すると学生課横の掲示板に張り出されていた。停学1ヵ月。夏休み前は学園謹慎、夏休み前は自宅謹慎という扱いになり、つまりは夏休み明けからふつうに登校できることになった。ちなみに取り巻きに対する処分は一切なかった。もしかすると、レベッカが私の命令で無理やりに荷担させた、とでも言って庇ったのかもしれない。これを機に、その取り巻きたちと友達のような関係になれればいいのにと素直に思った。私が彼女の最初の友達でないと嫌だ、なんて浅慮なことは考えない。
1ー3の教室に入るまではジュディたちが壁になってくれて、不躾な他人の接触から私を守ってくれていた。彼女たち越しに見た学園内はやはり大騒ぎになっていた(昨日の帰寮時は顔を伏せていてまったく見ていなかった)。私たちはできるだけ早足でそこから抜けていった。教室に入ると私の横はジュディだけになる。当然、クラスメイトの男子たちから冷やかしが入った。そしてあの時あの場にいた男子生徒もいたみたいで、私が男性性の批判も痛烈に加えていたことを腹に据えかねているようだ(彼らに対する私の普段の態度や眼差しも関連しているのだろう)。教室に嫌な空気が流れる。しかしジュディと女子のクラスメイトたちが、私の盾となって庇ってくれた。女子対男子の拮抗が生まれる。ただその状態も、2分後にディオンヌ先生が来たことで解消された。と言っても、第三者の登場でたんに場が白けてしまっただけである。しかし1度白けた空気感は復元されることなく、以後私がクラスメイトの男子から絡まれることはなかった。私は勝手ながら、これがクラスの致命的な亀裂にならないことを願った。本当に勝手ながら。
ディオンヌ先生は教室の中央に群がってた私たちに速やかに席に着くように促して、手短に朝のホームルームを終わらせた。そして私を個人的に呼び止めた。彼女はこの度のことを昨日の夜に知って、詳細は今日の新聞を見て把握したと説明した。
「ごめんなさい、そんなことになっていたと気付かなくて。いまにして思えば疑うべき点は幾つもありました。本当に自分の鈍感さには恥じいるばかりです。本当にごめんなさい」レベッカ先生は頭を下げた。
私は嫌でも、彼女の気持ちや認識が本当かどうか疑ってしまう。記憶を都合よく改竄していないか懸念してしまう。でもいまの私は、彼女の言葉を信じる以外になかった。
放課になり寮に戻ると、寮を管理する職員から、お家からご連絡がありました、と知らされた。私はその職員と一緒に管理室前に向かう。管理室窓の横に、前世の黒電話に似た物が3つ置いてある。いや、それは電話そのものと言っていい。この世界にも固定回線が存在するのだ。ただ電動が魔動に置き換わっておるだけである。しかし携帯回線はまだ普及していない。優れた魔法使いが手頃なサイズの2つ以上の事物に魔力を込めることで短時間かろうじて実現できる幻に近い代物だ。ケビンから渡されたペンダントがまさにそれであり、その以前に緊急連絡手段として渡された懐中時計はその応用と言える(効力を失った懐中時計は本来の使い方で愛用させていただいている)。
私は受話器の1つを取り、家の番号に掛けると父が出た。父も最初はなんて無茶なことをするんだと私を叱った。しかし最後にはとても素晴らしいことをしたと私を褒めてくれて、何より国の第1王子と個人的繋がりをつくるなんて誰にもできないよと茶目っ気のあることを言ってくれた。父としてこれ以上に尊敬できる人を、私は知らない。私は詳しいことはまた帰省した時にと言って電話を切った。
家とも連絡が取れて、これでロバートとの対決は一段落したと言える。しかし私はジュデイたちに、フランク・ファマードとケビン王子が実は同一人物であることを最後まで言えなかった。そのこと言うべきか否か、いまも私のなかで保留事項になっている。
週を跨いで最初の日、私たちはエイダとユキとお茶をする機会を得た。放課後、エイダたちがA館の前で私たちを待っていて、エイダの口から私たちをお茶に誘ってくれた。その日は運よくジュデイとシンディのクラブ活動もお休みで、さっそく街道沿いへ向かおうということになった。あの私たちの行きつけの喫茶店に行って、存分に歓談した。ジュデイたちは一時、不気味だ、近づきたくない、という感想を持つまでに至った相手の毒気が完全に抜けていることに、心の底からほっとした顔をした。私はいい機会だと、いま生徒会がどうなっているのかについて、彼女に質問した。彼女はショーンが中心となって何とか業務を遂行していることを話した。最初はてんやわんやだったけれど、いまでは以前と変わらない処理速度に復しているとも付け加えた。私はショーンに恨まれていないかと内心冷や冷やした。結果として彼に多大な負担を強いたし、彼はとりわけロバートを慕っていた。彼ともし会うことがあれば、何かしら特別な言葉を用意しないといけないかもしれない。
夏休みに入るまでに、エイダと話しができて本当によかった。ただ、『ロバートについていまはどう思っているのか?』 その肝腎の部分は当然聞けるわけがなかったけれど、致命的に引き摺ってはいないと、仕草から読み取れただけでもよかった。
いや、もっと分かりやすいところで、エイダはそれを提示していた。彼女はその長い髪を左耳に掛けて、何も装飾していない無垢な耳たぶを、世界に向けて露にしていた。それは間違いなく、決定的な心情の変化を表していた。
その夏休みまで後2日なった日、つまりは昨日、フランクの名前で私に手紙が届いた。
寮の部屋でその手紙を確認する私を見ながら、ディアナは見透かすように微笑んでいた。もしかしたらディアナは、フランクがケビンの変装であることに気付いているのかもしれない。
手紙には短くこう書かれていた。
『ホイットニー、新聞を読んだよ。どうやらとても素晴らしいことを成し遂げたようで、私は誇らしい限りだ。それも含め、学園最初の1学期を無事に終えられたことを前提に言わせてもらう。よく頑張ったね、お疲れ様。家にも無事帰れたら、ぜひ連絡してくれ。君の口から、いろんな話を聞いてみたい。じゃあ、待っているよ』
ケビンはうまい具合に、誰に見られても怪しまれない書き方をしていた。どうやら家に着いたらすぐに、あのペンダントを使わないといけないようだ。
私は思わず、頬が緩んだ。
「ホイットニー、ホイットニー」
私の名前を繰り返す声が聞こえて、肩に柔らかい感触を覚えた。
「あら、ごめんなさい。考え事をしていたわ」と私は応えた。ディアナが私を呼びながら、肩を叩いていたのだ。「――いつもと逆になってしまったわね」
うんうん、とディアナは言った。「いつものささやかなお返しができたみたいでよかったわ」
ふふ、と私は微笑みで応える。少しして、部屋の扉が叩かれる音がした。
「ホイットニー! 時間だよ!」
扉の先からジュデイの声がした。階段付近で待ち合わせの約束だったのに、我慢できずにこちらまで来てしまったみたいだ。
「準備できとぉか?」
続けてシンディの声がした。
「ええ、すぐ出るわ!」
私はそう言いながら腰を上げた。妙に体が軽くて、ほのかに跳んでしまいそうになった。
ディアナがそんな私を見て、くすくすと笑った。「どうしたの? 子供みたいに」
私は苦笑いを浮かべる。「もしかしたら自分が思っている以上に、家に帰りたいのかもね」
そう言葉にするが、私の高揚の理由は別にあると、明確に分かっていた。地元に戻ること、両親や弟の顔を見ること、彼らに数ヵ月の勉学の成果を報告すること、それ以上に私は、はやくケビンと連絡を取りたいと思っているのだ。
もう正直に白状するべきだろう。私は、ケビンのことが好きになってしまったのだ。異性として、彼のことを慕っているのだ。彼と愛し愛されたいと思っているのだ。
でも私の前には、その実現を阻む大きな障壁が横たわっている。それは身分や立場の差ではない。そんなものはそれと比べて実にちゃちなものだ。それはつまり、私は彼の男性をまだまるで信用できていないのだ。口でどれだけ彼は誠実だと言っても、人間性を評価しても、体と心の奥底の部分では、まるで彼に歩み寄れていない。拒絶してしまっているのだ。断固として、徹底的に。先に述べた大きな障壁とは、つまりはこれまで私が積み上げてきた観念なのだ。
まぁそもそも、ケビンとあの雑貨屋で出会うまで私は、絶対に男に心を許さない、と強固に思い続けていたのだ。意識的にも、無意識的にも。それが急に、氷が溶けるように変わるわけがないのだ。むしろその部分を克服したいことだと、いま思っているだけでも大きすぎる変化だ。
これからきっと、ケビンとこれまで以上に深く関わっていくことになる。後4人のクソ男たち、乙女ゲーム『オールウェイズ・ラブ・ユー』の攻略対象たちを、構造を叩きのめしていくことを通じて。この部分は一貫してやり遂げる。そのことを始末して、自身で積み上げてきたものをぶっ壊して、私にいったい何が残るのか、それがケビンと私の関係を決定づけることになるのだ。そのためにはまず、私はこの部屋から出ないといけない。そうしないことには、何もはじまらない。
「いつまでもずっと愛している」、なんて、愚かでクサくて、誠実な言葉を、彼の目を見て言えるようにするために。まず私は、ドアノブを回さないといけないのだ。
私は纏めた荷物を持って――それをある種の重しにして――部屋の扉の前に立ち、噛み締めるようにじっくりと、ドアノブを回した。
これにて第1部を完結とさせていただきます。約9ヶ月のお付き合い誠にありがとうございました。
書き溜めなしで毎日必死に文字を吐き出していたので、自分でもスッキリしていないと感じる文章が多々あるので、これから少しずつ直していこうと思います。
もちろん、このお話は最初の構想の通り第5部までしっかりと完走させていただきます。そのために1度間隔を空けさせて頂いて、第2部のプロットの練り直しをさせていただきます。その間一旦、今作品は完結設定にさせていただきます。そして10月初旬を第2部投稿開始の目標に設定させていただきます。もしうまくアイデアが出れば、第1部の番外編からはじめるかもしれません。どちらにせよ、しばらくお待ちいただければと思います。よろしくお願いいたします。




