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基本的に書き溜めなしのノリと勢いで書いているので、言葉遣いや表現、ストーリーの根幹に関わらない描写は後から結構修正すると思います。

 

 最後のクラスメイトが自己紹介をするために起立した時、教室前方の扉からノックの音がした。先生が、はい、と返事をして、すぐさま扉が開かれた。


 ノックの主は先ほど見た学生課の職員の1人だった。「そろそろ移動の時間になりますので、教室の前で並んで待機をお願いします」


 先生が応える。「分かりました。連絡ありがとうございます」


 先生に続いて私たちも、ありがとうございます、と職員に言った。職員は軽い会釈をして扉を閉めた。


「では、最後の彼の自己紹介が終わったらさっそく廊下へ出ましょうか」先生は言った。「ごめんなさい、立たせっぱなしにして」


 その最後のクラスメイトは、全然大丈夫ですよ、と言ってすかさず自己紹介した。終えて一旦着席するとまた拍手が起こる。先生は十分でそれまでと不足のない拍手を認めてから、またパァンと手を叩く。


「はい、ではさっそく廊下に整列しましょう。男女別の背の順でお願いします」


 先生の指示に私たちは迅速に従った。教室を出ると、1組・2組・4組は既に整列して待っていた(1学年最大35名の4クラスが私たちの学部の便宜的な定員である)。先生はそれぞれのクラスの担任にどうもどうもと軽く頭を下げている。私たちはいつまでも先生に頭を下げさせているわけにはいかないと速やかに列をつくった。列が完成すると、ジュディが私の前に並んでいた。ジュディの身長は158cmで、見た感じ彼女より高くて私より低い女子生徒は2人くらいるのだけれど、まぁ厳密にと言われたわけじゃないからいいじゃない、とのことなのだろう。先生もそこまで気にしていないようだ。


「やっとって感じだね、ホイットニー」


 ジュディは言った。周りもそれなりな声量で雑談しながら移動の指示を待っている。


「そうね」と私は応える。「会場に入場する時は顎を引いてキリッとした顔をしていないと駄目よ。でないと、あなたのご両親がこんな時までボケーッとした顔をしてるって心配なされるわよ」


「ホッホッホッホ、ご心配頂き誠に恐縮でございますわ」ジュディは似合いのしない嫌みたらしい調子で言った。


「そういえば」と私は言った。「あなたの自己紹介を聞いて、あなたが昨日『少し寄るところがあるから教室で会おうね』と言ってた理由がやっと理解できたわ」


 私とジュディは昨日、家族で学園近辺のホテルに宿泊していた。当初の私は、2人一緒に仲良く初登校ってかたちになると思っていたから、彼女の申し出がずっと不思議に感じていたのだ。その時に訳を聞くと彼女はあ、ちょっとねぇ、としか言わなかった。無理して聞き出すのもよくないと思った。


「う、うーん。だって理由を言ったら、また呆れられるかなーって」


「そりゃあ多少は呆れるだろうけど、別に付いていってあげてもよかったのに。私は個人的に、あなたのご両親からあなたの体重管理を任せられてるんだから」


「ちょっと! 初耳なんだけど!」


 ジュディは顔を真っ赤にした。私はシーッと口の前に人差し指を立てた。


 ジュディは、もう、と言って、ふんと翻り私に背を向けた。頭のてっぺんから煙が噴出しているのが目に見えるようだ。


 私はその背中を見て安心した。それは彼女への()()()がクリティカルヒットしたことをしめしめと喜んでいるわけではない(ちなみに彼女の両親から体重管理を任せられていることは事実である)。彼女の単独行動の理由が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、私は心底安堵しているのだ。



 先に述べておくが、私は彼女自身の恋愛をしたいという気持ちを否定も妨害もするつもりはない。私は私自身に他人の人生を統御する権利がないことをよぉく理解している。アドバイスを求められたら私なりに答えたりはする。でも、それ以上は余計なお世話だ。ママじゃあるまいし(そして私は、実際に誰かのママになる気はない)。


 それにだ、私は例外を知っている。99,9%の男が如何に女を目下として扱えるかその機会を常に伺っているなかで、0,1%のそれを行わない男を知っている。それは、そもそも人間が嫌いな奴だ。いや、その表現では足りない。そのうえで自分が人間であることも嫌悪しているようなタイプの人間だ。私は前世に、そういう男と一緒になった知人がいる。2人は親同士の紹介で結ばれた。その男は自分のことはちゃんと自分でする人だった。そして人に頼るということも極力しない人だった。友達もいなかった。知人はそのことを2人で会った時によく私に話してくれた。結婚する前はその気質に首をかしげる部分が多々あったけれど、実際に結婚した後はそういった男が1番いいと言っていた。所謂ジェンダー・バイアスを押し付けないし、私の「いいえ」や「やめて」をちゃんと額面通りに受け取ってくれるし、相手の友人付き合いを考慮しなくていいからとても楽なんだと言っていた。知人は所謂バツイチだった。


 私はその男がどうして知人と結婚したのか実に不思議だった。いや、こう言うと知人の性格に難があるように聞こえてしまう(知人は少なくとも私よりは性格がよかった)。もっと精細に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その男は何故それをしなかった不思議だったのだ。もしかしたらただ単に性欲を誤魔化しきれなくなっただけなのかもしれないし、はたまた両親から子供の顔が見たいと懇願されていたのかもしれない。でも結局、その2つは私の憶測であり、真実はその男と神にしか分からない。ただ1つ言えることは、私にはその結婚後の態度を考慮しても、そういったタイプの男に少しも魅力を感じなかったことだ。いや、きっと99,9%の女はそう感じるだろう。自身の人間的部分だけに飽きたらず、こちらの人間的部分も嫌悪しているであろう相手をどうやって好きになれというのだ?

 

 

 貴族の婚約は家同士がそうそうと決めてしまう、中には歳が1桁同士の場合だってある。……なんてのは有力貴族だけの話であって、私たちのような地方の木っ端では16歳時点で婚約が決まってないなんてざらな話だ(婚姻自体も前世と同様に両姓とも18歳からしか許可されていない)。彼女自身は同じ男爵位の家から縁談が2度あったが、それぞれ「タイプじゃなかったの」と言って断っている。花より団子な彼女を納得させる相手はなかなか現れない。それもそのはずだ、彼女は1人娘であり婿入りをしてくれる男でないといけない。そのうえ大変可愛がられて育っているから、彼女の意向が最優先でそれなりの年齢になるまで猶予が与えられている。こうやって言葉にすると、恋愛においてそれなりに美味しいポジションにいるように思える。


 そういう私はというと、実は彼女と同じく2度話があった。そしてそのどちらも「まだ考えられないから」と断っている。こういう風に言うと毎度不思議なのだけれど、両親は私を性的マイノリティなのかと疑うのだ。前世でもそうだった。私が自身の恋愛――異性愛――に否定的な返答をすると、きまって性的指向を疑われた。違うと言っても「でも実は~?」と返される。ほんといい加減にして欲しいと思う。自分の納得を優先して失礼極まりない、たとえ肉親だとしてもだ。


 しかし、私はジュディと違って一人っ子ではない(そもそも一人っ子自体がこの世界では珍しいのだけれど)。家を継がせられる弟がいる。タイムリミットは間近に迫っている。この学園で学んでいくなかで私がとんがり帽子を被るのに不適切と判断されたら、両親は半ば強引に縁談をまとめてしまうだろう。しかも概ね私への善意によって。だから私は、一生懸命に勉学に励まなければならない。()()1()()()()()()()()()()



 さて、こうやってジュディと私の例をあげたように、この学園に入学した段階では大半の学生が婚約を結んでない状態だ。そんな彼らにとって、同世代の貴族が3年間ほぼ揃い踏みするこの状況は格好のパートナー探しの場所だ。まぁ、私みたいな思想の人間も僅かにいるのかもしれないけれど。それに婚約・婚姻に限らず貴族同士の繋がりや結束を創出・強固にするのにこれ以上の機会はない。だから入学資格のあるほぼ全員が入学する。貴族の世界は、それがほぼ全てなのだと言ってもいい。


 私とジュディの両親も、きっとこの学園生活でよい人を見つけて欲しいと考えているのだ。婚姻できるかどうかは別にして。そして実際に婚姻とならずとも、それが今後の婚姻に積極的にさせる薬になればいいと思っているのだ(だからこそ、ジュディの両親は私に彼女の体重管理を依頼したのだろう)。しかも、私は知っている。彼女がまだ赤ちゃんだった私の弟をあやしながら、「赤ちゃんていいな」と言っていたことを。いまでもその気持ちは変わってないのだと思う。私は恋愛以上に、誰かの()()()()()()という気持ちを否定したくない。その気持ちは、前世の頃からずっと私には実感のできなかったものだ。想像するしかできなかったことだ。そして、それはきっと貧困な想像力だ。その欠乏的認識で誰かの意志決定に自身のエゴを強要する、それこそが私の最も嫌悪する類いの暴力なのだから。そんなものを、とりわけ親しい人には振るいたくない。だから私にできることは、助言を求められた際に――あくまでもぼかしながら――如何に自身を不当に搾取されず相手からたとえ形だけでも誠実を引き出すのか、その術を私なりに伝えることだけなのだ。ただ彼女の場合、それは()()()()()()()よりは簡単なことかもしれない。少なくとも彼女は、()()()()()()()()()()()()のだから。

次話は明日の19時台に投稿予定です。

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