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「なん、だとぉ?」


 ロバートは私の安い挑発に素直な怒りを発露する。観衆の生徒たちは再び沈黙する。ただ今度は、「意義あり!」の叫声の出所を探るためのそれと違い、凍てつくような完全な思考停止それだった。その様相が、まるで過去のレベッカのそれが乗り移ったような烈火の如き彼の形相とまた対比になっている。ロバートを私のストーリーへと確実に引きずり込めている。私は彼の怒りに不適に微笑み返す。


 次の挑発の前に、またエイダとレベッカの方をちらと見る。エイダは頭の上に浮かべる? を倍近くに増やしている。ここまできて私に敵意を向けないのは、よほど混乱しているのだと思う。対するレベッカは私の方にギャンッと視線を向けて、この()は一体何を言っているの? と言いたげな顔をしている。文字通り破滅の真っ只中にいる彼女に心配、あるいは正気を疑われるようなことを、私はしようとしているのだ。


 そうさ、きっとここにいる全員が、私がここから無事に帰れるとは思っていないだろう。まぁ、いまは思わせるだけ思わせておく。最後にはまた180°その表情を変えてやる。



「うまく聞き取って頂けなかったようなのでもう1度、より噛み砕いて申し上げさせて頂きます」私は大きく息を吸う。「殿下は誰かのためではなく、自己利益のためにエイダさんを取り込んでレベッカ様に過大な罰を押し付けたのです。そして、それを裏付ける事実を私は握っています」


「貴様……、デマカセもいい加減に」


 彼は普段からは想像もつかないようなドスの利かせた声で言った。右手を強く握りしめて、太い血管が分かりやすく浮かんでいる。そのまま私の方に走ってきそうな気がした。しかし、流石に急ぎ過ぎたか、と私が思ったのも束の間、彼は全身の力みを解いて不遜に口角を上げた。


「んふ、はっはっっはっっはっっは」


 彼は真上を向きながら額に右手を押し当てて笑いだした。こんなTHE悪役みたいな笑い方をする人間を、私は生ではじめて見た。それを目の当たりにして、ここまで我慢してきた彼に対する嫌悪感が吹き出してしまいそうだ。


 凍りついていた観衆の生徒たちは、まるでらしくない生徒会長の高笑いにまたどよめきはじめた。――なるほど、私が作った空気感を払うためにわざとらしく笑っているのか。


「っはっは、……ふう」彼は十分に笑うと、息を整えながら下ろした右手をぶらぶらと揺らす。そしてその振り子運動が自然と収まってから、満を持して言った。「――実に面白いですね」 


 彼は今度はくっくと笑ってから言った。「純粋にあなたが私の何を握っているのか興味が沸いてきましたよ。これまでも、私も王家の人間として様々な不愉快な推測に晒されてきました。ですが、面と向かってそれを言われたのは今日ではじめてですよ」


「勝手な推測かどうかは、私の話を聞いて頂ければ分かります」


「ふふ、いいでしょう」彼は応えた。「他の場ならともかく、学園内なら生徒は身分問わずに対等が原則です。意見があるならしっかりと仰って頂いて構いません。しっかりと聞かせて頂きましょう。ただし、それがこの場にいる全員が納得のできる根拠を伴うものでなかった場合、私、ひいては王家に対する侮辱としてそれ相応の対応をとらせていただきます。その際はあなただけでなく、あなたのご家族にも何かしらの責任をとってもらうことになるでしょうから、そのつもりで」


 私は唾を飲んでから応える。「すべては覚悟の上です。そして、それだけの準備もしてきました」



 私はロバートの浮かべる自信に溢れた表情から考察する。彼は恐らく、私が何を主張したいのかおおよそ理解しているのだ。いや、この状況でここまで言って気付かない方が馬鹿だ。そんな容易い相手なら物語として成立していない。では何故、わざわざ観衆の前で話すことを容認するのか。それはきっと、私と同じような推測を抱くであろう第三者に対する牽制なのだ。婚約者の家が不正で失脚し、時間を置いてその婚約者自体を国外へ追放する。そこに王位継承問題を絡めて真相を推察する人間なんて、それこそ私だけじゃない。ゲーム上ではその描写はなかったけれど、きっとこれからそういった風聞が彼を包むのだろう。だったらいまのうちに、それは妄言だ、と私の主張を通して叩き潰してしまった方が好都合だ。彼は少しの時間でそこまで考えたのだ。そして、私が大した根拠を持ち合わせていないと断定している。たかが下級貴族の家の1年生が、どんな証拠を握れるんだと高を括っているのだ。いやもしかしたら、目の前の女は自分を気に入らない上級貴族の誰かしらから送り込まれた()()()なのかもしれないけれど、この度の事件で親バートン派閥の首根っこはしっかりと掴まえているし、その謀略の証拠といえるものも残していない。前者なら無謀、後者なら捨て駒、どちらにせよ大した問題ではない、と思っているのだ。


 しかし滑稽なことに、彼は私が誰の協力を得ているのか見誤っている。彼の思いどおりには、けしてならない。 



 私は大きく息を吸う。そして、以前にケビンへ話した時の順序を頭の中で簡単にさらってから、ロバートに合わせて並び替える。


 私はゆっくりと話しはじめる。「まず、殿下はレベッカ様とエイダさんが衝突するしないに関わらず、レベッカ様との婚約を解消する腹積もりだった。つまりはレベッカ様のお父上の不正を以前から握っていて、然るべきタイミングに報道機関を通してその事実を拡散しその立場を失墜させ、それを婚約解消の理由に突き付ける計画だったのです」


 ほぉ、と彼は反応した。「筋が通っているような気がしますが、私自ら国家を混乱させる()()まで犯してレベッカとの婚約を解消しないといけない理由は何なのでしょうか? 今更な気もしますが、彼女の行動に内心うんざりしていたというだけで婚約を解消するなんてこと、私はしませんよ」


「それは王位継承問題に深く関わっているのです」私は端的に言った。


 ふん、彼は鼻を鳴らした。「詳しく聞かせていただいてよろしいですか?」


 もちろんです、と私は答えた。「昨年まで、殿下の王位継承順位は2位でした。それまでは殿下の兄君である第1王子のケビン様が王位継承の筆頭にございました。しかし婚約されていたファシナンテ王国王女のマリー様がお亡くなりになってしまって、その後新しい婚約者をつくることなく、よって今日(こんにち)至るまで結局どちらこそふさわしいのかという論争が絶えなくなってしまいました。ただ、それもケビン様が次の婚約者をお決めになってしまえば明日にでも継承順位は元通りになるかもしれない。いやしかし、いまとなっては現在の王妃様と血の繋がりのある殿下の方が相応しいという意見もまた根強い。現在の王位継承問題はかなり拗れてしまっていると言えます」


「ええ、その通りですね」彼は応えた。「以前までは、私も兄上こそが王位継承に相応しいと思っていましたが、いまとなっては私が王位を継ぐことを考えなければならないとも考えています」


 彼は生徒会室でエイダに話したことと矛盾しないように、慎重に言葉を選ぶ。


「ここで1つ仮定の話をしますと、もしこの度の不正事件が発覚しなかった場合、王位継承において最も可能性のある筋道は、レベッカ様を妃として殿下が王位継承者に任命されるものです。しかし、それだと様々な問題が生じます」


「はて、その様々な問題とは?」彼はわざとらしく言った。


「まず、レベッカ様との婚姻が貴賤婚姻になる点です」と私は答えた。「貴賤婚姻の制度的不利益はこの国にはありません。これまでの歴史で何度か王位継承者が貴賤婚姻をした事例もあります。しかし、そのいずれも戦争中あるいはその前後といった有事にとられた行動でした。もし殿下とレベッカ様の婚姻が何事もなく成って、そして王位継承者にも任命されたら、殿下は平時においてはじめて貴賤婚姻をした王ということになります。もしかしたらそれは、後世の教科書に残るような大事となるかもしれません。しかし、それは名誉とはまた程遠いものであると思います」


「と、言いますと?」


 彼は私が少し間を置くと、すかさずに質問を挟む。発言の主導はいまのところこちらに置いてはいるけれど、いつでも強引に引き戻す準備をしているみたいで不快に感じる。


「これまでなぜ平時において貴賤婚姻が避けられてきたのか、それは内政と外交のバランスが乱れるからです。多くの国で貴賤婚姻自体が制度的に否定されて、この国でも通常時にそれが行われないのは、ひとえに対等な王家同士で繋がりを結び続けることの外交的メリットが計り知れないこと、そして国内貴族が力を持ちすぎてしまうことにあります」


 私は一呼吸を入れて続ける。「外交上のメリットにおいてはわざわざ殿下にお伝えする必要はないでしょう。殿下の場合はむしろ後者、国内貴族が力を持ちすぎることの方が問題だったのですから」


「それはつまり?」


「それを説明する前に再度お伺いしたいのですが、殿下はマリー様がご存命でケビン様も精力的だった頃は、心からケビン様の王位継承を認めていられたということでよろしいのでしょうか?」


「ええ、もちろんです」彼は答えた。「当時はあなたもそうだと思いますが、兄上以外に考えられないと誰もが考えていました。私もそのことに、何の嫉妬も感じないくらいでした。兄上の手腕とマリー様の愛嬌でこの国はさらに50年は安泰だと確信していました。私はその2人を、私なりの立場で支えられたらそれでいいと思っていました」


 ご回答ありがとうございます、と私は答えた。「しかし、どうも殿下の発言には矛盾があるように感じます」


「ほぉ、いったいそれはなんですか?」彼は強めの口調で言った。


「ケビン様を自分なりに支えることが何よりの使命だと捉えていたという風に仰るのであれば、これまでレベッカ様の暴力を軽い口頭の注意で済ませていたことに説明がつきません。……殿下は様々な事情があると仰っていましたが、結局のところレベッカ様の暴力の原因は不安です。殿下に大切にされているかどうか不安で仕方なかったのです。もちろん、この国で最重要の公人である殿下の周りには常にたくさんの人が性別に関わらずいて、プライベートの気持ちを優先してそれを選別することが難しいのは状況的に理解できます。しかし、だったらレベッカ様に対してもっと熱意を向けて説得を試みるべきではないのですか? 少なくとも、そういった暴力を温存していたことがケビン様を支えることになっていたとは到底思えません」


 彼は少し間を空けてから、はぁ、と大きくため息をついた。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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