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 翌日の午前中には、ロバートに言われた通りレベッカは学園から去っていた。その情報は昼休み中には学園内で拡散された。そしてその情報を受け取った学園生たちは概ね、彼女がいなくなったことを好意的に捉えていた。あの人だかりの中にいたかどうかは分からないけれど、レベッカから直接的に暴力を受けた女子生徒を中心にして、精々する、居心地がよくなった、といった意見で満たされた。くわえて、直接的な暴力受けずともレベッカの機嫌に振り回された生徒たちも男女問わず少なからずいて、彼らもそれら意見に追従した。結局のところ、レベッカがいなくなって学園は清浄になったという認識が広く共有されたのだ。それはロバートの決断と、そしてエイダの忍耐によってもたらされたとも。



 レベッカが消えて数日が経って、彼女の名前も学園内でほとんど聞かれなくなった。ロバートは生徒会活動を終えると、またエイダだけ残るように指示した。夏休み間近で仕事量も多く、時刻はかっきり17時だった。


「あの、どうされましたか?」


 エイダは言った。レベッカがいなくなって、個別に残されるような理由も思いつけなかった。ただ、嬉しくもあった。レベッカの断罪の日以来、彼とは生徒会役員同士としてのやりとりしかなかったから。


 彼は答える。「レベッカのことですが、一昨日に追放先が決定して今朝出国したそうです。これにてひとまず決着したと言えるでしょう」


 そうなのですね、と彼女は応えた。そしてほっとした気持ちと同時に、悲しくもなった。レベッカというある種の固着剤がなくなったいま、部相応に接近できていた関係性もこれで終わりになると彼女は感じたのだ。


 しかしそうではないということを、彼は言った。「エイダさんは入学以来、本当によく頑張ってきました。生徒としても生徒会役員としても優秀で、とりわけレベッカの暴力に折れることなく対峙し続けた忍耐に、私はとても感銘を受けました。それは尊敬を越えて、また違う感情を私に抱かせてくれました」


「それって? ……」彼女は語尾に疑問符を帯せながらも、違う感情がさすものをおおよそ察している。それは彼女が何よりも求めているものだった。


「私は、あなたを好いているのだと思います」彼ははにかんだ。「しかし、私とエイダさんが結ばれることはやはり制度・慣習が許してくれません。でも、あなたにはずっと側にいて欲しい。たとえ他の誰かを妃に向かえたとしても。たとえパートナーというかたちでは無理でも、いまのように私の職務に付き添う臣下として私を支えて欲しい。それで構わなければ、証としてこれを受け取って欲しい」


 彼はそう言うと、スラックスのポケットからある箱を取り出した。それは彼の瞳の色と同じ、ラピスラズリ色のアクセサリーケースだった。彼がそれを開くと、中には彼女の瞳と同じ翡翠色の特異な輝きを放つ宝石をあしらえたイヤリングが納められている。


 彼は言った。「この宝石は私の錬金術で創り出したこの世で唯一の代物です。もし許されるのなら、エイダという名前も与えたい。その諸々の私の思いに応えて頂けるのなら、いまここでエイダさんの耳につけさせて欲しい」


 彼の申し出に、彼女は温かくさらさらとした涙を流した。それはまるで、断罪中に流されたレベッカのそれとの対比のようだった。


「はい!」


 彼女は力強く言った。そしてずっと隠し続けていた左耳を、彼に向けて露にした。



 ここまでが、エイダ×ロバートルートのグッドエンドとして描写されたものだ。



 私はその一連を思い返し改めて思った。全てが()()()()()()()、と。



 吐き気がする。アイスピックで頭骨をかち割られるような頭痛までしてくる。口の中を噛んだわけでもないのに、血の味までしてきた。怒りと不快感がそれぞれで単独で閾値を越えて、溢れたそれらが混合する感覚。入学式ではじめてロバートを目の当たりにした時以上の激情が足の底から頭頂まで突き抜けていく。


 私は息が荒くなりそうなのを食い縛り、堪える。()()()、全てを吐き出すのは。いま一度、頭の中を整理するのだ。この状況の問題点を全て洗い出す。時間は1分と少しくらいしかない。速やかに端的にそれを遂行しなくてはならない。



 この度のレベッカの追放劇、目に見える部分だけを取り上げたらしごく全うに見える。特定の集団あるいは環境の中で暴力が発生した際、何よりもまず加害者がそこに属する資格を失うこと。それはやはり徹底されなければならないことだ。被害を受けた側が泣き寝入りし、あまつさえ「逃げてもいい」なんて無責任な言葉によって自主的を装って去らせてしまう。私はそういった暴力の()()()()()といえるような現象を何度も見てきた。前世も言わずもがな、今世のこれまでにおいても。そして前世において、去る側も居残る側もどちらも経験した。だからこそ『オールウェイズ・ラブ・ユー』のエイダ×ロバートルートにおいて、その根源的問題といえる事象を取り上げて、本来的に正しいとされる行動を平易に示したことに一定の評価を持った。いや、そもそも乙女ゲーム全般がその部分に正しく対峙する傾向にあるジャンルであるといえる。私が乙女ゲームをとりわけ嗜好したのはその面も強いのだと、いまでは思う。そして、エイダ×ロバートルートはその王道と言える流れを組んでいる。現実では失われた、諦めさせられた正義を貫こうとしてくれる。たとえ速やかにではなくとも、そこに運や時勢が絡もうとも、何とかその到達するべき地点へ向かおうとする。



 ただし、それは本当に表面的で浅はかな部分のみを抜き出した虚偽だ。少し深い部分に進み入るだけで、また別の暴力的構造が顔を覗かせる。



 多くの場合、暴力にはアジテーターがいる。突発的なものはともかく、長期に渡るそれには必ず手綱を握る存在がいる。


 そのアジテーターにも2種類ある。自らも矢面に立って暴力を示し実行する者、そして自らは直接には行わずに周囲を操り仕向け誘導する者だ。後者は()()()()()とも表現される。


 前者はまだ易しい方だ。大抵の場合、中央にいるあるいは最も率先して暴力を振るうものがそれに当たるからだ。そして、謂わば主犯格の状態にあることに無自覚的だ。だから解決の糸口も掴みやすい。その彼の首根っこを抑えてしまえば、周囲も途端に振り上げた拳を下ろす。何で俺だけがこんなに非難されないといけないんだ、とその彼はまっさきに不満を漏らすのだろうけど、そんなのはただ順番の話である。何よりも優先されるのは、暴力の雨を止ますことだから。



 ただ、後者は厄介だ。自ら直接的に扇動したり、率先して暴力を実行したりしない。直接には関係のない行動で周囲の感情・思考を操って、暴力を誘発させる。自らはその蚊帳の外にいる風を装って、むしろこちらも間接的な被害者であるような態度さえとる。そして、その暴力による利益を十二分に利用できれば、サクッとその暴力の実行者を切り捨ててしまう。


 文章に落とせばよく分かるだろう。つまり、このような立ち回りができるのは甚だ強い立場にある人間だけだ。前者はお山の大将でも可能だが、後者は真の構造的強者にのみとり扱える。だからこそ、余計にたちが悪いのだ。


 ただし、そのフィクサーに操られ実行犯となってしまった者も、実は私は()に誘導されたんだ、と感触としてはあるはずなのだ。しかし結局のところ、それは客観的に見れば勝手な忖度であり、しかも相手の立場が自身よりも甚だ上ならばそれを指摘したり態度に出すことすら憚られる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そして周囲の第三者や、直接の被害者だってそうだ。本当は薄々気付いているのだ。別にフィクサーがいることを。ただ皆そこに触れることを恐れて、分かりやすく御しやすい表面的な実行犯のみを処して終わりにしてしまう。しかしフィクサーがいる限り暴力の核は残り続ける。少しするとまた暴力が発生して、また傀儡的な実行犯のみを処罰する。その繰り返し。


 こうやって、暴力は構造として定着する。


 そう、その後者とはまさにロバートのことだ。 



 ここにいる全員、いや、レベッカのこれまでのことを知る全ての人たちが本当のところ理解しているのだ。もっと悪いやつが別にいる。彼女がこれほどの加害性を周囲に発露できるのは、それを後押しする存在があるからだ、と。それは狡猾で尻尾なんてまず出さないけれど、状況的には()()()しか考えられない。それこそが、ロバートなのだ。


 当のレベッカも、実は分かっている。自分がロバートにいいように使われていることを。それでもロバートの心を求める彼女は、彼はクールなだけなんだ、と自分を騙す他ないのだ。そして恋はもはや完全に破れたいまにおいても、その利用された気持ちをぶちまけることはしない。


 恐らくはエイダも、いまに至るまでのどこかで、その実像を掴んでいるはずだ。たとえなんとなくという程度であっても。自分に振りかかった暴力の根元にあるのは彼なのだと、分かっている。でも、そのことを咎めることはしない。


 さて、なぜ誰もそのことを告発しようとしないのか? 証拠がないから? 客観的に見ればそうだろう。じゃあ、もし証拠を掴めれば彼の悪行をこらしめようとするだろうか? いや、そうもならないだろう。


 何故なら、人々は常に()()()()を求めているからだ。我々は常に、「ヒーロショー」を楽しみたいからだ。彼のプロデュースするパフォーマンスショーのヒロインないし悪役ないし観客として含まれていたいからだ。


 確かに、入学式からこれまでのレベッカの転落劇は、()()()()()()()実におもしろいだろう。


 自分が世界の中心にいるような認識で傍若無人に振るまい、その機嫌や気分で周囲を従えていた悪役が、誰の目に見ても分かりやすいヒーローに懲らしめられる。子供にも分かりやすい勧善懲悪だ。そのヒーローも最近まではその悪役の横暴に苦しめられていたのが、複数の切っ掛けや出会いによって駆け上がるように悪を討った、となればより物語的だ。


 しかしてその実像は、前者のアジテーターも本当のところは後者のより強力なフィクサーに踊らされているだけなのだ。世界が自分の意のままに動くと思っていたのが、実はより強力な存在によって悪役に仕立て上げられていただけなのだ。まぁ、実によくできた皮肉だと思う。ディアナはもしかしたら、こういう話を好むかもしれない。実際、レベッカの暴力にはじめて晒された時のエイダの様子と、ロバートに断罪されるレベッカの様子はうまく対になっている。大きな力に押さえつけられた際の涙、跳ねるように疼く体の反応。先にそれを体感したエイダ――あるいはゲームのプレイヤー―が最後にそれを客観的に観察する。悪役の体を通して。やはりそれは甘美なのだろう。いや、エイダだけじゃない。いまここ群がる観衆の生徒たち、モブたちにとっても。



 しかし、私がそれを楽しむには、あまりにも「リアル」を知って、そして損なわれすぎた。私はそこに、気色悪い以外の感想を抱けない。



 結局のところ、誰も真の正しさ、誠実さなんて求めていない。皆が求めているのはショー、もっと言えばストーリー、さらに言えば「神話」なのだ。ふつうの人たちにとって気に食わない性質を持つ誰かを悪役にまで吊り上げて、ある時まではその悪役の横暴を見逃して、時期がくれば作物の収穫のようにヒーローが討ち倒す。そのお膳立てをヒーロー自らが行って、他大多数はその流れを鑑賞して手を叩いて笑う。しまいにはその悪役でさえ、勝手に与えられたはずの役割を全うできて満足してしまう。でも、完璧な文章が存在しないように、完璧なストーリーもまた存在しない。どうしても気になる矛盾は発生する。おかしい、間違っている、と認知する。しかし、神話こそが大事な人たちはその部分を閑却する。そのためにわざわざ馬鹿になる。愚鈍になり、弱虫になる。なにも考えず、構造の甘い感触に包まれていたくなる。



 それこそが、私を損なわせたものなのだ。



 私はその神話を否定しないといけない。馬鹿で愚鈍で弱虫で、自分の生き方に責任を持っていなかった前世の自分と、しっかりと決別しなければならない。そのためには、この断罪イベントなんて茶番をぶち壊さないといけない。構造、神話、強い男に対して、地面を踏みしめて対峙しないといけない。強い男の背中に隠れて、自分の全てをその背中に委ねてしまう精神にNOを突きつけないといけない。強い男に振り回された挙げ句に捨てられても、しまいにはその物語性に酔って受け入れてしまう精神にもNOを突きつけないといけない。私はヒロインにも悪役令嬢にもならない、そして()()()()()()()()。そのことをいまここで主張しないといけない。罪と罰を正しい場所におさめることのメタファーとして。


 しかし、それはやはり恐ろしいことだ。小さな個人が多勢の前に立つということは。ただその部分は、ケビンと真の協力関係を構築することで後ろ楯を得ることはできた。本当なら彼に全てを任してしまう方が1番確実だし、彼もそのことを提案してくれたけれど、私はそれを拒否した。私がやらないといけない、と彼に強く主張した。私の親しい友人が関わっているからと説明して、彼は少し考えてから納得してくれた。そして今日になって学園にまでやってきてくれて、近くで見守っている、とメッセージまでくれた。私はそれをある種の燃料として、勇気の炎を強く点さないといけない。


 ただ、これから私のすることをこの場にいる誰も望んではいないだろうという推測が、最後までつきまとってくる。もとは『オールウェイズ・ラブ・ユー』の世界なんだと分かっていても、私のモブを逸脱した行動によってストーリーに僅かながらの変化が生じ、それによってキャラクターたちの行動・感情に変更があることも観測した。もはや単純に、ゲームの世界だからいいんだ、と思いづらくなっている。エイダは言わずもがな、レベッカだって、罰自体を完全に回避できる訳じゃないのなら、この国で中途半端に生きることの方が辛いかもしれない。私はやはり、客観的にひどいことをしようとしているのだ。それこそロバートと変わらないくらいに。



 いや、ここにきてそう思考するのはただの言い訳に過ぎない。きっと心のどこかで、あなたのためなのよ、といった驕り、あるいは他責に逃れたい気持ちがあるのだ。


 私は改めて自身に言い聞かせる。全ては自分のためだ。その結果恨まれても構わない。嫌われたって構わない。大事なのは私が何にも寄りかからず1人で立てるようになることだ。全ては自分のためだ。自分のためなんだ。




 言葉を自分の深い内に落とし込んでいると、踞るレベッカの背中が、ピク、と反応した。これから、彼女が最後の台詞を言うつもりだ。私はそれを遮るように大きく息を吸って、叫んだ。



「異議ありぃい!!!」

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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