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 ロバートが淡々と、その実情の説明をはじめる。まさに政治的な答弁のように。「最初に言っておくけれど、国外追放は君のためでもあるんだよ」


「ど、どういうことですか?」レベッカは言った。


 彼が応える。「後出しじゃんけんな話になるけれど、君は今回のエイダさんだけでなく、これまで身近な多くの同姓に対して、家の威光や私と婚約していることを背景に様々な暴力を振るってきた。そのこともいまさら否定はしないよね」


 彼女は無言でそれに答える。


「そうだよね」彼は言う。「君はそのことも私に誇らしげに報告してきたよね。そしてそのことが広く噂になっていることも君は承知していた。勝手に言わせておけばいい、むしろその方が都合がいい、とも君は発言していた」


「……そうですね」


 今度は彼女もたまらず返答した。


「――私も今日に至るまで、そのことを直接に諌めては来なかった。君の家との関係性、あらゆる利害的対立、様々な要因がそこには絡んでいたから。その幾つかが君の父親の不正によって無くなったわけだ。ただ個人的に、いまになってエイダさん以前のことまで追求するのは卑怯とも思う。だが、これはもはや一定の政治性も帯びているうえに、君のためにもならない。だからいま言わないといけないんだ」


 彼女は応える。「……私のために恥を忍んでくれていることは理解できました。でもまだ、私のためにが具体的に何を示しているのかが分かりません。それは一体何なのですか?」


 ロバートは少し間を空けてから答える。「そのことを素直に言ってしまう前に、差し支えないなら1つ質問に答えてほしいのだが、いいかい」


 は、はい、とレベッカは答える。文言は質問の体を成してはいるけれど、いまの彼女に拒否権があるわけがない。


「……明日以降、君はこの国でどう生きたいと思っているんだい? 私との婚約も、家の絶大の権力も、ほぼ全てを失った状態で」


「そ、それは……まだ何も」


 彼女はしどろもどろ答える。当然だ、こんな状況で将来の展望を既に組み立てはきはきと主張できる方がどうかしてる。むしろ不気味だ。


「そうだよね、まだそこまで考え及んでなくて当然だ」彼も私と()()()()()同じことを言う。「じゃあ、いまここで共に考えて上げよう。――端的に言って、君のとれる選択肢は2つ。別の誰かと婚約・婚姻するか、生涯独身のままこの国のために公職を通して奉仕するか、そのどれかだ。まず前者の場合だけど、さていまの君自身に、()()としてどれだけの価値がある? 婚約解消、まぁ悪い言い方をすれば私に捨てられることになったのは何度も言うが君の父親の不正が発端だ。ただそれによって、君自身の立場も悪くなってしまった。もし今後、別の婚姻話が出てきたとしても、私の時と違い足もとを見られた条件を突きつけられるかもしれない。くわえて、君が放置してきた君自身の悪印象。あるいは、これが1番いただけないかもしれない。これまでは君自身の家の力や私の婚約者であることである意味で守られてきたわけだけれど、それらが取り払われたいま、君のことを尊重して接してくれる人が実際にいるのだろうか? 家でも、個人でも見下される。それは君にとって耐え難い屈辱だろう。いや、そのさわりは既にこの数週間で痛いほど実感したんじゃないのかな?」


 彼女は無言によってそれを肯定する。


 父親の不正が発覚して以来、彼女が受けられた人間的扱いは学園から配慮しかなかった。可能な限り人と関わらなくても、学園生活を継続できるため処置。でも結局のところ、それは心からの行動ではなく新たな問題が発生することを嫌った故だ。言い方を変えれば、彼女の隔絶を学園は後押ししたことになる。ただ彼女が真に慕われていれば、それでも彼女に寄り添ってくれる人はいたはずだ。いまの彼女にそんな人はいない。あの取り巻きたちも、今頃どこにいるのかも分からない。


「公職で奉仕にするにしたってそうだ」彼は続ける。「君を部下にしたい、あるいは同僚や上司になりたいと思う人間がはたしているのかい? そもそもの私が、いまの君に何かしらの仕事を任せたいとは思わない。いくら個人的な負い目があろうとも、そこの線引きはしっかりとしないといけない。といっても、君の優秀な成績なら欲しがる部署や職場はあるかもしれない。でもそこでの働かされ方は悲惨なものになると思うよ。といっても、客観的な労働環境が、ということではない。精神的な部分だ。誰かと対等に作業ができない・させられない君に任せられる仕事なんてたかが知れている。どれほど優秀でも、個人のできることなんて実にささやかだ。大事なプロジェクトは別のチームがやって、君に回ってくるのはさして重要じゃないもの、もしくは他者のやらかしの尻拭い。もちろんそういった仕事でも達成をわかち合えるものたちがいれば幸福だろう。でも君にそんな人はいない。ただただ使われて、すり減っていくだけ。それが君の未来予想図だ」


 彼がここまで話したところで、わたしはちらとレベッカの方を見た。彼女は、泣いていた。エイダに敗北したあの日でさえ流さなかった大粒の涙をその頬にしたらせて、受け止めることなく地面に落としている。自分が愛しているあるいは先ほどまで愛していた男に、これほどネガティブな未来予想――それも恐らくかなりの精度のもの――を聞かされたら、誰だって泣いてしまう。私にも、覚えがある。


「もちろん、君の内面が変われば違ってくるかもしれない。でも私は断言するよ。君は変われない。君の誇大なプライドと加害心は生来のものだ。もしかしたら、君の父親からの遺伝と言っていいかもしれない。君の父親が不正を行ったのも、そういった悪心故だろう。君にもそういった気質が備わっていることを、僕はこれまで誰よりも近くで見てきたのだから」


 彼女の性格の悪さは生来のもの、それは私も以前に述べた通りだ。それはゲーム上においても、ロバートが一言一句同じ台詞を言っていた部分も印象としてあるのだけれど、何よりもそれは主人公として彼女と対峙して肌で感じた体験だった(液晶の画面越しでも皮膚を炙られているようだった)。きっといまここにいる観衆の生徒たちも皆、そのことに同意していることだろう。もしかしたら、エイダ以前に直接的な被害を受けた女子生徒もどこかで見ているかもしれない。そしていつかは、誰かがそのことを彼女に言わないといけなかったのだろう。ただ、それでも……。



 彼はぼろぼろと泣いている彼女をまざまざと観察する。彼のその仕草によって観衆の生徒たちも彼女が泣いていることに気付きはじめる。きっと彼が間をおいたのは、観察というよりはむしろ、彼女の情けない姿を周りに印象付けるためなのだ。ざわざわとまたどよめきはじめて、それが彼女にとって更なる屈辱であることがぐちゃぐちゃに歪んだ表情から読み取れる。


「すまない、泣かせるつもりはなかった」


 彼はそう言って、視線を少し下にずらす。何をまぁどの面下げて、と私は思った。


 彼は視線を彼女に戻して続ける。「でも、私がいま言ったことは全て事実だ。君を尊重したら周りがダメになるし、周りを尊重したら君がよりダメになってしまう。どちらにせよ、全体に著しい害をもたらす。だったらね、君は新天地で再起を図るべきなんじゃないのかな? 誰も知らない土地に行って0からのスタートだ。優秀な君なら、新しい場所でなら自身の気質を隠し通したまま生活できるかもしれない。その方が君のためなんだよ。大丈夫、まだどの国に移ってもらうかは決まってはいないけれど、そこにいつくまでしっかりとサポートしてあげるから」


 彼がここまで話したところで、レベッカは遂に膝から崩れてしまった。


 レベッカは両手で顔を覆い泣いた。慟哭はしない。それを歯を食い縛るように堪えて泣いている。あるいは彼女にとって、それが最後のささやかな抵抗なのかもしれない。しかしここまで来ると、いっそ思い切り泣いてもらった方が端で見ている側としては気が楽だった。


 彼女がここに来てようやく膝を折ってしまった訳は女として容易に想像がついてしまう。自分の意志によらず自分のことを誰も知らないような場所に行くことがどれほど恐ろしいことか。とりわけ彼女の場合、それはより熾烈だろう。そもそもだ、彼女と彼女の家のことが知られていない国や地域なんてごく限られている。そしてそのどれもが先進国とはほど遠いような経済・社会情勢の場所だと言えるだろう。平和や安全からは対極にある場所だ。そんなところに一家全体ではなく、女1人私だけ追放される。それはこれまでの生活では想定していなかった様々な暴力に晒されることを意味する。純粋な腕力だけの暴力に限らない。それを遥かに凌駕する戦争的暴力、それが原因として引き起こされる飢餓、そして性暴力。


 世界とは本来的にそういう狂気の場所であり、一部の力を持った国家だけが抑止力や政治的駆引きによってその残酷な真実から逃れることができる(その度合いは前世と比べてより苛烈であることは間違いない)。それは父親が軍務伯だった彼女に幼少から聞かされていたであろう話だ。その安全保障の核を担っていることが彼女、そしてバートン家の誇りでもあったわけだ。その精神的支柱も、会計不正の発覚で粉々に打ち砕かれた(もしかしたらその不正も、関わったものたちにとってその安全保障の核をより強固するために必要なことと考えていたのかもしれない)。ただ、その当事者足るものたちの罪は様々な事情で軽減された。しかしながら、いわば非当事者である彼女に対してその軽減分を背負わせるようにその安全保障圏の外に放り出されてしまうことになった。いや、結局のところ彼と彼女の父親の話し合いとはそういうことだったのだ。簡単に言えば身代わり、贄だ。彼女は父親からも見捨てられたのだ。そして結局のところ、彼女の立場も身近な男の地位によって保証されていたのだ。優秀な彼女は彼との会話の中で速やかにそれを読み取ってしまい、思わず涙を流してしまったのだ。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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