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 ケビンからの連絡を受け取って2日が経過した。遂に、エックスデーの当日になった。



「えー、これでホームルーム終わります」


 ディオンヌ先生が教卓から私たちに放課を告げる。そう、つまりは断罪イベントがもう間近に迫っているのだ。


 私は1つ大きく深呼吸をしてからジュディと廊下に出た。廊下ではシンディとディアナがいつも通り待っていた。


「さぁ、今日もクラブ活動頑張りますかぁ」


 ジュディが無邪気な笑顔を浮かべる。


 せやなぁ、と言ってシンディがにししと笑って応える。ディアナはそれを見てうっすらと微笑んでいるように見える。いつもとさして変わらない、とりとめのないやりとりだ。


「……今日ね」2人の言葉に少し間をおいてから私は言った。「お兄さんが王都を離れる日だから、最後に挨拶してくるわ。街道沿いまで来てくれて、そこから直に別の街に移動するみたい」


「うーん、そうなんだ」ジュディが応える。「それじゃあちゃんとバイバイしないといけないね」


「せやな、そこらへんはちゃんとせなな」シンディが言った。「今度いつ会えるかなんて分からへんしな」


 そうね、と私は応えた。


「じゃあ、私は先に部屋に戻ってるわね」


 ディアナが控えめに言った。


 うん、と私は応える。そして一緒にA館を出ると、寮の方に戻る3人の背中を少し見送った。私はまた1つ大きく深呼吸をしてから翻り、西側の敷地に向けて歩き出す。街道の東西の敷地を隔てる横断路に差し掛かると、ホイットニー! と声を掛けられた。それは勿論ケビンだった。フランクに変装した状態の彼が、A館の入口から死角になる位置で私が来るのを待っていた。



「来てくれてありがとう、お兄さん」


 私は言った。そこから少し、兄妹の暫しの別れのような会話を形式的にした。その最後に、彼は小さな袋を私に手渡した。中には手のひらに収まるサイズの固いものが入っている。私はそれを通学かばんにおさめる。


「じゃあ、頑張ってね」と彼は言った、まるで学校生活へのエールのような調子で。続けて私の耳許に顔を寄せて、囁くように言う。「近くで見守っているから」


 それは間違いなく、私がこれから行う断罪イベントジャックについてのコメントだった。


 私は彼の行動に驚いて思わず肩がすくんでしまう。しかしそれは単純に驚いてしまっただけで、付随するべき不快感を私はほとんど感じなかった。


 は、はい、と私はぎこちのない返事をしてしまう。彼は反対ににっこりと微笑んで、じゃあ、バイバイ、と応えた。彼はそのまま手を振りながら歩きだし、人混みの中に消えてしまった。



 数度の瞬きをしている間に、彼の姿は完全に私の認識の外に出ていってしまった。まるでこことは違う次元に移動してしまったみたいだ。もはや彼がさっきまで目の前にいた事実自体が、何かしらの大きな力によって改変や修正を施されているように思えてしまう。これも彼の駆使する何かしらの魔法なのだろうか。認識阻害とか、そういった類いの。いや、そのような便利な魔法があるとして(少なくとも公表されている魔法でそのような効果のものはないはずだ)、彼が1人街をぶらつく時に使用しないわけがない。そしてもしそうしていれば、私――もといエイダ――と彼は出会うことはできなかっただろう。


 あるいはそれは、彼が自然と身に付けた歩法なのかもしれない。その密やかな単独行動を無事に達成させるために、もしくはマリーと2人でいた時から。まるで忍者のように、人々の印象や認識の取っ掛かりからするすると抜け出していく技能。


 いやそもそも、それは彼とは直接関係のない現象なのかもしれない。私を包む込むうだるような暑さのせいかもしれない。空調の効いた涼しい館内から一転、鬱陶しくへばりつくような外気温は1人になるといっそう襲いかかるように私にのし掛かる。その重量が何かしらのSF的作用を私にもたらし、彼に対する認識をこことはまるで異なる場所に連れ去ってしまったのだ。……いや、『コング』に影響され過ぎているかもしれない。



 SF繋がりで、私は前世の作品を1つ思い出した。『時をかける少女』だ。原作小説も、アニメも実写も私は好きだった。とりわけアニメ版の、主人公の真琴が交差点で想いを寄せる千昭を見失ったシーンを、いま自分自身に重ねている。真琴が雑踏を掻き分けて千昭を追いかけた行動を、私は心の中で再現する。そして、本当は私もそうしたいんだと自覚する。動機は違うけれど。私の場合、自身の行動選択から来る恐怖や緊張から抜け出して、逃げて、大きなもの身を委ねてしまいたいと思っている。真琴と比べて、どれだけ不純なのだろう。


 それでも、私は駆け出さない。1歩1歩しっかりと西側の敷地に、9月ホールの前に向けて歩き出す。弱い自分を変えて、世界も変える。それは他者に協力を仰いだとしても、最終的には独りで行わないといけないことだから。敷地を隔てるその街道のわずかな横幅は、私の最後の分水嶺だ。



 いつもより重たい足取りながら、無事に西側の敷地に足を踏み入れる。すると、目的の9月ホール前に人だかりが形成されはじめていることが認められた。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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