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雑貨屋を出ると、まず私たちは近くの屋台でレモネードを購入した(これも彼がお金を出してくれた)。それを啜りながら往来で馬車を待って、捕まえられると彼は前回と同じように街中を、今度は1時間半ほど適当に走って欲しいと御者に依頼した(当然前回とは同型ながら違う馬車と御者だった)。了解を得ると私たちはさっそくキャビンに乗り込んで、前回と同じように私側のカーテンを少し開けて、遮音の魔法を展開するスイッチを押した。彼は安心するとフードを脱いで、私に最終的な成果を報告した。
結論から言うと、この時点でロバートを叩きのめすだけの証拠を揃えることができた。彼が出会いから機嫌がよかったのもそのためだった。私も先ほどまで鬱ぎがちだったのが一転メラメラと、入学式の会場でロバートを見上げていた時以来に心が燃え上がるのを感じた。しかしながら、現時点でエックスデーを特定するものは得られなかった。もちろん私はそれを知っているのだけれど、これまで『オールウェイズ・ラブ・ユー』のシナリオ通りに進んでいるからといって、最後までその前提で確証なしに動くと肝腎な時に足もとを掬われるかもしれない。紛うことなき確証が欲しい。しかし、馬車の中でいくらそう念じてもしようのないことだし、彼を馬車から蹴り出していますぐそのあたりを探ってこいなんて身分差以前に失礼が過ぎる。まぁ、いまさら焦ってはいけない。私は馬車に揺られる残りの時間を彼と他愛のない会話をして過ごすことにした。思えば彼とはこれまで、リラックスした状態でとりとめもなく時間を過ごすことはしていなかった。これから――ひいてはロバートとの決着以後も――彼との協力関係は続いていくのだろうから、彼の内面についてもっと知っておくべきだ。その点で言えば、今日は絶好の機会だった。私は様々なことを聞いた。好きな料理、好きな表現、好きな運動、子供の頃の自分、思い出、そしてマリーのことを。彼は私の積極性に戸惑いながらも、好意的に自身ついて開示してくれた。この間だけは、どのような構造や線引きも、私たちの前にはなかった。
御者が馬車を停止し扉をノックするまで、私たちは絶え間なく言葉を交わした。本当はもう少し話していたかったけれど、帰りの馬車の出発時間は絶対だった。守らないと当分利用禁止になってしまう。
「ありがとう」私は名残惜しむように言った。「楽しかったわ」
彼は私のその言葉を予想だにしていなかったようで、呆気にとられた表情を浮かべた。しかしその表情は次第に喜びの笑みに染まっていった。
「こちらこそ」
彼は素敵な微笑みと声で言った。私も映し鏡のように、彼の微笑みを真似した。
馬車を降りると、私たちは先日を踏襲するように近くの屋台に寄ってコーラを購入した。ケビンがまた私の分まで支払いをしようとする素振りを見せたので、私はすかさず自分の分の料金を店主に渡してしまった。
彼は私の行動に呆気をとられてしまった。馬車に乗る前のレモネードも気持ちよく払わせてくれたのに、いまになって何で? と思っているに違いない。私はニヤリと笑う。モヤモヤと悲しさを瞬間的にでも洗い流すことのできた、私なりの仕返しだ。
「これくらいの買い物はもう1人でできるんですよ、お兄さん」私は言った。
「――ふふ、そのようだね」
フードの奥の彼は可笑しそうに笑っていた。
私がこのような言い方をしたのは、もちろん親戚関係の演出のためであるけれど、何よりも彼が女の子に払わせてしまうなんて情けないなと屋台の店主に思われてしまうのが嫌だったからである。まぁそもそも、発端は私の虚をついた行動のせいなのだけれど。
少し前の私なら、男性に対してこのような気配りをするなんてあり得なかった。男の見栄の張り合いなんて馬鹿馬鹿しい、勝手にこちらを巻き込むなと思っていた。いや、いまも概ねそう思ってはいるのだ。彼だけが、特別だった。はて、なぜ彼が特別なのか? 彼が私が定めた王だからか、それとも……。いまは、その部分を確定させたくない。
今回の彼は、王都の入り口付近まで私に付いてきてくれた。私たちはできるだけ目立ちにくい道を選び徒歩で向かった(飲み終わったコーラの瓶をその道中の塵箱に捨てた)。しかし入り口の門前の広場には流石に出ていけなくて、その手前の脇道で止まりまた少し言葉を交わした。
「……次に会うことになるのは学園の中かしらね?」
会話の最後に、私は締め括るように言った。エックスデーはシナリオ通りなら後5日に迫っている。そして再来週末から夏休みに突入する。動きがあるなら夏休みに入るまでだという推測を私は形式的にたてて彼と共有していた。
「そうなるだろうね」彼は言った。「それまでにホイットニーにさらによい報告ができるように頑張るよ」
うん、と私は頷いた。「今日は、ありがとう」
「ああ」彼は笑った。「今度はただ純粋に街を観てまわろう」
「……ええ、そうね」
時間がやってきて、私は彼と別れて馬車の方に歩いていった。そして馬車に乗り込む直前に、歩いてきた方に振り返った。彼はまだ脇道に立っていて、こちらに小さく手を振ってくれた。大きな動作で応えることができないから、私はあちらからも見えるくらいの大きな笑顔を浮かべた。まるで王都の散策を振り返りとても楽しかったんだという雰囲気を演出して。そしてこれが、学園入学以来最大の笑顔だった。
王都でケビンと別れて3日が経った。エックスデーは明後日に迫っている。しかし、そのエックスデーの確証を私たちはまだ掴めずにいた。私なりに可能な範囲でロバートやエイダの付近を探ってみたが、何も得ることはできなかった。遠巻きに2人の様子を伺うだけでは、何も分かるわけがなかった。私は寮の部屋で1人椅子に座って頭を抱えている(ディアナはいま1人で図書館へ行っている)。
そもそもだ、エックスデー、つまりは断罪イベントを示唆するシーンは『オールウェイズ・ラブ・ユー』においてごく閉ざされた空間の中で行われた。それはエックスデー前日の生徒会室内で、本日分の業務が終了し後片付けをしている時だった。ロバートはエイダを含めた生徒会役員全員にこう告げた。
「明日の生徒会活動は休みにさせて頂きたい。私に個人的で大事な用があるためです。それに、現在業務もたてこんでいないので、たまには学校終わりにそのまま自由な時間を過ごすのも悪くないでしょう」
彼の提案に反対する役員は誰もいなかった。そして片付けを終えて解散になると、彼はまたエイダだけ少し残るように指示した。
「どうされましたか?」
2人だけの生徒会室で、エイダが問いかける。
お待たせしました、と彼は言った。もちろんエイダはそれだけでは何のことか分からず、ポカンとした表情を浮かべる。
彼は微笑みを浮かべながら続ける。「レベッカのことです。彼女の父親の不正事件のてんやわやで、これまで彼女自身のけじめが後回しになっていました。あなたへ行った数々の暴力含めた、彼女のこれまでの生き方に対するけじめです。しかし、やっとその準備が整いました。……明日、授業が終わったら9月ホールの前の大通りに来てください。そこで、レベッカにけじめをつけさせます。あなたは私の隣でそれを見届ける権利がある」
「――分かりました」
エイダは答えた。ただその表情は、様々な複雑なものが入り乱れたぎこちないものだった。肯定的な思いだけでなく、痛みの記憶もふと甦り、そこに含まれてしまっているのだ。
彼はそんな彼女を見て、優しく抱き締める。
さて、そのシーンを盗撮なりできれば1番手っ取り早いのだけれど、少なくともいまの私にそれは無理だ。だから最善はケビンが王宮内で、別の確証となる場面を目撃するくらいしかないのだ。しかし、これまで彼から手紙も連絡もない。こうなると当日に断罪イベントがはじまってから、彼へ緊急連絡手段を用いるくらいしか手立てがない。ただ、やはりそれはリスクが高い。これまで集めた証拠も安全性の観点からまだ彼に預けたままだし、彼が急行するまでに私が断罪イベントジャックをはじめざるをえなくなると、単独で時間稼ぎをすることにだってなるかもしれない。証拠なしの状態で流石にそれはきつすぎる。であるならば、うまい嘘をいまからでっち上げてそれを彼に伝え動いてもらうのが得策になるだろうか。誠実とはほど遠い。多少心が痛むかもしれないけど、ここまで来たらやむを得ないか。さぁ、どう脚色したものか。
ジジジジジジ
突然、私のハンドルバッグから音が鳴った。私は飛び上がるように立ち上がって、その音の正体を取り出した。それは懐中時計だった。しかし、それはただの懐中時計ではない。アラーム機能の類いが動作したわけではないのだ。そう、これこそがケビンの用意してくれた緊急連絡手段なのだ。
この懐中時計には、ケビンの魔力が込められている。私たちは互いに同じ時計を持っていて、急遽何かを伝えたい時にその時計の裏を3度擦ると片方のそれとリンクする。リンクした片方はこのように音を発して所持者に知らせてくれる。所持者が同じように鳴っている時計の裏を3度擦ると、テレパシーというかたちで相手と話ができるようになる。そのテレパシーの内容は第三者から探知されない。使用できるのはたった1度だけだが、かなり便利で強力な魔法だ。この魔法は彼が秘密裏に開発した。このような属性によらない有用な魔法技術を生み出すことが彼の得意とするところなのだ。そのあたりも先日の馬車のなかで詳しく聞くことができた。
『やぁ、ホイットニー』頭の中で彼の声がした。『どうやら問題なく繋がったようだね』
『ええ、おかげさまでね』私は答えた。『こうやって私に連絡してきたってことは、もしかして?』
私は自身の言葉にふんだんに高揚が乗っていることを隠せない。
『ああ』と彼は言った。『僕たちにとって、とてもいい知らせがある』
次話は明日の20時台に投稿予定です。




