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 ケビンと約束した週明けまで、とりとめのない平穏な日々が続いた。エイダとロバートの方にも――ゲームのシナリオ通り――大きな動きはなかった。私は『コング』の続きを借りてディアナと読み、そのディアナは無事に宿題のレポートを提出できた。それと同じ日に、エックスデーの前週末に王都へ向かうための馬車を1人で予約しに行った。すると運良く今週の午前便にも空きがたくさんあったので、また4人で王都に遊びに出掛けることにした。ジュディとシンディに乗せられて、4人共に新しい水着を購入した。運がいいのか悪いのか、その日にケビンを街中で見掛けることはなかった(彼の自由活動時間は主に午後なのだろう)。まぁ、買い物の内容が内容だけに、運がいい方だったに違いない。



 週が明けて、ケビンと2回目の約束の日になった。放課後になってジュディたちに、また彼と会いにいくから、と告げると優しく、いってらっしゃい、と返された。何か子供の成長を見守る両親みたいな雰囲気でこそばゆさを感じてしまった。


 指定したスイーツショップへ向かうと、彼はまた目立ちにくい席で、フランク・ファマードとして座っていた。


「フランク」


 今度は私から声をかけた。


 私の声を認めた彼は、私の方を向いてはにかみながら手を振った。


 私は彼の向かいに座り、以前にジュディと食した苺ジャムとクリームを添えたスコーンにホットミルクティーを2人分注文して、さっそく先週に得た情報をひそひそと話した。入学式で私とエイダの道案内してくれた上級生に再会したこと、その上級生もといジャーメイはエイダと同学部で近頃の彼女はまるで香水のように紅茶の匂いを纏っていること、それらを端的に説明し終えた頃に注文した品がやってきて、それも交えて私の立案した証拠獲得計画を説明した。彼も私の計画、そして()()を興味深く聞いてくれて、OK、それでいこう、と1つ手を叩いてくれた。



 さて、ここで私の計画を平たく説明してしまった方が親切だとは思うのだけれど、それはエックスデーに実際に獲得できているであろう証拠を開示する時までとっておきたいと思う。その方が、敗北に歪むロバートの顔がいっそう映えると思うから。くっくっく。



「そう言えばさ」


 ケビンが出し抜けに言った。成果を共有しそれを次にどう繋げるかの話に区切りがついて、後は解散するだけというタイミングだった。


 何よ?、と私は応える。


 生憎、時間には余裕があった。それもこれも、私が自身の伝えたいことを早口気味に伝えてしまったせいだ。しかし私の謂わば一方的な主張を彼は変に遮ることなく聞いてくれた。私のことを信頼して会話の主導権を委ねてくれた。私は素直にそのことが嬉しかった。彼の話口的にきっと他愛のないことなのだろうけど、この機に自身の心の余裕を確かめてみるためにも、私は彼の()()()()()に応えないわけにはいかなかった。


「前回なんだけどね、喫茶店の店外からホイットニーのクラスメイトらしい女の子2人くらいが覗いていたけど、あの後何か言われでもしたかい?」


「――はぁ」私は大きなため息をついた。「その時に言ってくれてもよかったじゃないのよ?」


 いくら割りきっていたとは言え、その事実がその時点で確定していたのならもっと対策のしようがあったのに。


「ごめんごめん、害はなさそうだったから。変に反応する方が問題が発生するかもしれないと思って」


 彼の言うことももっともだった。


 もう、と私は不満を漏らした。「ちなみに、今日はどうだったの?」


「今日は大丈夫だったんじゃないかな? まぁ、今日は君の勢いに押されてあまり周囲に気を配れなかったから、実際のところ分からないけどね」


 ()()()()()()()()! なんて言ってみたくなったけれど、実際そうだと私も思うので、グッとこらえた。


 私は正直に前回の寮に帰ってからの顛末を語った。それに伴って、店外から覗いていた2人の特徴を聞き取った。彼は正確に記憶できている自信がないと前置きしたけれど、聞く限りそれはジュディとシンディではないことが分かった。というか、クラスメイトの誰かを特定することもできなかった。彼が勝手に庇っているのか、先週の出来事だから記憶が変質してしまっているのか、目撃者はクラス外の人間だったのか。どちらにせよ、聞いてるうちに馬鹿らしくなってしまった。



「なるほどなるほど、君の存在を認めている婚約者が僕にいるという嘘は、ジュディという友達に看破されてしまったわけだ、くっく」


 彼は思わず跳ねてしまいそうな声量を必死に抑えながら言った。


「そうなのよ」私は率直に言った。そして内省的な表情を浮かべる。「もしかしたら彼女のことを侮っていた部分もあったのかもしれない」


「そうかもしれないね」彼は同調した。「でも、ホイットニーのこれまで生きてきた軌跡を深く理解してくれる友達がいることは、とても素晴らしいことだよ」


「……そうね」


 私は思わず頬が緩んだ。

 

「……ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」


 いよいよ本日は解散という手前になって彼は言った。


 ええ、と私はシンプルに答えた。


 彼がスマートに立ち上がって店の奥に消えていくのを見送ってから、私はちらと店外に目をやった。少なくとも今現在、私たちのことを観察している学園生はいないようだ。いや、たとえ先ほどまで私たちのことを見て何かしらの空想を描く生徒がいたとしても、先週のことでもう私を囃し立てるようなことは誰もしないだろう。だったら見られていようがいまいが同じことだ。勝手にやってくれ。私はまた行儀良く座り直して、近くの女性スタッフにお冷やをいれてもらってくいっと飲んだ。



 ケビンが戻ってくると、座りはせず立ったままテーブルに手だけをついて言った。


「じゃあ、出ようか」


 ええ、と応えて、私はさっと立ち上がった。そして伝票を手に取ろうとする。しかし、テーブルの端に置いていたはずの伝票が見当たらなかった。下に落ちたのかな、と私は思って、しゃがんでテーブルの下も覗き込んだ。そこにも伝票と思わしき紙は認められなかった。しゃがんだまま、あれ、おかしいな、と考えていると、あのぉ、と後ろから声をかけられた。それは私にお冷やを提供してくれた女性スタッフだった。私は立ち上がり振り返った。


「お連れの方から先ほどご勘定は頂きました」


 へぇ? と私はすっとんきょうな声を出してしまった。遅れて赤面がやってくる。そして彼の方に目をやると、居心地の悪い笑みを浮かべていた。どうやら手洗いに立つ際に伝票を掠め取って行ったようだ。レジは私たちが座っていた席からは見えない場所にあるので、まんまと出し抜かれてしまった訳だ。



 私たちは店を出てから速やかに脇道に入った。私は周囲を確認してから、潜めた声で言った。「なんで、今日は私はご馳走する番だって言ったじゃない?」


「僕も最初はご馳走になるつもりだったんだけどね」ケビンは言った。「でも、いざもうすぐ会計だとなると、やはりそれは正しいことじゃないと思ってしまったんだ。ただ、それは男だからとかそういうことではないんだよ。未来の王たる僕が、どのような状況でも臣から施しをもらってはいけないんだ。たとえいまは顔と身分を偽っているとしてもね」


 私は何も言い返すことができなかった。いや、言いたいことは幾つもあった。しかし、私の中で沸き立つモヤモヤとした感情が喉の奥で膨らみ言葉を塞き止めてしまったのだ。私とケビンという個人的間柄において、男女の構造的()()をある程度克服できたとしても、そこにはまだ王と臣というより絶対的な線引きが残っているのだ。どれだけ表面上は対等なやり取りをしようとも。


 勿論、彼に王を再自覚させたのは私ではある。しかし、それはあくまで自覚であって、彼は自身が王族であるという事実からは一生逃がれられない。その状態では、どれだけ彼が誠実を実践できる人だとしても、結局のところ交換ではなく施しになってしまうのだ。一方通行、双方向、どちらにせよ。そしてその構造が悪へ転じると、ロバートのような一方的な搾取になってしまう。私はいま、そういう均衡のなかにある。この国に生きている限り、真の対等はあり得ない。守られるか、損なわれるか。私はその事実に、ひどく悲しい気持ちになった。



 今日は挨拶と次回の約束以上の言葉を交わすことなく解散した。寮に帰ると、ジュディたちは、楽しかった? とだけ質問した。私は、まぁまぁよ、と曖昧な返答をした。彼女たちもそれ以上は聞いてこなかった。



 私とケビンはまた週を跨いで街道沿いで会った。互いに()()を報告し合って、さらに収集するべき事柄について共有した。今回も、使用した飲食店(チキン料理屋)の料金は彼が支払った。今日のお店の提案も彼からだった。前回の別れ際、私は彼から提案されるのを待った。前回のような悲しい気持ちになりたくなかったからだ。



 また週を跨いで、今度は王都で彼と会った。例の雑貨屋で待ち合わせをして。


 雑貨屋に来ると、以前と同じ場所に彼の後ろ姿を認めることができた。深いフードを被って、僅かな懐かしさを感じる。


 私はそっと彼の横に立って、潜めた声で言った。「おはようございます」


「やぁ、おはよう」


 彼は潜めながらも、ご機嫌な調子で言った。


 彼の方を向くと、彼はフランクに化けることなく本来の容貌でいた。まぁ、そうなるだろうとは思っていたけれど。私はじーっと彼の顔を見つめてしまう。それは彼の美貌に見惚れていたというより、適切な言葉を思い付くことができない故の呆然だった。


「どうしたんだい、キョトンとして?」彼は言った。


「いえ、その……、フランクじゃないあなた、殿下に、どういったお言葉遣いをするべきか、少し混乱してしまいまして」


 ふふ、と彼は笑った。「公の場でならあれだけど、プライベートではフランクと変わらないように話して欲しい。それだけの信頼関係が、街道沿いで3度顔を合わせたことでできたと思っているから」


「……ありがとう」


 そう言いながらも、複雑な気分の粗方がまだ喉の奥に残っている。

次話は明日の19時台に投稿予定です。

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