表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/111

6


 私とディアナは寮の自室に戻ると、速やかに入浴の準備をした。今日は1年生が大浴場の最初の入浴時間を割り当てられている。準備を終えると、時刻は17時35分だった。ジュディたちと階段付近で合流するために部屋を出るまでおよそ10分と少し。私は『コング』を開いてパラパラと読んでみることにした。ディアナも横からちょこんと顔を覗かせ見ている。こういった楽しみ方はやはり漫画特有で、前世以来の懐かしい感触だった。


 冒頭をみるだけで、『コング』が緻密にSF的設定を固めている作品だと分かった。まぁ、魔法が通常の今世の世界観は、ある種ファンタジーと言えるSF的アイデアとの親和性が高いのだろう。その辺りの理由付けは前世よりも容易いのかもしれない。小説においてもその傾向はよく感じられる。詳しく『コング』の内容を説明すると、また時間を使いすぎてしまうので別の機会を設けるにしても、1つ気になる部分があった。こういう男性主人公の冒険活劇に共通するテンプレートというのか、女性キャラクターに遠慮無くセクシズム的発言(善意や悪意はこの際関係なく)をして嫌われた主人公が活躍すると、最終的にその女性キャラクターも主人公を許しそのうえ惚れてしまうという一連はどうしても鼻につく。もちろん、先述したようにこの作品内においてそれは控えめな表現をされているけれど、結局のところそれは程度の問題ではないのだ。分析するに、それは「強いオスになればどのような行動をしてもメスはついてきてくれる」という男性間の神話の共有といえるかもしれない。とりわけ一方的なセクシズムを受け入れられることは、存在の全肯定ともなるのだろう。そして、それが数多の物語で使用されているというのは、言ってみれば男たちの不安の表れなのだ。男は構造的強者であっても、個人でみればそのほとんどが弱い(だからこそ厄介な問題が度々噴出すると言えるのだけれど)。ジャーメイだってそうだ。ロバートにオスとしても負けたと発言し、女性でも比較的読みやすいといいながらもその要素のある作品を薦めたのも、彼なりの弱さの吐露だったのかもしれない。よい機会なので、『コング』を読みながらその男の個人的弱さを受け止める試みをしてみようと思う。まぁ、100%不快を感じない他者の創作なんてのは存在しないのだ(私がこれまで読んできた全ての表現にも例外は1つとしてない)。我々はこういった理由付けをして不快感を誤魔化す以外に充実した読み手としての人生は送れないのだ。今回はその強度を高める訓練と捉えよう。


 ただ、それでも1つ言いたいことがある。()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()は、ちゃんと理解してほしいということだ。その線引きができることを、私は個人的な強さだと評価したい。 


 初見で丁寧に読んだせいか、10分くらいでは第1話を読みきることはできなかった(初回なので1話あたりのページ数も気持ち多めだった)。ディアナも第1話を読みきらないことには具体的な感想を言うことはできなかった。現時点では、絵が見やすくていいわね、というコメントに留まった。概ね私も同意だった。人物や日常の余計な線をなるたけ省くことで、メカメカしい部分に説得力を持たせている。分かりやすく言えば「鳥山明」的だった。



 とりあえず時間になったので、私とディアナは部屋を出てジュディとシンディと合流した。階段付近で待っていたジュディとシンディは、私の機嫌がすっかりよくなったことにホッとした表情を浮かべた。私はディアナの時と同じように、図書館で入学式の日に道案内をしてくれた上級生と再会したことを話した。勿論、ジャーメイの性別は伏せたままだ。2人もその部分はまったく触れて来なかった。まぁ昨日の今日で興味は沸いたかもしれない――あるいはディアナもそうかもしれない――けれど、だからといってずかずかと聞くなんてことは最悪だと私たちは学んだのだ。それを1年生の夏休み前に経験できたことはある意味で幸運だったといまにして思う。


 私たちは大浴場への移動中や実際に入浴している間、私が借りてきた『コング』を切っ掛けに漫画自体について話題にした。とりわけシンディはクミルを題材にした漫画を幾つも読破したらしく、その熱量は凄まじかった。実際に寮の部屋にも持ち込んでいて、ジュディへのクミルのルールを説明するための教本として役割を果たしていた。


「ホイットニーにも是非読んで欲しいねん! いやあ、ホイットニーは漫画には全然興味ないと思ってたんやけど、その先輩さんには感謝やな!」


 ただでさえ入浴によって火照ったシンディの顔は、興奮でいっそう赤く色づいている。浴場内に声がガンガン響いていることもお構いなしだ。


「ええ、是非読ませてちょうだい」私は応えた。シンディがこう説明するからには、それらの作品も比較的私にも読みやすい部類なのだろう。「ただ、私は1度に2つの作品を同時に読むのは苦手だから、いま借りたもの読み終わってからでいいかしら?」


「そんなんもちろんや! でもはやく語らいたいからマッハで読んでな!」


「ふふ、ええ」


 この数ヵ月で、これほどの熱量でコンテンツについてシンディと話したのははじめてのことだった。そのことが素直に嬉しかった。 



 漫画の話題が一段落すると、いつものようにディアナの頬っぺたの感触を楽しんでから大浴場を出た。食堂の利用まで1時間空くので、部屋でヘアドライとスキンケアをした後に『コング』の続きを読んだ。ディアナもまた横から顔を覗かせて見ている。1巻が終わって2巻に入ると、物語が大きく動きはじめたのもあってか、彼女は私に体を預けるほどにグーっと集中して覗き込むようになった。いまの私たちを是非、ディアナをメインにして第三者に写真撮影してもらいたい。「尊い」という言葉の解説の資料として、無償で提供してあげたいほどだ。


 2巻を読み終わる頃にちょうど夕食に向かう時間になって、私は優しくページを閉じた。すると横で、ディアナがはっとした顔をした。まるで催眠術を解かれた直後みたいに。他人の読む速度に合わせてもそのトランス的集中力を発揮できることが、素直に羨ましく思った。


 続けて私は考える。ディアナにとって、男に都合のいい女の描写はどれほど許容できるものなのだろうと。これからも物語の貸し借りを続けるのなら、その線引きを知っておくことは必要だ。『コング』という作品を通してそれを量る機会にしてもいいかもしれない。しかし、いまはもう部屋をでないといけない時間だ。


「――3巻は夕食の後にしよっか?」私は言った。


「ええ、そうね」


 ディアナは少し残念そうに見えた。


 

 階段でジュディとシンディと再集合してから夕食を終えるまで、2人から『コング』という作品を具体的に聞かれた。私は簡単なあらすじを伝えると、2人は面白そうとありふれた反応を示した。そしてジュディから、そこまで読んでみて感想はどう? と質問された。私が、そうねぇ、と言葉を選んでいる間にディアナの言ったことが、とても印象に残っている。


「なんかね、ちょっとした弱点があるけどそれ以外は完璧と言えるほどの能力を持つ主人公が、軽口を挟みながらテンポよく事件や困難を解決していくのって、たまに見る分にはすごくいいわ。爽快感があって」


「そうそう、私もそれが言いたかったのよ」


 私は指を立てて揺らしながら言った。こういう系統の作品を端的に纏めたいい表現だった。


 ディアナは続ける。「そしてこういう内容をうまく表現するのに、漫画という媒体はとても相性がいいんだとも思ったわ」


「なるほど」私は2度頷いた。


「それめっちゃ分かるわー」シンディも共感を示してくれる。「クミルに留まらずスポーツものでもそんな感じの話って多いねん。でもな、スポーツで終始それやってると最後にはおもんなくなるせいか、もう理不尽なくらいにめちゃくちゃ怪我させられる描写多いねん。もうめっちゃかわいそうになるで」


 私は前世の『MAJOR』という野球漫画の主人公の顔が浮かんで変な笑いが出そうになった。でも、私はその主人公のことは嫌いじゃない。性被害を受けた女の子のために本気で怒ってくれるキャラクターだったから。でも現実の男たちは無関心か、あるいは「それくらいで(笑)」みたいな反応しかしてくれなかった。だからこそ余計に悔しくなったことを覚えている。



 3人で盛り上がっているなか、ジュディはにっこりと私たちの話に耳を傾けていた。性格的には意外にも、4人の中で漫画に1番興味を示さなかったのは彼女だった。ただまぁ、少女漫画的作風が未発達だから仕方がないことだった。以前に貸した小説もそうだが、彼女にとって媒体よりも()()()()()()()()をとりわけ重要視する傾向があった。よくよく思い返せば、不思議ながら料理を主題にした作品もまるでないのだ。きっとその2つが充実するようになれば彼女も、あるいは私たち以上執心することになるかもしれない。


 続けて私は考える。私がいま抱えている計画や問題も、そのような主人公たちと同じように颯爽と解決できたらいいのにと。しかし、私はすぐに首を振った。どれだけ私に能力があろうとも、世界や構造に逆らうことは軽口ついでに行っていいものではないのだ。それを漫画的と便宜的にいってみるなら、私はあくまでも()()()に、()()を叩きのめしてやる。私は改めて心の中に誓った。



 夕食を終えて部屋に戻ると、私とディアナはさっそく『コング』の続きを読んだ。30分ほどで最後の3巻読み終えると、私たちは大きく息をついた。そしてディアナが丸めていた背中をぐーっと伸ばしてから言った。


「こういう頭をあまり使わずに楽しめる作品もいいわね。でもけっして世界観や設定作りに手を抜いている訳じゃない。それって難解なものを難解に表現するよりも、あるいは難しいことなのかもしれない。いい勉強をさせてもらったわ」


「あなた()気に入ってもらえたようで何よりよ」私は応えた。「また近いうちに続きを借りてくるわ。あれだったらあなたが借りた参考文献を返却するときにでもまた一緒に」


「そうだそうだ」彼女は思い出したように言った。「宿題の資料も読み込まないといけないんだったわ」


 彼女は自分のシステムベッドデスクに戻り、借りてきた参考書籍を広げて読みはじめた。少し慌てていたせいか、何時になったら教えて、といつもある要請がなかったけれど、まぁ、様子を見て23時前くらいに声をかけたらいいや、と私は考えた。そして目を少し休ませてから水を飲んで歯磨きをして、彼女から借りたハードカバーを読んだ。



 23時の5分前になると、私はディアナに声をかけた。


「ありがとう」と彼女は応えた。そしてその直後に、はっとした表情を浮かべた。「ごめんね。時間の指定し忘れてたのに、いい具合に声をかけてくれて」


「いいえぇ」私はフランクに言った。「もう数ヵ月も一緒にいるんだから、言葉にしなくても明日の朝食の順番とかで大体の検討はつくわよ」


 そう? と言って、彼女はいたずらな笑みを浮かべた。


 彼女の参考資料の読み込みはまだ完了していなかった。でも宿題の提出は明後日なので、明日の放課後に残りを読み込んでレポートの執筆作業に移るそうだ。私はその予定を共有すると、彼女の就寝準備を待ってからベッドに潜った。いつも通りに、おやすみ、を言い合うも、私はすぐに眠ることができなかった。薄暗いなか独りの世界に入り込むと、今日のことをはやくケビンに話したがっている自分がいた。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ