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 ディアナとシンディが戻ってくると、私たちは速やかに帰室した。階段付近で明日の約束をして、それぞれの部屋に別れた。その頃には冷ややかだった空気感はかなり緩和されていた。それもこれもジュディのおかげだ。しかし完全に取り去るにはまだ少し時間がかかりそうだ。本当に申し訳ないことをした。部屋に戻った後のディアナも表面上はいつも通りだったけれど、入学初日の初対面の時以来の緊張の糸があった(もちろん質は違う。入学式では鉄線のような感じだったが、いまは真綿のような具合だ)。以前のように泣きでもしたら、彼女ももっと私に踏み込んでくることができたのかもしれないけれど、変に強い表情のままでいたせいか――そして他人の()()に関する話題なせいか――、流石に艱難だったようだ。だからこそ3人が密に相談して――きっと私がシャンプーをしている時だろう――、この度はジュディに白羽の矢が立ったのだろう。この数ヵ月で、ディアナもシンディも私のことをよく理解してくれていると思う。



 私とディアナはいつも通りの自由時間を過ごし、いつものようにベッドに入り、おやすみ、を言い合った。そして部屋が静まって少し、私は唐突に言った。


「今日はごめんね」


 ディアナは返答をくれなかった。もしかしたらもう眠ってしまったのかもしれない。



 朝になっていつものように起床して、シャワーを浴びて朝食をとり登校した。授業も無事平穏でエイダとロバートにも――本来のシナリオ通りに――目立った行動はなかった。今日はケビンに何も語れない日だ、と私は思った。放課になると、ジュディとシンディはクラブ活動に、ディアナは宿題のレポートの調べもので図書館に用事があった。私はディアナの用事に着いていくことにした。図書館は西側の5号館の2・3階に入っている。5号館はエイダの学部棟を背にしてある、西側の敷地において1号館の次に大きなコンクリート建築の建物だ。私たちは行儀よく入室し、司書の職員に幾つかの質問をして、目当ての参考書籍を速やかに見つけ出すことができた。内容は数学についてだった(魔法発動の理解には数学も重要なのだ)。ディアナは近くのテーブルでさっそく読みはじめた。小説以外でも、トランス的集中力は発揮されるようだ。その間、私もぶらぶらと図書館内を巡った。そしてコミックコーナー(前世で言うところアメコミ的作風の漫画がこの世界にもある)に着いて適当に手に取ろうとした時だった。


「おや、あなたは確か入学式の日にお会いしたホイットニーさんじゃないですか?」


 後ろから男性の声に呼び掛けられた。私はつい背中がこわばってしまった。私はそのまま警戒しながら振り返った。


 私に声をかけたのは、入学式の日に私とエイダを案内してくれたジャーメイだった。


「ジャーメイさん」私は潜めた声で言った。なぜなら、ここは図書館だからだ。緊張しこわばっていた身体はほとんど脱力することができで、声量の調整が可能になった。「その節は学園の案内をしていただきありがとうございました」


「おっと、すみません。懐かしい顔に少しテンションが上がっていしまったようです」彼は私と同じくらいに声量を抑えて言った。「随分と学園に慣れられたようでよかったです」


 相変わらずスポーツマンのように爽やかな人だと思った。ただ以前と比べると、幾分日焼けをしている。そういえば、ジュディとシンディもいま少し日焼けをしている。日焼け止めクリームを塗っているのだけれどそれでも限界があるのだ。日焼けも火傷の1種なので治癒魔法で治すことも可能ではあるけれど、2人はなんだかんだ少し日焼けした自分の肌を気に入っているようだ(シンディに関しては、いまの肌の状態でメイクを変えることも楽しいんだという発言もしていた)。彼もその口かもしれない。いまここにいるということは、2人とは違う運動クラブに所属しているのだろう。



「おかげさまです」


 私は軽く頭を下げた。


 ふふ、と彼は微笑んだ。「ホイットニーさんも何か漫画を読みに来たのですか?」


 私はいまここにいる理由を何も偽らずに話した。発端は学部の友人の付き添いで、その友人が目当ての書籍を見つけて読みはじめると、私の方はぶらぶらと館内をまわって、たまたまここにたどり着いたのだと。そういう彼は、幼少の頃に読んだ漫画を突然思いだして読みたくなって来たそうだ。


 私は横に逸れて、先に彼にその漫画を探してもらった。書籍はジャンル毎の50音順で並んでいて、ある程度この辺りと目星をつけた部分を覗くと、彼は容易くそれを見つけ出すことができた。表紙を見るに、それは魔法と科学の融合技術で星間移動をしながら旅をするSF作品だった。


「所蔵されていよかったですね」私は言った。


 彼は、うん、とフランクに応えて、歳が一桁の男の子のような顔をしながらその場でパラパラと読みはじめた。1巻あたりのページ数が少ないので、初見でないならなおさらすぐに読み終わってしまった。


 彼は本を閉じてから、私のことを少し放ったらかしにしたことを謝罪した。私はまったく不快になっていない旨を話した。実際、()()()レディとして扱われるよりは、性欲を感じない幼年のような男の横顔を眺めている方がとてもよかった。 


 私は次巻に手を伸ばした彼に向かって、漫画自体をあまり読まないことを話した。この世界の漫画は女性向けジャンルの発達がまったく進んでおらず、有り体に言えば男の欲望を満たすための作品ばかりなのだ。漫画というコンテンツは本来的に好きではあるのだけれど、その部分がどうしてもいたふだけなかった。いまこうやってコミックコーナーの前にいるのも、ただぶらぶらと流れてきてあわよくば女性向けの先駆けと言える作品が登場していないかと期待してのことだった。結論を言うと、そのような作品はまだ見当たらなかった。私自身絵が得意であれば、自分で描いてやる、と言えるのだけれど、生憎絵心はないほうだった。しかし文章媒体は前世と同様にバラエティに富んでいるので、素地は十分にあるのだ。私はできるだけはやくそこから芽が出て、作品という花が咲くことを願っている。


 ジャーメイは私の主張に一定の理解を示してくれた。そして彼の知識のなかでも、私の求めるものを満たしてくれる作品は知らないと言った。ただ自分がいま手にしている作品は女性でも比較的読みやすいと思うとも説明した。要約すると、性的表現が控えめな『コブラ』みたいな内容らしい。題名は『コング』。恐らくは主人公の愛称だろう。語感もなんとなく似ている。せっかくなので私は、彼が読んだ後の数巻を借りて読んでみることにした。借し出しは無料なのだから、不快な表現があれば読み進めず速やかに返却しにこればよいのだ。


 彼は私と作品を共有できることを喜んでくれた。こういった流れは入学式当日のディアナを思い出してほっこりとする。


 心身共に身軽になったのを感じて、私はよい機会だとある質問をすることにした。


「そう言えば、最近のエイダさんはどのような感じですか?」


 彼はエイダの名前を耳にした瞬間、表情が暗くなった。楽しく漫画を読んでいるところ申し訳ないと、いまさら思った。しかしいまの私は、機会を認めたなら聞かないわけにはいかなかった。


「エイダさん、ですか」彼は絞り出すように言った。「ホイットニーさんは、近頃お会いしていないのですか?」


 はい、と私は答えた。「実を言いますと、入学式以後私たちは直接会っていないんです。ただ遠目で見かけたことが何度かあるのですが、ある時を境にまるで人が変わったみたいに思えて。だからこそ直接会いに行けていないわけなんですけど」


 うーん、と彼は顎を触りながら喉を鳴らした。「同じ学部なので何度か声をかけたことはありましたが、いずれも満足のいく話はできませんでした」


「詳しくお伺いできますか?」私は言った。


 彼は少し考えてから、いいでしょう、と答えた。「いま思い返す限り、これまで3度話しかけたことがあります。最初は確か、エイダさんが生徒会書記に任命されてから数日くらいだったと思います。治癒学部棟内でお互い1人の時にすれ違ったので、お久しぶりです、学園には慣れましたか? と無難にお声がけをさせて頂きました。エイダさんはとてもハキハキとした返答をされていました。入学式の日の小動物のようだった彼女とは打って変わって、自信に満ち溢れているように見えました。しかしその自信が何によって担保されているのか、一目見ただけでは何も分かりませんでした。自分でいうのも何ですが、私は他人のそういった背景を読み取るのが得意な方ではありました。しかしその時のエイダさんは、まるで鏡を四面ともに張り付けた箱の上に乗っているようでした。無言のうちに伸ばした探索の手を跳ね返されてしまったように感じたのです。私はその箱の中身を知りたいと思いました。何かいいことでもあったのですか? という風に具体的に質問しようとも思いました。しかしそれを口にする前にエイダさんは級友に呼び掛けられて、残念ですが、友達の呼び掛けを優先して上げてください、と私が言って、その時は別れることになりました。……エイダさんがレベッカ様とトラブルになっているらしいと聞いたのは、その翌日でした。そのことはホイットニーさんもご存じなんですよね?」


「はい、その通りです」私は答えた。「よければ、ジャーメイさんの耳にはどのように入ってきたかも聞かせていただいてよろしいですか?」

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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