3
この度の対面で、私とケビンはロバートが考えうるどのような行動に出ても対応できる証拠を獲得することに決めた。前回の私のような間接的ではなく、直接的なものを。その実行は当然、ケビンに任せることになる。ロバートに近しい肉親でありなおかつ優れた魔法使いの彼以外に適任はなかった。それは例の王都の女性探偵にどのようなヒントを与えたとしても、けして掴むことはできないだろう。この点は、私は彼に全てを委ねないといけない。反対に私は、学園でのロバートの様子を可能な限り観察し報告することを約束した。彼が有用な証拠を獲得するためのヒントとして私が提出しないといけないものだ。それは『オールウェイズ・ラブ・ユー』で抜き出して強調された今後のイベントについて話すことはもちろんのこと、それを基にしてそれ以上の気になった部分にも注目しないといけない。物語の筋書きを変えるには、与えられたものだけでは不十分だ。
私と彼は17時になる前に別れた。ロバートが生徒会業務に従事しているであろう時間内で街道沿いから離脱した方がいいという判断だった。彼は今回も私が指定したからという理由で強引に私の分の勘定も払ってしまった。それぞれ1杯ずつお代わりをしていたので、せめてお代わりした分は払わせて、と店を出てから言ったが、1度出したお金を回収するような情けないことをこの私がするわけにはいきません、と潜めた声で言われてしまった。あらゆる世界線の政治家たちに聞かせてやりたい、とついつい思ってしまった。
じゃあ、と私は前置きして言った。「次に会う場所の約束は私につけさせて」
エックスデーはもう1ヶ月以内に迫っている。しかし、週末の王都を往復する馬車の予約状況の関係で、次の対面もこの街道沿いでせざるをえない。次に王都に単独で行けるのは3週間後の休みの日だ。エックスデーの直前になっってしまう。そこで集めることのできた証拠の最終的な精査を行うことになるだろう。それまでに数回は顔を突き合わせたい。
「いいよ、王都の近郊にしばらく留まっている予定だから、好きな日取りを指定してくれ」
「おすすめのスイーツショップがあるから、週明けの同じ時間にどう?」
「いいね」と彼はにかんだ。「そこにしよう」
「うん」私は頷いた。「今日はありがとう」
「こちらこそ、来週も楽しみにしているよ。じゃあね」
彼はそう言って振り返り、街道沿いを後にした。私も、その背中を少し見送ってから寮に帰った。糖分をたくさん補給したせいだろうけど、進む足が妙に軽かった。
寮に帰ってしばらくし、ジュディたちと食堂へ赴くと、複数のクラスメイトからいやに声をかけられた。勿論それは、ケビンと喫茶店で顔を合わせて話していたことについてだった。当然ながら目撃した、あるいは別クラスの友人に聞いたクラスメイトがいたわけだ。ただジュディとシンディでない限りいきなり声をかけてくることはないと考えていたので、そうでないならさした問題ではないと事前に割り切ってはいたのだ。食堂までの往路では、楽しかった? までしか聞かなかったジュディたちも、そのクラスメイトたちの声に乗せられて具体的な質問をはじめる(そのなかで、ディアナは黙々と食事している)。会話の内容、容姿、学園入学前の関連性。私はあらかじめ考えていた「フランク・ファマード」の設定について端的に説明した。5つ歳上で、現在は全国各地の飲食店を回って衛生管理を調査する仕事をしている。先日から王都とその近郊の担当になって、それで久しぶりに顔が見たいという話になったのだ。国中をずっと移動して回っているので、彼の話すことは非常に興味深い。大体そんなことだ。容姿に関しては、彼が変装した顔の造形をそのままに伝えた。聞かれたらこういう説明をするよと事前に承諾はもらっていないのだけれど、取り返しのつかないことにはならないだろう。一応次に会った時に、事後報告になるが確認しておこうか。
フランク・ファマードとしての彼の顔は、本来のそれと比べれば端麗ではない。けれどこの物語世界においてでも十分整っている部類に入るので、彼女たちの評判は上々だった。そして歳上の遠い親戚のお兄さんという属性も、思いの外のウケがよかった。皆、私が彼に好意を持っていること前提の質問を続ける。私が男性――もとい男子――を遠ざけ気味なのは当然クラスメイトも認識しているようだ。だからこそ、私が特定の男性と向かい合って楽しげに話していたことが新鮮でしかたないのだろう。
ついにはこんな質問まで飛び出した。
ねぇ、もし婚姻を申し込まれたら、その人だったらOKする?
ジュディたちじゃない、他のクラスメイトの1人がそう言った。私は2秒くらい息が止まってしまった。その私の様子を見てみんな、いけない、彼女の地雷を踏んでしまったのだろうか? という顔にした。私は表情を整えて言った。
「それは絶対にないわ。……だって、お兄さんにはもう婚約者がいるもの」
そう答えると、今度はみんなの方がしんと静まった。10秒くらい経って、その静寂を切るようにジュディが言った。
「そのお兄さんがホイットニーと今でも2人で会う間柄なのは、その婚約者さんは承知してるのかな?」
「……もちろんよ。」私は答える。「だってその婚約者も私にとてもよくしてくれている人だから。あなたが今朝言ったように、2人にとって私は妹みたいなものなのよ」
私はその場のデマカセを2つ続けてから、ハッとした。私が設定した彼との関係性はまさに、エイダとロバートのそれとよく重なっていると。絶対に結ばれることはないから、ある種無責任に好きな行動に打って出ている。客観的に見たらそうとられて仕方がない。そしてそれは、現在エイダがロバートに対して行っているそれと同質だ。迂闊だった、と私は思った。もしかしたらそれは、身近のリアルな男女関係として無意識に抜き出してしまったのかもしれない。しかし、いまさら訂正は無理だ。もはやそれで押し通すしかない。
「正直なところ、お兄さんが久しぶりに私と会ってくるなんて婚約者に、お姉さんにいちいち報告してるかなんて知らないしさっきも聞かなかった。でも、私と2人は家族みたいなものだからそこにやましいものなんて何もないわ。そしてこれ以上、みんなに私から教えられるものもない」
そう……、とジュディが呟いた。
再び沈黙が訪れて、次はシンディが言った。「せやなぁ、これ以上囲み取材みたいなことするんはかわいそうや。みんなも食事に戻ろうや。私たちの利用時間も終わってまうで」
シンディの一声で、私を中心とした人だかりは速やかに解消された。ジュディたちを除いて、残ったのは冷めてしまった夕食だけだった。一口もつけてなかった私は、いただきます、と言って速やかに食した。利用時間は後20分も残っていなかった。同じように食事するジュディとシンディから、調子に乗って聞きすぎたという旨を謝罪されて、私は、気にしないで、と返答した。その間、とっくに食事を終えたディアナに随分気まずい思いをさせてしまった。
食事を終えて食堂を出ると、そのまま大浴場に入って入浴を済ませた。いつも通り他愛のない会話をしながら洗身し湯船に浸かり、ディアナの頬っぺたの感触を堪能した。違いといえば、私がディアナの頬っぺたをむにむにしている時間が気持ち長くて、終始冷ややかな空気が流れていたことくらいだ。浴室という生温かい空間にいるから、なおさらそれを感じとれてしまった。いや、このようなもの言いは随分と白々しいだろう。その空気感をつくったのは、紛れもなく私自身なのだから。
入浴を終えて脱衣所で着替えていると、先に着替え終えていたシンディとディアナがお手洗いに行ってくるとその場を離れた。それを見計らったかのように、ジュディが私にひそひそと話しかけてきた(もしかしたら、少し私と2人きりにさせて欲しいとどこかのタイミングで頼んでいたのかもしれない)。
「ねぇねぇ、さっきのことなんだけど、今日会いに行ったお兄さんに婚約者がいるって話、あれは嘘よね?」
「……流石にあなたは騙せないか」
私は観念して言った。
「あたりまえだよぉ。だって、ホイットニーがお姉さんて慕うほどの人を私が知らないわけないじゃない」
「それもそうね」
咄嗟のことだと、これくらいのことも頭がまわらないのだ。
「――ねぇ、何でそんな嘘をついたの?」
うーん、と私は喉を鳴らした。「自分でもよく分からないわ。一気にいろんな質問をされて混乱しちゃってたのかも」
「それはごめんね。ホイットニーのそう言う話って珍しいから、ずけずけと聞きすぎちゃったの」
「もういいわよ。私も秘密主義が過ぎたのかもしれない」
うんうん、と彼女は顔を横に振った。「……ただね。エイダさんのこともあるから。少し心配はしてるの」
やはり、そういう風に捉えられてしまうか。
「そうよね。迂闊なことを言い過ぎたわ。でも安心して、私に限ってはそういうことは絶対ないから」
「うん。ここで婚約者のことが事実じゃないと正直に言ってくれたから信用はしてる」ジュディは微笑んで見せた。「それにね、そのお兄さんについて話している表情を見て、ホイットニーの性的指向は男の子ということもほんとうなんだって分かった」
「そう」
私は特別な反論をしなかった。
「もう私とシンディ、ディアナも、そのお兄さんの関係については余計な首を突っ込むことはないと思う」ジュディは言った。「ただ最後に、私なりに1つアドバイスをさせて欲しいの」
「ええ」
「もし何も実際に憚るものがないのなら、この人ならと思うなら行くべきよ。私たちは悠長にしてたら、いつどこの誰かも知らない男の人と一緒にさせられるか分かったもんじゃないんだから。とりわけはホイットニーにとって、それは体を引き裂かれるくらいに辛いことじゃないの?」
その口調は、まるでお母さんみたいだった。
「――ええ、その通りね」
私は応えた。しかし、その指摘は私にとっては不適切だった。理由は3つある。彼は実際にはこの国第一王子であること、私は婚姻をまるで考えていないこと(このことはまだジュディに話していない)、そして、私は実際にこの人ならと信じて進んだ結果何度も裏切られ身を裂かれるほどに損なわれてきた経験があることだ。少なくとも最後は、彼女に絶対に話すことはできない。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




