2
「もしかして、ホイットニーの初恋の人だったりするの? 小さい頃に『お兄ちゃんと結婚するの~』って言ってたような感じで」ディアナはムフフと笑っている。
私はここでようやっと、ケビンと会うことについて話す自身が肯定的な表情をしているように映っているのだと理解した。
「そんな記憶はございません」
私は表情を整えてキッパリと言った。胡散臭い政治家のように。
「本当かなぁ」ジュディはここぞとばかりに追撃をやめない。「ホイットニーが男の子に冷たいの、実はそのお兄さんに妹扱いしかしてもらえなかったこと根に持ってるからじゃないのぉ?」
「あっはっはっっは」シンディが声をあげて笑った。「なるほどなぁ、確かにホイットニーは男子に対して明確な線引きをしとうとこあるしな」
シンディまでもか、と私は思った。しかしシンディがこのような反応をするのも、普段の私の男への対応があまりにも露骨すぎるせいかもしれない。ディアナの方をちらと見ると、積極的な反応を見せているわけではないけれど、頭の中で思い当たる節が幾つも浮かんでいるような顔をしている。確かに、そんなエピソードはこの数ヵ月でたくさんあった。そのあたりは、また別の機会で語れたらいいと思う。
「2人ともやめて」私は言った。「確かに私は男子を意図的に遠ざけてるわ。でもその理由に親戚のお兄さんのことはまったく関係ないのよ」
「じゃあなんなのよ?」ジュディが言った。「入学式でも似た話になってその時はうまくはぐらかされたけど、数ヵ月越しに納得のできる説明が欲しいな」
そんなこともあったな、と私は思い出した。
私は不機嫌を強調して答える。「別に、ただ男子は馬鹿だからまともに相手するとアホらしくなるからよ」
「ええ? あれだけ勿体ぶってそれなの?」
ジュディは呆れた顔をした。
「そんなものよ、世の物事なんて」
私はまた適当なことを言った。
そう言葉にしてから、私は思った。ジュディの言うように初恋の人に相手にされなかったことやただ馬鹿だからみたいな理由で男子が嫌いと本心で言えたらどれだけよかったのだろうと。しかし、私の男性不信はそういった個人的な理由では断じてない。何度でも強調するが、それは構造的問題なのだ。一個人の意識では抗えない、まさにゴジラのように強大で畏怖的なもの。目の前の3人は、これまでその構造から守られてきたと言っていい。学校に社会、集団からある種切り離されてきた貴族のお嬢様たち。でもこれから、大なり小なりそれを味わうことになるのだろう。私はそのことから、3人を具体的に守ることはできない。私にはその権利も、権力もないからだ。願わくば、私がこれからの3年間で行うことが、3人に対して何かしらの戒めになってくれることを願うばかりである。
放課後になって、私は寮には帰らずそのまま街道沿いに向かった。教室を出た後の廊下で、ジュディたちには改めて1人で行ってくるからと強調した。
シンディは言った。「私とジュディはクラブがあるから行きたくても行けへんわ」
「残念だけどね~」
ジュディも重ねて言った。
「私は……部屋で本でも読んでおくわ」
ディアナはポツリと言った。
「まぁ、とりあえず行ってくるわね」
私は軽く手を振ってから翻り、早足で街道沿いへと向かった。
ケビンが待ち合わせに指定したのは、入学式の日に私とジュディが昼食で訪れた喫茶店だった。学園生時代に何度か利用したことのあるお店を選別した結果そこになったらしい。反対に私は、あれからジュディたちとそれなりに訪れる場所になっていた(そしてディアナとシンディも、平民のスタッフに横柄な対応をすることはなかった)。
彼は時間に関しては厳密に指定してこなかった。放課になる頃にはお店で座っているから、手が空いたら来て欲しいとのことだった。とはいえ、私のためにあまり無為な時間を過ごして欲しくなかったので、最短距離で迅速に喫茶店へ赴いた。
喫茶店へ入店すると、女性スタッフのいらっしゃいませの挨拶の後に、彼がさっそく声をかけてくれた。
「ホイットニー、こっちこっち」
彼は店内の端の、奥まった目立ちにくい席から手を上げていた。私はレジに立っている女性スタッフ――入学式の日に私とジュディの注文を聞きに来てくれた彼女――に軽く頭を下げてから、彼のもとへ行った。
「待たせてごめんね」私は言った。
「いいんだ、色々と懐かしんでいたところだから」と彼は応えた。
敬語を省いてフランクに話すことも、彼が手紙で持ちかけた提案だった。親戚の距離感の演出のために、と。しかし、それが実際的に機能しているかどうかは分からない。客観的に見て、それはどちらかと言えば恋仲の方に映るかもしれない。ただ、できるだけ密に何度も情報を共有したい私としては、そこにいちいち異議を申し立てるつもりはなかった。
彼は変装の魔法によって、髪の毛と瞳の色、髪と眉と鼻のかたちを変えていた。黒髪のブラウンの瞳で、アップバンクショート、垂れ目と平行な垂れ眉、大きな鷲鼻。それ以外の要素はそのままにしてある。きっと、探知の魔法に掛からないレベルで彼のできる限度がこれくらいなのだろう。それこそ彼のフィアンセだったマリーのそれは、全てのパーツをまったく別のものに変えることができるほどの錬度だと描写されていた。しかし、彼のそれの効率のよさもまた見事であった。彼から声をかけてもらえなければ、きっと店内を3度回ったとしても彼を見つけることはできなかっただろう。彼は人が顔を記憶する際にどこを印象的に捉えるのか、よく理解しているみたいだ。もしかしたらそれは、生前のマリーからアドバイスしてもらったことなのかもしれない。その内容を想像してみると、肝腎なのは顔の中央の形状と毛なのだろう。とりわけは毛だ。私も経験上、毛の形状と健康状態がいかに人の印象を変えてしまうのか、残酷なまでに見聞きしてきた。人気絶頂だったアイドルがおでこを出しただけでテレビから見なくなってしまったり、もっさりとした髪をすいただけで周りの評価が一変したり、そういうことばかりだった。そのことを理解できる男はある種貴重とも言える。マリーに感謝だ。
彼が効率的に別人に変貌したことについて少し語ったけれど、彼の向かいに座って彼の顔を観察してみると、やはり彼なんだとちゃんと分かる部分も親切に残してくれているようだ。それは目だ。王都の馬車の中でも言ったように、王家の紋章みたいに私だけに向けて主張しているみたいだ。私は安堵した。
「どうしたんだい、ホイットニー? そんなに僕の顔を見て」彼はいたずらに微笑んだ。
「――前会った時と比べて印象が少し変わっていたけど、変わらない部分もあって安心しただけよ」
私は取り澄ました顔をつくった。
「まぁいいや」と彼は言った。「とりあえず何か飲み物を頼もう」
彼は手を上げてスタッフを呼んだ。私たちは共にコーヒーを注文した。私がマンデリンで、彼がフレンチ(紅茶もそうだけれど、品名が前世のそれと変更されていないのはプレイヤーに対する配慮なのだろう)。もちろん、お互いミルクと砂糖は忘れない。眠気を覚ましたいという状況じゃない時にわざわざブラックで飲む人間はただのナルシズムだと私は勝手に解釈している。どうやら、彼も同じ考えのようだ。私よりも砂糖を投入して苦いコーヒーを甘く茶色い汁に改造していた。溶けかけの砂糖をすり潰しながら回転する彼のスプーンがカップに接触する音が、どこか心地よかった。
お互いに一口飲んでから、さっそく情報の交換を開始した。顔を寄せて潜めた声で、できるだけ直接的な語句は回避する。テーブルの上に旅行雑誌を広げてカモフラージュもした。適当に紙面を指差して、肯定的な表情をつくる。この前ここに訪れてとても興味深かったから今度案内して上げるよ、みたいなシーンを演出する。
彼はまず――いまとなっては元――軍務伯のスクープが世にでてから、ロバート(この席ではローラと呼び名を変えている)が公にはショックを受けたような顔をしながら、プライベートではどこか上機嫌な印象を覚えたと報告した。ロバートがレベッカを徹底的に排除しようとしていることを肌で確信したと言葉を添えて。それに対して私は、学園のロバートもショックを受けたような様子だったと話した。しかし目に見えるところで登校を再開したレベッカを元気付けるような行動も見せなかったと付け加えた。私はそれを言葉にして、レベッカのことを少しだけ憐れんだ。もちろん、レベッカがこれまでしてきたことだけを考えれば、誰にも――自身の婚約者にも――慰められないのは当然のことだと思う。それでも、自身の父親のせいでそれが表出してしまうのは素直にかわいそうだと思った。もしかしたらそれは、前世で私も似た状況を実際に体験したからかもしれない。
私たちは学校と王宮・政治上のロバートの様子を共有すると、さてこれからどうするかと考えた。本当なら軍務伯への処分が出たのと同時に婚約解消が通達されてもいいのだけれど、それがないということは時間を練って何かそれ以上を企んでいるに違いないと――表向きに――解釈して対策を講じることとした。もちろん、私はその全容とエックスデーを承知しているのだけれど、それを現時点で開示できるのも筋が通らないので、知らない振りをして幾つかの可能性を提示する(その中にはもちろん、その全容の一部を散りばめる)。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




