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第6章です。章題は「Ariana Grande」の楽曲より。


 ケビンは自身の提案した通りに、私を近くの屋台へ案内した。その屋台は黒で統一したシックな木製の屋根付きカートで、氷水の入った複数のバケツに複数種の瓶詰めされたドリンクが浸されている。どうやら飲み物専門の屋台のようだ(暑くなってきたこの時期ならそれで十分採算が取れるのだろう)。彼はよく冷えたコーラを手早く2つ購入した。


 私は屋台から離れた後、自分の分は払うとバッグから財布を出そうとしたが、彼がそれを制止した。


「こちらから誘っておいて、お金を出させるわけにはいきません」


 彼にそう言われると、私は引き下がらざるを得なかった。私だって同じ状況ならそうするだろうし、男だから奢るわけではないと言葉にされたら――それがたとえ形式的であっても――尊重しないわけにはいかなかった。



 またケビンに提案された通りに付近の路地裏に入ると壁際に寄って、表通りから私の姿が見えないように彼の体にすっぽりと隠れるかたちになった。ふつうの男にされたら恐怖や不快しか感じないシチュエーションも、彼だと抵抗なく受け入れられている。――きっと、それは信頼の表れなのだろう。私たちはそこでコーラにストローを差して飲みながら、今後の対策を練った。といっても、現状具体的にいついつの日取りで断罪イベントが起こるなんて彼に言えるわけがないので、今後起こりそうなこととして幾つかの可能性に真実を織り交ぜながら提示し、それぞれに必要な資料や証拠のイメージを上げていった。私たちはそれを共有して、定期的に手紙や対面での情報のやりとりを約束した。それが今日のうちにできる最大限だった。


 そうこうして時刻は17時半、帰りの馬車が出発する1時間前になった。私自身はまだ少し余裕があるけれど、彼はもう王宮に戻らないとまずいのだそうだ。私も王都入り口に戻って、帰りの馬車の近くで時間を潰すことにした。街の玄関口なだけあって、興味深いお店が立ち並んで暇潰しには困らない。私たちは次の約束を取り付けて、路地裏でそれぞれ反対の方に歩きだし解散した。 



 彼と別れると、私は近くの水路に寄った。行きと同じように舟を見つけて、王都入り口まで乗せてもらった。到着時刻は17時47分、馬車に乗り込むまでまだ30分くらい余裕があった。私は近くのベーカリーに寄ってカレーパンを1つ購入し頬張った。衣がサクサクで、カレーの濃い目の味付けと見事にマッチしていた。ゆっくりと味わい食すと、出発の15分前になっていた。私は馬車に乗って出発まで待機することにした。乗り込んだばかりには私を含めまだ3人しか戻ってきていなかったが、5分前になると全員が無事に乗車して、定刻通りに学園に向けて出発した。私は小腹が満たされたのもあって、また振動に身を任せて微睡んだ。疲労と達成感のおかげか、行きよりも心地よく深いものだった。



 学園のロータリーには19時半過ぎに無事到着した。私は左隣の女子生徒に肩をポンポンと叩かれて、ようやっと目を覚ました。思いの外ぐっすりと眠ってしまっていた。軽度だが鈍い頭痛もする。私は隣の彼女に、ありがとうございます、と言って立ち上がった。そして馬車から降りて体の各所を伸ばし労った。目を瞑って噛み締めるように。するとその終わり掛けに、聞き覚えのある声に呼ばれた。


「おかえり!」


 それはジュディの声だった。私は伸びをやめて目を開いた。


「あら、3人で迎えにきてくれたの?」


 シンディがジュディの左隣で控えめに手を振って、ディアナがジュディの右隣で控えめに微笑んでいた。3人とも私服でおめかししている。ジュディは入学式にも着ていたロングワンピースとサンダル、シンディはブラウンのアシンメトリーデザインのTシャツに黒と銀のラグレカ柄のマイクロミニスカートと黒のハイヒールサンダル、ディアナはブラウンを基調としたチェック柄のレトロワンピースを学園指定の革靴に合わしている。


 シンディが答える。「せっかくやから街道沿いで晩飯食いたいなって話しなってな。どない? お腹はあけて帰ってきた?」


「コーラを飲んでカレーパンを頬張っただけだから隙間だらけよ。もうこんな時間だし、さっそく埋めにいきましょうか」私は言った。「そうだ、ディアナ、これが言ってたお土産よ」


 私はバッグの中から例の栞を取り出して渡した。


「ありがとう」と言って、彼女は微笑みを強くした。「オータム先生の栞ね。()()()()堂王都本店に期間限定で販売されているって聞いてたから今度みんなで行った時にと思ってたけど、まさか今日買ってきてくれるなんて思わなかったわ」


「ディアナへのお土産はこれしかないと思ってたから」私は答えた。


「ねぇねぇ、私たちへのお土産は?」


 ジュディが横から入ってきた。


「ごめんね」私はまず謝った。「2人のピンと来るものに出会えなくてね」


「しゃーないな」シンディが答えた。「王都は広いしな、また今度期待しとくか。かっか」


「ええ」と私は相槌を打った。「1人で回るのもとても楽しかったから、また時間見つけて行きたいからその時にね」


 もちろん、それはケビンに会うためである。


「でも、次回は絶対4人で行こうね」ジュディが言った。


 そうね、と私は微笑んだ。ディアナもシンディも頷いた。


「よし! じゃあ、ご飯に行こう!」と言いきる前に、ジュディは振り返って学園内に向けて歩きだしていた。「今日はたくさん動いたからたくさん食べてもいいよねぇ」


「そうね」


 私はまた微笑んだ。おかしくて堪らない感じに。



 私たちは街道沿いのレストランで夕食を堪能した。外国食レストランで、前世で言うところの中華料理を提供していた。内装も赤を基調としたジャッキー・チェンの映画で登場しそうなデザインで、大きめなサークルテーブルを4人で均等に囲うように座った。私は八宝菜と白ご飯を、ジュディは回鍋肉と炒飯を、シンディは炒麺と餃子を、ジュディは春巻きとジャージャー麺を注文した。提供もはやく、とりわけ焼き物は高い火力でしっかりと火を通していることが分かる味だった。つまりはとても美味しかったのだ。食事中私だけが箸を持って、3人はフォークとスプーンを使用していた。3人は私の箸使いがうまいことを褒めてくれた。ジュディも私が箸で食事する機会を見たのははじめてで、いつ覚えたの? と質問してきた。私は、頭の体操にいいと聞いて覚えたの、と適当な返事をした。



 夕食を終えて、寮に戻ってきたのは21時を少し回ったところだった。休日の大浴場は22時半まで利用可能で、部屋に戻る前にちらと覗くと利用者は疎らのようだった(ピークの時間は19~20時台だからだ)。私たちは早足でそれぞれの部屋に戻って、入浴の準備をして階段付近に再集合した。そして軽い足取りで大浴場に入った。いつもよりもじっくりと湯船に浸かった。それでも、ディアナの頬をぷにぷにと触れることだけは忘れなかった。


 私たちは利用終了の20分前には浴室から出て、脱衣所で十分なヘアドライとスキンケアも済ませた。そこから意気揚々といつもの階段付近に向かい、明日は登校日だからと朝食と登校の待ち合わせの約束をして、ジュディとシンディとにこやかに別れた。私とディアナは部屋に戻ると、洗濯物の仕分けや荷物の整理整頓をした。それを終える頃には23時を回っていた。明日の朝食の順番は1年生が最後なのでまだ少し起きていても平気だった。ディアナはいま読んでいるハードカバーをさっと手にして言った。


「24時まで読もうと思うから、時間になったら声を掛けて」


 私は頷いた。「ええ、喜んで」


 ディアナは例のトランス的集中力でハードカバーを読みはじめて、私も彼女から借りているハードカバーを読んだ。並行して、今日やり遂げた事柄を頭の中で整理する。私にとって読書はそれにうってつけなのだ。思考に浸かり過ぎないで済む。


 24時の5分前に読書を切り上げた。頭の中が大分スッキリした。私はディアナに声をかける前に歯を磨いた。口の中もスッキリとさせると、満を持してディアナに声をかけ肩を叩いた。


「いつもありがとう」


 ディアナはそう言って、さっそくプレゼントした栞をハードカバーの間に挟んでくれた。電気を消して、お互いにおやすみを言い合って、私の今世において最も激動だった1日が幕を閉じた。しかし、来るレベッカの断罪イベントは、もっと酷烈なものになるはずだ。 



 明朝、軍務伯の不正を告発する新聞記事が()()()()に世に出た。学園もそれは大騒ぎになり、レベッカは授業を休むことになった。学園側が配慮した公休だった。本当は家に帰れればいいのだろうけど、バートン領は王都からかなりの距離があって(まるで江戸時代の有力な外様大名領が軒並み江戸から遠い地域にあったように)、帰省の道中にマスコミやパパラッチにつけ狙われてしまうだろうし、当の家の方がもっと大騒ぎになっていることは分かりきっていた。彼女は寮の部屋に閉じ籠るしかなかった。部屋も特別の1人部屋に移ることになった。


 学園内の騒ぎは7日間続いた。8日目に軍務伯もといバートン家の処分が発表された。それは先日にケビンが言ったように――そして『オールウェイズ・ラブ・ユー』のシナリオ通りに――、軍務伯職の罷免と領地の一部没収に留まっていた。再説になるが、無考慮に考えれば軽すぎる処置なのだけれど、もともと持っている広大な領地と影響力を考えれば皆が府に落ちるものだった。その後レベッカは登校を再開した。彼女に対し以前のように声を掛けられる生徒は誰もいなかった。例の取り巻きたちでさえも。



 ケビンとの再会は処分発表の2日後だった。発表の当日にあらかじめ示しあわせた偽名で手紙をくれて(彼はフランク・ファマードと名乗った)、放課後の時間に街道沿いまで来てくれるとのことだった。マリーほどじゃないけれど、変装の魔法でバレないように気を付けるから安心して欲しいとのことだった(王都で変装の魔法を使用しなかったのは、どちらかといえばトラブルに遭遇した時に速やかに自身の素顔を見せられる方が都合がいいからだそうだ)。どうしても会うのが難しい場合だけ返事が欲しいとのことだったので、私は返事を出さなかった。



 その日になって、寮の食堂で朝食を食べている時に私は言った。


「遠い親戚のお兄さんから連絡があって、王都近辺に来ていて街道沿いで久々にお茶でもしないかと誘われたから、放課後行ってくるわね」


「ええやんええやん、行ってきぃや」シンディが言った。


「ええ、そんな親戚がいるなんて聞いたことないけどぉ」ジュディはにやにやしながら言った。


「言う機会がなかっただけよ」私は応えた。


「ふーん、でもお兄さんってことは歳が近いのよね」ジュディは続ける。「これまで歳の近い男の人の話題を口にして機嫌良さげな顔をしているホイットニーって見たことないんだけど」


 私はジュディの言ってることがいまいちよく分からなかった。

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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