11
言いきった。いま私の言える全てを吐き出した。やりきった。いま私にできる全てを叩き付けた。後はもうケビンの答えを待つだけだ。私が込めた熱量と同じだけの答えを、彼が誠実に返してくれることを祈る。
私は深く俯き、かなりの息切れを来している。そして、彼からの返答もすぐにはない。私は速やかに息を整える。彼はきっと、私が受け応えできる状態に回復するまで待ってくれているのだろうから。
息が整い顔を上げると、彼の美貌がすぐ目の前にあった。きっと、私のことを心配するあまりどんどんと上体が前へ傾いてしまったのだろう。
わ! っと私が声に出して驚くと、彼は即座に身を引いた。そして、すみません、と言って両掌を見せた。
私は林檎のように赤面してしまう。頬にねっとりとへばり付くように滞った熱でそれが分かる。私は再度俯き深呼吸をして、熱を体外に追いやろうとする。10回くらい浅い呼吸をして、ようやく熱が引いていくのを感じた。私は意を決して顔を上げる。彼を見る。彼の顔を、じっと見てしまう。その顔が先ほどまでと明らかに変化していることが分かったからだ。勿論それは造形のことではなく、表情についてだ。眩しいほどに生き生きとして、欠落していた魂の大部分が永い旅路の果てに舞い戻ってきたような充溢があった。下がり気味だった口角は気持ちよく引き締まり、瞳はより透き通って、全身からは漲るようなオーラまで感じた。
よし! と私は思った。私の想いと熱量が、彼の心を私が求めている以上に突き動かしたことを確信した。
彼は丁寧に微笑んでから――それはこれまでと違う、肯定的でいまを確と見定めている感じで――口を開く。「いま思えばはじめてですよ、王になって欲しいと面と向かって言われたのは」
彼は少年のように鼻を掻いてから続ける。
「マリーが亡くなるまでは、私が王になるのは当然という声しかありませんでした。そしてその後は、いまとなってはどちらが相応しいのかという声ばかりになりました。もちろん、それはマリーに代わるフィアンセを選ぶのを私が拒否してきたからに他ならないのですが、それでも父以外から強く要望されることはこれまでありませんでした。その父のものも、謂わば王家としての義務的な声掛けでしかありませんでした。そして父以外の近しい人たちは、きっと消沈していた私に気をつかって言えなかったのでしょう。それは誰にも責められないことでした。しかし、いま目の前にいる女性は、その諸々を理解し共感もしてくれながら、それでも私のことが必要だと言ってくれた。自分自身の痛みまで私に開示して、私の特性を肯定してくれた。心の中にあったモヤモヤが、スッキリと晴れ渡った気分です。こんな気持ちはマリーとはじめて会った時以来ですよ。……すみません。またマリーと比較するようなことを言ってしまって」
私は応える。「別に構いません。今回は影でなく、マリー様の光に重ねて頂いたと私は解釈しました。それはとても光栄なことです」
「それはよかった」彼も応えた。「またもしかしたらホイットニーさんには不快に思われる表現かもしれませんが、これが私の正直な気持ちなので言わせて欲しいです。ここで立上がらなければ男が廃ると思いました。それだけのエネルギーを、私はいまホイットニーさんからもらい受けました」
「ここまできて1つの表現にケチをつけるほど私は野暮ではありません」私は言った。「そしてそのような言葉を頂けたということは、つまり?」
はい、と彼は快活に返事をした。「ロバートに王位は譲りません。次の王は私がなってみせます」
私は心の中で、やった! と叫んだ。彼との連帯が成ったことで、恐れの粗方は取り除かれたと言える。当初の、それでもうじうじし続けるなら脅迫も辞さないと考えていたことと比べればかなりの飛躍だ。私自身の認識も随分と転回をした。力のあるものを無理矢理に従わせる、それはとてつもないリスクを伴うことだ。それは短期的にはプラスになることはあっても、長期的に見ればマイナスに転じるのは必然だ。しかし、この馬車に乗り込んで少しまでの私にはそこまでの頭が回らなかった。エイダが恋心によって浮き足立っていたのに対し、私はロバートと構造への復讐心で浮き足立っていたようだ。そのことをこの時点で戒められたこともかなり進歩だと思う。
「誠にありがとうございます」私は頭を下げた。
彼は、ふふ、と微笑んでから応える。「しかし、王位を継ぐからにはちゃんとパートナーを探さないといけません。そしてホイットニーさんのために誠実な王であるためには、マリーのようにちゃんと愛せる人でなければならない。そのような方を探すのが、あるいは1番困難なことかもしれない」
「――その通りですね」
この部分に関しては私ではどうすることもできない。彼自身に何とかしてもらわないといけない。
「……まぁ、もしもの時はホイットニーさんに責任を取ってもらいましょうか」
「……冗談はやめてください」
私はムッとした顔で答えた。
「冗談、ですか」彼は言った。「そうですね、誰かと婚姻する気がないと先ほど発言した人にいきなりこのようなことを言うのは不適切かもしれません。言い方も一方的だったと思いますし、男爵位の娘と王族の婚姻も前例なんてありません。しかし、知っておいて欲しいことが1つあるのです。私の恋のはじまり、と言ってもそれはマリーのそれしかまだ経験がないのですが、私の場合それは外見的な魅力ではなく人間的尊敬からはじまるということです」
私は彼の言葉にうまく返事をすることができなかった。それは只今に彼の固持していた考えを変えさせながら、それでもこちらは絶対に変節しないと宣言することはアンフェアに感じたせいだと、私は思う。
そうこうしていると馬車が停止した。どうやら約束の1時間になったようだ。ケビンがフードをさっと被り直したので、私もバケットハットを被った。彼は備え付けの遮音の魔法のスイッチを切った。少ししてキャビンの扉からこんこんとノックの音がして、彼は、はい、と返事した。
「お約束の1時間になりました、降りられますか?」
御者が扉越しに言った。
彼は応える。「そうですね、降りさせて頂きます」
御者が扉を開けると彼がまず降りた。彼が地面に到着すると、そこから手を伸ばして私の降車を補佐する素振りをみせた。私はその厚意を素直に受けとることにした。手を差し出すと、彼は私の手を優しく取った。私はそこに弱冠の体重を預けながら速やかに降りた。先ほどの彼の言葉もあって、その間いやにドキドキしてしまった。
馬車が誰も乗せないまま再出発したのを見送ると、彼が提案した。
「今後どうするかについて、近くの屋台で飲み物でも買って路地裏で手短に話しましょうか」
そうですね、と私は応えた。情けなくも、少し声が裏返ってしまった。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




