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作品のコンセプトは、「海外のガールパワー系楽曲をなろう系ファンタジーに落とし込む」です。

 

 学園を隔てる街道に差し掛かって、私は、ふうと溜め息をついた。そして右を見て左を見てまた右を見る。あるはずのない()()()()を警戒して。


 街道は広い、幅は大体10mくらいだろうか。石畳だが、凹凸はあまりない。街道沿いは学園の敷地が途絶えたところから犇めくようにお店が並んでいる。レストラン・喫茶店・服屋・雑貨屋・エトセトラ。自身の教室に向かう前に立ち寄っている新入生が多々見受けられる。いまはまだましだけれど、お昼や放課後になればどっと混雑する。そして周辺住民は生徒たちによってもみくちゃにされてしまう。謂わば、学生通りの宿命である。


 一応学園内の食堂で食事は無料で提供されるのだけれど、とりわけ金銭的余裕のある生徒は街道沿いで優雅に食事を済ますことがメインだ。少なくとも私はそちら側ではない。偶の贅沢くらいになるのかな。まぁ、いまは用事はない。


 私は街道を横断し、学園の東側の敷地に入る(正門があった方が西側になる。こちらは東門)。ジャーメイの説明の通り、右側すぐに6階建ての煉瓦建築の建物、A館が見えた。その向かいには教会風で同じ煉瓦建築の5階建ての建物があって、その入り口にB館と札が立っている。その――東門から見て――奥の白い石造りの8階建ての建物はC館と札が立っている。他にD・E・F……。そう、西側の建物は数字を、東側の建物はアルファベットが割り振られている。もともと敷地は西側だけだったのが、設備開発や魔法研究の充実が為されるなかで街道の向こう側へ拡張した歴史がある。まぁその辺りは追々語る機会があるだろう。


 私はA館の中に入る。入り口を入ってすぐに学生課があって、職員の人たちが挨拶をしてくれた。私も丁寧に挨拶を返し学生課の前を通り抜けて、奥の階段から3階まで上がった。その間、目があった新入生と挨拶を交わしていく。いまのところ、()()とは遭遇しない。


 3階の廊下に出る。A館は4階まで吹き抜けになっていて、廊下は四角いドーナツ型になっている。階段から反時計回りに160°ほど行ったところにある教室が、私の所属するクラス、1年3組だ。


 教室に入ると、内装はまさに大学の小規模講義室といった様相だ。3人掛けの長机が横3縦4の合計12台が並んでいる。椅子は合計で35脚。机と椅子は共に木製で、椅子には背中と座部に赤いクッションがついている。壁掛けの黒板、その上に丸い壁掛け時計、外側(黒板を背にして右側)に空が見える大きな窓、赤を基調とした内壁と教卓。


 3組の新入生は現在、私を含め25人いる。残り10名も直に来るだろう。クラスメイトは私を認めるや爽やかな挨拶をしてくれる。私もしっかり挨拶を返す。中には入学式前のホームルームに先んじて、私に自己紹介をする者もいる。私も求められた分の自己紹介をした。もちろん、お互い家格は明かさない。それらが一段落すると、家が遠方で疲れているから1度1人で座らせて欲しい、と言って教卓の真ん前の席に座った。自分の席は決められていないので、空いてるところに座る。実に大学的だ、とりわけ前方が比較的空いている様子も。


 私は机に肘を立てて頬杖をつき、また溜め息を溢す。そして、ジャーメイのことを思い返した。



 私はエイダとジャーメイが2人きりの状態になることを恐れて、2人を半ば強引に引き離した。その行動に致命的な誤りはなかったと思う。勿論、その後別の新入生の男女複数が合流して楽しく向かうことになった可能性もあった。それが彼女の新たな門出としては1番良いものだったろう。そして彼なら、その超内向の彼女をうまく集団の中に溶け込ませることができただろう。彼は能力のある人間だ。たった2,3の言葉のやりとりでそれが理解できた。


 しかし、彼がその能力を常に善のために使用してくれる人なのかまでは分からない。


 彼は4号館に向かうと見せかけて、別の人気のない場所に彼女を連れていったかもしれない。そこには複数の男が待ち構えていて、彼は共に彼女を取り囲みそれはひどいことをしたかもしれない。強制わいせつ、不同意性交。可能性としては十分に考えられることだ。


 きっと大方の男たちは、その私の想定をリアリティがないと吐き捨てるのだろう。学生の集団が学内でしかも入学式なんて日にそのような凶行に及ぶわけがない、被害妄想も甚だしいな、と。


 はっきりと言う。私の言ったことはリアルそのものだ。1日ふつうの生活しているだけで、いつの間にか自身の衣服に()()()()()()がついているのが現実の世界だった。


 性欲は、常識で考えてあり得ないという線引きをいとも容易く越えさせていく。私はその場面を何度も目の当たりにしてきた。性欲を常に完璧に統御できる人間はこの世に存在しないのだ。そこに男女の違いはない。私だって、エイダだってそうだ。ただ、男と女では属している構造が違う。それが見える景色を変えてしまっている。振るう暴力の量と質を変えてしまっている。


 ただまぁ、自覚はしている。先ほども述べたように、私は最後ジャーメイのことを彼個人ではなく「男だから」、即ち()()()()()のみを取り出して応対した。それはとても酷いことなのだと分かっている。罪悪感ももちろん湧いてくる。私はゲームに誠実を求めていたのに、私はその誠実を実践できていない。でもそれは、誠実を素直に実践したら頭から食われてしまうという構造の中にいるからだ。そして世間は、男たちはそのことを許してくれる。自衛のできる頭のいい娘だと誉めてさえくれる。


 そう、聡明な聞き手は男の態度が二枚舌であることに気づくと思う。私の想定は否定しながら、自衛の行動そのものは肯定している。それは、その称賛の裏にグロテスクな本質があるからだ。弱い男たちは自身が女体を得られないことの言い訳とするために、強い男たちは女から搾取する際の罪悪感を緩和するために。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 私はそれを理解しているのに、それでもその構造を利用して生きている。そうしないと、女はまともに()()()()()()()()を生きていけないからだ。私は男を目の前にして発言・行動をすると、いつもそのことを実感させられる。私は弱者という立場から逃れられないことを、痛いほどに思い知らされる。そして、その構造を最終的に補強しているのは、いつも私の()()()()なのだ。




「ホイットニィー!」


 後方から私を呼ぶ声がした。続いてダダダと忙しない足音が近づいてきて、しまいには背中から抱きつかれた。所謂あすなろ抱きだ。細く繊細な腕、心もとない重量感。私はやれやれといった感じで、まわされた左腕の肘のあたりを叩く。ポンポンと軽く。すると包容は解かれて、その主は私の左隣の席に座った。


「相変わらず、朝から元気ね」私は言った。


「えっへっっへ」


 私に腕をまわしかけた女の子は同郷の幼馴染みだ。名前はジュディ・グラン。ブラウンの瞳とショートヘアに、優しい印象の垂れ目、全体的にほわほわとした容姿だ。エメラルドのイヤリングを着けている。


 彼女は同じ男爵の家で、父親同士が旧知の仲だ。お陰で物心がつく前から交遊があった。私の数少ない、フランクに対話のできる相手だ。


「ホイットニーは随分元気がないわね。どうしたの? こんな素晴らしい日に」ジュディは当然の質問をする。


「うーん」私は喉を鳴らす。「もしかしたら、寮生活を想像してホームシックなのかもね」


 私と彼女――そして新入生の全員――はこの3年間を寮で生活することになる。入学式後に両親と弟と少し会ったら、3人は自分達の土地に帰る。そこから夏休みまでは基本的に会えない。弟の寂しがるの姿が目に見えるようだ。ほとんどの生徒が、そのようにして家族と一時的に別れることになる。


 あえて述べるが、私は本当にホームシックで落ち込んでいるわけではない。


「そっかぁ、そうだよねぇ、そこから私たちの生活は変わっちゃうんだもんねぇ」ジュディは共感してくれる。「私のルームメイトは誰になるのかなぁ? ひどい人にあたると、私もホームシックになっちゃうかも。ホイットニーと一緒になれたらいいのに」


「そうね、私もそう思うわ」


 寮のルームメイトは同じ学部の同性ということ以外、入学式が終わって実際に部屋に行って見ない限り分からない。そしてよほどのトラブルがない限り、3年間を共にすることになる。



 私はジュディを見つめる。そして思い浮かべる。彼女が平民を前にしてどのような対応をするのか。私は彼女が、私に対してするのと同じように彼らに接して欲しいと願っている。でも私は実際、彼女が平民と直接何かしらのやりとりをしている場面を見たことがない。そして、私は知っている。いや、学問として学んでいる。どれだけ善良に見える人たちでも、ある特定の条件下では容易に人を害することができるようになる。所謂「虐殺のスイッチ」というやつだ。前世の大学で私は歴史学を専攻して(ただし、歴史オタクとは一緒にされたくない。私は彼らを黙らせることのできる自分になるために、歴史学を志したのだから)、その事実を様々な史料から読みとってきたのだ。それがジュディには当てはまらないなんて思うことが、私にはどうしてもできないのだ。


 彼女の虐殺のスイッチについて想像してみると、1つ腑に落ちることがある。私は本来、エイダに対して意地悪なことをする新入生Aだ。そんな私とこうやって仲良くしてくれるジュディも、本来的にそういう人間なのではないか、そう考える方が理に敵っている気がする。類は友を呼ぶ。新入生Aだって、常に誰にだって不遜な態度をとる子ではないはずだ。むしろ表面的にはジュディと同じような子だったのかもしれない。そんな2人が、見下している相手には徹底的な敵愾を露にする。それは『オールウェイズ・ラブ・ユー』が描きたかったリアルそのものではないか。貴族と平民と明確な線引きがされている世界で、もはやそれはスイッチですらないのかもしれない。トランプの表と裏のように。



「どうしたのよ? そんなにジーッと私を見て」


 ジュディは眉をしかめた。流石にまじまじと見すぎたかもしれない。


「いや」と私は言った。「あなたがホームシックになってる状態を想像しようとしてみたんだけど、全然浮かんでこなかったのよ」


「ちょっとぉ、それってどういう意味なのよ?」


 彼女はわざとらしく頬を膨らませて見せる。そしてすぐに笑いだした。私も笑って応えた、映し鏡みたいに。


 私はジャーメイのことに引っ張られて、ジュディに対し勝手な想像をしたことを申し訳なく思った。ジュディが実際に平民に対してどのように接するのか、そしてそれが私の意に沿うものなのかは、実際に私がその場面を目撃した時に判断すればいいことだ。それにだ、彼女が本来のゲームの中でも新入生Aの友人であるかどうかなんて知らない。彼女はいまの私、ホイットニーを見て友情を持ち続けてくれている。現時点でそれ以上のことを考えるべきではない。彼女は少なくとも、私と同じ女なのだから。そこを飛び越えるのは私が最も嫌う類いの暴力だ。いまの私には()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いまはそのことだけを考えよう。



「おはようございます。みなさん、集まってますね」


 大人びた女性の声がそう言った。クラス中に聞こえるような拡散的な調子で。私たちの担任となる教師がやって来たようだ。私とジュディは顔を見合わせてから、姿勢を正し座り直した。そして、前を見る。

次話は明日の19時台に投稿予定です。

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