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神戸出身の作者は、地震によって倒壊した建物を見るといつも胸が締め付けられそうになります。
「……先ほども言ったように、私は次期国王になる気はありません」
彼ははっきりと言った。
「理解しております」私は応える。「それでも、私はいずれ殿下に王位を継いでいただきたいと思っています」
彼は少し間を置いてから言った。「何をそこまで私に拘るのでしょうか? 正直に申し上げて、私とロバートのどちらが王になっても治世は大して変わることはないです。王の意向1つで国の方向が180度転換することがないようなシステムがしっかりと組まれています。太古と違って、私たちの存在は象徴的意味合いに強く傾いてきているのです」
「だったらなおさら、私は平民との隠し子が複数いるようなロバート様よりも殿下の方が適任だと思います」
「でも、結局そのことを公表しないのなら、国民の間で私とロバートの好感度にそこまで大きな差が生まれるとは思いません。だったら意欲のあるものがその座に就けば十分じゃないでしょうか」
「――正直に申しまして、殿下に王位を継いでいただきたいのは私の個人的な要望なのです」
少し待っても彼は何も応えてくれなかったので、私は続けて話すことにした。
「重ねて正直に申しますと、私は強度の男性不信です。今日こうやって殿下にお会いするのも、とても勇気がいりました。もちろん、地位が天と地ほどに違う人物とアポイントメントなしに接触しようというわけですから、その点で勇気はもちろん必要です。ただそれ以上に、男性と人の目のないところで対面することになるであろう状況に、何かしらの気後れを感じざるを得ませんでした。それに、私が彼女たちの写真を提出するまで、もしかしたらその写真の子供たちのうちの何人かは殿下のお子様の可能性もあるのではないかとも考えていました。殿下とマリー様の仲睦まじい姿は公で何度も拝見しましたが、それだけでは私はお2人の仲を信じることができなかったのです。しかし、その認識は誤りでした。あの雑貨屋で殿下は私の不相応な願いを聞き入れてくれて、こうやって対話の機会を与えてくれました。そして対等に話をしてくれて、様々なことを打ち明けてくれました。それらを経て、私は殿下のことを、存在しないと諦めていた、信用のできる誠実な男性だと思えたのです」
「……つまるところ」とケビンはようやっと口を開いた。「ホイットニーさんの婚約者はいませんも、そもそもパートナーを求めていないという意味合いだったのですね」
「その通りです」と私は答えた。「私はこの社会を1人で生き抜きたいと思っています。そのために、私はモータウン学園で優秀な成績を残し卒業できるように勉学に励んでいます。そしてとんがり帽子を獲得して、公務に身を捧げようと考えています」
なるほど、と彼は応えた。「ホイットニーさんが聡明ながら豪胆な方である理由の一端が分かったような気がします。そして、そんな状況ながら友達のために行動してこうやって私に直接嘆願を述べに来たことは、個人的な事情も合わせてかなりの覚悟を持ってきたのだろうと尊敬すら覚えます」
そこまでを口にすると、彼はまた少し考え込んだ。上唇に人差し指乗せながら。私は彼の次なる言葉を待つことにした。
少しして、彼の人差し指が上唇から外された。「誠実と、ホイットニーさんは私のことを評価してくれました。しかし、本当にそうなんでしょうか。私はロバートの不貞を世間の目から隠し、ロバートの、そして自身のフィアンセにも隠しました。そのおかげでロバートは6度も、もしかしたらそれ以上の過ちを立て続けに起こしてしまいました。それはやはり間違ったことだったんです。そのせいで、私は親子が幸せな顔をして映る写真を見てもそれを祝福の気持ちで捉えることができませんでした。それが誠実を実践してきた結果なのでしょうか?」
私は頭の中で言葉を選りすぐる。引き上げてじは沈め、引き上げては沈め繰り返す。ここまで発言に慎重になるのは、今世でははじめてかもしれない。
「――誠実とは、常に客観的な正しさだけを実践することではないと私は思います。ロバート様の不貞が発覚した際、殿下の立場ならいかに王族のメンツを保つように隠蔽するかをまず考えるはずです。しかし殿下は、まずロバート様の相手となった女性がいかに傷つかないようにするかを考えてくれました。女性のことがどうでもいいなら、2度と子供を産めない可能性があるという状態でも構わず堕胎させてしまったらよろしいのです。でも殿下は、まずは命をその身に宿した女性の体と気持ちを最優先に対応されました。誠実とはまさにそのことだと私は思います。ただ等分に合理的に処理するのではなく、そうしてしまったら2度と立ち上がれない側に寄り添った判断をされる。そのためには、場合によっては客観的な正しさは邪魔にしかならない。私はそういう状況をうんざりするほど見てきました。そして、誠実が実践されたことは皆無に等しかった」
「……まるで私の倍以上を生きて世界を見てきたような口振りですね」彼は薄い微笑みを見せた。
いけない、少し喋りすぎただろうか、と私は思った。そもそもだ、私は彼に次期国王を見据えて欲しいという要望にここまで自身の気持ちを乗せるつもりはなかった。ただの取引だと思っていた。淡々とロバートの不誠実・不適格の証拠を並べて、最悪の場合はったりも交え脅迫も辞さないとまで思っていた。『オールウェイズ・ラブ・ユー』で描写された、エイダを目の前にしてなお衰弱した風に見えた彼なら、それも無謀すぎない選択だと思っていた。でも、それは誤っていた。彼は弱っている以前に根本的に優しかった。誠実だった。私と彼がそれぞれ腹を割って同じだけの内面を共有して、それを具に理解できた。むしろ、弱っている相手に脅迫まで検討していた自身を浅ましく思った。だから、いまからでも私は、誠実を実践したいと思う。普段の私なら恥ずかしいと言えないことも、全て彼にぶちまける。彼はそれを正面から受け止めてくれる、そして同じだけのものを返してくれる、そう私は彼を評価できたのだ。
「すみません、女性に年齢を想起させるようなことを言うのは失礼でしたよね」彼は謝罪をした。「しかし、ホイットニーさんの言う誠実は王の、いえ、政治家の資質として疑問符がつくようにも思えます」
「……その通りかもしれません」私は正直に言った。「政治は社会全体の最大利益の確保のために、時に切り捨てるという処置も必要になってきます。そしてその時に切り捨てられてしまうのは概ね弱い立場の人たちです。それを大衆の代わりに決断するのが政治家の役目なのかもしれない。その点で言えば、ロバート様の方が優れているのかもしれません。発端は自身で作り出したとしても、写真の彼女たちの切り捨て方はある種見事とも言えるものです。全てを切り捨てることはせず、子供を介して心もとなくも確かな精神的繋がりは残している。写真をみればそれが分かります。もちろん、当初それは殿下も交えて話し合われた結果ですが、それを後に単独で5度も繰り返したことは注目すべき部分です。周りの平民出身メイドの中から最初に自身にとって都合のいい性質を持つ人間を選抜し、自身の欲望と引き換えに効率的に相手の内的部分を切り捨てさせる。彼にとってさらに都合のいいことに、比率的に言っても平民のメイドが多かった。それは恐らくレベッカ様の機嫌を優先させた結果なのでしょうが、これがそのような結果になったのは皮肉としか言いようがありません。ただどちらにしても、最終的にそれは自身の都合を最大として濫用したロバート様だけが悪なのです。メイドの採用人事も、もちろん殿下も悪くないのです」
次話は明日の20時台に投稿予定です。




