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写真の女性たちのうち5人は赤ん坊を抱えていて、1人は大きなお腹をしている。その内3人は親らしき人物と共に写っているが、赤ん坊の父親らしき人物はどこにもいない。
写真は女性の顔と赤ん坊の顔がよく分かるようにして撮られている。そして赤ん坊たちの顔をみると、その一様に整ったパーツにどこか見覚えがあった。
私は続ける。「……もちろん、検査をしない限り確定なんてできません。しかし、殿下の反応で確信しました。この写真の赤ん坊たちは、ロバート様の子供なのですね」
赤ん坊たちはそれぞれの母の形質も確かに遺伝している。しかしそれを上回ってロバートの、いや、王家の形質というものがその容貌に顕れている。とりわけその大きく涼しげな目もとは、まさに王家の紋章と言う具合でそれを主張しているみたいだ。
彼は写真のうちの1つをピックアップした。それは1歳くらいの女の子を抱っこする栗毛の女性だった(女の子も栗毛である)。
「この彼女の退職理由がロバートの子を妊娠したためということだけは私も知っていました」彼は言った。「いえ、私もその当事者だったと言った方がよろしいのでしょうか。2年前の、梅雨があけたくらいのことでした。王宮の廊下を歩いている時に彼女とすれ違いました。彼女はメイドらしく道を開けて端に寄って、私に頭を下げました。私もいつも通り頷きで応えて通り過ぎようとしました。しかし私がそのまま5歩進んだくらいで、彼女は眩暈を起こして倒れてしまったんです。私は彼女を介抱し人を呼んで、王宮の医務室に彼女を運びました。そして医者に診察してもらいました。そして医者は、私にだけ密かに言いました。彼女が妊娠していると」
そこまでを話すと、彼は全ての写真を隣の座部の記事の複製の上に置いた。そして1度上体を伸ばしほぐしてから、続きを話しはじめた。
「私は最初、そのことを喜びました。プライベートでお付き合いしているパートナーとの子宝に恵まれたのだと思っていたからです。しかし、彼女はとても浮かない顔をしていました。私はそれを不自然に思い、問いただすことにしました。何かしらの性加害の可能性も頭を過ったからです。最初は頑なに話そうとしなかった彼女も、王太子に詰められると黙秘し続けるわけにもいかなかった。ついに彼女は白状してくれました。このお腹の子はロバート様の子で間違いありません、と」
彼は1つ咳払いをしてから続ける。「私は早速真相をロバートに確かめにいきました。すると、ロバートは反論することもなくその事実をあっさりと認めました。自分から彼女に関係を迫ったとも自供しました。変に言い訳をする方がまずいと即座に思ったのでしょうね。ロバートが認めてしまうと、私はさぁこのことをどう収めるかと考えました。我が国の法律では、実際に婚姻しない限り不貞行為を罰することはできませんし、堕胎も基本的には禁止されています。もちろん超法規的措置で施術してしまうのも手でしたが、彼女の身体にダメージが残る可能性もありますし、彼女自身がそれを望みませんでした。私とロバートと彼女で協議した結果、彼女の実家にも謝罪・説明し、お腹の子は婚姻する前に先立たれてしまった平民男性との子供ということにしてもらいました。その分の公的支援もお約束して。そのことはレベッカさんにはもちろん、マリーにも伏せました。当時マリーは所用でファシナンテ王国に戻っていて、レベッカさんもロバートと同じく学園に入学したての1年生で彼女はいまも寮生活ですから、隠すことは容易でした。だからこそ、ロバートもメイドの彼女に手を出すことができたのでしょうがね」
彼はそこまで話すと1つ大きな溜め息を吐いた。私はその一区切りを利用して言った。
「……言う必要もないと思いますが、調査によると彼女はその6人の平民出身のメイドで1番最初に辞められた方のようです」私も1つ咳払いを入れる。「消息の掴めなかった1人がいる以上なんとも言えないのですが、殿下のお話を聞く限り彼女の時の対応に味を占めたロバート様が過ちを続けられているのではないかと思います」
彼は私の言葉を噛み締めるような表情を浮かべた。「……ちなみに、このことはまったく風聞にはなっていないということでいいのでしょうか?」
はい、と私は返事をした。「まったく聞こえることはありませんでした。うまく秘匿されていると思います。ただそれは、私のようにロバート様の周りに何かあると探りをいれる人間がこれまでいなかったからかもしれませんが」
「つまり、このことを知っている王宮外の人間はホイットニーさんとその協力者だけですか?」
「その通りでございます」私は答えた。
ロバートの不貞行為は『オールウェイズ・ラブ・ユー』の別シナリオのバッドエンドで描写された(私はロバートルートの次にそれをプレイした)。そのシナリオの背景には常に革命の2文字があって、攻略対象は学園に潜伏するその工作員の学生だった。そのシナリオのクリアの前提条件は、その彼に革命の決行を考え直させることにあった。しかしそれが敵わないと、革命が起こってその彼は所謂名誉の死を遂げてしまう。その後のエピローグで王家の隠されていた暗い部分が幾つか明るみになった。その1つに、ロバートの複数の隠し子のことがあった。その衝撃はいまでもよく覚えている。ふつうの乙女ゲームで、こんな露悪的な設定を使用することはない。まぁ結論として、『オールウェイズ・ラブ・ユー』はふつうの乙女ゲームではなかったわけで、むしろそれは女性の傷を客体的に可視化する装置のような機能を示したのだ。
彼は少し考え込んでから質問した。「――ホイットニーさんは、このことも国民の目に触れるべきだと考えますか? 何かしら具体的な罰が与えられないとしても」
「……いえ、そうするべきではないと私は思います」と私は答えた。「このことを公表して1番傷つくのはその写真の女性たちです。ロバート様の国民間のイメージが下がっても、殿下が王位継承に意欲を示さない限りはロバート様が次期王位継承者になることは揺るがない。むしろ明日の報道に何かしらの援護になってしまうかもしれない。それでも多少の恥はかくのかもしれませんが、私が求めているのはそんなちっぽけなことではないのです」
「……結局のところ、今回の件に関してあなたが望むものとはなんなのですか?」
それは、とだけ言って、私は鼻から1つ大きく息を吸った。そしてようやっと、自身の核心について提示する。それはこれまでのやりとりで、彼が私を信用してくれたように、私も彼を信用できる男だと判断できたからだ。「――私はロバート様ではなく、ケビン殿下に、次の王になって頂きたいのです」
次話は明日の20時台に投稿予定です。




