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「ロバート様も、最初は軍務伯の失脚だけを理由にして婚約解消を突き付けるつもりだったのだと思います。しかし偶発的にエイダとレベッカ様の衝突があって、大いに利用できると考えたのでしょう。婚約解消に至るのは父親だけでなく、お前自身にも問題があるのだと。もしかしたら1歩先に進んで、自分の視界からレベッカ様を完全に排除しようと考えているのかもしれません。放校処分か、あるいは()()()()か」


「それ以上?」


 彼が言葉を抜き出した。


「……国外追放、とかでしょうか」私は答えた。「いや、これは可能性の最大値を提示しただけで、あまり鵜呑みにはしないで頂けると嬉しいです」


 しかし、ロバートがこれから行おうとすることはまさにそれだった。国外追放、お約束の断罪イベントだ。ただ、そのことについて1つ思うことがある。他の物語も同様に、ゲーム上ではあまり気にはならなかったけれど、言い方が悪いけどたかがいじめで国外追放とはあまりにふざけた罰である。……いや、ふざけたと簡単に吐き捨てるべきではないのかもしれない。実際のところ、不当で過大な罰というものに我々――あるいは弱者――はひどく怯えた生活をしているではないか。女性なんてその最たるものだ。様々な大宗教が過去、女性は社会を堕落させる悪魔のような物言いをして、そして様々な罪を着せて痛め付けてきた。乙女ゲームの断罪イベントは、謂わばそれを象徴的に表現したものなのかもしれない。


 私はこの『オールウェイズ・ラブ・ユー』の世界で、そのイベントを()()()()する。そして正しい罰とその対象について、誰の目に見ても明らかなものにする。そのためにはどうしても、ケビンの()()が必要なのだ。



 ケビンはまた、うーんと控えめに唸って、私のこれまでの主張を頭の中で整理するような顔をした。ずっと手にもっていた複製を隣の座部にひとまず置いて、右手人差し指を上唇にのせるような仕草を見せる。そのまま梟のように数分制止してから、上唇から指を外して言った。


「状況証拠は十分、と考えるべきなんでしょうかね」


 よし、と私は心のなかで呟いた。そして、いまから最後の詰めに取り掛かる。


「信じて頂けてとても嬉しいです」私は言った。「その上で1つお伺いします」


「何でしょうか?」


「いまならこの新聞記事を揉み潰すことなんて造作もないことでございます。殿下はそれを知った上で、いかがなさいますか?」


 私は彼を試すように言った。


「――先ほども言いました通り、私は国民の表現・報道の自由を抑えつけるつもりはありません。よほど悪質なデマや公序良俗に反するものならともかく、たとえ第三者の手引きがあったとしても、真実である可能性が高いものは国民の目に触れて然るべき処罰を受けるべきだと思います。うちうちで国民の目に触れないように収めようなんて、少なくとも私はしたくありません。ここまできてしまったからには」


「とても素晴らしい判断だと思います」私は答えた。「しかし、それではロバート様とレベッカ様の婚約破棄が実現して、外国から新たな婚約者を迎え入れたロバート様が王位継承権の筆頭の位置についてしまわれます」


 ケビンは少し考え込んでから応えた。「……それはもう仕方のないことなのではないでしょうか。現に兄の私が王位継承に対して意欲もなければ、もう誰とも婚姻をする気がないのですから、どちらにせよロバートにその部分はお願いしないといけない。そして軍務伯の不正が事実であれば、その娘との婚約関係を結び続けるなんて無理です。そのことはホイットニーさんにも分かるはずです。()()にできること、いえ、するべきことは、レベッカさんに過大な罰を与えられないようにすること、そしてそれに伴ってエイダさんが傷つかないように見張るくらいでしょう。その点の協力は喜んで引き受けさせていただきます」


「……いえ、それでは不十分なんです」


 私は首を横に振った。


「どういうことですか?」


 彼は怪訝な顔をした。当然だ、私たちがいま共有した情報だけならそれ以上の具体的な対策はしようがない。それ以上と言われれば、下手をすれば口止め料の要求と解釈されても仕方がない。しかし、彼のその表情に怒りや軽蔑の類いは含まれていなかった。まだ何か持っているのか? と彼は思っていてくれているようだ。それはこれまでのやりとりで私が彼の信頼を勝ち取れたことを意味している。そして、そのまだ何かを、私は実際に持っているのだ。


 私はまたハンドルバックを取って、今度は封筒を取り出した。私は封筒を開ける。封筒の中には写真が数枚入っている。私はその写真を彼に手渡した。


「……こ、これは!?」


 写真を取って見た彼の顔が、刹那に蒼白した。


「私が外部の協力者へ依頼する前に行った事前調査で、ロバート様の方にも1つ気になることを見つけました。それは風聞ではなく、ある記録です。それは、ロバート様に近しい王宮仕えの若い女性の離職率の高さです。貴族や一部の平民の中だけで共有されるロバート様付き王宮メイドの求人が、頻繁に締め切りと再募集を繰り返していますね。もちろん、女性は男性のように1つの職にずっとつくことは少ないですし、歳が若ければ様々な理由で職を変えることがあります。ポジティブな理由にネガティブな理由、ここでそれを列挙するのは冗長になるので止めておきましょう。ただ1つ言えることは、それを加味したとしてもロバート様の周りはその比率がきわめて高いのです。それもこの2年で急激にです。明らかに不自然です。私は協力者にその部分も調査を依頼しました。具体的に言えば、その辞められた女性たちがいま何をしてるのかを調べてもらいました。その答えが、新聞記事の複製と一緒に送られてきたその写真です」


 私が手渡した写真の背景について述べている間も、彼の視線はずっと写真の方に落ちていた。しかし私が語りに一区切りを打つと、口もとを手で覆い先ほどよりも増して深刻な表情を浮かべた。それはあるいは、彼にとって軍務伯の不正以上にショックなことなのかもしれない。


 写真はその王宮を退職した女性たちの現在の姿を望遠から撮影したものだ(この世界にも写真が存在する。その精度は前世のそれと大差ない)。彼女たちはみな幸せそうな表情を浮かべていて、そこに他人を落胆させるような要素は微塵も感じられない。彼がショックを受けているのは、彼女たちと一緒に映っている()()に対してなのだ。



「――それぞれ写真の後ろに、映っている女性の名前が記載されています」私は続ける。しかし、これまでと違って口が重い。これから私が話すことは、()()()()()()ことなのだ。「……それに加えて彼女たちについて補足説明された文章も写真と一緒に封筒に入っていました。曰く、この2年間で区切って辞められた女性は9名、内7名は平民身分から奉公に来ていた娘でその内の1名は消息を掴めませんでしたが、残り6名には分かりやすい共通点を見出だせました。それは、所謂()()()()()()()の状態にあるということです」

次話は明日の20時台に投稿予定です。

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