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ケビンはかざした手を、またおもむろに下ろした。そこから沈黙が5分ほど続いた。彼はまた瞬きも少なに記事を凝視して、その目は次第に充血し赤く濁ってしまった。目元がピクピクと軽度の痙攣もきたしている。その異状に彼もいつまでも耐えられるはずがなく、遂に深く目を瞑って目頭を抑え込んだ。その状態を30秒ほどキープして、開放すると大きく息を吐いた。そこから2,3息を整えて、やっと口を開いた。
「確かに、このオリジナルは現在王都新聞の倉庫に保管されているようですね。この記事を執筆された記者は私も知っているのですが、とても信頼のできる方です」
彼はそう言って、口元を手で覆った。とてもショックを受けていることが表情から伝わってくる。まるでどんよりとした雨雲のようだ。充血もあまり回復していない。私はその表情に、むしろ安堵を覚えた。彼は本当に何も知らなかったのだ。最初から知っていて見逃した訳じゃない。私はその事実が確定したことを嬉しく思った。
いや、何で私は嬉しいとまで思う必要があるのだろうか?
そのことについて考えようとすると、ケビンが唐突に言った。
「軍務伯の不正が真実だということは分かりました。私も軍の出費に関して数字は幾つか拝見していますので、軍内部で改竄が為されていることがよく分かります。しかし、1つ気になることがあります。なぜホイットニーさんがこのような資料を手に入れることができたのかということです。ホイットニーさんは優秀ではありますがふつうのモータウン学園生にしか見えません。そしてこの複製に込められた魔力もホイットニーさんのものとは質が違うようです。……外部に協力者がおられるのですね」
「はい、その通りでございます」私は答える。「私は現在1年生です。複製の魔法はまだ使用できません。火操学部に所属していて、やっと火の扱いに心得ができてきたところです」
「見覚えがなかったので2年生以下だとは思っていました」彼は少し微笑んで見せた。「しかし入学2ヶ月でそこまで進まれたのは素晴らしいですね」
「お褒め頂き、恐縮の至りです」
「ただそうなると」彼は話を戻す。「エイダさんがロバートに利用されないために私に会いに来たというホイットニーさんの言い分が真実なら、少なくとも軍務伯の不正の情報はホイットニーさん自身がまず調べあげたとしか考えられません。私はむしろそのことに驚愕しています」
私は応える。もちろんこれから私の話すことは、前世にプレイしたゲームから得た事前知識である、なんて言えないため、一部――というよりは大分――脚色が含まれている。
「昔から風聞の類いの実像を調べることが好きではありました。真実かどうかもそうですが、真実じゃないとしても別の何がそれを真実のように語らせたのかを知ることに周囲への優越感を覚える質なのだと自己分析しております。その蓄積が今回とてもよく役立ちました。ロバート様がエイダをレベッカ様との婚約解消のために利用しているというのは私の見立てではありますが、それを可能とする材料がロバート様にあるのかどうか、ロバート様そしてレベッカ様の周辺を自分なりに調べさせて頂きました」
「そこで軍務伯の不正の風聞たどり着いたと」彼は言った。
「その通りでございます」また私は応える。「と言いましても、風聞なんてものは謂わば玉石混淆です。大物貴族ともなればそう言った話の5つ6つは付いて回ります。そしてそのほとんどがデマの類いだと思われます」
そうですね、と言って、彼は浅い溜め息をついた。「王家も5つ6つじゃきかない数のそういった話に晒されています。もちろん、その全てを不敬だと言って叩き潰してしまうのも可能ではありますが、それはしないという方針をいまはとっています。それをしてしまうと、風聞の流布に直接には関係ない国民生活の大切な権利までも脅かしてしまうことになる。その方が国益を損なうという判断なわけです。しかし内容によっては、どうしても腹に据えかねてしまうものもありますね」
「王家ひいては殿下の周辺にあるそういった話は全てデマ、虚偽であると私は信じております」
彼の言う王家に付いて回る風聞については私もおおよそ把握はしているけれど、いまそのことに触れることはしない。何がデマで、何が真実かも。
「しかし軍務伯の風聞のなかで、小声でありながら具体的でデマと簡単に切り捨てるのは憚られるものが1つありました。それが予算の過大申告と横領についてです。これに違いない、と私は考えました。ただし学生の身では、自身でたてた推測を自身の足で確かめにいくなんてことはできません。なのでその部分は外部の人間に依頼を致しました。その人物について詳しいことは申し上げられませんが、その人物から先日この複製が送られてきたのです。きっと公にする日を定めて、その数日前から大体の紙面を作成していたのでしょう。予想以上の成果でした。もちろん、ロバート様が婚約解消を画策しているなんてことは一言も口にしていません」
ちなみにその人物は『オールウェイズ・ラブ・ユー』の別シナリオに登場するサブキャラクターで、王都に店を構える探偵の女性である。面白い情報を持ってきたら少額で訳も聞かずその調査を請け負ってくれる、謂わば都合のいいお助けキャラである。その別シナリオでは彼女をうまく活用することがクリアの鍵になるのだ。私は前回のジュディたちとの王都散策で単独行動になった際に、先んじて彼女に接触し今回のことをお願いした。彼女には王都新聞で報道しようとしているところまで話し、期日までにその証拠を獲得してくれた。その優秀な彼女についていまここで詳しく説明したい気持ちもあるけれど、それはもう少し先まで取っておく。その機会は必ず訪れてくれるから。
私は続ける。「もしかしたらその風聞は、情報を握ったロバート様派によって伏線的に事前に流されたものだったのかもしれません。大きく語られ過ぎたら証拠を隠滅されてしまうし、火のない所に急にスクープを飛ばしたら手引き者の特定と報復の可能性が高まる。どちらにせよ、報道の初出を王家直轄領の新聞社にすれば隠蔽・圧力・揉み消しに合うこともありません」
「なるほど」と彼は呟いた。「かなり練られた計略だということはよく分かります。私のところには、そんな風聞はまったく聞こえてきていませんでした」
ちなみに、その風聞が流れていたことは事実である。それは記事の中にも明示されている。
「それらを踏まえてお聞きしたいことがあるのですが」私は伺いをたてた。
「何でしょうか?」
「この報道が全て真実だと法的に認定された際、軍務伯もといバートン家にはどのような処分が下るのでしょうか?」
うーん、と控えめに唸ってから、彼は答えてくれた。「まず取り潰しや爵位の降格はないと思います。バートン家はこの国内で王家に次ぐ領地を持っています。つまりそれだけ内政にもコストをかけられています。その全てを王家で召し上げてしまうのは、情けない話ですが内政の質的悪化を招いてしまうでしょう。じゃあ他の貴族に分配するかというと、そこでまた激しい政争が勃発してしまう。外患誘致や国家転覆を図ったなら問答無用ですけどね。現状1番収まりがいいのは、軍務伯職を免職させ一部領地の取り上げるといったところでしょうか。賠償命令を出すと、その領民に間接的に重税を課すことにもなってしまいますしね。貸しを作っておく、という意味合いもそこに含まれるでしょう」
「ご教示頂きありがとうございます」
彼の話したことは、この後実際に降る処分と一致していた。
「私からも1つ質問があります」彼は右手人差し指を立てた。
「私の協力者以外のことであれば、何なりと仰ってください」
「ロバートがレベッカさんとの婚約を解消させたいなら、正直に言って軍務伯の失脚だけで理由としては十分な気がします。なぜエイダさんを利用してまで、学園内のレベッカさんの立場も陥れる必要があるのでしょうか?」
私は間髪を入れず答える。そういった質問が来ることも、あらかじめ想定していたからだ。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




