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「以前まで殿下が筆頭の位置におられたのは、殿下の優秀さも然ることながらマリー様が国民からとても慕われていた部分もかなりあったと思われます。しかし、マリー様がお亡くなりになられたいま、特段の理由がないのであれば現在の王妃とも血の繋がっておられるロバート様が次期国王になられるのが適していると考えるものたちの動きが活発化しております。実際、次期国王はどちらがなられるべきかという議論は私の住んでいた地域にも届いていましたし、学園内のとりわけ政治に関心がある生徒の中でも持ちきりです」
「そうでしょうね」彼は応えた。「私も毎日そういった論争に晒されております。だからこそ、こうやって気分転換に1人忍んで街に出たりしているのです」
「殿下はとりわけ王位にはこだわっていないと伺っております」私は言った。
「その通りです」彼は応えた。「マリーがいた頃からも特別野心があったわけではありません。ただマリーと一緒に居続けられる最良の手立てが王位継承順位で1位にあること、そしてゆくゆく王位を継承することだとも理解していました。しかしながら、マリーのいないいまとなっては、もういっそ王位継承権なんて放棄したい気分です。私はもう、別の誰かを愛するつもりはありません」
「……殿下の考えはよく分かりました」私は言った。「ただ殿下の意志がどちらにせよ、ロバート様が王位を継承するとなると大きな問題が浮上します」
「それはつまり?」
彼は句読点を挟むように言った。
「レベッカ様との婚姻が貴賤婚姻になるからです」私は答えた。「一応この国では他国にあるような本来臣である貴族と婚姻すると本人やその子息の王位継承権が剥奪されるなんてことはありません。歴史的に見ても幾つかの貴賤婚姻が行われその血は殿下にも脈々と受け継がれています。このことは、いまさら殿下にお話しすることではなかったですね」
「ええ、私もそのことは十二分に承知しています」
「しかし」私は強調して言った。「それものこの200年は行われていませんし、それ以前に行われたものもすべて致し方ない理由があったからです。大体は戦争でしょうか。特段の問題がなければ、王位継承者の妃は国外の対等な王室から招くのが通例です」
仰る通り、と彼は応えた。
私は続ける。「正直なところ、いまのロバート様を王位継承順の筆頭の位置に推すにはリスクが高い状況です。いまの殿下にはフィアンセがおりませんしその意思もないわけですが、状況だけで言えばいつでも他国の王室から招くことができます。ロバート様にはレベッカ様という婚約者がおられますが、国内貴族である以上通例や外交の面でもどうしても劣ります。そして現国王陛下、殿下のお父様も健在であられるので急ぐ必要もない。現状、ケビン様の心変わりをお待ちになるのが1番収まりがいいわけです」
「そうですね」彼は応えた。「私も客観的にみたらそういう結論になるのだろうとは思います」
「しかしそうなると、ロバート様を次期国王へと推したい勢力には向かい風になります。ケビン様の婚姻がまだだから、ロバート様の婚姻も待ってもらおうなんて対応は、軍務伯で筆頭公爵のレベッカ様のお父様がよい顔をするはずがありません。そして実際に貴賤婚姻の制度的不利益がこの国にはないので、ケビン様の事情に忖度せずロバート様とレベッカ様の婚姻を進めても問題がない。むしろ軍務伯もといバートン家としてはより自身の国内の発言力が高まることになる。だからロバート様とレベッカ様の婚姻は学園を卒業後すぐに執り行われるでしょう。つまりロバート様を推したい勢力とは、バートン家の政治的影響力をこれ以上増強させたくない勢力とも言い変えられるわけです」
「なるほど」と彼は言った。でも、彼にとってそんなことは分かりきったことだろう。「ロバートの個人的事情とロバートを担ぎ上げたい派閥の政治的事情の利害が一致している、それはよく分かります。しかしだからといって、レベッカさんの学園での立ち位置が危うくなるだけで婚約の解消は難しい。それはあなたも、そしてロバートやその後ろにいる者達も承知のはずです」
「はい」と私は答えた。「なので学園外でも婚約解消のための準備を着々と進めているのです」
「それは一体?」
私は答える。「――バートン軍務伯の不正の追求です」
彼は私の言葉に目を丸くした。そしてこれまでのように返答を返してはくれなかった。
「軍務伯には会計と共謀して軍事予算を過大に請求し余剰分を横領した疑惑があります」私は続ける。「実態に即さない他国の驚異を煽り、実際のところは実態を具に把握していてそれに見合った予算しか使わない。余った予算は架空の訓練や研究の費用として計上し、正しい予算額を把握している幹部クラスのみで分配する。予算の総額を把握していない実際に訓練・研究をする末端の人間には知る由もない。軍部の人間は誰も損をせず、軍務伯はより強力なコネクションを獲得できる。損をするのは税を不当に搾取された一般の平民たち。よくある腐敗政治の話です」
「……そのことの証拠を、ホイットニーさんはお持ちになっていられると?」
ケビンの言葉からは力みからくる震えのようなものが聞きとれた。当然だ。自分が関わっていないとはいえ、それがこの国の汚職問題なら、彼の責任も問い質していることにもなるからだ。
「はい、準備しております」私は臆さず答えた。「と申しましても、直接的証拠と言えるかどうか怪しいところではございますが」
「はて、どのようなものをお持ちなんでしょうか?」
彼の力みは未だ解かれない。
「明日の王都新聞記事の朝刊一面の複製です」私は答えた。「軍務伯の不正について幾つかの根拠をもとに追求されております」
私は横の座部に置いていたハンドルバックからそれを取り出した。折り畳まれていたそれを開いて、彼の方に向け直して渡した。
彼はそれを受け取ると、睨むような視線で記事の内容を追いはじめた。
「担当の記者はよく調べられていると思います」私は補足をする。「恐らくこの情報はロバート様派の誰かが知って垂れ込んだのでしょうが、ただそれを鵜呑みにするのではなくきちんと裏取りもしています。実際の予算の数字を出して、報告された消耗品の数量と実数の比較、文字列のみしか存在しない訓練や研究の羅列、相当数の証言の確保、誰が見ても真っ黒だと分かる内容です」
彼はその記事の最後まで目を通すと、おもむろに記事に右手をかざした。そして呪文を唱える。「『ディティクション』」
それは『ひつじさん、フォードを救う』でも登場した探知の魔法だ。複製の魔法は証拠能力の証明のために、いつどこでその複製作業が行われたか、そして本物が現在どこにあるのかを追跡することができる。それを読み取るのに用いるのも探知の魔法なのだ。実に汎用性の高い魔法である。私も、いつかは習得したい。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




