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ケビンは続ける。「ホイットニーさんも我が事として承知されているでしょうが、王族・貴族の婚姻・婚約は基本的には政略です。もちろん当人同士が先に相思相愛になって家を説得して婚姻に至る例もありますが、それはほんのごく少数です。私とマリーも、最初顔と性格も知らない状態で引き合わされました。……ちなみにですが、ホイットニーさんはすでに婚約者がおられるのでしょうか?」
「いいえ、いません」と私は答えた。
本当は、婚姻する気なんて毛頭ありません、と答えたかった。そしてこの場合は、まだおりません、と回答する方が適切だとも理解している。いません、それがいまの私に言える精一杯の表現だった。
「……そうですか。すみません、余計なことを聞きました」ケビンは言った。
はたして彼は、いませんという回答をどのように解釈したのだろうか。
ケビンは続ける。「私とマリーはすぐに心を通い合わせて、それが愛というものなんだと自覚していきました。しかしロバートとレベッカさんの場合はそのようにならなかった。もちろん、私たちのように政略で引き合わされた2人が相思相愛になれることの方がレアケースではあります。ただロバートとレベッカさんの場合は少し特殊と言いますか……」
「噂では、レベッカ様が最初から一方的で凄まじいアプローチをロバート様に掛けられたと耳にしてております」私は言葉を添えた。
「はい、まったくその通りです」彼は言った。「それはもう熱烈で、レベッカさんはロバートに対しまさに竜巻のように烈しい一目惚れされたのです。しかし、ロバートにはそのことがまったく響かなかったようです。レベッカさんもとても美しい人ですが、彼女のあまりにも積極的すぎる部分がロバートには魅力的に映らなかったようです」
「……もしかしてなのですが」私は1つ断りをいれた。「これまでレベッカ様によって排除されてきたロバート様に接近した令嬢方のその多くは、本当はロバート様の方から近づいていったのではないですか?」
彼は5秒くらい黙ってから口を開いた。「――その通りです。先ほどから、まるで見てきたようですね」
私は応える。「お言葉ですが、殿下の言葉から私にそのように言って欲しいというような意思を感じました。私はそれに従って申しただけです」
彼の語りから、ロバートがすぐ側のレベッカを差し置いて別の女の子に声を掛けに行くイメージがありありと浮かんできた。そして、それを小学生くらいの歳で行っているという事実に、私はかなりの嫌悪感を覚えた。それはけして、後天的な素養ではない。
「……たまりませんね」彼は観念するように言った。「ロバートの癖というべきなんでしょうね。あいつは異性に対して、狩りに近い感性を持っています。言い寄られるよりは自分から言い寄って相手をその気にさせることを快に感じる節がありました。もちろん、レベッカさん以外の身近な女性が全て受け身だったというわけではありません。レベッカさんほどじゃないですが、アプローチを掛けるような行動を見せた女性もいます。ですがその女性たちの行動を促したのも、レベッカさんがいながら他の女性にも接近するという行為をロバートが見せていたからに他ありません」
「それをレベッカ様は例外なく蹴散らしていかれたと?」私は言った。
「その通りです」彼は言った。「ロバートはそれを特別止めるようなことはしませんでした。当時はいま以上にレベッカさんがいつも側におられましたから、相手が明確な好意を持つなかで会話するをあいつなりのゴールと設定していたみたいで、それ以上に進むことは嫌っていたように見えました。だからこそレベッカさんによる排除はそれはそれで都合がよかったのだと思います」
私は生徒会室でのロバートとエイダのやりとりを思い出した。ロバートはその時、周りの令嬢方にもいい顔をしなければならない、レベッカがその令嬢方を排除したのも少なからず国益にもなっていた、と宣っていた。しかし第三者の目を通した真実はまったく違った(それは私がほとんど予想、あるいは読解していた通りでもあった)。私のロバートに対する嫌悪感はよりいっそう深まった。
くわえて私は、レベッカが最初の袋小路でエイダに対して言った、「美しいロバートを目の前にして惹き付けられないことなんてあり得ない」という言葉も思い出した。これは演出された理不尽よりは、そう自分に言い聞かせないと彼女自身が壊れてしまうためだったのかもしれない。惨めだなと、私はレベッカのことを思った。
彼は続ける。「私とマリーは、ロバートとレベッカさんの行いについて有効な指摘をすることはできませんでした。まぁ、マリーは学園に通う前のほとんどは生まれのファシナンテ王国にいたので機会自体がまるでなかったのですが。ロバートについては、……言ってしまえば不貞行為を行っていたわけではありませんし、レベッカさんにしたって、私のフィアンセなんだからこれ以上近寄らないでという措置にどれほどの批判ができるのでしょうか。とりわけ貴重な自由恋愛を謳歌できていた私とマリーが」
「……これまでを総合してつまり、ロバート様がレベッカ様を疎ましく思っていることに異存はないということでよろしいですか?」私は1つの区切りを求めた。
「――そうですね」と彼は答えた。
「続いて2つ目の理由について申し上げさせて頂きます」私はさっそく言った。「その2つ目とは政治的理由です」
「政治的理由」ケビンは言葉を抜き出した。「また大きく出られましたね」
彼は表情を緩めた。いまが表情筋を休めるチャンスだといわんばかりに。
「あまり茶化すようなことを仰らないでください」私は言った。「これは殿下とも密接に関連していることでもあるのです」
彼はまた真剣な表情へ戻した。少し気の毒なことをしたような気もする。
「というと、つまり?」
彼は私の言いたいことを既に承知しているようだ。
「つまり、王位継承問題です」私は答えた。「マリー様が亡くなられてから、殿下は別の誰かと婚約あるいは婚姻を結ぶに至っていません。マリー様がご存命時は次期国王は殿下が筆頭であり、ロバート様もそれを認めるような態度を公ではとられていました。……念のためにお伺いしますが、現在でも婚約あるいは婚姻をお考えの女性はおられないのですよね?」
「ええ。もちろん」彼は噛み締めるように言った。
「――であれば、必然的に王位継承におけるロバート様の位置は以前よりも高いものになりました。そして、もし殿下がいまから別のお相手を見つけられたとしても、殿下が突き抜けた位置に返り咲けるかどうかは疑問符がつきます。なぜなら殿」
「私とロバートの母が違うからでしょうか」
「……はい、その通りでございます」
彼が突然私の台詞に被せたことに、思わずドキッとさせられた。まぁ、ここまで言えば当事者としてこの田舎貴族の娘の言いたいことなんて大体分かってしまうわけだけれど、なんだろう、それはもっと根本的な、同質の何かをその身に内包する同士の共鳴のような代物に感じた。いや、それは遮音された馬車の中で、見目麗しい年代の近い男と向かい合っている状況がみせたまやかしなのかもしれない。やはり、私の性的指向は男性なのだ。私は2度深い瞬きをした。
ケビンとロバートの母親は違う。その設定について少し話すと、ケビンが産まれてから1年で彼の母親は病で亡くなり、その1年後に新しい后を迎えてロバートが産まれた。改めて言葉にすると、異母兄弟の容貌が一見では判別し損ねるほど似ているというのも変な話である。描写はなかったが、もしかしたら2人の母親の容姿はそっくりなのかもしれない。となると、ケビンとしてはなおさら辛い話でもあるかもしれない。ま、どちらにせよ、それは物語の愛嬌だ。
私は心を落ち着けて、話を続ける。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




