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ケビンの容姿は、兄弟なだけあってロバートとよく似ている。金髪の碧眼、しっかりとした高い鼻、古代彫刻のように整った顔、190cmに迫る身長、ロバートとはカットデザインが違うラピスラズリのピアス。しかし弟と比べたらより男らしい雰囲気がある。顔のパーツ・輪郭はより直線的で、筋肉質なのが服の上からでも分かる(フードロングコートの下はシンプルな白のシャツと黒のズボンだが、高級な素材が使われていることが見て取れる)。ただその力強さとは対照的に、表情は薄弱だ。生徒会室でロバートがエイダに語ったように、心ここに非ずといった具合だ。目に入ったもののいまを見ずに、そこに香りのように残る過去ばかりに囚われている。……かくいう私も、人のことを言えないかもしれない。
「本日は賎しい私のためにお時間を作っていただきありがとうございます」私は頭を下げる。「そして先の店舗での非礼をお許しください」
「非礼だなんて」ケビンはうっすらと微笑みながら言う。「もちろん最初はびっくりしましたが、声をかけてもらえて実は嬉しかったんですよ。自分でやっていることとはいえ、王宮の皆に黙って外出しフードで顔を隠しながらこそこそと街を巡るのはやはり窮屈で寂しいものです」
「お気遣い頂き恐縮です」
言葉に覇気がないおかげで、男と密室で2人きりという状況もあまりプレッシャーを感じない。
「――もう1度お名前を聞いてもよろしいですか?」
「ホイットニー・ブリンソンと申します。シボレーという、国の外れの小さな町を治める男爵の家に生まれました」
「では、ホイットニーさんと呼ばせていただきます」彼は言った。「ホイットニーさん、ちなみにエイダさんは私のことをどこまで話されていましたか?」
「――そうですね。いまの私と同じように馬車の中でお話しさせてもらったこと、そして、……あのお店に1人よく訪れている理由も少し」
「そうなんですね」
彼は少し困った顔をした。
「彼女は殿下との束の間の時間が実に素晴らしいものだったみたいで、会話中もずっとテンションが高くつい色々と口走ってしまったようです。その後私から他の人には絶対に言わないよう強く言いつけております。なので今後もしまた彼女と会うことがあっても、どうか責めないで頂きたいです。私個人としても今日は彼女に内緒できたので、私が密告したみたいなことにはしたくありません」
「――ええ、分かりました」彼は応えた。「むしろ、あなたに話してくれてよかったかもしれません。それで今日のご縁ができた」
「ご縁、ですか?」
私はケビンの言葉を抜き出した。彼がその言葉を選んだ意図がよく理解できなかった。まるで口説いてるいるような台詞だけど、彼の雰囲気からそういった下心を微塵も感じなかった。
「……私の口からも、あの店と私の関係について話させてもらいます」彼は言った。「あの店は、マリーとよく訪れていた場所だったんです」
「マリー、様と言いますと殿下の……」
「ええ、フィアンセだった人です。私はいまと同じような格好で、彼女は変装の魔法を使用してよく街中を忍んで回っていました。彼女の変装の魔法は一級品で、私以外誰も彼女を見破ることはできませんでした。そのお陰で目深にフードを被った隣の男がまさかこの国の王子であると思うものもいませんでした。実を言うといまは時折バレてしまうんです。もちろんそれは、エイダさんの時のようなきっかけがあってのことですが」
変装の魔法自体は、実はそこまで難度が高いわけでもないし、浮遊と一緒で比較的どの属性の適正者でも習得は容易である。だからこそ肝要なのが、いかに探知不能なほどに魔力の放出を抑えるかという部分になる。それを彼のフィアンセは極めていたことになる。
「確か彼女からは、店内で殿下に誤ってぶつかってしまったと聞いております」私は言った。
「その通りです」と彼は応えた。「どうやら店の商品に目を奪われていたみたいで、横から私に衝突して転倒されしまったんです。そのエイダさんを起こそうと屈んだ際にフードがずれてしまいましてね。最初エイダさんは、私をロバートと間違えていました。まぁ、ずっと似ていると言われてきましたしね」
「実を言うと私が彼女と知り合ったのも、入学式の日に彼女が背中に衝突してきたのがきっかけなんです。彼女はどうも視野が狭いところがあるみたいで、ロバート様とお間違えになった件も含め改めて私からも謝罪させていただきます」
私はまた頭を下げる。
「いえ、正直なところエイダさんだけが悪いわけではないのです。私もボーッとつっ立っていましたので」彼は言った。「それに先ほども言いましたように、ホイットニーさんがあのお店で私の隣に立つきっかけを作ってくれたことをいまでは感謝しているくらいです」
私は下げた頭を戻してから言った。「……あの、私があの店で殿下の隣に立ったことに何か意味があったのでしょうか?」
「――失礼を承知で申し上げさせて頂きます」彼は身分にらしくない断りをいれた。「私はあの時心の内で、ホイットニーさんの立ち姿をマリーと重ねさせて頂いていました」
「マリー様と私を?」
私はまたケビンの言葉を抜き出した。彼の言葉の意図がよく分からなかった。一応明確にしておくが、私とマリーが似ていることは断じてない。マリーはケビンやロバートと同じように黄金色の頭髪を持っていて、それを長いストレートにして下ろしていた。まさに太陽の女神と言える容貌で、溌剌とした大きな蜂蜜色の瞳を持っていた。すーっと整った高い鼻とそれが映える小さな顔、大きめの口で浮かべる笑顔は泣く子も即座に鎮めてしまう。マリーの容姿はそのように描写されていた。だからどちらかと言えば、重ねるならエイダの方だと思うのだけれど、ケビンとエイダの会話にそのような内容はなかった。
「もちろん、容姿が似ているというわけではございません」彼は私の心を読んだように言った。そして私もハッした。マリーが彼と一緒に町に出ていた時は、常に顔を変えて変装していた設定を思い出した。「シチュエーションと言った方がいいのでしょうか。……マリーはあの店のガラス瓶のコーナーを大変気に入っていました。新しいものが並ぶといつも以上に目を輝かせて、時折そのまま購入もしていました。その時の私たちの立ち位置というのが、まさに今日の私とホイットニーさんの位置関係なのです。マリーもよく帽子を被っていたので特に、背丈も同じくらいでしたし」
変装の魔法は背丈を変えることも可能だが、ただ顔や頭髪や皮膚の色を変えるよりも魔力を消費するので、誰かに化けているわけではないのなら背丈は変えないのがセオリーである。確かに、私とマリーの数少ない共通点として、背丈はいまの私と大差ないように描写されていた気がする。
「正直に申し上げさせて頂きますと、1人の女性として別の女性の影を自身に重ねられることはけして気持ちのいいことではないのですが、そのことが殿下が私の願いを聞き入れてくれた要素の1つとして機能したのであれば、僥倖というべきなのかもしれませんね」
私は戒めるような調子で言った。これまで幾つかの言葉を交わして、ケビンがゲーム上と変わらず尊大な人物でないことを確信し、会話の主導権を完全に手放さないように手を打った。私はこれから、彼に取引を持ちかける。そのためには、へりくだりすぎた態度はむしろ逆効果である。
「その通りですね、失礼なことを言いました」彼は言った。「そのお詫びというわけではないですが、私に聞きたいことは何なりと仰ってください」
次話は明日の20時台に投稿予定です。




