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第5章です。章題は「Coldplay」の楽曲より。
雑貨屋の内部はとても落ち着いた雰囲気をしている。床と陳列棚とテーブルは木製でダークブラウンを基調とし、モルタルの壁と天井は白く塗られている。肝腎の商品は明色で統一されていて、どのようなものが置かれてあるかが一目で分かるようになっている。時計・食器・ガラス瓶・容器・時計・装飾・エトセトラ。デザインは概ね純朴で生活にささやかな彩りを与える、どちらかと言えば庶民的なお店に分類されるだろう。奥に小さなカウンターが見えるが、いまは誰もいないようだ。カウンターの後ろには扉があって、店主はその奥に引っ込んでいるのかもしれない。
フードの男は棚に陳列されたガラス瓶を熱心に眺めているようだ。フードはロングコートと一体になっている、まるで身を隠しているようだ。ガラス瓶の陳列位置はカウンターからは死角になっていて、店主が気まぐれにカウンターに出てきたとしてもすぐには目撃されない。いや、カウンターを飛び越えて商品整理に店内を巡回する可能性もあるのだから、モタモタせず即座に行動に移すのが吉だ。
私はフードの男の横にすっと寄った。男は流石に私の存在に気が付いたようだが、ただの客だろうとしか思っていないように感じる。私も陳列されたガラス瓶に目をやる。
そして、私は視線をそのままに、彼の予想を裏切ることを言う。潜めた声で。
「ケビン殿下と、お見受けいたします」
視界の端で、彼の体がびくっと硬直した。そしてガラス瓶の棚から恐る恐る私の方に体を向けた。ちょうどバケットハットの縁が邪魔をして、彼がいまどんな表情をしているのか分からない(それはつまり、彼からも私の顔は見えていない)。
私は続けて言う。「私はホイットニーと申します。現在モータウン学園に通っています。いまの生徒会について折り入ってお話ししたいことがあって参りました。少しお時間よろしいでしょうか? 申し訳ございません。このような方法でないとお会いすることは敵わないと思いましたので」
そう、彼こそがロバートの兄、コモドア魔導王国の第一王子、ケビン・ファーガソンである。私はこれから、彼にある取引を持ち掛ける。
ケビンは学園の後輩であるという私の告白を聞いて、緊張を随分と解いてくれたようだ。流し目で彼の様子――鳩尾から下あたり、ロングコートは前までしっかりと留めている――を伺うと、警戒を込めた手足の力みが解放されている。その私の言葉にくわえて、そもそも彼が危惧するような実行的な政敵の刺客の類いにしては、私の格好や立ち振舞いはあまりにも不適格に映っただろう。彼もそういった政争をこれまでさんざんと潜り抜けてきたのだろうから、私が無害であることは肌で感じ取れるはずだ。経験的にも、そして魔力的にも。なぜなら魔法とは、効力を発揮している間は一定以上の魔法使いからは常に感知されてしまうものだからだ。レベッカの遮音の魔法があの場合に有効だったのは、あくまでも学園中の至る所でその魔法が常に効力を発揮しているからである。そして、彼もとても優秀な魔法使いである。学園時代は成績が常にトップで、2年の秋から1年間生徒会長をしていた。弟のロバートと同じように。
いまの私は、さしずめ魔力的丸腰といった状態だ。瞬時に何かしらの攻撃を加えるために身構えたり魔力を予め練るようなこともしない(そもそも私はまだ自分だけの杖も持っていない)、手にしているハンドルバックを振り回すことくらいしかできない。私はそのことを彼に暗にアピールする。これは、私なりの賭けでもある。失敗すれば最悪私は不敬罪等で投獄されて、両親や弟にまで迷惑をかけるかもしれない。
ただし、それはしっかりと高い勝算があることを見越した上での賭けである。私は『オールウェイズ・ラブ・ユー』をプレイする中で彼が――あくまでも表面的には――どのような人物なのかを事前にリサーチしているし、彼自身も現在の生徒会について在校生が相談しに来るという状況に心当たりがないわけではなかった。その核心となるイベントが先週、この同じ店同じ時間帯に起こっているからだ。
ケビンはまたガラス瓶の棚に身体を向ける。そして1つ丁寧に呼吸してから、潜めた声で言った。「いいでしょう。かわいい後輩のお願いですから」
ケビンの声はやはりロバートと似ているが、幾分低音の響きが強かった。それがロバートと比べて実直な印象を私に与えてた。いやそれは、私がロバートの本性を知っていることによる先入観のせいだとも思う。
ケビンは『オールウェイズ・ラブ・ユー』においてあくまでも攻略対象ではなく、主人公に何かしらの助言をするサブキャラクターである。
かわいいは余計だ、とつい口にしたくなったが、私はその言葉を呑み込んだ。そうしている間に、ケビンは続けて言った。
「私が毎週この時間にこのお店に忍んで訪れていることは、もしかしてエイダさんから聞いたのでしょうか?」
はい、と私は答える。
そう、先週にあったイベントとは、エイダがルームメイトと王都へ遊びに出た際、はぐれて迷った末にこのお店で彼と偶然に会ったというものである。
私は続ける。「聞いたというよりは、彼女がうっかり口を滑らしてしまったのですが」
もちろん、エイダから聞いたと言う部分は嘘である。私は入学式以後、エイダとは直接に会っていない。彼の言うことに対してゲーム上での知識を使い、不自然ではない受け応えをして一定の信用を勝ち取らなければいけない。
「そうですか」彼は答える。「他言しないようにと直接言ったわけではないのですが、いただけませんね」
「彼女はもともと、そういううっかりしている部分があるんです」私は言った。「しかし、最近はそれが輪にかけてひどくなっている状態なんです。そしてその原因は生徒会にあると私は思っています。とりわけ生徒会長のロバート様に」
「……ふむ。なんとなく、あなたが私と話したい内容について分かった気がします。ただどちらにせよ、これ以上ここで話し続けるべきではないでしょう。場所を変えましょうか」
はい、と私は答える。私はひとまず安堵する。すると彼は、付いてきてください、と言って翻り店の出入り口へ歩いていった。私もそれに従って、2人並んで退店した。
私たちはそのまま大通りに出て、馬車を1つ拾った(最大収容4人の、私が家族と入学式に使用したものと同型のものだ。量産型なのだろう)。
彼が御者の男性にお金を渡して言った。「1時間ほど街をぶらーっと回ってくれませんか? 遊びにきてくれたいとこにキャビンの窓からこの街の様子を紹介したいのです」
御者は委細承知した。もちろん、彼がこの国の第一王子であることなんて知る由もない。
私たちが乗り込むと、馬車はさっそく出発した。彼は御者に言ったようにキャビンの窓にかかった黒色のカーテンを開いたが、それはほんの少しだけだった。外からはどの角度からでもよくて私しか見えない。続けて彼はキャビンの入口付近にあったスイッチを2つ押した。1つは照明で、もう1つはキャビン内に遮音の魔法を展開するためのものだ。王都の馬車にはそういった仕掛けがなされている。
「これでもう大丈夫です」
彼の合図に私はバケットハットとハンドルバックを取った。当の彼はフードを脱ぐ。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




