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学校の名前を「モータウン」にしたのは、モータウンサウンド及びそれに影響を受けたアーティストの音楽が大好きだからです。

 

「もしかして、案内の紙を見ていたらよそ見をしてしまったのでしょうか?」


 私はその紙を握りしめるエイダの手もとを見下ろした。けして責めるわけではなく、ただ事実を確認するように。どれだけ優しい声音を用いても、目をじっと見て言えば彼女は極端に怯えてしまうだろう。


「そ、そうです。すみません、分かりにくかったもので、文字だけだと」


 エイダはしどろもどろ答える。その容貌でうるうるとした目をされると、こちらが悪いように思えてしまう。


 モータウン学園は敷地の合間に街道を挟むほどに広大で、手頃な紙に詳細な地図を載せることができない。だから文字で説明してそれでもよく分からない場合は現地で聞いてくださいよ、といった対応になってしまう。スマートフォンがあればな、とこういう時は思ってしまう。


 魔法でそういった情報を頭の中に直接送ること――即ちテレパシー――はできないのか、といった質問が聞こえてきそうだけれど、それをするためには受け取る側も一定の魔法の錬度が必要で、学園に入学直後の人間ではまず不可能だ。そもそもそれが可能なら、学校で学ぶ必要もない。まぁ、学校の存在意義は勉学だけではないのだけれど。


 貴族出身であれば周りの伝手でおおよその施設の情報を事前に仕入れることもできるし、先んじて学園内を見学することもできる。兄弟姉妹がいれば入学式のような各種学校のイベントに同席もできる。周りに質問するのに抵抗も少ないので私のように手ぶらで歩いてる者の方が多い。しかし、手軽に学園の誰かに訪ねることに恐怖を感じているエイダにはどうしても紙にかじりついて見たり、周辺や建物を凝視する必要があるので必然的に視野が狭くなってしまう。そして強者・富める者に不用意に接触してしまう。それを見た第三者は、一様に弱者の方に落ち度があると指を指すのだ。ほんと、気にくわない。


「それは大変でしたね」私は言った。そして、施設の説明をしている上級生の方をさし示した。「よろしければ一緒にあちらで場所を聞きに行きませんか? 私も少しあやふやなもので」


 エイダは答える。「よ、よろしいんですか? 私なんかと」


 エイダはどうやら、私が彼女に()()()()()()様子を平民と見抜かれた視線だと解釈したようだ。まぁ、それも誤りではないのだけれど。


「ええ、もちろんです」私は微笑んだ。「早速行きましょう」


「は、はい」


 エイダは返事をして、乱れた髪の毛を整える。そしてその長い髪で耳を隠した。




 私たちは施設案内をしている上級生の前に立つ。先約の対応が終わったのを見るやそれぞれに名乗って挨拶をし、()()()()()()()()について質問する。


 まずは私から挨拶する。「はじめまして、ホイットニー・ブリンソンと申します。今日からよろしくお願いいたします」


「は、はじみまして、エイダ・タルボットです、……と申します。よろしくおにゃがいいたします」彼女は緊張のあまり舌足らずになっている。……かわいい。


「あっ」と言って、エイダは私の方を見た。「エイダ・タルボットです。よろしく、お願いいたしますぅ」


 律儀な子だなと、私は思った。確かに、面とした自己紹介はまだしていなかった。


「ホイットニー・ブリンソンです。よろしくお願いいたします」


 改めて私も、エイダに自己紹介をした。上級生は私たちのやりとりを微笑ましく見ていた。


 上級生は背の高い男だった。黒髪短髪のアップバンク。日焼けをして、爽やかなスポーツマンといった雰囲気だ。金の丸いピアスを着けている。


 彼はふふと微笑んでから、丁寧に挨拶を返してくれる。「はじめまして、ジャーメイ・ウィルソンと申します。こちらこそよろしくお願いします」


 私と彼に面識はない。まぁ所詮、私は中央から離れた地方の()()()の娘。田舎者。彼の洗練された立ち振舞いを見るに、中央と親しい伯爵家以上の令息だろう。


 学園の規則で、一定の親交ができるまで自身の家格を開示しないこと、貴族的社交界的挨拶や作法を使用しないことが決まっている。これも平民を受け入れるための施策だ。だったらピアスやイアリングの装着も禁止にしたらいいのにと思うが、それは猛反発を受けたらしい。挨拶や作法の方はすんなりと受け入れられたのに。きっと、貴族たちも形式ばった挨拶には内心うんざりしていたのだろう。()()()としても、()()()()()からの検証的ツッコミをされたくなかったのかもしれない。あいつらは厄介だからな。()()()()()()()()()()()()()()()()。「薄桜鬼」シリーズで痛いほど味わった。


 まぁ皆が皆、その決まりを遵守しているわけでもないのだけれど。


「お2人とも、ご自身の()()()へ向かいたいということでよろしいですか?」


「はい、その通りです。是非ご教示願います」私は言った。エイダは私もそうだと言う風に2度頷いた。


「分かりました。では、まずホイットニーさん」彼は私の目を見て言った。「入学する学部を教えてください」


「私は火操学部です」


「でしたらA館ですね。メインストリートをまっすぐ行って街道を越えて、すぐ右に見える煉瓦造りの6階建の建物になります。正門の1号館より弱冠淡い色をしております」彼は――正門を背にしている――私たちから見て右手前にある広い道をさし示した。


「ありがとうございます」私は軽い会釈をした。


 モータウン学園は謂わば総合大学のようなところだ。魔法には火や水に代表される多様な属性があって、火属性に高い適正を持つ人は水属性の使用が難しいといった傾向がある(物を浮かせるはその属性の垣根を越えた基礎の基礎といった部分だ)。それを加味して長所を伸ばし、どうやって短所を克服あるいは長所でカバーするかを効率的に学ぶのが学園設置の目的である。それを16歳からの3年間に設定されているのは、この時期が最も急激でそして柔軟に魔力が向上するいわゆる成長期に当たるからだ。


 学園は魔法の属性の数だけ建物があると言える。実際には催事に使用される大小のホールや図書館などの施設、複数の運動場もあるので+αなのだけれど。そして新入生は入学式が執り行われる大ホールへ向かう前にそれぞれの学部棟の自身の所属するクラスへ赴かなければならない。そこから集まって行進しながら大ホールへ向かうことになる(この部分だけはやけに日本の高校らしい)。だから中庭の新入生は1つの方向じゃなくいろんな方向に歩いている。しかも目新しい建物に目移りをしながら。分からないからとりあえず誰かの後ろをついていくということがまずできないのだ。不親切極まりない。しかし、物語は時にそういう強引さが必要なのかもしれない。



 彼は微笑みを崩さない。A館の道順の説明を聞いて分かるように、そこは正門の1号館の次に分かりやすい位置にあってわざわざ教えてもらうほどでもないのだ。ともすれば、何でそれくらいのことでわざわざ俺に聞くんだといった表情を僅かにでも浮かべて然るべきなのだけれど、彼は少しもそういった素振りを見せない。それは彼が、隣の気弱な女の子のためのある種のパフォーマンスとして行っていると理解しているからだ。


 よくできた人だと私は思う。しかし、それでも男だからと彼を信用しきれない私がいる。前世で()()()()()()()()()()()ことに気付いてから、いろいろなものの見え方が変わってしまった。ファッションとしてこれまで楽しくやってきたカラーリングや服選びも総て自己防衛のためのものに変わっていた。まるで毒虫がその身に帯びる警戒色のように。そして、どちらかと言えば表面的に親切だった男たちが、そんな私たちを見てまるで裏切られたような態度を取ってきた。()()()()()()()()()を押し付けてきた。さらに溝は深まっていき、もう取り返しのつかないところまで来てしまった。


 この世界でもそれは変わらない。ずっと連続している。その象徴こそが、攻略対象の男たちなのだ。



「では次は、エイダさん。あなたが入学する学部はどちらですか?」彼は今度はエイダを見た。


「は、はい。わ、私は、治癒学部です。4号、館です」エイダはおろおろしながらもなんとか答えた。


「治癒学部ですか。私と一緒ですね」彼は言った。「メインストリートを挟んで右側にたくさんの建物が密集しているエリアがあるのですが、その中の1番中央にある4階建の建物です。はじめての人には特に分かりづらいところの1つですね。このまま少しお待ちいただければ、そのまま私がご案内できますが、いかがされますか?」


「え、えぇと」


 エイダは回答を渋るが、それでもいいかな、という意思が表情から伝わってきた。危うい、彼女みたいな子が、前世ではとりわけ涙を流してきたのだ。


 私が応える。「途中まで道は同じですから、私が彼女を連れていきます。大体の目星はつきましたので。先輩のお手を煩わせてはいけませんし」


 彼は一瞬不意をつかれた顔をしたが、すぐさま微笑みを元に戻した。「ありがとうございます。私の後輩を、是非よろしくお願いいたします」






「ホイットニー様、本当にありがとうございました」エイダはそう言って深々と頭を下げた。


 私たちはジャーメイが説明した道順を進み、無事に4号館の入り口に辿り着くことができた。まぁそもそも、全て頭の中に入っているのだけれど。ただそのことをエイダに悟られないように途中で立ち止まったり、ぐるっと辺りを見渡したりもした。4号館を含め、周りの建物はみなコンクリート建築だ。


 知っていることを知らない風に偽ることは、字の如く本来容易ではない。ただ私にとって、いや、女にとってそれは朝飯前だ。女として生きることは、それを訓練する日々を過ごすということでもあるからだ。しかも、私は2周目だからね。


「そんな頭を下げないでください。このくらい何でもないですよ、エイダさん」私は応えた。


 いっそ様呼びもやめさせようかとも思ったけれど、いまの彼女には無理強いになってしまうかもしれない。


「あのっ」エイダが言った。「また、何かあったら、助けてください」


 彼女にしては大胆なことを言うと、私は思った。ゲームの彼女は謂わば、白雪姫よりも白雪姫な女の子だ。誰かを助けることも、自分を助けることも、助けを求めることすらもできないような女の子だ。そんな彼女がいま、私を宛にしてくれている。


 それほどまでの超内向と言えるエイダがこの学園に入学したのにももちろん理由がある。最初に述べるが、けして法的に強制されたということではない。一応入学は自由だ。しかし、99,5%の魔法を発現した者は入学する。貴族と平民、それぞれの理由がある。平民の、つまり彼女の場合、それは(かね)だ。この学校を卒業するということは、即ち公務を得られるということだ(しかも特待生の彼女には、通園中にも実家への経済的支援が為されている)。それだけでも懐が潤沢になるし、そこからさらによい働きをしたら一代貴族として男爵の位が与えられる。時期や婚姻に恵まれれば陞爵や世襲貴族に仲間入りすることも夢じゃない(貴族の第一条件は何よりも魔力を保持していることだからだ)。そうなれば当人だけでなく家族や出身の町・村落も安泰になる。彼女はその期待を一身に背負っているのだ。



「ええ、その機会があれば」私は言った。


 その機会はそう遠くないうちに必ず訪れるだろう。でもエイダは、それを助けてもらったと思ってくれるだろうか? いや、その考えは傲慢だろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「最後にこれだけは言わせてください」私は続けた。「よそ見しながらの行動は、最悪人を殺すことになりますよ。だから何かあればまず立ち止まること、それだけは徹底してくださいね」


「わ、分かりました。ありがとうございます!」


 エイダは私の顔を見ながら言った。夏の太陽に照らされた水面(みなも)のように眩しく、そして自然な笑顔だ。少なくとも、私に対する恐れは克服してくれたようだ。私はそれを、素直に嬉しく思った。

次話は明日の19時台に投稿予定です。

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