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最初はただなろうでウケやすいものをさっぱりと書こうと思いはじめたけど、いまは好きなものがあって大切な友達がいて、そんな「普通」の女が男尊女卑の社会構造に強烈な一撃を加える話を丁寧に書きたいという欲に完全に傾いている。
どれだけ長くなろうが絶対に書ききるよ。
翌日は入学以来1番よい目覚めだった。今日は私がディアナを起こして、私からシャワーを浴びた。準備が整うとまた階段付近でジュディとシンディと合流して、速やかに朝食(今日はパンケーキを主としたアメリカ風だった)を取り登校した。もはや目を瞑っていても誰かあるいは何かと衝突することなく楽々とこなせてしまいそうだ。寮を出て、4人でぶらぶらと会話をしながらA館に至る。すると、学生課の前がやけに騒がしかった。人だかりができていて、みな一様に掲示板を見上げていた。
「なんだろう、休講通知とかかな?」ジュディが言った。
さぁ、なんでしょうね、と私は応えた。いや、お決まりのパターンだけれど、私はその理由を知っている。物語がまた1つ進行する、重要なイベントだ。
私たちは掲示板の近くに立ち寄って、その内容を見た。掲示されている張り紙にはこのような記述がなされている。
『本日より、治癒学部1年1組のエイダ・タルボットを生徒会書記に任命する。』
「これって……」
シンディが呟いた。私はそれに応えず、批判するように文字をじっと見つめる。
モータウン学園の生徒会は生徒会長のみ選挙があり、その他役職は当選した会長が任命する仕組みになっている。役職には上限人数が設定されているが、必ずその人数を埋めないといけないわけではない。書記は上限2名で、謂わばロバート政権下ではこれまで1名のみ任命されていたのが、新学期から数日で新入生を中途任命した。勿論、そんな事例はこれまで1度もなかった。
昨日に生徒会長が当のエイダを食事中に連れ出した事件もあって、昨日からの浮わついた噂はより勢力を増している。膨張し過熱している。もはや明確な恐怖を覚えるほどだ。実際に、ジュディは私の隣で不快な表情をしながら冷や汗をかいている。
「なによぉ! これぇえ!」
1人の女の咆哮が突如廊下に響き渡り、その反響がやむと辺りはしん静まり返った。私たちは後ろを振り向いた。そこには、烈火の形相をした赤髪の白雪、レベッカ・バートンがいた。
レベッカがずんずんと、掲示板の直下に歩み出ようとすると、まるでモーセの海割りのように人が避けていく。私たちもその圧に押されて2歩ほど下がる。到着したレベッカは、その張り紙を乱暴に外して眼前に持ちあげた。そして穴が空くくらいに凝視する。そこに書かれていることが何かの手違いではないのかと確認するように。もちろん書かれている内容が変化することはない。そこにはなんの魔法も込められてはいない。彼女はその張り紙をぐちゃぐちゃにして地面に叩きつけ、踏みつける。鈍い音が廊下に響き渡る。そして猛獣のような荒い息をする。ゲームでは描写されなかったシーンなので、端から見ていて緊張してしまう。この事態は学生課職員も把握しているはずなのに、彼女に何かしらの注意をするような動きはない。全員が、彼女の放出する負の空気感に呑まれてしまっているのだ。
推し量るに、昨日の時点でロバートに昼食中のエイダを連れ出したことを問い詰めに行っているのだろう。その時点でどのように返答されたのかは分からないが、エイダを生徒会書記に任命するつもりだ、なんて聞かされてないのだろう。それが翌日にこのようなかたちで公表されて、彼女は面を食らったのだ。
彼女はわなわなと怒りに震えながら、翻りA館から出ていってしまった。その深紅の髪が、荒い歩調に合わせてだんだんと揺れている様子はまさしくサラマンダーのようだ。今日は取り巻きがいないようだ。八つ当たり等を恐れたのかもしれない。
彼女が立ち去ってから10秒くらいが経つまで、我々は息をするのを忘れていた。1人が大きく息を吸ったのを機に、それぞれが呼吸を回復させていった。隣のジュディは2つ大きな呼吸をしてから、怖かったぁ、と思わず声を絞り出していた。
もうすぐ授業がはじまるので教室に上がってくださいと、やっと学生課職員が声を出した。我々は自分たちの教室に向けて歩き始めるも、ざわめきは一向に収まらない。レベッカの本性を知らなかった者たちはある種の失望を覚え、彼女の本性を知る者はまたはじまったと頭を抱えている。
ここから、彼女は孤立に向けて進んでいく。
レベッカはその足でロバートに会いに行った。ロバートは錬金学部の生徒だ。もうすぐ授業開始のチャイムが鳴る時だったが、教室の扉を空けた瞬間に怒鳴るように彼の名前を叫んだ彼女を一瞥して、立ち上がって1時間目の授業を担当する講師に、少し席を外します、と告げてレベッカのもとへ向かった。彼のクラスメイトは突然の出来事に凍りついていたに違いない。
ロバートはレベッカを生徒会室に連れていった。そして昨日のエイダと同じよう鍵を閉めて遮音の魔法を室内に施した。
彼の教室からの移動中に抑え込んでいた気持ちを、彼女は一挙に解放する。私がせっかく懲らしめてやった泥棒猫を生徒会書記にするなんてどういうつもりなの? と言ったことをヒステリックに喚き散らかした。彼はそれに対して淡々と、優秀な生徒だから任命しただけだ、としか答えなかった。じゃあなんで私は任命してくれなかったの? という問いに対しては、君の優秀さは生徒会活動で発揮できるものじゃない、と答えた。
そのような押問答を暫く続けて、たまらずレベッカは生徒会室から出ていってしまった。それまでの間、レベッカにはエイダの時のような血の通った言葉や紅茶を贈られることはなかった。そもそも、ロバートはレベッカに紅茶をご馳走したことは1度もないのだ。
授業に遅れて参加し放課後になると、レベッカはさっそくエイダへの接触を図った。以前と同じように、エイダを4号館の入り口付近で待ち伏せた。今度は取り巻きを2人連れている。
エイダは今度はルームメイトと2人で出てきた。レベッカはすかさず駆け寄っていく。そして、精一杯の作り笑顔で声をかける。
「エイダさん、また少しお時間よろしいでしょうか?」
その声掛けの以前から、レベッカとエイダが正対する状況に周囲は鉄の糸を張りつめるような緊張で包まれていた。もっと言えば、レベッカが4号館付近で誰かを待っている段階から徐々に、だろう。取り巻きの2人まで、今日は居心地が悪そうだ。
レベッカが早朝に火操学部の学生課横掲示板の前で咆哮し、新生徒会書記任命の掲示物を剥がして叩きつけたことは既にほとんどの生徒の耳に知れ渡っていた。もちろん、エイダにもそれは伝わっていた。隣のルームメイトは、エイダ……、と名前を呼ぶも適切な声掛けが思いつけない様子だ。エイダはこの後はじめての生徒会活動への参加があるから、それを盾に拒否することも可能だった。ただしいまのエイダにそれを助言することは、まさに火に油を注ぐ行為だ。
しかし、エイダはこう言った。「はい、喜んで。生徒会が始まるまでの少しの間でしたら」
ルームメイトは驚きで声がでなかった。周囲の生徒もそうだった。この子は一体何を口走っているの? とみな思っただろう。前回もその場に居合わせた生徒は以前の無邪気そうな彼女とのギャップに面食らったに違いない。ただ、ルームメイトは知っていた。彼女が今朝から、いや、昨日生徒会長に連れ出された後から、不気味なまでに機嫌がよく浮き足だっていたことを。しかしそれが、王子様からの承認と恋心によるとまでは到底知りようがない。
また後でね、とエイダはルームメイトに言って、レベッカより先に歩きだした。またあの袋小路でしょ? と言わんばかりに。
レベッカもエイダのその行動に、一瞬笑顔がほどけて険しい顔になる。しかし速やかに封印して笑顔で言った。「先日の食堂がとても気に入ってくれたようね」
しかし食堂は、先日私たちが使用したオレンジサイドカフェ以外全て閉まっている。
エイダとレベッカが先のT字路を折れるまで、4号館前の通りにいた生徒は誰も声を発することができなかった。エイダのルームメイトも、2日連続で置いてけぼりを食らってとても気の毒だ。そういう私もこの部分をゲームでプレイしていた時、うすら寒さ感じたのを覚えている。レベッカよりは、むしろエイダに対して。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




