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「正直、すっきりとした話ではないよね」私は端的に感想を述べる。「羊が死を受け入れる話は興味深かったけれど、自国の領土に汚染被害がある兵器を使用するってどうも現実感がないわよね」
「そうね」ディアナは応えた。「だからこそいろんな解釈が考えられるわね。もしかしたら主人公は何かしらの精神疾患を持っていたのかもしれないし、戦争や兵器の話は全部羊たちのでっち上げで、本当は別の目的があったのかもしれない。あるいはやはりひつじさんは敵国の諜報員が見せていた高度なまやかしだったのかもしれない。どちらにせよ、倉庫の地下にはまた別の何かがあって、それを欲した第三者に主人公は利用された。それはもしかしたら、新型兵器よりも恐ろしい何かだったのかもしれない」
ディアナはどうやら、少しダークな後味が好みらしい。
「私は主人公の故郷に戻りたいって気持ちをメタフォリカルに表現したものがひつじさんなんじゃないかと思ったわ」私は自身の解釈を述べる。「戦後ずっと損なわれたままの故郷の姿を、主人公は強烈に印象に残していることがところどころ伺えたわ。心のどこかしらで、常々故郷に戻らないといけないって思ってたのよ。でもいまの生活もあって、踏ん切りをつけれなかった。それこそその故郷に新型兵器が使用される、しかもそれが自国の軍の策謀によって、くらいのことじゃないと、主人公は帰る決心をつけられなかったのかもしれない。そのイメージを自分自身の中で作り上げて、現実に投影させたのがひつじさんなのかもしれない。そう考えると、ひつじさんを誰も覚えていないという状態になっても結構すんなりと受け入れられたことにも合点が行く気がするわ」
「精神的な象徴という説ね」ディアナは応えた。「1番ハッピーな考え方かもしれない」
「あるいは」私はもう1つの解釈を提示する。「書かれていたことは全て、物語上では事実だったのかもしれない。ひつじさんの存在も、新型兵器の存在もその謀略も。何らかの理由で、主人公はひつじさんの失われた世界に移動してしまった。それは、少なくともエックスデーにフォードが失われず第二次世界大戦の勃発しなかった世界でもある。いや、主人公が行動したことでその世界は生まれたのかもしれない。私たちのいるいまの世界だって例外じゃない。世界とは結局のところ、過去の人々の行動の蓄積が見せる影の連続なのよ。いや、その影をつくる触れられる部分を世界と言って、その触れられない影のことを歴史と言うんだと私は思う。このお話は歴史を作るという意味を強調して表現した作品なのかもしれない。私たちみんな世界を舞台にたつ主人公であり、それぞれに後悔のない歴史を紡ぐ責任があるのよ。そこをいい加減にすると、遂には取り返しようのない結果を招いてしまう。だからこそ主人公の年齢、名前まで明示はされなかった。それは、主人公は私たちのことだから」
「――あなたは物語に、いまの自分自身の状態や精神と強く結びつけて捉えるのね」ディアナは言った。「でもそれはとても豊かなことだと私は思うわ。私や多分ほとんどの人たちは、物語を自分とは独立したストーリーと考えてしまう。私の場合は量を重視する読者だからいちいちそれをすると疲れてしまうからだと思うし、ほとんどの人たちは物語を受け止めることは一方通行だと思っているから。でもあなたは、物語を追体験や擬似体験として捉えることができている。それは質的な幸福だと思うわ。きっとそれは、私が量的な幸福を重視することでいつの間にか諦めてしまったことなのよ」
「あなたも昔は私のように読んでいたってこと」私は質問した。
「幼少は全員がそうだったと私は思う」彼女は答えた。「それはきっと、自分が世界の主人公だとみんな信じて疑っていなかったから。でも成長していくにつれてそうじゃないとほとんどの人たちは解釈してしまう。私が量を求めたのだって、その一環かもしれない。でもあなたはそれを諦めていない。それはとても素晴らしいことだわ。先日、エイダさんのために涙を流せたことだって、私は素晴らしいことだと思ってる」
「……なんか、子供っぽいって言われている気がするわ」私は応えた。
「擦れてないと言いたいのよ、心がね」彼女は応えた。「世界という流れに迎合せず、自分の行きたい方角に逆らってでも進む。そういう気質があなたには備わってるし、能力だって不足していないと思う。きっとオータム・ジェラルド先生は、あなたのような人にこそ自分の作品を読んでほしい思っているはずよ」
「――そうかしらね」私はポツリと言った。
「ねぇ、他の作品はどうだった? 私はもっとあなたの解釈と、そして内面を知ってみたいわ」
そうね、と私は前置きした。まるで衣服を1枚1枚脱がされているような気分になる。でもこれは、ディアナと3年間を共にするために必要なことだなのだろう。物語を通した健全な、いわゆる裸の付き合いというやつだ。
私とディアナは、『孤児たちはみな唄う』の残り5編を同じようにして語りあった。気が付くと時刻は17時50分になっていた。ジュディとシンディと約束した時間まで後5分だ。今日は食堂が18時から、大浴場は19時から利用可能になっている。私とディアナは速やかに入浴の準備をして部屋を出た。階段付近では1時間と少しの短くも濃密なクラブ活動を終えたジュディとシンディが待っていた。2人の表情からは、微笑ましくなるほどの健全な疲労感を感じとれる。既にシャワーを浴びているようで(恐らくはクラブセンターの共同シャワーを利用したのだろう)、その火照りが疲労感と合わさるとまるで大きな蝋燭を見つめているみたいだ。
「ホイットニー、ちょっと表情が明るくなったね」ジュディが嬉しそうに言った。
「ええ」私は答えた。「同じ趣味を持つもの同士サシで語り合うのが1番心にいいようね」
「……私も追い付くから、もうちょっと待っててね」
ジュディは重ねて言った。きっと歴史への興味のことを言っているのだろう。少しの悔しさも含まれているような言い方だった。
「焦っては駄目よ」私は応えた。「ある種の使命感は本質を見誤らせてしまうわ。学生生活だってまだ始まったばかりじゃない、ゆっくりでいいのよ。……じゃあ、週末に街道沿いでスイーツ食べにいきましょう。4人で。4人とも、食べることなら嫌いや苦手なんてないと思うから」
そうね、とディアナが重ねた。
「せやったら、土曜日の午後とかどない?」シンディが提案した。「クミルの練習が午前中にあるから、その後ならジュディの胃袋的にもちょうどええやろ」
「そうね、そうしましょう」私が言った。
やった!、と言って、ジュディは右手を握った。
「でもその分マネージャーとしていつも以上に働いてもらうさかいな」シンディが気持ちのいい笑顔で言った。
「うへぇ」
ジュディはわざとらしい声を漏らした。
私たちはいつものように夕食と入浴を終えた。食事中はジュディの食事バランスに気をつかい、入浴中はディアナのもちもちの頬を堪能した。階段付近に戻ってきたのは20時で、昨日や一昨日よりも1時間はやかった。私はいい機会だとジュディとシンディに部屋まで来てもらい、昼休みに話した『吠えよ剣』をさっそくジュディに貸した。簡単なあらすじを説明して、自分のペースで読むことを伝えた。数ヶ月かかっても問題ないと口添えもした。ジュディは、うん! と頷いて、シンディと一緒に自分の部屋に戻っていった。私とディアナはその後、授業の予習復習を簡単にして、終えるとそれぞれに自由時間とした。と言っても、ディアナはいつものようにハードカバーを広げて読んで、私はディアナから未読のオータム・ジェラルド作品を借りて読んだ。自身のペースでじっくりと。そしていい時間になると消灯し、私とディアナはまた霧のように眠った。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




