1
第4章開始。章題は「Marilyn Manson」の楽曲より。
「むぅりぃ~」ジュディが机に項垂れながら唸っている。
「そうね~」私も溜め息混じりに応えた。
私たちは5時間目の体育を終えたところだ。体操服から制服に着替え直して、ディオンヌ先生が終わりのホームルームを執り行いに来るのを待っている。お馴染み教卓前の最前席に座って。
体育の授業はいきなり体力テストからはじまった。前世では最初集団行動をひたすらやらされた記憶があるけれど、この世界には軍隊式の学校教育が根付いてないのだから、よくよく考えれば当然のことだった。体力テストは次回を含め2日に別けて行われ、今日は50m走・立ち幅とび・ボール投げ(ハンドボールに似たもの)・1000m持久走と屋外の種目が行われた。次回は体育館で屋内の種目をやるそうだ(男子は今日屋内種目をやった)。いま教室は、制汗剤の匂いが充満している。
私もかなり体力を削られてしまった。体を動かせば少しは陰鬱な気も紛れるかと思ったけれど、望んだ効果は得られなかった。ちなみに、全てのタイム・記録がジュディよりも下だった。地味に悔しい。
そこから1分くらいしてディオンヌ先生がやってきた。5時間目は別学部の授業を担当して、そこから早足で来たようだ。お疲れ様です。
事務的な連絡事項を伝えると、直後に体育だったクラスのお疲れムードを考慮して余計なことは言わずそうそうと放課を宣言してくれた。クラスメイトたちは重い腰を上げて教室からぞろぞろと出ていく。
「あ、ホイットニーさん」
私とジュデイも速やかに退室しようとする中、不意に先生に呼び止められた。
「は、はい。どうされましたか?」
先生に名前を呼ばれると、やはりドキッとする。
先生は答える。「キース先生から聞きましたよ。浮遊魔法のコツを10分で掴んだとか」
「そうなんですよ」ジュデイが我が事のように反応した。「隣でハンカチを浮かせているホイットニーはとてもかっこよかったです」
「それはとても素晴らしいことね、ただ」先生はそこから潜めた声に切り替えた。「その授業中ずっと、あなたに元気がないように見えたとキース先生は仰ってたんです。浮遊魔法に成功した瞬間でさえも、と。それに昨日、泣きながら寮に帰っていたという話を先ほど別の先生から聞きまして、その……」
先生は言葉に詰まり、ジュデイは、どう説明するの? と言わんばかりに私の顔を見ている。
「――みんなただのホームシックですよ」私は答える。「ただ自分が思っていたより重く引きずってしまっているだけです。もし、本当にきつくなったら私からご相談しますので、いまのところはそこまで重く受け止めないでください」
「……分かりました。私はいつでも待ってますからね」
お気遣いありがとうございます、と私は言って、続けてジュデイに、行きましょう、と目配せした。私とジュデイは軽い会釈をしてから翻り教室を後にした。廊下にはディアナとシンディが待っている。
お待たせ、とジュデイが2人に向かって言った。
おう、とシンディが応えた。5時間目に同じく体育だったディアナは猫背気味でとろんとした目付きで疲れきっている様子だ。右手に持つ通学かばんが朝や昼食の時と比べいっそう重々しく見えて、痛々しさまで覚えるほどだ。ちなみにすべての種目の成績が私よりも下だった。
「――ディアナ、かばん持って上げましょうか」私は提案した。
「いいえ、大丈夫よ。少なくとも寮までの帰り道くらいまではね」ディアナは答えた。
次いでシンディが言った。「ああ、ホイットニーとディアナには申し訳ないけど、私とシンディは1度部屋に戻って準備してクミルのクラブ活動に行かなあかんから、さっそく寮に戻らへん?」
「ええ、それはもちろん。いつまでもここで駄弁ってる方が疲れちゃうしね」私は言った。「て言うか、ジュデイもクミルの活動を続けていくつもりなのね?」
「うん、マネージャーとしてだけどね」ジュデイは答えた。「いまから選手としてついていくのはたぶん無理だけど、クミル自体に触れてみて面白いなって感じたし、クラブがある日はマネージャーとして参加して、休みの日は街道沿いのお店で少し働くのもいいかなって」
「結構なことじゃない」私は応えた。「まさに小説で語られるような充実したキャンパスライフよ」
「うんじゃ、はよ戻って充実したキャンパスライフを送ろうや、お互いにな」シンディが言った。
そうね、と私は応えた。
私たちは速やかに帰寮し(その道中は、何で男子が先に屋内種目をやったのか納得できないって話題を共有した)、いつもの階段付近で夕食・入浴の集合時間を約束してからそれぞれの部屋に戻った。私とディアナは交代でシャワーと歯磨きをする。そして部屋着に着替え終えるとディアナが言った。
「部屋に戻ったら『孤児たちはみな唄う』の感想を言い合う約束だったけれど、先に30分だけ昼寝させてもらってもいいかしら? もうくたくたで」
あのディアナが小説の話題を後回しにするなんて、よっぽど疲れているんだな、と私は思った。
「ええ、私もそうした方がいいと思うわ。私はその間にまた頭からサーッと読み直しておくわ」
「うん、ありがとう」
ディアナはそういうと速やかにベッドに横になって、ささやかな寝息をたてはじめた。
約束の30分が経って、私はディアナに声をかけた。ディアナは横になったまま猫みたいな伸びをしてから、パチパチと目を開いた。
「結構スッキリできたわ、ありがとう」
「そうね、頬のツヤも戻った気がするわ」
そう、と言って、彼女は自身の頬に触れた。相変わらずの弾力に見えた。
彼女は自分のシステムベッドデスクに座り、私は彼女の側に自身の椅子を移動させて座った。昨日の放課後とは対極に、『孤児たちはみな唄う』を携えて。
彼女はうずうずしながら言う。「さっそくだけど、どの短編が1番気に入ったかしら?」
声のトーンが半音くらい上がっていて、耳にしていて微笑ましくなった。
そうね、と私はまず言った。自身の声のトーンも同じく半音くらい上がっている。まるでコーラスにつられるみたいに。やはり気分の沈んでいる時は、同じものを好きな者同士でその好きなものについて語ることが1番いいのかもしれない。
「私は『ひつじさん、フォードを救う』が1番気に入ったかしらね」
『ひつじさん、フォードを救う』のあらすじは、戦災孤児の状態からから這い上がって軍中央部の主計になった主人公の男の前に、2足歩行で人語を介す羊が現れるところからはじまる。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




