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前回のまえがき続き
とりあえず前日の深夜に、1章7話の書き直しが完了しました。しかし急いで書いたせいで文章の密度が以前ものより軽いと感じているので、また時間を見つけて加筆しようと思います。
「ふふ、ズバリ聞きますね」と彼は応えた。
「――あああ、いえ、その申し訳ございません」
彼女は言葉にして反応をもらって、はじめて自分がきわめて無礼な質問をしたことを自覚した。普段ならこんなこと絶対聞かないのに、と彼女は思った。彼への直線的な想いが、彼女の思考・判断力を歪曲し鈍らせているのだ。
「いえ、気になさらないでください。ここにはいま2人しかいませんしね」そう言って、彼は立ち上がった。「私が紅茶をご馳走しますので、ちゃんと無礼講という体裁にしてしまいましょうか」
「そんな! 畏れ多いですよ!」
彼女は立ち上がり、たまらず叫んでしまう。後ろ足で立つ猫のように、両手をわたわたとさせてしまう。
彼はおかしそうに微笑んでから言った。「どうぞ、座っていてください。これは私の我儘でもあるのです。私は紅茶が好きで自分でもよく淹れて飲んでいるのですが、立場上なかなか他人にご馳走する機会に恵まれないもので、せっかくですのでお付き合いいただけませんか?」
わ、分かりました、と彼女は観念するように答えた。
彼女が再び着席したのを見送ってから、彼は生徒会室の窓側の(こちらから見て)右奧の方へ歩きだした。そこには扉があって、奧にちょっとした給湯室がある(過去の王族の生徒会役員が要請して設置されたそうだ)。扉の横に本棚に紛れるように食器棚が置かれている。彼がそれに向けて杖を振るうと、食器棚がひとりでに開き、陶磁器のポットとカップと茶葉の入った容器がぷかぷかと宙を浮いて、彼の前に集まって浮遊した。彼の進行方向へ行儀よく着いていく。彼女はその様を目を丸くして見ていた。私もいつしか、同じように自在に魔法を操る姿を想像した。その横には彼がいる。頭の中だからこそ許される妄想だ。
彼が給湯室に入ってしばらくすると、様々な音が聞こえてきた。水がボコボコと沸き立つ音、銀のスプーンが茶葉を掬ったり陶磁器と接触する音、衣擦れ・足音・息遣い、彼女はそれらにひたすらに耳を澄ましていた。
彼は蓋をしたポットを手に携えて戻ってきた。浮遊させないのは、手で持つより溢してしまう可能性が高いからだろう。彼はテーブルに静かにおいて、また彼女の向かいに座った。
「キーモンティーです。いま蒸らしているので、少々お待ちください」
「は、はい」
彼女は目を合わせられない。これまでとはまた別の理由によって。幾分、気まずい空気が流れる。
「やはり、そう見えますよね」彼は突然に切り出した。「本当のところ、私は彼女のことを愛していないのだと思います」
彼は正直に話す。「私にあるのは、国のために彼女を愛さないといけないという使命感だけです。……ご存知と思いますが、私には2つ上の兄がいて、王位継承権はいまのところ次点です。その兄はとても聡明で、そのうえこれまで病気1つしたことがないほどにタフです。本来なら、次期国王はまず間違いなく兄が継ぐはずなのです。しかしながら、これもご存知かと思いますが、1年と少し前に兄はフィアンセを亡くしました。名前はマリー・エリザベド。ファシナンテ王国の王女で兄と同い年、とても美しく兄に負けず劣らず聡明な方でした。お互い7歳の時に婚約し、16歳の時にマリー様はこの学園への入学を機にこちらの王宮へ移り住まれました。私が学園で一緒になったのは私が1年生であちらが3年生の1年間だけでしたが、お互いとても充実した学園生活を送られていたと見えました。そして2人一緒に卒業されて、ロイヤルウエディングの日取りを調整されていた時に、マリー様は病に侵されてしまわれました。病状は一向によくならず、母国に送還されることになった。そしてこちらに戻られることなく亡くなられてしまった」
彼はここまでを語ると、ティーポットを手に取った。
「これ以上置いてしまうと苦味と渋みが勝ってしまうので、注いでしまいますね」
「……は、はい」
彼の深刻な語り口に、彼女は完全に呑まれてしまっている。
彼は手際よく2つのカップに紅茶を注ぐ。紅茶の量はちょうどカップ2杯分に調整されている。彼は自分のカップを手に取り、匂いを寸秒楽しんでから1口飲んだ。彼女は猫舌のため少し冷ますことにした。
彼は続ける。「それからの兄はまるで脱け殻のようです。公務に著しく支障を来しているわけではないのですが、以前のような覇気がありません。何よりも問題なのは、次のフィアンセを決めようとしないことです。残酷ですが、王族は何よりもその血を絶やさないことが求められます。それこそが力なのです。そのことは兄も十全に理解しているのですが、どうしてもマリー様のことを忘れられないようで、度々国外からの婚約話が出るのですが少しも取り合おうとはしません。このままでは、王位継承権の優先順位が私と入れ替わる可能性があります。実を言うと、兄は王位を継ぐことに強く拘っていたわけでもないのです。それもあって、私が彼女、レベッカを妃として王になる。それが日に日に現実味を帯びるにつれて、愛することの義務感に心を締め付けられています。だからこそ、彼女の今回の行いが余計に私の心に刺さるのです」
彼は再び喉を潤しす。それを見て、やっと彼女も紅茶を口にした。キーモンティーの甘く優しい味わいが、彼女を少し落ち着かせてくれた。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
彼はそれにピクと反応してから言った。「あなたには私のお願いで遅刻を許してもらっているとはいえ、あまりに遅くなってしまうとあなた自身の学業に支障がでるやもなので、飲み干したら退出しましょうか」
「そ、そうですね」彼女は応えた。
「申し訳ございません。あなたへの聞き取りを主としてご足労を頂いたのに、私のことばかり話してしまって」
「いえ、そんな」と彼女は言った。「むしろ、陛下のお話が聞けて、なんと言いますかその、私と同じように悩む人間なんだと知れて、嬉しかったです」
彼女は林檎のように頬を染めている。その様子を見て少し微笑んでから、彼は言った。
「これは提案なのですが、よろしければエイダさんも生徒会へ入りませんか? ちょうど書記のポストが1つ空席になっているのです」
「え……」
もちろん、彼女はこんな誘いを受けることを露も想像していなかった。
キンコーンカンコーン
私も昼休みの終わるチャイムを耳にした。私とジュディはお馴染み3組の、教卓前の最前席に座っている。4時間目の基礎魔法実技の担当教師は少し遅れているようだ。
「ワクワクするね」
ジュディは私の方を見る。
「ええ、そうね」と私は応えた。
しかし、正直に言ってワクワクなんて微塵も感じていない。それは勿論ゲーム上でも何度も体験しているのもあるけれど、何よりも生徒会室でのエイダとロバートのやりとりを想起して気持ちが沈んでしまっているのだ。彼の一面的な甘い言葉や所作に惑わされて、その行動の大いなる矛盾に気づけない彼女を憐れに思っているのだ。
ジュディも本当は私がワクワクしていないことは分かっている。表情からそれが読み取れる。それは私への個人的気遣いに加え、クラス中にロバートとエイダの噂話が既に蔓延っていることの居心地の悪さへの抵抗でもあるのだと思う。
そのジュディを含め、この学園の関係者に実際エイダとロバートがどこで何をしていたかなんて知らない。当の本人と私を除いて(場所に関してはショーンも知っている)。だからこそ、浮わついた妄想が飛び交うなかで、私だけがロバートの行動の異常性に歯を食い縛る思いになる。
そもそもだ、本当にエイダの身を案じるのなら、あんな乱暴な接触を図ることがおかしいのだ。私のクラスがこの有様なのだ。エイダとロバートの接触は既にレベッカの耳に確実に入っている。それではまるで逆効果だ。誰かを仲介して隠密に接触する。彼の立場ならそれくらい容易にできたはずだ。アップタウンガールに会おうとする自動車整備士とはわけが違う。むしろその対極と言っていい。
はっきりと言って、彼のやることはすべてパフォーマンスなのだ。周りを自身の都合のいいように動かすための芝居だ。そしてその毒牙は、レベッカとて例外ではない。以前の私もそうだった。そのことがこれからどんどんと露になる。いや、露にして見せる。それこそが、これまで度々言及してきた私の宿願なのだ。
「ホイットニー、ちょっと顔が怖いよ」ジュディがたまらずに言った。
「……ごめんなさい」
いけないいけない、表情が険しくなりすぎてしまった。
ギィ
少しして教室の扉が開く音がした。そして嗄れた男性の声で、すみません遅くなって、と声が聞こえた。
次話は明日の20時台に投稿予定です。




