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数時間前に作者の操作ミスで1章の7話に2章の7話を掲載してしまっていることが判明したため、1章7話を思い出しながら書き直してます
超憂鬱、マジ死ねる
ロバートはすれ違う生徒たちの奇異の視線など意に返さないように、エイダをずんずんと引っ張っていく。
その謂わば抜け駆けが、この時点でレベッカに目撃されることはなかった。それもそのはずだ。ロバートはこの昼休みに、レベッカが所用でA館から離れれないことを事前に把握していたのだろうから。
目的地は生徒会室だ。生徒会室は1号館5階の最奥にある。
彼は生徒会室の、その厳かな装飾のされた扉の前に立つと、こんこんと扉を叩いた。「入るぞ」
彼は中から返答待たずに扉を開く。
「おはようございます。今日はどちらに行かれていたのですか?」
ソファーに座って紙の資料を纏めている男子生徒が言った。背が小さく華奢で、一見女の子に間違えられるような、まぁよくあるショタっぽいキャラクターだ。栗色のマッシュルームカットにオレンジの瞳、丸みを帯びた各種パーツ、カストラートのように高く幼い声、小さなダイヤのピアス。
『オールウェイズ・ラブ・ユー』、モータウン学園の生徒会室も、他の物語で描写されがちなオーソドックスな生徒会室の間取りに則っている。生徒会長専用の驕奢な両袖机、その目の前に大きなテーブルとそれを両側から囲む2つのソファー、たくさんの本棚、両袖机の後ろには大きな窓がある。
「おはよう」ロバートは挨拶を返した。「彼女と少し話がしたくて探していたんだ」
ショタな男性生徒はソファーから立ち上がり、ロバートの後ろの方を覗き込んだ。エイダはロバートとの体格差から完全にその背中に隠れてしまっていた。
「君は確か、入学式で代表挨拶をしてくれた子だよね」ショタな男子生徒が言った。「はじめまして、僕の名前はショーン・ビーバー。2年生で、生徒会では会計を務めています。どうぞよろしく」
ショタな男子生徒、もといショーンは人懐っこい笑みを浮かべる。
「は、はじめまして。エイダ・タルボットですぅ。よろしくお願いいたします」
エイダも名乗り返した。威圧感と言うものが微塵もないショーンに対しては、自己紹介も幾分しやすそうに見受けられる。
ロバートは2人が挨拶を交わし終えるのを待って口を開いた。「どうやら、いまはショーン1人だけのようだね」
エイダはこの時、敬語じゃないロバートの話口に新鮮な気持ちで耳を傾けていた。先ほどまでロバートに見出だしいた恐怖の残像は、粗方取り除かれてしまったみたいだ。
「ええ、そうです」ショーンは応えた。「今日は他の生徒会メンバーは放課後にならないと来ないですね」
「ちょうどよかった。実は彼女と少し2人だけの話をしたくてね、少し席を外してもらえないかな。速やかに片付けないといけない仕事もないだろ?」
「ええ、構いませんよ」ショーンは応えた。彼は生徒会長に全幅の信頼を置いている。「この資料だけ本棚に戻させてもらいますね」
「ありがとう」ロバートは言った。
ショーンは手早く資料を片付けると、ソファーの脇においてあった通学かばんを手にして生徒会室を後にした。去り際にエイダに対して手を振りながら。
ロバートはショーンが退室すると、生徒会室に遮音の魔法を施し、扉の鍵を閉めた。そしてエイダをソファーに座らせて、自身も向かいのソファーに座った。
「単刀直入に聞きます」彼はさっそく言った。「先日、あなたはレベッカからひどい仕打ちを受けましたね?」
……その、とエイダは煮え切らない音を溢す。思考が圧迫されて、言葉が正確なかたちに形成されない。彼女の頭の中にいま満ちているのは、多くのいじめられっ子が想起するのと同じく、報復行為に対する恐怖だ。
「――実を言うと、レベッカから全て聞いております。またあなたにすり寄る泥棒猫がいたから成敗してやったわ、昔のように、とね」彼は言った。「まったく、困ったものです。彼女というフィアンセがいても、1国の王子として彼女と同年代のお嬢様方にもいい顔はしないといけないのですが、そのことをどうも彼女は理解してくれない。あなたも聞かされたと思いますが、これまで何人もの女性が彼女のある種の被害妄想によって理不尽な暴力を振るわれてきました。私としても何度もやめてくれと注意しているのですが、効き目はまるでありません。学園に入ってからは機会自体がなく胸を撫で下ろしていたのですが……あなたには本当にご迷惑おかけしました。申し訳ございません」
ロバートは座ったまま、深々と頭を下げた。王子様にあるまじく。
「そんな! 顔を上げてください!」エイダはたまらずに言った。「王子様に頭を下げられている方がよっぽど申し訳ないです。……そんな、私なんか屑のように放っておいてよろしいんですよ。ご存知と思いますが、私はただの平民です。そんな私なんかより、ロバート殿下の婚約者であるレベッカ様の心の安寧を考えられる方が、よほど国家のためかと思います。レベッカ様のことを、もっと大事になさってあげてください」
「いや、それは許されないのです」ロバートは応える。「いま、我々の国は身分に問わず機会の均等・平等を実現するために苦心しています。いまは魔法の才能を持つものに限定していますが、いずれそうではないものたちにもそれはもたらされるべきだと考えています。その施策の最先端はこの学園だと言っても過言ではありません。だから、いまのあなたを傷ついたままにしておくことこそ、国益に反するのです。王家自らが、その施策を否定してしまうことになるから。あなたの萎縮してしまった心を解放して、この恵まれた機会を十二分に活用してもらわないといけない。それがこの国と、そして私の夢なのです」
エイダは彼の言葉に、感銘を受けずにはいられなかった。夢を語る彼は、黄金の獅子の如くかっこいいと思った。胸が噴出するマグマのように熱く脈打つのを感じた。口に甘い唾液が溜まり、飲み込むのが一苦労だった。そして、エイダは悟った。レベッカの言っていたことはけして誤りではなかったのだと。私は彼に、性的な好意を抱いている。きっと、入学式に彼に寄りかかることになったあの時から。そこから幾つかの段階を経て、いま自覚のできるほどにはっきりとした想いになったのだ。しかしそれは、レベッカの言うようにあまりにも不相応な気持ちだった。
「しかしながら」ロバートは続ける。「実を言うと、王家と言ってもこの国で誰にも逆らえないような絶対的権力を有しているわけでもないのです。とりわけ彼女のバートン家は筆頭公爵として王家に次ぐ高い権力と地位を有しています。少しでもプライドに傷をつけることをしたら、こちらもただではすみません。そしてバートン家以外にも、それなりな力を持つ家・貴族が複数います。正直、バートン家とほか有力貴族の複数に結託されたら、革命は比較的用意に成し遂げられてしまうでしょう。情けないことですがね。だからこそ、婚約者がいながらも他の令嬢方にもいい顔をする必要があるわけです。ただあくまで結果論ですが、彼女の暴力・脅迫行為は王家とバートン家の結束を誇示してくれているかたちになっていました。だから余計に彼女の行いに対して強く言うことができなかった。まぁ、微々たる程度ですが国益になっていたんですね。過去の被害者たちには申し訳ないですが。しかし、先日あなたに振るったものにそんな要素は爪の先ほどもありません。家の威光を使って我々が守るべき民を徒に苦しめただけだ。絶対に許せません。しかし、いまの私に彼女を悔い改めさせる手だてを思い付けないのです」
そう言って俯き項垂れる彼を見て、彼女は言った。
「ロバート殿下、1つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないですよ」
「殿下は、レベッカ様を愛しておられるのでしょうか?」
次話は明日の21時台に投稿予定です。




