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先生の授業は終始とても分かりやすかった。授業進度に追われることがないのもあるのだろうけれど、常にゆっくりではっきりとした解説と板書をして、その豊富な知識を持ち寄って教科書に書かれてはいない興味深い部分にも触れて私たちを楽しませてくれた。そしてそれが、教科書の内容をよりいっそう下支えしてくれた。登校時にあれほど集団授業に苦手意識を感じていたジュデイが、授業終了後に面白かったと言うほどだった。
「歴史ってほんと面白いのね」ジュデイは憑き物が取れたような顔をしている。先生は授業が終わると、速やかに次に授業をするクラスへ向かった。「顔や名前が残ってる偉人も含めて、昔も今も人てそこまで変わってないってのがなんか不思議でくすぐったい感じがする」
魔法史は約1000年前、ファシナンテ王国の1人の女性が古来から確認されていた不可思議な力の総称を魔法と名付けたところからはじまる。彼女の本名は残っておらず、通称「ルーアンのジョニス」と呼ばれている。ルーアンは彼女の出生地で、ジョニスはその土地のポピュラーな女性名だ。まぁ、様々な文化的――あるいは差別的――背景において、女の本名が残らないなんてよくある話だ。むしろその功績を男に横取りされなかっただけ幸運なのかもしれない。ただしそこから数百年、魔法は迫害と不遇の歴史を辿る。その当時の男たちにとっては、その功績は横取りするのに値しないものだったのだろう。
「不思議でくすぐったいっていい表現ね」私は言った。「まさにその通りよ。人間の成功や失敗、原動力や逆に活力を削ぐ性質のものは形を変えどその本質を変えていないのよ。歴史を勉強すると、そのことがよく分かるわ。『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』、何か失敗した時や躓いた時に過去の偉人たちがどうやって乗り越えていったのか、その知識をストックするだけでも人間的に豊かになれる気がするもの」
「うんうん、いまならそれがよく分かる気がする」とジュデイは応えた。「ていうか、ホイットニーは歴史が好きなのね。はじめて知ったわ」
「ええ」と私は応える。「ある歴史小説から興味をもってね」
本当は前世で歴史を題材にした乙女ゲームから興味を持った、なんて口が裂けても言えない。まぁ、こういう時のために今世で著名な歴史小説はそれなりに読んでいる。そしてその多くが、とても読み応えがあった。
「歴史が好きってこれまでなんで教えてくれなかったの?」ジュデイが聞いた。
「……ディオンヌ先生みたいにあなたに面白いと思わせられる自信がなかったからかな」私は答えた。
「うーん、確かにそうかもしれない」ジュデイは言った。「以前の私なら、ふーん、ってそっけない反応をしたかもしれない。でもいまは確かな興味があるわ。だから、ホイットニーを虜にしたその歴史小説を教えて欲しいな。頑張って読んでみたい」
「もちろん」私は答えた。「家から持ってきてるから、今度部屋に来てくれたから貸してあげるわよ」
「やった」
ジュデイは満面の笑顔を浮かべた。
2時間目と3時間目はそれぞれ古典と数学だった。ディオンヌ先生の授業で気持ちが乗っていたジュデイは、それらの聴講にも高い集中力を発揮した。1つの科目の楽しさを実感すれば、他の科目にも好影響が出る。勉学においてはよくある話だ。それはすべての科目、あるいは学問は基本的に地続きであるからだ。隔絶された分野なんてものは存在しないのだ。全ては大なり小なり何かしらの繋がりがあって、その繋がりを目の前に手繰り寄せられた時、霧が晴れるように知的視界が広がっていく。その楽しさを知れたら、後は1人でどんどんと進んでいくことができる。ジュデイはそのチケットを手に入れることができた、先生のお陰で。それはとても幸運なことだ。多くの人間が、貧困や暴力や他者の無理解によってそのチケットを手にすることができない。それは努力ではどうにもならないことなのだ。そのことは前世でも今世でも変わらない。今世の場合、それは魔法の才能のあるなしがほとんどだ。ある意味で単純明快である。
昼休みになり廊下でディアナとシンディと合流すると、ジュデイは私の時以上の熱で授業が楽しかったことを話した。私が歴史好きで、その切っ掛けとなった――と私が設定した――小説を今度借りることも。
「それはよかったやん」シンディが応えた。「確かにディオンヌ先生の授業は聞いてておもろいし分かりやすかったな」
シンディは3時間目がディオンヌ先生の魔法史だったらしい。
「私は4時間目がディオンヌ先生の魔法史だわ」ディアナが言った。「3人からの評判が上々だから、いろいろと楽しみにしておくわね」
ディオンヌ先生が褒められたり期待されているのを聞くと、我が事のように、とまではいかないけれど嬉しくなる。
「それはそうと、ホイットニーの歴史に目覚めた一冊ってのが気になるわね。一昨日はその話がなかったから」
「話の流れがうまくそっちにいかなかったからね」私は応えた。「純文学やファンタジーの話がメインだったし」
「確かに、私自身は歴史小説は多くを読んできたわけじゃないからね」ディアナは言った。「で、それは何て題の作品なの?」
「ジェラール・ブリュネの『吠えよ剣』よ」
「それなら私も読んだことがあるわ、父から借りてね。寮に持ってきてはいないけれど」
「ねぇねぇ、それってどんな話なの?」ジュデイがディアナに質問した。
「うーん」ディアナは喉をならした。「私は話しはじめると止まらなくなるし、気づかないうちにネタバレをしちゃうこともあるから、ホイットニーに借りて読んでからまた感想を話し合いましょう」
「うん、わかった」ジュデイは応えた。
「なぁなぁ、お昼どうする? ジュデイやないけど、もうお腹ペコペコでさ」シンディが話題を変えた。
「そうだわ、お腹がぐーなのすっかり忘れちゃってたわ」
ジュデイ言った。なるほど、夢中にさせることを増やすのがジュデイの食べ過ぎ防止に有効なのかもしれない。
「――じゃあさ、今日は西側の食堂に行ってみない?」私が提案した。
「ええんちゃう」シンディは応えた。「で、西側としてもどこへ行くんや?」
「9月ホールの地下にあるとこでどう?」私は答えた。「ここからでも遠くないし」
9月ホールは記念会館を大ホールと呼ぶのに対して小ホールと呼ばれる施設で、小規模なイベントや行事に使用される。直近で私たちに関連するといえば、数日後にそこで健康診断と身体測定が行われる。
「ええやん」シンディが言った。「あそこが学内食堂でいっちゃん広いし、大体のもん食えるしな」
「そうと決まればさっそく向かいましょう」ジュデイが3歳児のように急かしにかかる。「このままだと私のお腹と背中が本当にくっついちゃうわよ」
「そもそもそれは、ジュデイがディオンヌ先生について熱弁してたせいじゃないのよ」ディアナが呆れるように言った。
私も、そうだ、と言わんばかりに頷いた。しかし、それは私的には好都合だった。このまま9月ホール地下の大食堂へ向かえば、注文列に並んでいる間にある大事なイベントに遭遇することができる。それは『オールウェイズ・ラブ・ユー』のエイダ×ロバートルートにおいて最も重要なイベントだ。どうやってその時間調整をしようかと授業中に考えていたなかで、ジュデイの多弁は渡りに舟だった。
私はこれからその最重要イベントを目の当たりにして、幾つかの答え合わせと、新たな気持ちの整理をしなくてはいけない。そして、それを3人にも目撃してもらう。彼女たちの反応も参考にして、私は自身のこれから行うことに更なる説得力を持たせていかないといけない。1人で抱え込むのはやめると、昨日決めたのだから。
「うぅ、それは返す言葉もございませんだけど、腹ぺこはいずれ満たさないといけないことなんだから、そんな意地悪言わないでよ」ジュデイは言った。
ディアナは軽い溜め息をついてから応える。「そうね、ごめんなさい」
「じゃあほら、はやく行こう。食べたいメニューが売り切れ御免にだってなっちゃうかもしれないし」
ジュデイは私たちの反応を待たず早足で階段の方へ向かった。私とディアナとシンディは、それぞれにやれやれという反応を示してから、ジュデイの後ろを付いていった。
次話は明日の19時台に投稿予定です。




